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「GHQ焚書を行なった日本人」


 東京大学文学部の関与

「焚書」の実行がどのような順序で、誰によって、どのような査定で
行われたかに関して、研究はいま緒についたばかりで、六十年も前の
ことなので、没収書指定のプロセスの全貌がこの稿を書いている現段階で
いまだ見きわめがたいことです。

アメリカ軍の政治意図は明瞭です。占領以後になされた軍命令と日本
政府の対応も現在調べがついています。没収書指定の行われた場所
(これはまだ一つに確定できないでいるのですが)、数量、期間、手順も
ほぼ分かってきています。廃棄された後の本の処分法、残部の行方も
大略つかめています。
七千数百点の本の題名も今日までに明らかにされました。

しかしどうしても腑におちないのは、
GHQの軍属と日本政府の行政官だけでできる作業ではなく、
日本の知識階級の誰か、学者や言論人の協力がなければ実行できない
種類の事柄なのに、それが判然としないことです。(中略)

協カの中心に東京大学文学部があったことが最近分かってきました。
助教授であった二人の学者の名前も今年発見されました。
背後に当時有名だった刑法学者が総取りまとめ役をやっていた
ことも突きとめられました。

いずれも後に、文化勲章受章者や日本学土院会員になられた方々です。
日本の歴史は日本人の知的代表者によって廃棄され、その連続性を
断ち切られたのでした。(中略)

現在の国立国会図書館の蔵書は当時の帝国図書館の蔵書を引き継いで
いるそうです。そしてGHQによる「宣伝出版物の没収の指定は、
帝国図書館などの蔵書を基礎として行われたものである」という
きわめて重要な証言を寄せて来られました。(中略)

帝国図書館長・岡田温氏(当時)の次の回想記は、このうえなく重要です。

「話を再び昭和22年にもどすと、出版物による言論パージの調査
の始まったのもこの年であった。
帝国図書館には戦時中並びに戦争前の出版物が網羅されている
ところから、この年の4月14日外務省の矢野事務官来館、この件に
関する協力方を求められ、次いで出版物追放に関する調査のための
小委員会が設けられた。

外務省の田中政治部次長、矢野事務官、内閣終戦連絡事務局の
太田事務官等が担当で、専門委員として
東京大学の尾高邦雄、金子武蔵両助教授、それに私が加わり、
小委員会は主として帝国図書館館長室で、本委員会は委員長
牧野英一氏主宰の下に首相官邸内会議室で行なわれた。

このように国立図書館が、国の政策に協力しなければならない
ことは当然であろうが、仕事としては余り楽しいことではなかった
(「終戦直後図書館界大変動期の回顧(2)」)

なにげなく語られていますが、途方もなく深刻な意味を持つ
証言ではないでしょうか。

尾高邦雄、金子武蔵、牧野英一という三人の著名学者の名前が
この目立たぬ回想録の中に突如として立ち現れたことに、
私は言い知れぬ衝撃を受けました。
これは驚くべき発見であり、しばらくはどう考えてよいか
分からぬほどのショックを戦後思想史を知る多くの人に
与えずにはおかないでしょう。
   (GHQ焚書図書開封 第1巻より)
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