ヒルデガルドの手記 > 3

(投稿者:店長)


『訓練開始から初めての休日がやってきました。
カイル君から町に出てみないか?という誘いに二つ返事で頷いた私は慌てて自室に駆け込みました。
そのときうっかり足を段差に引っ掛けたりしてしまいまして……うぅ、少し足が痛いです』

街に繰り出したのは、まだ冬真っ盛りの頃。
普段は軍服のような実利重視の服装ばかりだったヒルダは今回はそれとなく着飾ってみたのであった。
カイルはトレンチコートで、一方のヒルダはセーターにマフラー、そして勇気を振り絞って長いスカートを穿いている。
普通に見れば仲の良いカップルのように見えただろうが、当の本人らの一方は妙な緊張状態を強いられていた。

──こ、こういう時はどうしたらいいの……?

何分異性の方との付き合いが今回が最初であったヒルダにとって、
カイル君との事実上のデートであるこの瞬間で何をするべきかを悩んでいたのだ。
お付き合いの仕方などメードの基本教育には無論、ましてや教科書にも載ってないことだ。
ヒルダはしきりにカイルの顔を見上げては、すぐにうつむき加減で前を見る。

一方のカイルの方は逆に普段とあまり変わった様子を見せていない。
彼の感覚ではヒルダとの今の行為を妹とか近所の小さい子を買い物に連れて行ってあげてるソレと認識しているからだ。
結局はヒルダの勝手な思い込みのせいであるが、それと知らずにヒルダは一人悶々とするのである。

と、暫く歩いた先にふとヒルダの目に留まったのは果物屋だ。
この当時は品不足でこういった俗に言う贅沢品は品不足といっていい。
その煽りを受けてか、この店もまた本来果物で埋め尽くされているはずの棚にぽつんぽつんと置かれているにすぎなかった。

そこに目線が奪われていることに気づいたカイルは、そっとその果物屋のほうに足を運んでいくのであった。

『その時カイ君からプレゼントをもらいました……梨でした。
おそらく高かっただろうそれをわざわざ買ってくれたのです。
感激の余りについついはしゃぎそうになった自分はまだまだ修行が足りなかったです。
しかしカイ君にはお見通しだったようで、そのまま頭を撫でてきました。
そのときほど、うれしくも恥ずかしいことはなかったです……』

購入した果物を紙袋に収めたカイルとヒルダはそのまま近くのカフェに立ち寄った。
正直に言えばカフェなるものを知識としては知っていたものの、実際に立ち寄ったりするのは初めてだったのだ。
なにかと初めて尽くしだっただけに、そのときヒルダのテンションは異様に高かった。
流石に踊りだしたりなどはしなかったけれど。

「注文はどれにする?」

カイルからメニューを受け取ってから、暫くそのメニューに睨めっこをする。
目線の焦点で紙が焦げんばかりに注いでいたが、彼女にとってどれがどのようなものか分からなかった。
結局のところ、先ほどの買い物のこともある。
表記されているもので値段が一番安いものを選んだ。

程なくして、二人の前には暖かいコーヒーが二つ運ばれてきた。
普段カイルが飲んでいるところを見ているインスタントよりも芳しい豆の香りに、
流石に本格的なところは違うものだと思った。
コップを両手で持って、フーフーと息をかけて冷ますヒルダ。
そのまま恐る恐る口をつけて飲む……途端に顔を顰めた。

「あー……苦いか?」

こくこくと涙目になりながら恥ずかしげに頷くヒルダに、そっと砂糖の瓶を渡すカイルであった。

『コーヒーがあれほど苦いものであったとは予想だにしませんでした。
カイル君とかよく平気で飲んでいるなと関心してしまいました。
一応砂糖を混ぜれば苦味が消えて、私にも飲めるようになりましたが……。
まだまだ、味覚が子供じみているのかなぁ、と心配になってきました。
次も、このような機会があったら……もう少し楽しめるようにがんばろうと思います』

ふと手記の書く手を止めて、昼の間に購入した梨をみる。
独特の湾曲を持ったソレを、皮を手ごろなナイフで剥いて食べようかと考えたヒルダであったが、
せっかくなのでカイルといっしょに食べようと画策して彼の自室の方へ赴いた。

その時に廊下を歩くシュヴェルテとアシュレイの姿が見えた。
二人ともいい雰囲気で、腕を組んで歩いているところをばったりヒルダと遭遇したのである。

「あ、ヒルダじゃないの」
「よぅ」

──仲いいなぁ。

愛想笑いをしながら二人を見送るヒルダであったが、その様子に憧れを抱いたのも確かだった。
二人が本当に恋人のような……実質恋人当然の付き合いをしている二人に、
ふと自分とカイルとが同じようなことをする幻視をする。
腕を組み合ったり、語らいあったり……。もっとも、語らいはヒルダには物理的に無理だが。

──カイル君とも、あんな感じになりたいな……なれるかな?

微かな希望を抱きながら、ヒルダは当初の予定通りカイルの部屋まで梨を持ったまま進んでいくのであった。

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最終更新:2009年01月14日 21:32
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