マークスの事情

(投稿者:ニーベル)


「マークス助祭……よろしいでしょうか?」

「なんだ。アリッサ

 開けた草原で、自分の部下達である兵士達が並んでいる。その数は五百というところか。
対するは、教会の所有する部隊。数は多く上回る一千。しかしマークスは、心配など微塵もしていなかった。
自分とともに、長年戦場を渡り歩いた兵士達である。このような戦闘は幾度となく行なってきていた。
本来なら自分が指揮に当たるところだが、今回は、副官にあげたティウルケの力を試す良い機会として、ティウルケに全権を預けている。

「兵を、虐めておられるのですか」

「それは、お前の視点からだな」

 駆け続けさせたあとに、そのまま伝令をやり、遭遇戦を前提とした実戦演習をやると伝えている。
かなりの長距離を走らされた後だが、マークスの中では当たり前のことだと考えているし、兵士達からしてもこれは当たり前のことなのだ。
Gとの戦闘を何度も経験してるとはいえ、アリッサがその辺りに疎いのは仕方がない事だろう。
十年以上も戦い続け、生き残ってきた兵士達からすれば経験の差は明らかなのだから。

「アリッサ殿。我々からすれば、これは当たり前の調練なのです」

 隣に目をやると、ティウルケと同じ副官であるカリッツァが傍へと来ていることに気がつく。
余計なことを言うなとは思ったが、止めはしなかった。

「実戦よりも厳しい調練を行なうことで、実戦を生き残れるのですよ。無論調練で死人は出ますが、実戦で出る死人はぐっと減ります」

「しかし調練で死なせては!」

「調練で死ぬ兵は、実戦でも生き残れない。そう定めることから始まりますから」

 アリッサの言葉を遮り、カリッツァが言葉に幾らか刃を乗せて言い放つ。
戦場で長く生き抜いてきたという誇り、兵士達を育て上げてきたという誇りがカリッツァにはあるということをマークスは良く知っている。
アリッサの言葉を真っ向から否定しているのは、その誇りもあるのだろう。

「二人とも、静かにしろ。始まるぞ」

 視線を、戦陣へと戻す。
教会側は数を恃んでいるのだろう。方陣を組みつつ前進してくる。
倍する兵力が方陣を固めたら、少数で打ち砕くのは相当困難である。無論それを打ち砕く為の調練は、兵士達は積んできている。
それが活かされるかどうかは、ティウルケの力量次第だ。

「見せてもらうとするか」

 素早く動き始めたティウルケの軍勢に、一種の満足感をマークスは覚えた。






 兵達に酒が振る舞われ始めていた。
これから二日間の休息に入るのだ。それぐらいはしてやってもいいとマークスは考えていた。
届けられた肉を串に刺し、酒を飲みながら焼いて愉しんでいる兵士達の姿を見ると、やはり人なのだということも実感できた。
生き残るための苦しみに耐え、傷つきながらも調練に従事し、身体を鍛えていく。
それだけをただしていればいいというわけではない。時には、身体を休めるための休憩も必要なのだ。
そうすることで兵士達は、肉体の調子を取り戻し、怪我人や病人もぐっと少なくなる。
 結果として、そちらの方が精兵を養うのには適している。マークスが若い頃、上官から教えてもらったことだった。
それが間違っていないということは、教えられ、長くそのことを続けてきた自分が良く知っている。

「楽しそうですな。兵共は」

ふと、視線を横に向けるとカリッツァが傍に立っていた。

「確かにな。日々の疲れが溜まっているはずなのに元気なものだ」

「元気すぎて、ハメを外さぬ者が出なければ良いですが。特に調練中は女とはご無沙汰でしょうからな」

「私の兵はどこかの外人部隊とは違うぞ。カリッツァ」

「でしょうな。さて、ここは冷えますし若い奴らが緊張してしまいます。幕舎へと入りましょう」

 カリッツァが先導するように、幕舎へと入る。幕舎は既に準備されていたのか、入ったときから少し暑いと感じるくらいに、暖められていた。
空いていた席へと座り、カリッツァが隣に座る。卓を挟むようにして、ティウルケとアリッサが座っていた。
童元は、既に自分の後ろへと立っている。それとなくだがいつでも身体を前に出せ、マークスの盾になれる位置にだ。
ティウルケは緊張しているのか、動作がどこか硬い。

「もっと気を楽にしろティウルケ。お前は処罰されるわけではないのだぞ」

「いえ、平気です」

 強張った表情のままで、ティウルケが頭を下げる。
笑いかけ、マークスは食事を取るように促した。ティウルケが恐る恐る口にし始め、それを切っ掛けに皆が食べ始める。

「見事な判断だったな。まさか少ない部隊をさらに分け、機動力で攪乱し続けるとは」

「私には、それしか浮かびませんでした。突撃をしかけたあとは無我夢中で」

「それでいい」

 若いうちはそれで良かった。決断をするときにためらわない事。それが重要なのだ。
ティウルケはそれを見事にやってのけた。ここからは自分が教え、実戦で培っていくことになるだろう。

「ところで隊長、よろしいですかな」

「どうした。 カリッツァ」

「何故アリッサ殿がここへ」

 気になっていたのだろう。アリッサの方へと視線をカリッツァが移す。
アリッサは空気に馴染めていないのか、少し恥ずかしそうに頭を下げてきただけだ。

「私が呼んだ。アリッサが自分たちと共に戦う仲間がどのような調練をしているのか気になったらしくてな」

「ほう」

 カリッツァが感心したとでもいうように、声を上げる。

「それは、素晴しい。いや本当ですよ。まさか聖女様に見てもらえるなんて」

「ティウルケ」

 カリッツァが口を慎めという風に、軽くティウルケの足でも蹴ったのだろう。
ティウルケの口が目の前に出された上等な肉に食らいつくように閉じて、震えている。
こんな風に少し抜けているようなところがあるが、それがまた、ティウルケが人を惹きつける魅力であることをマークスは知っている。カリッツァもだろう。

「さてと、お前達。食事も済んだだろう。兵士達に顔を見せにでもいってやれ」

「はい。しかし、隊長は」

「私はアリッサと話がある。アリッサからだが、他人に聞かれたくないらしいのでな」

 アリッサが首を縦に振り、その通りだと肯定する。
ティウルケとカリッツァは互いに顔を見合わせ、少しにやけながら出て行った。
童元に後で少し、頼むことが出来たようだ。マークスは二人を見ながら、そう考えた。




幕舎の中はマークスとアリッサ、そして童元の三人のみとなった。元より童元はいないようなものであるので、実質は二人だけかもしれない。
マークスが水を飲みながら、アリッサが喋るのをじっと待っていた。
アリッサは、マークスをちらちらと見つつ、ようやく口を開いた。

「マークス助祭。その、姉。テレサ姉様とはどういう関係なんですか」

マークスが、コップを置いて、動きを止めた。

「いえ、その……以前の、アガト助祭が作戦取ったときも、テレサ姉様の冗談を軽く受け止めてましたし」

「それがどうした」

「……マークス助祭。普通なら言葉もろくに返さずに、無視しますよね。それなのにテレサ姉様にはしっかりと返答して、どこか微笑んでるようにみえました」

「場が場だったからな。あそこで下手に事を荒立てて士気を下げるわけにはいくまい」

 卓に肘をつき、暇そうにマークスはアリッサを見る。決して彼が怒ってはいないということは、親しい者から見れば分かる。
童元は相変わらず、動いていない。

「それが答えだ」

 それで話は打ち切りにしようというのか、マークスが席を立とうとする。

「待ってください。まだあるんですよ」

「何がだ」

 アリッサが少し躊躇いを見せたが、そこから強引に扉をぶち破るように、口を開いた。

「テレサ姉様。マークス助祭の自宅に行ってますよね。夜遅くに」

童元の目が少し細くなる。

「私は見てました。あんな遅い時間にテレサ姉様一人だけで出掛けるなんて普通じゃありません」

 アリッサの視線はマークスをまっすぐと見つめている。マークスはそのアリッサの視線を受け止めている。

「だから――」

「――何かいかがわしい事でも、か」

 アリッサが出そうとした言葉を、マークスがさらに言葉で潰した。
マークスが軽く溜息を吐き、言葉を続ける。

「私はテレサに教えて欲しいと言われたことを教えてやっただけだ。それ以外に他意はない」

「じゃあなんであんな時間に」

「誰にもばれたくなかったからだそうだ。大体、テレサが私に教えてもらいたいこととはなんだと思っているんだ」

「それは、その」

考えるような仕草の後、顔を真っ赤にし俯くアリッサを見て、マークスは溜息を再度吐く。
そして、続けさせてもらうが、と前置きしさらに口を動かす。

「料理だ。この私にだぞ。信じられるか?」

料理。その言葉を聞いて思わずアリッサは、料理ですか、と聞き直してしまう。
マークスはそれに、そうだと頷く。

「散々姉と妹に世話になっているから、たまには恩返しでもしたいそうだ。最初は酷かったが、今ではそれなりの物を作る」

「そう、だったんですか」

「……これでいいだろう。誰にも言うなよ。私が教えていると知られると恥をかく」

はい、とアリッサが微笑む。それを見てマークスは軽く舌打ちし、手で出て行けと教える。
アリッサがクスリとしながら出て行くのが、見なくとも分かった。
アリッサも出て行くと、残るはマークスと童元のみ。

「……童元」

「はい」

マークスの問いに、童元は答える。

「今度からテレサにもう少し来る時間を考えろと言え。いろいろと面倒だ」

「いろいろと、ですな。我が主も、誤魔化しが大変でございますから」

彫像だった男の口から、笑みが零れる。マークスが微かに睨みつけるが、彫像は動じない。
この男には、自分の心が読み取られている。
そのことを思い出して、マークスは三度目となる溜息を吐いて、再び椅子に座った。


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最終更新:2009年01月09日 17:16
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