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122話 本当は死んでなんかほしくない

森本病院を抜け出したライドウは鬱蒼とした木々を潜り抜け、ひたすらに下山を目指した。
悪魔が蔓延る森の中だから、病院内で一度引っ込めた仲魔だが、念のため二体とも呼び出しておいた。
探すべき人物の一人である鳴海がどこにいるかは解らない。
彼が物資、とりたて輸血用に使用する血液や食料を探しているのならばこんな森の中にいるより街に出る方が有意義と考えられる。
勿論レイコのことも心配だ。
彼女はあのピアスを着けた悪魔のような男に囚われている可能性が極めて高い。
無論、人質としてだ。
彼女を人質として利用するなら相手は間違いなく自分であろう。
だから、逆に考えると彼女は今、不本意ながらレイコはあのピアスの男に守られている状態にあるはずなのだ。
あの男は強い。刀一本で戦艦を真っ二つにした自分とまともに張り合えるほどに。
ライドウの本心を言ってしまえばレイコのことは鳴海よりもよっぽど気にかかる。
まさしく胸が張り裂けそうに…。
この感情に一体どういう名前が付いているのかをモー・ショボーに尋ねたら何故かいきなりビンタを食らってしまった。
レイコに続いて二度目のビンタだ。
彼女の小さな手から繰り出されるビンタは大した威力ではなかったが、
何故いきなりそんなことをするのか詳しい説明を求めたが、無言で勝手にGUMPに戻り、
引きこもってしまったのだから話にならず、ライドウは困惑してしまった。
ただ、イッポンダタラが意味深な一言を口にしたのは印象に残っている。

「うぉまえは今、世界一最低だが世界一幸せな漢だアアアアアアアアアアアッッ!!!」

人殺しを強要され、自らも命を狙われ、それでも何とか仲間を集めて脱出を試みようとしている自分は少なくとも最低だとは思わない。
さらに、信頼置ける人間とはことごとく離れ離れにされた自分のどこが幸せなのかも全く解らなかったが、
とにかくイッポンダタラの情熱だけは伝わってきたので今のところはよしとしておこうと無理矢理自分を納得させておいた。

支給品の地図と上空に浮かぶ太陽を交互に見合わせればおのずと目指すべき方角は見えてくる。
元来た道を辿るのは危険だ。
あの魔神皇が生きているかもしれないのだ。
いや、まず間違いなく生きているだろう。
あのギリギリの状況で魔神皇を出し抜いたことはまさしく奇跡だ。
そして奇跡は二度も起こらないことをライドウは経験上よく知っている。
その二度目の奇跡を過信して油断してしまい、命を落とした悪魔召喚師の数は枚挙に暇が無いのだ。
「うぉまえぇぇぇぇ! んがぐぐっ!」
相変わらず無駄に絶叫するイッポンダタラの頭を無理に引き寄せ、黙らせる為に手で口を塞いだ。
しばらくじたばたともがいていたが、やがて大人しくグッタリしたところでようやく開放してやる。

背後に人の気配を感じた。イッポンダタラもそれに気づいたのだろう。
(まさか、また…!?)
最悪の事態を想定した。
――魔神皇!?
いや、奴にしては気配が薄い。いや、まさしく殺気と呼べる感覚とはそれは少し違った。
気配は自分たちの後ろからだが、刀の柄に手を掛け、背後を振り返るとそれはサッと太い木の幹の影に隠れた。
一瞬だけちらりとその姿が視界に入ったのをライドウは見逃さなかった。
そして、それが人間ではないことも。
だが、その悪魔がライドウの記憶と同じならば、今ここにいること自体、おかしい。
ルールブックによると出没する悪魔は徐々に強くなって行くはずで、
今遭遇するようなレベルの悪魔はそれこそ今仲魔として連れ歩いているモー・ショボーやイッポンダタラ程度の実力のはずだった。
だが、あの悪魔は…。
(これは、逃げた方がいいのか?)
こんな所にあの実力の悪魔が出がるということは、他の誰かがCOMPによる合体で作り出した可能性、
つまりそれを操っている強い悪魔召喚師が近くに潜んでいる可能性が出てくる。
しかし、悪魔は襲ってくる様子は無かった。
と、すると、偵察だろうか。
何にせよ、危険だ。
ライドウとイッポンダタラは足を速めた。
だが、その悪魔は一定の間隔を開けて確実に自分たちを追いかけてくる。
攻撃の気配は無い。
「気になるううううううう!! ヤツは誰だアアアアアアアアアッッ!!!
うぉれも誰だアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
「……頼むから黙っていてくれ、イッポンダタラ……」
どうして引きこもったのがこいつではなくてモー・ショボーの方なのか。
ライドウは度重なる自分の不運を呪った。
どこかに運喰い虫がいれば少しは気休めにでもなるのに…。
もっとも、いたところで取り餅も虫かごも無いのだからいたところで捕まえられないが。
「静かに聞いてくれ。」
「うおおおおお!!! むぁかせろおおおおおおおおおおおおお!!!!」
(…駄目だこいつ、早く何とかしないと…)
そう思うが黙らせている時間すら勿体無い。だから無視して手短に伝えた。
「今後ろに悪魔いるのは解るな?
今からお前をいったん『こんぷ』に戻してあの悪魔の背後に召喚する。そこで炎属性のシキミの影を作ってくれ。
奴の背後、それから左右に。
その後また呼び戻す。
それからここに左右二本の太い樫の木がある。この間にも同じものを作って欲しい。解ったか?」
初めて自分が仕える召喚師に頼られたのがよほど嬉しかったのか、イッポンダタラのボルテージはさらに上がってしまった…。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!
ムぁかせるぉおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「…………。」
(もう、どうでもいいや。)
ライドウは投げやりにため息を付くと、おぼつかない手つきでCOMPを操り、まだ何かわめいているイッポンダタラを中に戻すと、
今の自分に出来る最速の動作で再び召喚した。
あの悪魔の気配を感じるさらに後ろ辺りに。
いきなり背後に今追っていた連中の片割れが登場したのだから偵察の悪魔も多少動揺したのだろう。
木陰からちらりとこちらに姿を見せた。だが種族までは確認できない。
「絶頂ううううううううううう!!! 好カベ一代イイイイイイイイイイイイイイイ!!!!」
イッポンダタラのテンションは相変わらずだが壁作りの腕は確かなのか手際は無駄に良く、
一瞬にして悪魔を囲うようにシキミの影を作り上げた。
シキミの影は相変わらず生理的に受け付けない表情をしているが今は最大の武器の一つだ。
ライドウもイッポンダタラごときに負けてはいられない。
何とかCOMPの扱いに慣れてきたのか、先ほどよりは素早くイッポンダタラを回収すると、
驚いている悪魔を尻目にもう一度召喚した。今度は自分のすぐ隣に。
もの凄い勢いで最後の退路、つまり自分たちへの方向へ空いた穴を塞ごうとするイッポンダタラを足蹴にして止めると、
ライドウはあらかじめ鞄から取り出しておいた消火器の栓を抜き、中身をぶちまけた。
「きゃあああああああっ!」
中から絹を引き裂く強烈な悲鳴が聞こえた。少女の悲鳴だ。
はっきりとした姿は粉塵によって確認できたわけではないが、どうやら女型の悪魔だったのだろう。
「今だイッポンダタラ!」
消火器の中身の壁の間に粉塵が充満している間にもう一つシキミの影を作らせ、完全に密封する。
壁越しにもくもくと浮遊する粉の中からようやく悪魔の姿を確認することが出来た。
悪魔はかなり焦った様子で腕力では決して崩すことの出来ない壁をドンドンと殴りつけていた。
「こいつは…!」
粉塵の中、ようやくはっきりと確認した悪魔は脅威とも言える実力を伴う悪魔であることをライドウは知っていた。
しかし、どうして今こんなところに“彼女”がいるのかは理解できなかった。
「あたし、今あなたの後ろにいただけなのに何で! あんたなんかにお友達になって欲しいとか全然思ってないよ!」
彼女はライドウ側の壁に両手を付いて必死の形相で訴えた。
何故と聞きたいのはこちらの方であった。
たまたま上手く行った思いつきの作戦が失敗していたらこちらが命を落としているところだったのだ。

この悪魔の名前は魔人アリス。

ルイス・キャロルの童話そのままの姿を取ったような、
プラチナブロンドの髪をきらめかせ、紺色のワンピースを着た愛らしい少女の姿をしているが、
彼女はまさしく死神だ。
無慈悲なまで無垢な言動とその美貌でこちらを惑わし、死に追いやる。
(どうする? アリスは浮遊出来るが上まで塞げばそう簡単にここから脱出は出来ないだろう。
今の内に逃げるか?
いや、しかし……
交渉が上手く行けばかなりの戦力になる。だが、彼女が既に誰かに使役されている状態ならばそれは絶望的だ。
(賭けに出るか? いや、迷ってる暇は無い!)
「アリス、このシキミの影は炎で焼き尽くせる。だが今やれば粉塵爆発を起こして君も木っ端微塵だ。
こちらの交渉に応じてくれれば少し収まってから…」
ライドウが考えを巡らせつつ、交渉を持ちかけていると、いきなりぬっと現れたモー・ショボーがライドウの前に立ちはだかった。
勝手にCOMPに引きこもったと思うと今度は勝手に登場する。
どうも彼女はイッポンダタラよりよっぽど扱いにくい仲魔だったようだ。
「ちょっとニンゲン! こいつ仲魔にするのあたしイヤだからね! 今すぐ焼いて!
これ以上ライバルを増やしたら…あれ?」
キッと煙の中で咽ているアリスを睨み付けたモー・ショボーは何かに気づいたようだ。
「あんた、その首…!」
ライドウもその時気づいた。
アリスの首に、自分たちと同じ死の刻印が刻まれていることに――。
しかもそれは自分たちのそれとは違い、赤く、激しく点滅していた。
「……ニンゲン……アリス、ウソついてた。ホントはニンゲンとお友達になりたくて……ヴィクトルに、一生懸命頼んだのに……
ひどいよ、やっぱりみんな……『死んでくれる?』……きゃぁぁッ!」

ドン!!!

壁の内側から篭った破裂音が響き、ぱっと立ちふさがるシキミの影に鮮血が弾けた。
収まりつつあった粉塵の中でごとり、と、彼女の美しい首が転がり落ち、その直後、小さな体もがっくりとうつ伏せに倒れた。

「死んじゃった……?」
唐突に起こったことことにモー・ショボーも、イッポンダタラも、そしてライドウもしばらく唖然としてしまった。
「今のは……何だったんだ?」
「あ、あたしに聞かないでよ!」
それに彼女が一度だけ口にした人物の名前――。

『ヴィクトル』

何故この名前が今、彼女の口から発せられたのか……。
ライドウの知るヴィクトル・フランケンシュタイン博士はこの『ゲーム』に何らかの形で関わっているとでもいうのだろうか。
また一つ、謎が増えてしまった。
だが、今はまだ解けない謎を解明している暇は無い。
イッポンダタラのアギでシキミの影を取り払うと、
ライドウは眼を見開いたまま粉まみれで転がっているアリスの首の前に跪き、粉を手で払うと右手で目元をそっと覆う。
その手を避けると、彼女の眼は閉じられている状態になった。

『ニンゲンとお友達になりたくて』

彼女がライドウに近づいた動機は本当にそれだけだったのだろう。
たとえどんな裏事情が隠されていようとも。
だが、今のライドウに出来る弔いはこれだけだった。
「ニンゲン……」
モー・ショボーは何か言いたそうにこちらをちらちらと見やったが、良い言葉が思いつかなかったのだろう。
そのまま押し黙った。
イッポンダタラもさすがに黙り込んでいる。
「行こうか。」
ライドウは踵を返すと、そのまま再び歩き始めた。


(同時刻 スマル市某所)

「失敗してしまったか」
業魔殿の安楽椅子にゆったりと腰を掛け、ヴィクトルはメアリからの伝令に耳を傾ける。
「イゴールに悪魔の選別を頼んだのがいけなかったのか、我輩の考えが浅はかだったのか…。」
きちんと切りそろえた顎鬚に手を当て、ヴィクトルはしばし考え込む。
「ヴィクトル様。お気になさらぬよう。また、もう一度別の悪魔を差し向ければ済むことです。」
「しかし……」
ヴィクトルの思惑は別のところにあった。
魔人アリスは最期にとんでもないことを口走ってしまったのだ。
つまり、自分の名前を――。
そのことは遅かれ早かれルイ・サイファーの耳にも届くはずだ。
そうなれば、自分はどういう処分を受けることになるのか。
恐れているのは死ではない。
これ以上悪魔の研究が出来なくなるのではないかということ一点である。
「メアリよ。」
「何でございましょう。」
「我輩はこれよりルイ・サイファーにもう一度掛け合ってみる。」
「でも、ヴィクトル様……」
「何、案ずることは無い。この街の悪魔を自在に操れるのは我輩だけだ。すぐに戻ってこれるであろう。
お前は一度噂現実化制御部門の方へ行ってフィレモンとニャルラトホテプの機嫌でも取っておいてくれ。」
「何か作戦がおありなのですか?」
「ああ。次は奴らの手を借りることになるであろう。
頼んだぞ。」
「……かしこまりました。」
メアリは優雅かつ、控えめに一礼すると、業魔殿を後にした。

<時刻:午後0時20分頃>
【葛葉ライドウ(葛葉ライドウ対超力兵団)】
状態 貧血気味(肩の傷は手術と回復魔法でほぼ完治)
武器 脇差(ひどい刃こぼれ) メリケンサック型COMP(合体機能なし、インストールソフトあり)
道具 レイコの荷物(マハラギストーン マハジオストーン マハガルストーン) MAG2800
   病院で拾った物いくつか(食料、傷薬少々)
仲魔 モー・ショボー(疲労) イッポンダタラ(凹み中)
現在地 蝸牛山、下山中

【ヴィクトル・フランケンシュタイン】
主催者の一人。悪魔管理部門総括
【メアリ】も同様に悪魔管理担当


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最終更新:2009年06月29日 10:02