アットウィキロゴ

ウィリアム1世

【元ネタ】史実
【CLASS】キャスター
【マスター】
【真名】ウィリアム1世
【性別】男性
【身長・体重】179cm・80kg
【属性】秩序・善
【ステータス】筋力D 耐久C 敏捷C 魔力B 幸運B 宝具A
【クラス別スキル】
陣地作成:A+
 魔術師として自らに有利な陣地を作り上げる。
 ”神殿”を上回る”大城塞”を形成する事が可能。
 キャスターは治世において複数の城塞を建設した他、ノルマン諸侯の入植事業を奨励した。

道具作成:C+
 魔力を帯びた器具を作成できる。
 キャスターの場合は正規の魔術師ではない為、本来ならば魔術礼装などの道具は作成する知識を持ち合わせていないが、
 『王の眼前に秘事はなく』と組み合わせることで収集した神秘を内包した魔術礼装を製作することが出来る。

【固有スキル】
為政:B
 状況の統治、運営に際しての手腕。戦場に於ける“カリスマ”ではなく、国内に於ける“支持率”。
 イングランドの統治機構を整備し、王権による支配の盤石化に注力した事からこのスキルを保有する。
 煽動、話術、交渉術と言ったスキルを内包し、鼓舞や戦意高揚とは真逆の“秩序”を広げる治世スキルとなる。

軍略:B
 一対一の戦闘ではなく、多人数を動員した戦場における戦術的直感力。
 自らの対軍宝具の行使や、
 逆に相手の対軍宝具に対処する場合に有利な補正が与えられる。
 キャスターは軍隊を率いてブリテン島に新たな王朝に築き、王として即位した後は各地の反乱を武力で鎮圧した。

守護の誓約:A
 陣地防衛に対してプラス補正。自陣メンバー全員の防御力を上昇させる。
 キャスターはイングランド王に即位した後、各地に城塞を築き上げていった。

【宝具】
『王の眼前に秘事はなく(ドゥームズデイ・ブック)』
ランク:A 種別:対国宝具 レンジ:1~700 最大捕捉:200万人
 キャスターが国土の検地記録を纏めた、世界初の土地台帳。
 その記録規模の広大さは当時どころか19世紀に至るまで塗り替えられず、故に英霊ウィリアム1世の偉業を象徴する宝具となった。
 キャスターが現界した土地の情報を詳細に記録し続け、地脈に根ざす魔術基盤や他陣営の動向といった全てを詳らかに顕す。
 真名解放によってキャスターは領域を司る王としての権限を発揮し、台帳が記録した情報を自在に具現化する。
 土地の基盤に基づく魔術の行使や、他陣営が使用した宝具の再現すら可能。
 ただしこの宝具を上回るランクの神秘を再現する場合、ランクはB以下にまで低下する。

『受け継がれし王威の塔(マジェスティズ・ロイヤル・フォートレス)』
ランク:A 種別:城塞宝具 レンジ:1~99 最大捕捉:500人
 キャスターが王都ロンドンを防衛する為に築城を命じた城塞。
 ロンドン塔と呼ばれたこの建物は、後世にて天文台、造幣所、監獄、動物園と時代に応じて様々な用途を果たした。
 状況に応じてリアルタイムで増改築を繰り返し、建造物に求められる諸々の機能に応じる万能の城塞。
 『王の眼前に秘事はなく』との併用による高精度の占星術の実現、魔力リソースとなる貨幣の作成、侵入者の投獄及び処刑とその応用力は多岐に渡る。
 塔で飼育されたワタリガラスを使い魔として使役することによる伝令や工作活動、
 城内に保管された史上最大級のカット・ダイアモンド「カリナン」を駆使する宝石魔術など
 搭載された装備によって守勢のみならず攻勢においても優れた性能を誇る。

『毛糸に紡がれる我が偉業(バイユー・タペストリー)』
ランク:A 種別:対軍宝具 レンジ:1~40 最大捕捉:300人
 キャスターが成し遂げたイングランド征服を謳った刺繡画が宝具となったもの。
 魔力を込めることで布に刺繍された物語を物理的な事象として引き起こすことが可能である。
 キャスターが呼び出せるのは軍船、軍馬、猟犬、武器を携えた兵士達などである。
 そしてブリテン島の王権を揺るがした凶星とされるハレー彗星である。
 このハレー彗星は不吉の象徴である火の星であり顕現することで敵軍の幸運を2ランクダウンさせることが出来る。

【解説】
 ウィリアム1世はノルマン・コンクエストを成し遂げた王である。
 彼は1028年ごろ、ノルマンディー公ロベール1世と愛妾アルレットの間に非嫡出子として生を受けた。
 1035年に父が巡礼の途上で客死したことにより、わずか7歳ほどで公爵位を継承したが、庶子という出自と幼さは多くの反乱を招き、ノルマンディーは長らく無政府状態に陥った。
 しかし、彼はフランス王アンリ1世の支援を得つつ、1047年のヴァレ=デュヌの戦いで反乱諸侯を破り、成人するまでに公国全土に確固たる権威を確立した。
 さらに1050年代にはフランドル伯の娘マティルダと結婚して強力な同盟関係を築き、隣国メーヌを制圧するなど大陸での勢力を着々と拡大させていった。

 最大の転換点は、従兄弟にあたるイングランド王エドワード懺悔王の後継問題である。
 子供のいないエドワード王はかつてウィリアムに王位継承を約束していたとされるが、1066年に王が崩御すると、イングランドの有力諸侯ハロルド・ゴドウィンソンが王位に就いた。
 ウィリアムはこれを誓約違反として抗議し、大規模な艦隊を組織してイングランドへ侵攻した。
 同年10月、ヘイスティングズの戦いにおいて、ノルウェー軍との戦いを終えて南下してきたハロルド軍を撃破し、激戦の末にハロルドを討ち取った。
 この勝利により、ウィリアムは1066年のクリスマスにウェストミンスター寺院でイングランド王として戴冠し、ノルマン人によるイングランド支配、いわゆるノルマン・コンクエストを成し遂げた。

 即位後のウィリアムの治世は、相次ぐ反乱の鎮圧と統治体制の再構築に費やされた。
 特にイングランド北部での反乱に対しては「北部の蹂躙」と呼ばれる徹底的な破壊工作を行い、アングロサクソン貴族の勢力を一掃した。
 ウィリアムは没収した土地を自身の忠実なノルマン人家臣たちに再分配し、全土にモット・アンド・ベイリー形式の城砦やロンドン塔のような石造の要塞を築くことで、少数派であるノルマン人による軍事支配を盤石なものとした。
 また、教会の人事も刷新し、ランフランクスをカンタベリー大司教に据えるなどして宗教面からも統治を強化した。
 1086年には、徴税と領地把握のために当時のヨーロッパでは類を見ない詳細な土地調査報告書「ドゥームズデイ・ブック」を編纂させ、王権による中央集権的な支配の基礎を築いた。

 晩年のウィリアムは、長男ロベールとの不和やフランス王フィリップ1世との領土紛争など、大陸側での問題に悩まされた。
 1087年、北フランスでの軍事遠征中に負傷、あるいは病に倒れ、同年9月に崩御した。
 彼の遺領は、長男ロベールがノルマンディー公国を、次男ウィリアム・ルーファスがイングランド王国を継承することとなった。
 ウィリアム1世は、大陸の封建制度をイングランドに導入し、古英語に代わるノルマン・フランス語の影響を宮廷にもたらすなど、
 その後のイギリスの国家形成、言語、文化に計り知れない影響を残した人物であった。
+ タグ編集
  • タグ:
  • 実験産
  • 史実
  • キャスター
  • イングランド
  • 男性
  • 秩序
最終更新:2026年05月16日 17:16