【元ネタ】史実
【CLASS】
アーチャー
【マスター】
【真名】アルプ・アルスラーン
【性別】男性
【身長・体重】186cm・95kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力B 耐久C 敏捷B 魔力D++ 幸運B 宝具A
【クラス別スキル】
対魔力:C
第二節以下の詠唱による魔術を無効化する。
大魔術、儀礼呪法など大掛かりな魔術は防げない。
単独行動:C
マスターからの魔力供給を断ってもしばらくは自立できる能力。
ランクCならば、マスターを失ってから一日間現界可能。
【固有スキル】
騎乗:A+
騎乗の才能。獣であるのならば幻獣・神獣のものまで乗りこなせる。ただし、竜種は該当しない。
勇猛なる獅子:A
アーチャーの威光を称えて名付けられたアルスラーンの称号。
カリスマ・軍略・勇猛などの複合スキル。
アーチャーの真名を知らぬ相手であっても、相対すれば彼の姿に王者の威風を感じ取るだろう。
千里眼(射手):C
視力の良さ。遠方の標的の捕捉、動体視力の向上。また、透視を可能とする。
弓を射る際に極度に集中することによって、時間感覚操作を行う。
アーチャーは慌てることなく、ゆっくりと狙いを定めて射つことができる。
その腕前は歴史家が絶賛するほどで数メートル離れた帽子に付けられてる小さいボタンを射抜いてしまうほどであったという。
捕縛術:B+
捕虜や人質を取った逸話があるサーヴァントが持つスキル。
敵対者がスキル所持者に敗北した際に自動発動しスキル対象者の行動を制限し、対象がサーヴァントである場合はマスターとの接続を強制的に切断し令呪などの干渉を無効にすることが出来る。
アーチャーの場合、追加効果として対象者のカリスマに由来するスキルを無効化し、HPの最大値を半分にする。
更にスキルを解除する際に追加効果として対象者を盲目と幸運のランクE-に固定するバッドステータスを付与することが出来る。
これらの追加効果はマラズギルトの戦いで東ローマ帝国の皇帝ロマノス四世を捕虜にし「残酷な刑」と称して祖国へと送り返されるが、皇位継承問題の抗争の末に盲目にされた上で追放された逸話に由来する。
【宝具】
『掌握せし煌々(アイ・ユルドゥズ)』
ランク:A 種別:対己宝具 レンジ:- 最大捕捉:1人
ある夜に見た三日月と星を勝利の兆しと見なしその翌日に行われた戦争で勝利した伝説に因む自己強化宝具。
夜間のみに発動する宝具であり、アーチャーは星と月に由来する神秘と魔力を供給することが可能である。
この状態のアーチャーは敵対者が多勢であっても容易に殲滅する攻撃性能を獲得する。
例を挙げるなら弓から放たれる一矢は光の魔力を纏った一種の弾道ミサイルと化す。
『天涯統べし獅子(シール・エ・ジャハーン・ゴシャー)』
ランク:B+ 種別:対軍宝具 レンジ:1~40 最大捕捉:600人
ファーティマ朝に対する南方遠征を始め、生涯に渡って遠征を繰り返し数々の栄光を掴み取った軍歴の具現。
魔力を糧とする事でアーチャーの軍歴に因んだ弓騎兵・歩兵を召集し使役する。
アーチャーは宝具『掌握せし煌々』などによる魔力リソースを組み合わせることで数十万に及ぶ第軍勢を構築するなど容易である。
また隠された効果としてこの軍勢によって征服した土地の龍脈を掌握する効果を有している。
この宝具によって征服地を広げることでアーチャーは生前に変わりない強大な軍勢を手にするだろう。
【解説】
セルジューク朝の第2代スルターン。「勇猛なるライオン」を意味する名前で、彼の軍事的な武勇や戦闘技術を称えて名づけられた。
即位に際しアッバース朝カリフから下された尊称により、「偉大なるスルターン、王朝の腕、勇敢の父、アルプ・アルスラーン・ムハンマド、信徒たちの司令者の証言者」と名乗った。
アルプ・アルスラーンは、父チャグリー・ベグの後を継いで、ホラーサーンの総督となった。
セルジューク朝の初代スルターンであるトゥグリル・ベグは彼の叔父である。
トゥグリルが亡くなると、アルプ・アスラーンの兄弟であるスライマーンが後継しようとしたが、
アルプ・アスラーンと、トゥグリルの従兄弟クタルミシュが共に反対しその後アルスラーンはクタルミシュとも王座を争ったが、
結局はアスラーンが勝ち、スルターンの座を受け継いだ。
アルプ・アスラーンの遠征軍は東ローマ帝国を侵略してシリアに向かった。
侵略者を迎えうたんとする東ローマ皇帝ロマノス4世自身が指揮した2回の戦闘を含む、計3回の激戦が行われた結果、
セルジューク軍は敗退し、ユーフラテス川の手前まで退却した。
ロマノス帝は再び戦闘を起こすことを決意し、4万人の軍を集めアルメニアに進軍、
アスラーンは和議を望んだが、ロマノス帝はそれを拒否したため、マラズギルトの戦いと呼ばれる戦闘となった。
結果は、ローマ軍内部の裏切りとテュルクの騎兵隊の威力によって、ローマ軍の完敗となった。
ロマノス4世は捕虜となったが、アルプ・アスラーンはロマノフ帝を寛容に扱い、和平を約束したうえ、丁重に護衛の兵を付けて釈放した。
アルスラーンの最期は捕虜として捕えられ残酷な処刑を命じられた総督ユースフが短剣を持って襲い掛かり、アルスラーンは護衛を制して自ら弓を取り出したものの、
足を滑らせ矢を外し、ユースフの短剣を胸に受け、その4日後に亡くなった。
護衛をを制した自らのうぬぼれを後悔し、そのことを死の間際に息子に伝えたと記録に残っている。
アルスラーンは父チャグリー・ベグの隣に埋葬された。墓碑には次のように刻まれている。
「天にも届くアルプ・アルスラーンの偉業を仰いだ者たちよ、見よ!いまや彼は黒い土の下に眠っている…」
最終更新:2026年05月16日 18:08