NHKの「脳死判定」「臓器移植」報道への疑問


拝啓

NHK視聴者センター 担当部長 堀江威光殿

 8月23日のNHK夜のニュースは、脳死判定を受けた人から臓器移植の3例目があったと報じました。改正法施行後、僅か1か月の間に3例目です。最初の事例では、「脳死の場合は臓器提供してもいい」と家族に口頭で伝えていたが、2,3件目は、改正臓器移植法により、家族の同意だけで移植が実施されています。 
 日本で臓器移植があまり進まなかったのは、「本人の意思」と「家族の同意」という二重関門があったからだったことを証明するかに見えます。
 しかし、そんな手続き上の問題よりも、改正法の議論の過程で、

倫理や宗教的な心の問題として「脳死」を「人の死」と断定することにためらう気持ちが、ずっとあったからではないですか?

 ところが、「家族の同意」があれば臓器移植が可能という「法律上」の解決策が用意されたとたん、3例が連続したのです。
 国会閉会中の夏休みに、立て続けに実施されるというのは、生命倫理より、医療的な関心を優先させる医療関係者の突出があるのではないですか? 

 医療には高度の倫理が求められ、海外でもいまだに「脳死判定」をめぐる議論が続いているのに、

我が国だけが「臓器移植」が最高善の実現であるかのごとき突出ぶりです。

「命が大切」という鳩山演説とは裏腹に、最近の日本は「命」を軽視する事件が頻発しています。「臓器移植」は、人間の肉体を切り刻み、臓器を機械の部品と見ることに他なりません。生命倫理への思考停止と言ってもいいと思います。
臓器移植は「臓器を待っている人のため」。そこには、「人の死」の厳粛さへの思慮が欠けていませんか?

 日本医師会は民主党を支持していますが、「脳死判定」「臓器嫡出」は、そういう政権への甘えが影響していることはないのでしょうか。
 NHKは、このニュース報道に際して、単に「移植が実施された事実」の報道だけでなく、

日本医師会や臓器移植学会の意見も併せて、国民の前にもっと知らしめるべきではないでしょうか。

 少なくとも、「臓器移植」が日常化すること自体が、日本人の死生観を混濁させ、「死」に対する畏れや「家族意識」の喪失につながる恐ろしい事態だということを国民が議論する場を提供することが必要と思います。

 森岡正博大阪市立大教授によれば、

ユダヤ人は、「臓器移植」は反対だそうです。立場は明確です。

最終更新:2010年08月25日 00:59