| 作品No. | 7 |
| タイトル | 【モバマス】ほたる「わたしの不幸と、幸せと、不幸」 |
| 感想者名 | 農家(21) |
| 感想本文 | "幸運だから幸せなのか、不幸だから不幸せなのか。そんなことを考えさせられるSSでした。 ほたるの葛藤や独白は身につまされるようで、心にどすんときました。どんな道を選ぶにせよ、二人の力を合わせて進んでいってほしい。強くなったな……ほたる……。 少しだけ気になったのは、ほたるに再度手術を促す前のPの様子でしょうか。まるで視力を失ったかのような振る舞いで、ここは少しやり過ぎでは?と引っかかりました。 それと、決断前にPに相談してみないかと提案された際の対応。P「相談してみないか?」→ほたる「お願いします」→P、渋い顔、となるのは、お? と思いました。 とはいえ気になったのはそのあたりぐらいで、ほぼ全体通してとても楽しませていただきました。" |
| 作品No. | 7 |
| タイトル | 【モバマス】ほたる「わたしの不幸と、幸せと、不幸」 |
| 感想者名 | 新居ゆあ |
| 感想本文 | "幸せでも不幸でもほたるちゃんは可愛い、これ真理。 > わたしを長年苦しめてきた不幸は医学の前に消えてなくなる。 野暮かもしれませんが、 根幹となる設定をこの言い回しだけで済ませてしまうのは 言葉が少ないかなと感じました。というのも、 『不幸は医学的に治せるものではない』という現実の前提知識があるせいか、 『不幸体質の他に病気でもあったのだろうか』 と勘違いしてしまったから、です。 個人的には『不幸体質を医学で救えるオカルトじみた技術』ということを 説明というか補足があれば伝わり易いのではと想います。 > 「……じゃあ、お前がトップアイドルになりやすいと思う方を選んでくれ」 > (中略) > そして自分のカバンから紙を一枚取り出した。 恐らく医療の承諾書だと想うのですが、 最初も最後も『紙』と表記していたこと、 受ける受けないをぼかしたままで終わったこと、そして > プロデューサーさんと一緒に歩んでいこう。 の文から、もしかして『プロデューサーといっしょに辞めるための辞表』 ともとれる風に、なんて意図があったのか、なんて想いました。 といっても、途中でも例えば プロデューサーが一緒に辞めちゃうかと提案したりとか そういった話が出なかったのと、最終的に了承するような流れに感じたので、 自分の深読みが過ぎだけでしょうか。 もし自分が書くのならですが、治療の了承する旨をハッキリとさせる、 これからは不幸とではなくプロデューサーといっしょに…! ときっぱり宣言させます。 そこから『ほたるを治療させてあげて、という意見がSNSであがっている』 とPCの画面を見せる展開に繋げます。 そうすれば、冒頭で出ていたネットに触れていないという設定を活かせつつ、 プロデューサーだけでなく、こんなに大勢が幸せの後押しをしてくれる、 不幸を無くすことは不幸ではない、もう独りぼっちじゃない、 とハッピーエンドを演出できるのではないでしょうか。 ともあれ、ほたるちゃんには、幸せでも不幸でも笑ってて欲しいです。" |
| 作品No. | 7 |
| タイトル | 【モバマス】ほたる「わたしの不幸と、幸せと、不幸」 |
| 感想者名 | Freege(患部) |
| 感想本文 | "私はこのSSを読んで、ついスキャットマン・ジョンを思い出してしまいました。 プッチンプリンのCMでご記憶の方が多いと思います。 スキャットマン・ジョンは吃音が克服できず悩んでいたジャズ・ピアニストだったんですが、 吃音を逆手に取った独特な歌唱法を編み出して有名になりました(本当は歌詞も深いんですが)。 なんでスキャットマン・ジョンの話をしたかというと、 スキャットマン・ジョンは歌手として多忙になりいろいろな取材に引っ張り回されているうちに、 50年以上も改善しなかった吃音の症状がだんだん改善していき、あるとき「お前の吃音は詐病じゃねぇの?」と疑われ、 その瞬間スキャットマン・ジョンは「どもる自分ではなく、流暢にしゃべる自分を恥ずかしく思い」そんな自分にショックを受けたそうです。 スキャットマン・ジョンの吃音と、このSSのほたるの不幸がダブるのです。 (ジョンの吃音はほたるの不幸と違って回りを巻き込まない点、ほたるの不幸治療には決断を伴う点などが違っていますが) 「自分が不幸でなくなること」についてのほたるの葛藤が、45~50レス目あたりでキッチリ書かれているな、というのが印象深いです。 辛口評価もご希望とのことなので、一つ指摘させていただければ、 「ほたるの不幸が病気」かつ「ほたるの不幸が治療できる」という点について描写が不足していると感じました。 病気には「どんな症状があるか?」 治療には「症状をどの程度改善させるのか?」という前提があります。 例えばピーナッツアレルギーという病気(病気というより体質なんですけど)の症状では、 ピーナッツひとつぶ口に入れた瞬間に喉が腫れて呼吸困難になって死ぬこともあるのですが、この症状を例えば 「ぐげぇええ喉いてぇ食事なんかできねぇよお」レベルまで抑えるのも(症状は軽くなっているんで)立派な治療です。 ほたるの不幸の症状は、治療を受けることによってどの程度変化するのでしょうか? 街を歩いていてほたるの頭上に落ちてくるものが、雷から金ダライに変わるのでしょうか? それとも雨粒ぐらいで済むようになるのでしょうか? そういう「治療前」「治療後」が具体的に示されていないので、ほたるの葛藤の前提にある「治療したらどうなる」「治療しなかったらどうなる」という彼女の予想がイメージしにくく、彼女の妄想のように思えてしまうのが惜しい、と思いました。 勝手ながら、私が書くなら治療役は茄子さんにして、 茄子「私がお祓いしたら、ほたるちゃんは人並みの運を手に入れられます」 ほたる(ここでお祓いをお願いしたら、プロデューサーさんや今までできたファンとの出会いも、すべて「不幸」扱いとして否定してしまうんじゃないか? でも自分が不幸のままでは……) みたいにします。病気でなくオカルト扱いにして、胡散臭さは茄子さんの設定を借りてカバー。 「ほたるが自分の決断によって、『不幸』でなくなることができる」というエッセンスだけを残します。" |
| 作品No. | 7 |
| タイトル | 【モバマス】ほたる「わたしの不幸と、幸せと、不幸」 |
| 感想者名 | 謎ノ介 |
| 感想本文 | "彼女にとっての幸不幸とは何なのか。 彼女の内に在るものか、傍に立つものか、それとも……と。 少なくとも彼女自身が「不幸である」ということはないのでしょう。 このSSはひとつのアイデンティティにまつわる話となっていたかと思います。 読み返す度に白菊ほたるについてうむと考えさせられました。 懊悩、発露、そして決意。 そこへ至るまでが綿密に描かれ、彼女の選択、その行く先がどこであれアイドルの白菊ほたるは在り続けるのだと確かに感じさせられました。 とても素晴らしいものを読ませていただきました。 " |