帳の向こう 2話 下

(投稿者:店長)


和傘の形をした鞘と長い錐のような仕込み武器を構える巴に、
漸く決心をしたのか諦めたかをした駒姫が刀を構える。
残りは見覚えの無い顔ぶれだから、巴が国を出ている間に増産されたメード達なのだろう。
となると人間達は全員教育官なのだろうか。だが巴にとってはそんなことは些細ごとだ。

──気配は覚えた。仮に逃がしたとしても追跡できる。

幸い出入り口は巴の立っているこの1ヶ所のみ。

「交渉決裂のようだな。……駒姫」
「──残念、ね」

駒姫が隣に並ぶ仲間のメードを見て安心する。駒姫の記憶が正しければ、巴はお世辞にも強くなかった。
戦闘力は駒姫のほうが優れている。そして後輩に当たるメード達は新人だが性能は旧式よりも上だ。
さらに数の優位もある。思い返せば負ける要素はないことに行き当たる。
しかし、駒姫は何故かこの状況に勝機を見出せないことに気づいた。

巴も、この状況の中であっても慌てている様子もない。
ただ無風の湖面のように波一つ立てずに静かにこちらを伺っている。

──何、何が私と違うというの?
全く同期で、僅かばかり近接能力が劣る程度の同型のはずの巴と私。
違うと言えば、その後の経験程度……!?

不意に、この隠し部屋の空気が重くなった。
物理的に空気の質量や密度が上昇したわけではない。場を取り巻く気が変わったのだ。
巨人がその大きい掌で、全員を上から押さえつけているかのような圧迫感。
巴以外は、息苦しさを感じたのか呼吸が荒くなる。
一方の巴は静かなものだ。その得体の知れなさに、

「……ヤァァ!!」
「──菊花!」

一人が耐え切れなくなったのか、
巴に向かってその得物──楼蘭のメードが標準装備としている楼蘭刀──で切りかかった。
菊花と呼ばれたメードの冷や汗を観察できるほど近づいたところを、巴は赤い和傘を刀に添え、ゆっくりと力に逆らわずに側面のほうに流す。
真正面から飛び掛ったはずの菊花の刀の軌道が、見えない斜面で滑るように巴の側面を通り過ぎていく。
次の瞬間、駒姫は巴が右手に構える武器を逆手に握りなおすのを見てしまった。

ブズリ、

「──あ」

刀を回避された故につんのめる菊花の真横から、錐のような暗器で首を串刺しにする。
ボキリ、と暗器はメードの防御力を貫通して見せた後に天寿を全うしたかのようにあっけなくへし折れる。

元は近衛師団が対人用に作った暗器であり、メードやGと喧嘩するためのものではない。
もとよりこれは想定内のこと。
菊花の首から夥しい血が吹き出し、泥人形のようにその場に崩れ落ち、巴のほうに跳ねた血液が巴の頬に朱を添えた。
頬に垂れる赤色に気に取られることなく、その手から壊れた得物の代金を徴収するように刀を奪った。
その一連の動作をまるでからくり人形のように、全く表情を変えずにやってのける巴に駒姫は、
──このままでは各個撃破される!
刀を構えて、飛び込んだ。

互いの鎬を削りあいながら、鍔迫り合いにどうにか持ち込んだ駒姫は真正面に立つ巴から目を離さずに命令を下す。
駒姫の飛び込みを受け止めるために、巴は入口からやや押されてしまった。
そのため逃げ道が作られたことに巴は口に出さずに舌打ちする。

「──梅花、桔梗は皆を非難させて。早く!」
「「はっ!」」

他のメードらのうち、二体が六人の人間を誘導するために逃げる。
この場に残ったのは、巴と駒姫。そして残りの二体のメード。
武器はそれぞれ短い槍と刀。室内で振るいやすい部類の装備といえた。

巴を中心に扇状に広がった敵のうち、槍を構えたメードが突きを繰り出す。
鍔迫り合いをしている最中の敵に対して攻撃するのは本来なら躊躇することだ。
だが眼前の敵に卑怯などと言っている場合ではない。
槍を繰り出す直前まで、まっすぐ駒姫を見てた巴を見た彼女は必中を確信したに違いない。
槍は──されど当てれなかった。
僅かに身を引くことで不意に押してた力を抜いたため、やや前のめりに駒姫が前進してしまったためだ。
同士討ちを心配した彼女は急激に槍の勢いを止める。
その隙を巴は見逃さない。
槍が止まりかつ駒姫がたたらを踏む際の数瞬の間に、残る一人に向かって大きく踏み込む。
最後の一人が迫る巴に両手で構えた刀を突き出す。
流石は近接戦闘で定評のある楼蘭のメードの勢いのある突きだ。本来ならその刃は巴に深々と突き刺さっただろう。
その刃に、巴はあえて飛び込んだ。正確にはその刃に触れぬギリギリのところを見切って突き進む。

彼女と接触したように見えたのと、腹部に巴の握る刀の刃が食い込んだのはほぼ同時。
押し当てて引くという最も楼蘭刀の切断力を生かす軌跡は、メードの強化能力と相まって恐るべき鋭さを発揮した。

「──よくも神奈を!」

仲間を討たれたことによる激情をそのまま上乗せした払い。
偶然にも巴の背後から、踏み込みも含めた加速をそのまま生かした一撃は右肩から左脇を切断する軌道を描く。
その一撃もまた──巴に届かない。
右足のみ屈め、左足を伸ばしたまま、しゃがむことで軌道より下に体を低い姿勢にする。
巴の頭上を、槍が風切り音を立てて通り過ぎる。まるで背後に目があって、見ながら回避したかのようだ。

屈んだ巴の、袴を翻しながらの後ろ回し蹴りが槍使いの顎に突き刺さる。
顎を砕かれた彼女が苦悶の表情を浮かべながら仰け反る。

「かはっ?!」

相手が衝撃でぐらつく体を制動する前に、巴は改めて刀を首に尽きたてた。
頚動脈を切断したために、勢いよく吹き出る血飛沫が巴に降りかかった。

「──そこぉ!!」

──刃が深く刺さっている。引き抜くより先にこちらの刃が届く!
二人には悪いけども、これで巴を──!

仕留める、そのための吶喊。
巴の握る刀が刃の全長の半分ほども突き刺さっている故の判断だ。
巴もまた、迫り来る刃を凝視してた。

──だが。

「──綺麗過ぎるな」

──まだ死んでやるわけに行かないのだ。
この命は、ザハーラで消えていったもの達の重みを背負っている。
あの小さな、身代わりを強要されたのに健気に振舞う彼女の重みも背負っている。
故に、死を拒絶する。


縦一線の太刀筋を、──槍の柄が遮った。
なんてことはない。巴は目の前のメードだったものが握ってた武器を振るっただけだ。
遠心力が働いた円の軌跡は駒姫の刀を弾いただけに留まらず、石突で手の甲を強かに打ち据える。
手の骨が砕かれる音が響き、その激痛で刀を取り落とす。

──殺すなら仲間ごと殺すべきだったな。駒姫。

「いつのまに、槍を……」

使えるようになったのだ、そう問う駒姫に対して巴はそのまま槍を振るった。
首を一薙ぎで半分ほど輪切りにされ、血の華が咲く。
崩れ落ちる駒姫の最期を尻目にため息を吐く。
あらためて周囲を見れば、すっかり赤によって塗装されていた。

──どうして、こうなったんだろうな。私も、貴様も。

「この、馬鹿者共が」

淡々と。死んでしまった、自分の手で死なせた同胞に吐き捨てる。
その言葉に、僅かばかりの哀れみが含まれていた。


巴が再び表に出たとき、既に残りは捕縛されて連行されるところだった。
おそらく取り調べの後に秘密裏に葬られるのだろう。メードなら初期化されて再利用されるとも聞いた。
ふと、自分の首元に巻かれているマフラーに目線を向ければ、あれほど緑だったモノが赤黒く濡れていた。

──どうしたものかな。

笑って、許してはくれないだろう。
怒られるだろうか? 人を殺めたことも、同胞を斬った事も。
自分自身を危険晒したことも。
あるいは賢しい彼女のことだから、もしかしたら察してくれるのかもしれない。それはそれで嫌だった。

──本当、どうしたものかな。

彼女といっしょにいることで、擦り切れた筈の心が軋むようになった自身の変化……否、回帰を感じる。

──謝ろう。まずはそうするべきだな。その前に。

赤黒く染まった着物の着替えも考えねばならないことに気づいた巴は、
困ったように苦笑しながら近くにいた近衛師団の隊員に着替えの手配を頼んだ。

関連人物

  • 駒姫
  • 菊花
  • 梅花
  • 桔梗
  • 神奈


最終更新:2009年01月05日 16:19
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