三姉妹の日常1

(投稿者:店長)


幾度も、彼女は戦い続けていた。
その度に彼女は失っていく。 
それは共に戦っていた愛すべき教徒達や戦友であり、己の四肢であった。



朝起きるたびに、己の左腕と両足の膝より下の欠落を感じることがヘレナの朝の日課である。
清潔な白いワンピースの上から見ても、両足は膝から下から輪郭が消えている。
切り口にあるのは義肢を装着するために接着されたソケットであり、義肢と肉体を繋げるための接続部位である。
現在の技術力では人の腕並の軽さの義肢は製造できない。
それも、ヘレナが装備する義肢は強度を上げるために分厚い装甲と内部構造を強化している分、普通のよりは一際重いのだ。
特に肩口から失った左腕は武装としても使える特別製。それだけで普通の義肢の数倍もの重量を持っている。
ベットで寝ようと思うならすぐさま重さでつぶれてしまうだろう。

ヘレナは世界でも数の少ない最古参級の稼動暦をもつメードである。
それだけ多くの戦場を経験した。特に七、六年前は稼動するメード不足によって色々な戦場に召集されたものだ。
ひと時とはいえ、戦友となったメードがいた。
同じ目的の為に、国や立場の異なる戦友達と隊伍を組んだ。
互いの背中を守りあいながら、そして守りながら迫る異形の軍勢と戦う。
それでも守りきれなかった友がいた。

散っていった多くの戦友達のためにも、戦い続けなければならない。
明日を託していった多くの同士のためにも、セントレアの教義を守るためにも。
そのための痛みは、むしろ甘んじて受け入れる。

「──ふぅ、感傷が過ぎましたね」

右腕だけ残った体には、無数の傷がある。多くは治療されてはいるが、それでも跡は残っている。
傷の数だけ思い出があり、同じだけ悲しみがある。
それでも今日は回り、明日がやってくる。

ヘレナは手馴れた手つきで、義肢を繋いでいく。
神経の接続に伴う痛みを経て、失った四肢の代用品がその鈍い駆動音を立て始める。
機械仕掛けの聖母たる所以である。

両足だけ先に接続したヘレナはクローゼットにしまってある自身の紺色と一部だけ白いカソックに手を伸ばす。
最初は片腕だけで着ることが難しかったそれも、いつの間にか比較的スムーズに着ることが出来るようになった。
テレサからいえば地味の一言のこの衣装はヘレナにとって落ち着く衣装なのだ。


自室から向かうのは礼拝堂である。
信仰に篤いヘレナはこうして毎日礼拝堂での祈りを絶やさない。
戦場では流石に教会はないが、その場合でも略式の祈りは忘れずに行っている。

そんな彼女は、一度告解をしたことがある。
心のどこかで、人ではない自分は果たして死後に神の元へ行けるのだろうかという恐れがあったからだ。

──私は告白します。私は人ではない存在です。それでも神は救ってくださいますでしょうか?
体の底から紡ぎだすその言葉は、彼女がメードとして生を受け、教義に触れてからずっと考えてきた命題だ。
──人ではない、メードの私でも神は見捨てずにいて下さいますか?

その問いに対し、
──それでも信じ続ければ、神様は見捨てたりはしないわ。だって、貴女の心は清め

られた水のように澄んでいるのだもの。
主を通じて、きっと神様は貴女に祝福を与えてくれるわ……。
シスター・ベルはそう彼女に教えた。

彼女の祈りを長年見守ってきた老教徒は、その祈りの尊さを知っている。
今なお苦しんでいるだろう人々の幸福を。
自分だけでなく、祈れなくなった多くの同胞達が迷わず神の元に召されるようにと。
いなくなってしまった、もう一人の妹に祝福がありますようにと。
ただ純粋に、真摯に祈り続けるその姿は心を打つ。

そんな彼女を、神は見捨てるはずは無い。
シスター・ベルは穏やかな笑みでヘレナを励ますのだ。
それからは今で以上に熱心に祈りを捧げ続けている。


アリッサがヘレナを呼びに礼拝堂にやってきたとき、ヘレナは祈りを捧げている最中だった。
礼拝堂のステンドグラスからの光が、ヘレナに降り注ぐ様子はいつ見ても綺麗だとアリッサは思う。
その姿に暫く見ほれていると、気配に気づいたのかヘレナがゆっくりと立ち上がる。

「いかがしましたか? アリッサ」
「あ、ヘレナ姉様。その……朝食の時間が着ましたので……お呼びに」
「分かりましたアリッサ。すぐ向かいます」

礼拝堂の隣に建っている母屋に戻ると、朝食の支度がもうすでに出来ていた。
たねの無いパンにワインをメインとした質素なものだ。
ワインに用いる葡萄は、教会の裏にある果樹園で作られている。
なんでもこの教会で作るワインは他の教会からも取り寄せが来る程のものらしい。
料理好きなアリッサはこのワインを生かした料理を作れないかと密かに画策してたりする。
席にはシスター・ベルが先に座っている。残りの椅子は四つだから、ヘレナとアリッサと残り二名となる。

「あれ、アガトお兄ちゃんは?」
「テレサが起こしに行ったわ。まったく、お寝坊さんねアガトは」

あくまで温和な笑みを浮かべながら、困った子ねと苦笑するシスター・ベル。

「……私から言っておきます。シスター・ベル」
「いいのよヘレナ。あの子も疲れているのよ」

一方アガトは未だに夢の世界の住人のままである。
普段の職務の疲れもあるのだが、元々アガトは朝に強いのか弱いのか今一わからないところがある。
なかなか起きないくせに、覚醒してからすぐに頭の回転が速くなる。

「アーガト。朝だよっ……おきなさーい?」

そんなアガトを起こすべく、テレサはアガトの部屋に入っては起こしにかかる。
最初は声をかけて覚醒を促す。
しかし強敵アガトはその声を聞くや否や、すぐさま布団による防壁を築き上げる……俗に言う蓑虫のそれである。

「……おきなさーい?」

ゆさゆさ、と物理的な干渉を加える。しかしそれでもアガトの防御は崩れない。
次第にテレサの決して強くない堪忍袋の緒がキリキリと音を立て始め、

「おきなさーい!!」

強硬手段と、布団を掴んで思いっきり引っぺがすのである。
メード特有のパワーに寝ぼけている人間が叶うはずもなく、布団はアガトから引き離される。

中から現れたのはタンクトップにトランクスという格好のアガトである。
はっきりいえばだらしない格好だ。

「お?ぉぉ……?」

突然の外気に戸惑いを感じるアガトは視点の定まらない目線をテレサに向けて。

「……あ、おはようテレサ」
「おはよう、じゃなーい!」

気の抜けた返事をするアガトに対し、ベシッと布団を剥ぎ取った序に転がってきた枕をアガトの顔面に投げつけるテレサであった。


──父よ、あなたのいつくしみに感謝してこの食事をいただきます。
ここに用意されたものを祝福し、わたしたちの心と体を支える糧としてください。

漸く揃ったところで、手を組んで食前の祈りを捧げる。
こうしてセントレア教徒の、彼女らの朝食が始まるのである。


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最終更新:2009年01月02日 23:13
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