ヒルデガルドの手記 > 1

(投稿者:店長)


『初めまして、私の名前はヒルデガルド。
これには私の個人的な日誌を記すつもりです。
どうやら私は、生前……こう表現するべきだろうか、少なくともメードとなる前からこうして文章を起こすことが好きだったようです。
こうして文章を書いている間、なんとなく幸せな気分になるから。……』


1940年は、帝国におけるターニングポイント的な年である。
帝国における第二世代メードによって製造されたメードが漸く登場し、少なかったメードの補充が叶ったためだ。
特にエントリヒの守護女神と呼ばれるようになるジークフリートもこの年にロールアウトしたのも重要といえる。
他にも前線での要望に応じるように数多くのメードが生み出された……ヒルデガルドもまた、その内の一体。

適性検査の結果で後方支援型として部隊に配備された彼女は、同期のメード達と違った特徴を持っていた。
元になった肉体の影響か、言葉を発することができないのだ。
専門家によれば、過去に軍が使用した毒ガスの影響を受けた母体から出産されたことによる先天的な声帯の欠損であるとのことだが、実際そうなのかは分からずじまいだ。
原因が分かったところで、彼女を治療することは難しい。
意思疎通の難しさという高い壁にぶち当たった彼女は、すぐに代理の対話手段を用意する必要があった。
そこで用いたのは、手ごろなメモ帳とペンのセットによる筆談。
もう一つはマイナーな手段として手話。こればっかりは相手の同意と努力とが必要なのだけど。
元から几帳面な性格故か、覚書やら日記も毎日勤勉につけている。


『先ほどカイル君……そう、私の教育担当官なのだが、この手記のみこの表現を使おう……。
カイル君は年上なのにどこか人懐っこい笑みを浮かべて、凄く優しい軍人です。
夫々のメードには担当官が付くという決まりごとですが、私はどうやら運が良かったようです』


今日は各々の教育担当官との対面する日である。
緊張の面持ちのまま、ヒルデガルドは教育担当官の待っている部屋へと進んだ。
そこには中尉の階級章を身に着けた若い男性の軍人がいた。彼の纏う空気はどこか柔らかく、こちらを見ていた。

──うん、凄く優しそうな人だ。

無論本当に優しいかどうかは分からない。
それにこちらが粗相をするわけにもいかない。
中尉の隣にいた白衣の男性が、私の名前を呼ぶ。
さあ、彼女にとっての最初の勝負の時が来たようだ。

「彼女が君の教育担当のヒルデガルドだ」
「……」

ヒルデガルドはキビキビとした動きで目の前まで歩き、そしてザッと見本のような敬礼を行いながら眼前の中尉を見据える。今日この日のために影で練習をしてたのが奏した。

──よし、完璧……だよね?

第一印象が肝心。
ポーズでもしっかりと優等生らしいところを見せないといけない。
ただでさえ、声が出ないという彼女は人よりもハンデを背負っている。

「君が、ヒルデガルトか」

その問いに対し、首を縦にゆっくりと動かして頷く。
その行動に目の前の中尉は首をかしげ、フォローする為に隣の白衣が告げる。

「彼女は優秀なのですが……喉に障害があってしゃべることが出来ないのです。中尉」

──ああ、ハズレだと思われたかな……?

彼女は生真面目な仮面を被っているその下で不安を広げていた。
与えられるはずのメードが欠陥持ちなのだ。
下手すれば嫌がらせのために送りつけられたと思われるかもしれない。
だが、かれはそうか……と呟くと、人懐っこい笑みを浮かべながら自身の身に着けていた白い手袋をはずして手を差し出す。

「俺はカイル・シュテンバッフェ。皇室親衛隊武装SSで、階級は中尉。よろしく」 

ヒルダと呼んでいいか?そう最後に繋げた。
緊張で固めていたヒルデガルドの表情が、一瞬きょとんと呆けたモノに変貌する。
暫くその手を見つめて、もう一度カイルの表情を伺う。
それを何度か繰り返した後に、漸く微笑を浮かべながらその手を握り返した。
ヒルデガルドとカイルとの関係の始まりは斯様なものであった。


『たまにメード同士で出会うと、自分らの教官はどうだという話題になることも少なくないです。
ただ、いえたのは各々なんだかんだいいつつ良い関係を築いていることでしょう。
ただ……ジークフリートとヴォルフガングさんとの間はギスギスしてのが、心残りでしたが……』

そこまで書き終えたヒルデガルドは、すっかり暗くなった部屋の外の風景を眺める。
頭に過ぎるのはジークフリートの黙り込んだ──それも、我慢しているような──顔。

──大丈夫かなぁ。

ジークフリートとその教育担当官との折り合いがよくない。
ジークが何かを伝えようとする言葉が、喉でひっかかってでてこない……ヒルデガルドはそう予想した。
あの空気は会話を行えるようなものではない。
できて事務的で無機質な会話となるだろう。
教育官の仕事の中に、担当するメードの心身の管理もあったはずだ。それなのに……と残念に思えた。

──カイル君みたいな人だったらよかったのにね。

気を取り直して窓の外の闇の向こうへ視線を向ける。
目のいい彼女にしか見えない、普通なら闇しか見えないはずのその中に広がる風景を覗くのだ。
僅かな月明かりでうっすらと光を纏う、草木の輝き。
それらがそよ風に吹かれて揺れることで、光の模様が波打つ。
窓からこちらをみている月を見つめると、心が穏やかになる。
気分を落ち着けたヒルダは、気を取り直して最後の締めくくりを書き込む。

『……実地での訓練が開始するまでは、各自教育担当官とのコミュニケーションを兼ねた訓練を行うということです。
明日から始まる日々に、私の胸は期待と不安とで織り交ぜになっています。ヘマをしないか、正直不安ですけど……がんばらなきゃ、と思います』

──うん。そしてカイル君にいいところみせなきゃね。

ぱたん、と本日の日付を記したページにしおりを挟んだ後に鍵を掛ける。
今日のはここまでにしよう、とヒルデガルドは部屋の電気を消した。

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最終更新:2009年01月11日 21:01
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