「お待ちを… レナド大将軍。」
つまみ出されそうになる4人を見て赤い鎧を身に纏う男。丁度、左に居いるレフティス大臣の向かいにたたづむ男性が、玉座から離れるレナド大将軍を静止する。
「ライツァー。 お前が発言など珍しいな、 どうした?」
「こやつ等、試してみてはいかがでしょう。」
赤い鎧が印象的なライツァーと呼ばれる男性は、お辞儀をしながらギィ達を指差すとそう話す。
「…ますますもって珍しい。お前がこんな事を言い出すなどとはな。」
「ッフ… あなた様の前であれほどの大口を叩くなど、よほどの馬鹿かまたは達人のどれかか… 少しだけ興味がわきました。 もし、あれが大口であることが分かりましたら、レナド大将軍… 」
「…開戦か。」
ふむ… と考えた素振りを見せるレナド大将軍は、王座に再び腰掛けライツァーの提案を受け入れる
「…いいだろう。ライツァーよ こやつらが力を試してみよ」
「ハハァ!」
そういうと立ち上がり、槍を手にすると、つまみ出そうとギィ達の周りにいた兵に指示を出し、彼らは
ヒッキー達から離れ元の場所に戻る。
この人のおかげでなんとかチャンスが生まれた。しかし、心なしか空には暗雲が立ち込めてきたような気がする。
「にいさ… ライツァー将。 どういう風の吹き回しですか?」
「レフティス大臣。「興味がわいただけ」と今しがたレナド大将軍の前で申したばかりでしょう。謁見中にあれほどの馬鹿な発言… 早々お目にかかれるものでもない… もし奴らが本当に「力」を持っているとレナド様が分かれば、ルアルネへの開戦を見越してくださるだろう。」
「ライツァー将…」
「ただこれだけは言っておく。私は手を抜くなどはしない… 全力で奴らを試す。」
「待ってください! こうなった責任は私にもある…レナド大将軍! 是非とも私に彼らを試す機会を…」
(その「試す」という言葉… もしかして、レフティス大臣も戦いに参加するって事なの!?)
戦いを専門にしているあのライツァー将ならいざ知らず、レフティス大臣までどういうことだ!?
困惑するヒッキーと同じくライツァー将も少し、レフティス大臣の発言に戸惑っている。深いため息の後に、ライツァー将はレナド大将軍にどうするのか伺いをたてる。
「… レナド大将軍、どうなされますか?」
「これはこれは… 兄弟での共闘か。久しく見ぬ血沸く戦いが見れそうだ。 」
「感謝いたします。レナド大将軍…」
レフティス大臣はレナド大将軍に一礼すると、懐から分厚い手甲を取り出しそれを手に装着する。
「ヒッキーにギャシャール! そして、ニーダ… この戦いは私が責任もってどうにかする。後ろに下がってな!」
「え!? そんなの無茶です!!」
あろう事に自分ひとりで戦おうとするギィ。確かに自分が招いた事であるから巻き込みたくないのは分かるけど、無謀にも程がある
「僕も参加する… 相手は国の英雄だよ?それにあのレフティス大臣だってどれ程強いのか分からないし、加勢するよ…」
ため息混じりにそう答えるギャシャールはどこからともなくナイフを取り出して、ギィに歩み寄る。いくらなんでも見過ごす事は出来ない。
「…すまないね。」
「いいよ別に。気にしないで」
いままで、謁見中に何一つ話さなかったギャシャール。いつの間にかこんな事になり、挙句は巻き込んでしまった事を素直に謝罪するギィにやさしくそう答える。
普段は生意気な態度を取る彼女だが、今はギィの気持ちを汲み取って素直に謝罪を受け入れる。
「あんた…」
彼女達にやっと友情が芽生えた…
「まあ、こうなるだろうとは思ってたんだし」
「! あんたは!分かってたんなら私に忠告するとかしなよ!!」
…かに見えたが結局は同じだった。
「…だって 普通に考えてあの発言はないでしょ… そこまで「馬鹿」とは思わなかったし。」
「このアマ…!!」
ギィが言い返せない立場を良い事に、言いたいこと言いまくるギャシャール。このままでは、彼女達で斬り合いの戦いが繰り広げられそうだ。
「おい、痴話喧嘩もそこまでにしろ…」
二人が言い争うのに嫌気がさしたのか、そういってライツァーはハルバードを構え、二人を威圧する。
「「誰が痴話喧嘩だ…」」
その言葉に二人仲良く反応する。武器を構えて威圧するライツァーに、流石に二人も臨戦態勢になり戦いの準備を整える。
「ライツァー将。ギャシャール殿は女性です… それにどこをどう解釈すればあれが痴話喧嘩になるのですか?」
「ふん… 私はあのじゃじゃ馬女と戦う。レフティス大臣はあのひ弱そうな男女と戦え…」
レフティスの言葉に鼻を鳴らして答えると、1対1の戦いのためレフティスから離れてギィも方へ歩み寄る。
(この… じゃじゃ馬女だぁ…!?)
近づいてくるライツァーを睨み付けると帯剣を抜き出し、剣を構えるギィ。
(はぁ… 熱くなりすぎだってギィ。でも、男女はともかく「ひ弱そう」は取り消させないとね。)
ライツァーの相手はギィがするならば… っとギャシャールはレフティスへ近づいていく。
なんというか… 反乱軍そっちのけの戦いが… 今、幕を開けた。
「…」
「…」
ギィとライツァー将は早々に斬り合いでも始めるのかと思ったが、向かい合うとお互い武器を構えたまま動かなくなってしまう。双方にらみ合いだ。
お互いがお互いの隙を伺っている。緊迫した空気が当たりに流れた。
「あちらはあちらで戦われるようですので、私達はもっと離れた向こうに行きましょう。」
そういうとギャシャールに向かってくるりと背中を向けるレフティス大臣。
「…良いけど、僕に背中を見せていいの? 戦いはもう始まってるんでしょ… 後ろから攻撃が行っちゃうよ?」
「どうぞどうぞ。 しかし、
不意打ちで負かしたところでレナド大将軍が満足するでしょうか?逆だと思います。 あなたもわざわざそんな事を言うんだ気付いているんでしょ。で、なければ、わたしが背を向けた時点で攻撃したではずだ。」
そういうと、満面の笑みで答え、無防備のままで歩いていくレフティス。
「…」
食えない奴… 戦意をむき出しにする相手とは違い、こういった飄々とした態度の相手のほうが彼女としては戦いにくい。
「じゃあ、ギィ殿とライツァー将の戦いに「巻き込まれない」うちにあちらへ…」
(こいつ…長柄の武器持ってるくせに隙が無い。)
小回りが効かない長柄の武器だ。 懐に入れば公明が見出せる しかし、飛び込もうにもこれでは返り討ちだ。 どうしようもない…
「どうしたじゃじゃ馬女。レナド大将軍に力を認めてもらわなければならないんだぞ…」
待ちの構えになるギィに急かすように言い放つライツァー将。
持っているあの先端に斧のようなものがついた槍… あんな形状の槍は見た事がない。周りにたたずむ兵士達は純粋に先が尖っただけの普通の槍を装備しているけど、一体何なんだあの武器は?
「ニーダさん。あの武器ってなんていうんですか?」
「ハルバード、ニダ。ちょっとwikiで調べた結果だと…」
「斧槍」「鉾槍」などと邦訳される。状況に応じた用途の広さが特徴的なポールウェポンの完成形であり、その実用性から、
ハニャン連邦全域で広く使用されていた。
切る、突く、鉤爪で引っかける、鉤爪で叩くといった、4つの使い方が可能という多芸な武具である。斧部分のおかげで槍兵の戦闘力はスピアーよりも倍増し、さらに鉤爪で鎧や兜を破壊したり、馬上から敵を引き摺り
降ろしたり、敵の足を払ったりと、多彩な使い方を可能にしている。
だが、それ故に重量自体も重く、扱える者は限られていた
「らしいニダ… しかも、元は儀礼用で、戦いで利用するなんてあんまし聞かないニダ。それに長柄の分、懐に入り込んでしまえば思い先端のせいで、通常の槍以上に小回りの利かないあの武器に脅威はなくなるニダ…」
「はい。 しかし、懐に入るまでが大変そうですね…」
でも、港のチンピラとの戦いでは攻撃を全部回避して、挙句反撃までしたってギャシャールが言ってた… 回避にかけては物凄いって事だろうけど。
懐に入るならギィなら朝飯前だろう、と思う…
相変わらずのにらみ合いのままのライツァー将とギィ。動きがない… レナド大将軍はそれを黙ってみているが、この戦いをどう思い観戦しているのだろう…
「早く来い… さもないとルアルネが」
「…分かったよ。」
そのライツァー将のセイフが終わる前にギィは返事をすると同時に、物凄い速さでライツァーへ攻撃を仕掛ける。
ガキィン!!
しかし、突撃むなしくライツァー将の槍にて、攻撃が弾かれてしまう。そのまま槍を軽く薙ぎ、ギィを後ろへ押しやる。
「ニーダさん… アレ見えました?」
「ウリにはぜんぜん… 」
ギィの踏み込み… あまりのスピードに二人はそれらが全く見えていない。それなのにあの攻撃に、扱いにくいハルバードで対応するなんてライツァー将はどんな化け物なんだ
(参ったね… コイツ、重量の武器持ってるくせに、返しの反撃がメチャクチャ早い… どうやって「剣」で懐に飛び込もうか…)
「戦闘中に考え事か?」
「!」
再び金属が衝突した時に発生する鉄の音が響く… 最初のギィの飛び込みに負けないくらいの速度で、ライツァー将は距離を置き離れたギィにハルバードで突きを出して追い討ちをかける
寸前の所で、剣の刃で攻撃を受けるがその衝撃たるや、ギィは踏ん張り受け流そうとするも、そのまま吹き飛ばされてしまう。
「くそっ!」
なんていうリーチだ… 攻撃の「重さ」も半端ではない、いちいち受けていれば剣を持つ手がもたないだろう… しかし、あれほどの速さで攻撃されると回避はかなり難しい。失敗すれば一撃で致命傷だ。
「ふざけるな… 女。」
「…!」
再び、槍による攻撃を繰り出すライツァー将は怒りに満ちた様子でギィをにらみつける。攻撃は寸前のところでかわすが、急な攻撃にギィの体勢の崩れてしまう。
「「あの発言」… 「力」があるからこそかと思ったが… 何だその様は? 自信があるからこそ、あんな馬鹿げた事が言えるのではないのか?」
「く…!」
尻餅をつく彼女に槍を突きつけると、にらみつけライツァー将は無様な彼女を見下す。
「大口ばかり叩き、実力を伴わない者ほど私が嫌いなものは無い… 「下郎が。失せろ…」」
そして、ハルバードを振り下ろすが、動作が大きい攻撃なので何とか回避して見せるギィ。
度重なる瞬速の攻撃… ギィは反撃する事が出来ず回避一辺倒になってしまう。
「このままじゃ、ギィさんが負けちゃう!!」
「やばいニダ!ヤバイニダ!!」
「白熱してますね。」
騒ぐニーダとヒッキーそっちのけで、ここでも静かな戦いが繰り広げられていた。
「…!」
「さあ、もう一度。」
「さっきから受け流してるだけで… どうしたの… 反撃はしないの?」
「はい。こう見えて護身術には自信があるんです。なんせ、
タフネスが5もあるもので…」
(意味分かんないって… しかし、なんだかんだで、僕の攻撃が全部受け流されてる… )
「ぐあ!!」
剣で再び攻撃を防御するギィだが、先ほど以上の攻撃の重さに剣が弾かれ、はるか後方へ吹き飛んでいく。
勝負あり… 武器のない人間がこれ以上戦えるはずがない 「撃将」の異名を持つライツァーのその強さは半端なものではなかった
(ルアルネの皆… お頭… ごめん… 私…)
「…終わりだな。」
剣を飛ばされ呆然とするギィ。その目には最初のほどのような戦意がなくなっていた… その瞳を見てこれ以上の戦闘は無理と判断しライツァーはため息混じりにそう答える。
「…もういい」
「何?」
ギィに背を向け、レナド大将軍の元に戻ろうとするライツァーの耳に彼女のどすのきいた声が聞こえてきた
「もういいって、言ったんだよ…!」
「いままで、意地になってレナド大将軍も確実に認めてくれる正々堂々な戦いをしてたけど、それも終わりだ!このまま負けたら、会戦は確実… その方が最悪なんだよ!!」
「ふん。…だったらどうする?近づく事もできん貴様が何をしてくれる…?」
「見せてやろうってんだ。私の本当の戦い方を!」
おもむろに懐から武器を取り出すギィ。
「鎖鎌…か?」
ギィが取り出したのは… なんだろう? 鎖の両端に特殊な形状のナイフを取りつけた武器だ。
見たことのない形状の武器に皆困惑する。
「流星手戟ってんだ。 覚えてな…」
「…もういいんだ。 あたしが… あたしらしい戦いをしないからこんな事になったんだよ… だから、卑怯とでも何とでも言われても「勝つため」に本気で行く」
「くだらん能書きはいい。 さっさと来い…」
「ああ…」
ギィはその言葉と同時にライツァー将へ駆けていくと、それに
カウンターを食らわせるようにライツァー将は突きを繰り出す。
体をひねらせ攻撃を回避しようとするが間に合わず、左の肩へ傷を負ってしまう。肩当てのおかげで深い傷は負わなかったが槍が掠めたその衝撃で肩当てが吹き飛ばされてしまう。
「…」
後方へ飛び、距離を置くギィ。
だめだ… 相変わらず懐に入る事が出来ない… その上、先ほどまで回避できていた攻撃も避ける事が出来なくなってきた。ライツァー将がギィの動きを捉えた証拠だ。
「とりあえず、危険を冒した成果はあったね。」
それであるにもかかわらず、ため息混じりにギィは肩を押さえながら答える。
「槍に鎖を… こんなもので私の武器を封じたつもりか?」
先ほどの攻撃のあの一瞬に鎖を引っ掛けたのか、ハルバードの先端に巻きつく鎖を見て、ギィは微笑を浮かべると傷を負った肩の血をペロリとなめる。
確かに多少攻撃をし辛くはあるだろうけど、ライツァー将の言うとおり、到底あの武器を封じたとはいえない。なのになんで笑みを浮かべるのだろう…
「まだ攻撃は始まったばっかりだよ… これから…っさ!!」
槍を下ろし構えるライツァー将に放り投げる。それをハルバードの柄で簡単に弾くと回転した先端の刃が後方の壁へに突き刺さる。
「ほらぁ!!もういっちょ!」
ギィは更に追撃でもう一方の流星手戟を顔に向けて投げるも、それを簡単に避けてみせる
「避けたと思ってんなよ!」
「何?!」
そういうギィは顔へ投げた流星手戟の鎖を強く引くと、先ほど投げた流星手戟が戻り鎖の延長線上にいるライツァー将に刃がかすめる。
まるで鉄の鎖が伸ばしたゴムを元に戻るようにギィの手元に戻ってくる。
「っく!」
寸前で前かがみになる事で鎌が首に引っかかるのを回避するが、そこに大きな隙が生まれる。
「あたしが接近戦だけだと思うなよ!あんた以上のリーチ… 遠距離からだって攻撃できる。」
体勢が崩れたその瞬間を機に、ライツァー将に突撃していくギィ。
「なめるな!」
ギィに突きを繰り出すもそれほどのスピードはない。前かがみという無理な体勢で攻撃したのだ無理はない。その上、巻きついた鎖とそれにつながった壁に刺さる鎌のせいで、槍が引っ張られ思うように動かせなかったようだ
「ふん!」
とっさの攻撃だったが回避して見せるギィは、ライツァー将によって突き出された槍に潜り抜けついにの懐に入る事に成功した…
「これはさっきのお返しだ!」
怒鳴りつけるギィはライツァー将の右肩に武器を振り下ろすその刹那、外から爆音が響き渡る。
「何だ!?」
「爆発!? …敵襲か!!」
騒ぎ立てる兵士達は石造りの謁見の間の中にまで聞こえてくる落雷のような音にひどく動揺する。反乱軍達が城に攻めてきたものかと、思わず武器を取りあたりを警戒し始める者もおり、窓の外をキョロキョロと見て不審な者が居ないか探している。
「敵か!?」
「…」
ギィは武器を構えなおすと他の兵士同様にあたりを警戒する。
ライツァーは不機嫌そうにそんな彼女の顔を見上げる。都合良くあの爆音に助けられた形になり、戦いが打ち切られて本人としては納得がいかないようだ。
「空だ! 空を見ろ!!」
窓から外の様子を伺う一人の兵士が空を指差すと、その先のデタム平原の上空、雲に覆われた空… その分厚い雲が割れ、その割れ目から信じがたいものが顔を出した。 そう、「顔」をだした。
「顔」と言っても、まるで子供が書いたような単純な目と口しか存在しないが…
「何だ、アレは!?」
「化け物だ!!化け物が空から顔を出したぞぉ!!」
大声を上げて驚いている兵士を余所に、レフティスとギャシャールは外の様子を伺うでもなくその場でその兵士達の様子を静かに観察している
(はあ… 皆、外の事ばかりでレナド大将軍から目を離してるし…)
(彼らには申し訳ないが、この混乱を機にレナド大将軍に刃を突き立てる者がいるかもしれない… ここは彼らを警戒させていただく。)
「ニーダ… さん? あれって一体…」
「分からないニダ…」
いろいろな事を知っているニーダですらあんなものは見たことないようだ。 それにしても、とにかくでかい… この城の大きさは余裕である。
そいつはどことなく嬉しそうに、デタム平原を見渡すと息を大きく吸い込み、頬を膨らませる。
「…痛っ!」
「耳が…!」
急に耳の奥に痛みを覚える。
空から顔を出した「それ」は今度はもごもごと口を動かすと、「何か」を地面に向かって吐き出す
「皆の者… 伏せろ。」
レナド大将軍の声がしたその瞬間、あたりの兵士… レフティス大臣やライツァー将含めた全ての兵が床へうつぶせになる。
「…これは ヒッキー。出来るだけ身を屈めるニダ!!」
「え? はい…!」
「ギャシャール殿!伏せてください!!」
「わかった。」
この状況がただ事ではないと判断したギャシャールは、おとなしくレフティスの言うとおり地面に伏せる
「一体なんだいありゃ!? あんた達も何で…!」
「じゃじゃ馬女!「伏せろ」といわれたのが分からんのか…!」
「うわっ! ちょっと、何す…!!」
レナド大将軍の命令にもかかわらず、未だにあたりを警戒するそんなギィに苛立つライツァーは、彼女の胸倉をつかむと強引に地面にうつぶせにさせる
「これが戦いの狼煙か… やってくれるおるな反乱軍。」
レナド大将軍の言葉が聞こえたのは此処までであった… アレの吐き出した物が突風を纏い、周りにある建造物という建造物をなぎ倒しながら城に襲い掛かる。
石造りの城が大きく軋み、窓にあるガラスは軒並みに吹き飛び、ガラス片があたりに舞い霧吹きの水滴に様に光に反射している。
ヒッキーだけではないアレのもたらした破壊が通り過ぎるまで、地面にしがみつき無様に耐えるしかなかった。
「え…? あ?」
「…」
突風も止み、立ち上がる兵士達と割れた窓ガラスに注意しながらヒッキーは、それが収まっていた窓の外を見て愕然とする
「なに、アレ?」
「恐ろしい破壊力ニダ」
皆呆然と立ち尽くした。あいつは突然に現れて、突然ふざけた破壊を残して消えていったのだ
大地に残った巨大なクレーターは「アレ」がもたらしたものに他ならない… その周りにあったと思われる枯れ木は、あろうことに城の外壁に突き刺さり無様に垂れ下がっている。
突風により運ばれてきたのだろうか… あれほど重いものが埃でも舞うかの様に宙へ持ち上がるなんて…
正体不明の物体。それが生み出した破壊。どれをとっても人知を超えたものであった。 これは夢なら覚めて欲しい…
爆風も止み、動けるようになるとヒッキー達や兵は再び空を見上げる。
もうそこに、空に浮かび上がった顔はいなくなっていた…
「レフティス。今すぐに被害を調査しろ… ライツァー。さきほどの爆発で兵が動揺している。訓練をしているものは今すぐ中止させ部屋で待機しろと伝えておけ。原因が分かり次第にこちらから伝える、ともな…」
「ハハァ!」
「仰せのままに従います!」
玉座から動かないままレナド大将軍は指示を出し、それに答えるライツァーとレフティス。
ライツァーはギィをちらりと見るとそのまま走り出し、レフティスは行儀良くギャシャールに会釈をして立ち去る
アレだけの戦いを繰り広げていた二人は、レナド大将軍の指示の元ですぐさま行動へ移ると、謁見の間から姿を消した。
すると、それとは少し入れ違いで、息を切らした軽装の兵士が慌てた様子で謁見の間に駆け込んでくる。
「止まられよ! 貴様… 雑兵如きがこの神聖な謁見の間に立ち入るとは何事か!!」
怒鳴りつける兵の声に驚いて立ち止まる兵士は、ゼィゼィとその場で呼吸を整え懐から質素な袋を取り出すと、立ちはだかる兵士にそれを渡す。
「は、反乱軍の者から手紙が…!」
「何ッ!!」
持ってきた手紙を奪い取るように乱暴に手紙を手に入れると、その兵士はそれをレナド大将軍の前に持っていく。
「読み上げてみせよ…」
静かに指示を出すレナド大将軍はそう兵士に命令を出す。
その言葉にいささか緊張気味に、兵士はおぼつかない手つきで袋から手紙を取り出してそれを読み上げる。
「我ら「ヘリオス」。全ての物へ平等なる光を。 我らの救世主、「太陽」とその力をその目に焼き付けましたかな?人知を超えたその存在に抗う術は果たしてありますかな…?貴公らに与えられた選択肢は、救世主の力の前にその存在ごと消し飛ばされるか、我らの要求を呑むか、だ… 我らの要求は二つ、王権の譲渡とレナド=シルベルトゥスのその命の二つ… ダラス荒原の遺跡都市「カリアイン」にてその返事を待つ。 貴公等が…」
「なかなか愉快… 」
手紙の全てを語り終わるの待たずにその言葉と同時に王座から立ち上がり、そういい残すと去ろうとするレナド大将軍。
「レナド大将軍!!」
その時、大声でレナド大将軍の名前を呼んだのはギィだった。
「そなた等には…」
ギャシャールや跪き頭を下げてギィを見て、少し考えたレナド大将軍は口を開く
「先ほどの戦いぶりを認め、正式に「ヘリオス」の討伐を依頼しよう。」
「ご好意感謝します!」
ライツァー将を追い詰めた事で、強さが認められレナド大将軍の口から正式に反乱軍征伐を受ける事ができた!レナド大将軍の言葉を聞いて頭をより深く下げるギィは、レナド大将軍のその姿が見えなくなってからも、頭を上げる事無くしばらく会釈を続ける。
会戦はとりあえず無しになったようだ…
「「はぁ~~~~」」
長いかった…
そう考えるとヒッキーやニーダは傍観していただけなのに疲れがドッと吹き出てくるのを感じた。これでやっと当初の目的である反乱軍討伐のスタートラインに着く事が出来た…
平原で起きた大爆発から約数分後、ヒッキー達は謁見の間から最初に連れてこられた応接室へ移動する。
廊下を移動中にバタバタと忙しそうに走り抜けていく兵士達が多く見られ、おそらくはライツァー将が何かを指示したのかほとんど者が息を切らして疲弊していた。
皆、動揺しているんだ… 頭に浮かんだ恐怖や不安を振り切るように忙しなく動く兵士達を見て、今回のアレは彼らにとってよほど衝撃的だったことが分かる
応接室に入るとニーダは部屋の中を落ち着かない様子で歩き回り、ギャシャールとヒッキーは窓から見える平原に出来た巨大なあの穴を観察する。
応接室にある大きなソファーにお尻からドンと深く腰掛けると、たまった疲れを一緒に吐き出すかのようにギィは天井を見ながらため息をつく。
「一時はどうなるかと思ったよ…」
流石に脱力したギィはそういって、大きなテーブルの中央に置かれていた少し色の悪い林檎をほおばりながら答える。
(本当にどうなるかと思った…)
ただでさえ、4人で数千数万の人たち相手に反乱を止めないといけない無謀にも程がある行為。この先どうなるかと言う不安の矢先に起きたハニャン連邦との開戦騒動…
アレだけの緊張の連続の後なんだ、脱力するのも無理はない。
「まあ、これからが本番なんだがね… あんなわけの分からない太陽みたいな化け物を生み出すなんて… こりゃあマジに反乱軍の連中は手ごわそうだね」
もぐもぐと林檎を頬張りながら答えるギィ。口ではそういってるけど何か余裕を感じさせる。
「あんな神がかった事が出来るなんて、一体何がどうなったんだろう。」
壁にもたれ掛かりながらギャシャールは、窓の外に見える大きなクレータを見ながら答える。
「おそらくは… いや、やっぱりいいニダ。」
あごに手を当てながら、その言葉に反応するニーダだがすぐに頭を振り再び部屋の中を歩き回る。
「なんだい気持ちの悪い… 言いたい事があるならはっきりしたらどうだい?」
「今はまだ、確信を得れてないニダ。 そんな嘘か真か分からない事を言っても、皆を混乱させるだけニダ。」
ニーダはうすうすアレの正体が何か掴んでいるようだ。しかし、まだ漠然としているのかテクテクと部屋の中を世話しなく歩き回りながらずっと考え事をしている。
「きちんと結論が出れば、聞かなくても話すと思うニダ。」
「なんだい… 急に真面目な顔して、いつものへたれなキャラはどこに言ったんだい?」
反応の薄いニーダを茶化す様に煽るギィだが、いつもなら怒り出すだろうその言葉に対しても、彼は気を割らない… って言うか聞こえていないようだ。
「考え事中ニダ。今は話しかけないで欲しいニダ。」
まったくどうしたんだろうか… 普段なら火病の如く怒り出すのに考え事をしているニーダはそんな悪口も気にしていない。一向に反応する気配は無くあごに手を当てて部屋の中をせわしなく歩き回る
「って、いうかヒッキー。何で部屋の端っこで座ってるの?」
「えっと… なんていうか落ち着くから。」
「そう…」
「それじゃあもう寝るか。」
「早っ! まだ昼だよ!?」
唐突にそういうギィに思わずヒッキーは大声を上げる。謁見が済んでも、外はまだ太陽が真上に照っているような時間だ。なにより、ハニャンの兵士達がアレだけ働いているのにのんきに寝てても良いのだろうか?
「別に起きてたって何もする事ないしね。 あんな手紙が届いたんだ… いつ敵が襲ってくるかも分からないんだ。これから先何が起こるかもわからないし、寝れる時に眠っとくのが良いよ。」
「まだ明るいのに… 寝れるかな…」
確かに、敵が襲ってくるといえば「夜」だ。こんな明るいうちから襲撃に来るなんてありえない… ならば、今寝ておかなければ他に寝る機会が無い。
っと言ってもこんなに明るいのにどうやって寝むれるかな…
「寝れなくても寝るんだよ… ルアルネの私達はいつでも寝れるように訓練されたよ。壁にもたれれば立ったままでも寝れるしね。なんなら、あんたも私が訓練してやろうか?」
そういって不敵な笑みを浮かべるギィは、ヒッキーをにらみつける。
「ええ!? いや、僕は本当に大丈夫ですから!」
ただでさえ嫌われているヒッキーだ。言っちゃ悪いが、「訓練」と称して彼女に何をされるか分からない。
「あのさ、ソファーが二つしかないんだけど、僕ら3人だから一人あぶれるよ? 誰が床で寝る?」
ギャシャールはそういうとギィは頭を軽くかき、ソファーとは違う壁のほうへ近づいてもたれ掛かる。
「あんた達がソファーで眠りなよ… さっき言ってたように、あたしはどこにでも寝れるから自由に使いな。」
ソファーに眠るかと思いきや、自分達にあっけなくそれを明け渡すと頭をうつむかせ目を閉じる。そうすると、物の数秒でギィの口からは寝息が聞こえて来る。
「ほんとうに立ったまま寝ちゃった…」
訓練次第どうにかなるといっていたけど、物凄く便利な特技だな…
「ギィのお言葉に甘えさせて僕達はソファーで眠ろ… さっきのでちょっと疲れたし…」
疲れたって… 確かに自分よりは疲れているとは思うけど、レフティスとの戦闘ではあまり疲れているようには見えなかったのだが…
そんな事を考えていると、腕枕を作るギャシャールはさっさと目を閉じてしまう。するとほんの数秒で彼女からも寝息が聞こえてくる。
「ギャシャールも… どうやったらそんなに簡単に眠れるんだろう…」
謁見であれほどのことがあったのに、何事も無かったかのように眠る二人。ハニャンの人がこれを見たらまた一悶着ありそうだ…
何気にニーダの寝るソファーが無い事を少し気にしながらも、ヒッキーはがんばって眠る事にした。
もうすっかり夜だ。満月
「まったく…正直寝すぎたな。 こんだけねむりゃ、さすがに当分は大丈夫だろ。」
壁によたれ掛かりねていたギィも寝すぎたとばかりに背伸びをする。 外は美しい満月が光り輝き、月にヴェールの様に掛かる薄雲が非常に幻想的だ。
アレから7~8時間は経ったのだろう… 静かな外の静寂は昼間のあの喧騒を、うその様に感じさせる。
「すかー…」
2つのソファーのうちの一つを使わして貰っているヒッキー。謁見のあの事件の心的疲労からか本人の眠れるかの心配をよそに、ちゃっかりと熟睡をしている。
「何という無垢な寝顔。これは間違いなく夜襲で死亡フラグ。」
別のソファーで寝ていたギャシャールも目を覚ましていたのか、幸せそうに睡眠を満喫するヒッキーの寝顔を見てポツリと突然につぶやく。縁起でもないなぁ…
「あんたも起きたのかい? って… ぽつりと怖い事を言ってんじゃないよ。」
律儀にもしっかりと突っ込みを入れるギィは、部屋を見渡す。すると、いまだに部屋を静かに歩き回るニーダの姿が確認できる。
「たく… あんた、まだ考え事してたのかい? いい加減、寝な… ただでさえ体力ないあんたが夜更かしして倒れたって、面倒なんて見ないよ?」
「…」
まるで聞こえていない… 考え事中はそれ以外のことは何一つ聞こえない質なのか? 航海での自分の発明した変換システムの話をしていた時以来のシリアスな顔をしている
あまりにも現実離れしたアレに科学者としてやはり気になるところがあるのか… 謁見後から今に至るまでずっと考え事をして自分の世界に入っている。
「もう、ほっとこギィ… もう何言ったって無駄だと思う。」
「まったく…」
ずっとこんな調子のニーダをみて、ギャシャールやギィはため息をつく。ニーダが何か分かるとは思えないからだ… 過労で倒れてこちらの苦労を増やされるのだけは勘弁して欲しい…
ニーダのことは諦めて再び眠ろうとするギャシャールだったが、体にシーツを掛けようとした瞬間にその手が止まる。
「? なんか… 」
『…で… ぞ! そ…を…』
外がにわかに騒がしい… 人一倍聴覚の鋭いギャシャールは、門番の怒鳴り声を建物越しに聞こえていた。
「外で何かあった…?」
窓の外を見てそうつぶやくギャシャールにギィは大声で問いただす。
「敵襲か!?」
「…違う。 …アレがまた出たんだ!」
ギィの質問に対して首を横に振るとソファーから起きて、ギャシャールは窓の外を指差す。人一倍に聴覚は鋭い彼女は外の兵士の言葉が聞こえていたのだ。
「敵襲みたいなモンじゃないかい! こうしちゃいられない…!」
「ここじゃない、離れた場所に出たみたいだ… ギィ。高台へ向かおう 少しでも何かの情報が得られるかもしれない。」
考え事をしているニーダと熟睡をしているヒッキーをおいて行き、部屋を出て城の高台に向かう。昼間にあの爆発を引き起こした「アレ」は、とりあえずはここでは無い場所に出現した… 脅迫状も届けるくらいだ。目的の物が手に入らない内にはまだ、城を破壊しようとはしないはず…
しかし、何が狙いか分からない事には安心はできない。
ギィとギャシャールは「アレ」を目視するため、数分後に自分達の塔の高台に出る。空に先ほどまで輝いていた満月は厚い雲により覆い隠され、外は深い暗黒に包まれていた
その暗黒の中で、雲を掻き分けて月の光が舞い降りる場所が一箇所だけある… ヒッキー達が船を停泊していたリシァーダ港の沖合いだ。
「…出やがった!」
望遠鏡を覗き込むと雲の張らないの場所から昼間のデタム平原の上空に出た「アレ」が出現する。心なしか少し眠たそうにする「ソレ」はデタム平原のとき同様に辺りをちらちらと見渡す。
「あんな離れた場所に…? 何が目的だい!?」
バン! っと望遠鏡を覗き込むギィは高台の柵を叩くと、「ソレ」を食い入るように観察する。
「…!ギィ… 「アレ」がモゴモゴと口を動かしてる。」
「え? ってことは!!」
デタム平原にあの爆発を起こしたときもあんな動作をしていた。 今もまた同じ動作をする… アレは爆発を引き起こす予備動作か何かかも知れない。
「くそ…!! 港にいる人間は逃げ出してるんだろうねぇ!? あの爆発が沖で発生でもしたら津波で大惨事だよ!!」
あれほどの爆発だ。どれくらいの海水が宙に浮くか分からない… もし、そうなったら…
膨大な海水は町に襲い掛かり、港全体が飲み込まれて、建物は軒並みに壊滅しするだろう。 人は成す術もなく命を落とすだろう
港を案ずるギィやギャシャールを尻目に、「ソレ」は大きく吸い込んだ何かを海に向かって、吐き出した。
「…! ギィ、あの衝撃波が来る!! 伏せて!」
「チィィ!」
それは… 静かに海に落ちると、海面は大きく波打ち捕食者の様の大口を開け港を丸呑みにしていく。
そして、猛烈な突風が吹き抜けてゆき、ギィ達の居る高台は強く振動する。
風が止み、カラン、と衝撃波によって少し崩れた石造りの高台の石がはるか地上に落ちてゆく。
「…」
衝撃波をやり過ごした二人は辺りの様子を伺い、異常が無いのを確認すると、すぐさま望遠鏡を覗き込む。
望遠鏡から見えるその港は、もうその原形をとどめてはいない… 津波により建物はなぎ倒され、膨大な海水は港をほぼ全て「海」に変えていた。
「…くそ! 私達は何にも出来ないのかい!?」
アレだけ離れている場所だ。救助に向かう事もできないギィは遠巻きに見ている事しか出来ない… 何も出来ない自分に苛立ちを覚え、拳を打ち付ける。
「ギィ… もう、ここ降りよう。 これ以上、ここにいる意味も無くなったし…」
ギャシャールは静かにギィの肩に手を置き、そうつぶやく。
一瞬の出来事だった… 空に浮かぶ悪魔によって誘発された津波は、瞬く間に全てを終わらせていた。
数千の人間達は、おそらく断末魔もあげる事も無くその命を絶たれただろう…
「…ああ」
肩を深く落とすギィは、海に飲まれた港を背にしてギャシャールと共に高台を後にした
最終更新:2009年05月03日 00:51