火はあっという間に広がった。
何の警戒もしないで寝てしまったのは迂闊だった。
どうしよう、熱い、痛い。
「助けて! 助けてお母さん! 」
お母さんは遠くで働かされている。
「助けて! お父さん! 」
お父さんは戦場で死んだ、という知らせはもう届いている。
「助けて! お兄ちゃん! 」
お兄ちゃんは今頃戦場で銃を握っている。
「いやだ! 死にたく無いよ! 」
叫んでも叫んでも、誰も来ない。仕方ない。
熱い、痛い、苦しい、死んじゃう。
叫んだ、叫んだ、聞こえない。どうして?
どうしてかな? どうしてこんな事になっちやったのかな?
お母さん、ごめんね。優しいお母さんが大好きだったよ。
お父さん、ごめんね。今からそっち行くね。
お兄ちゃん、ごめんね。強いお兄ちゃんは何時だって私の誇りだったよ。
やがて火は彼女を飲み込んだ。
焼け野原に転がる少女、一つ。
それはもう昔の話。
ハァ、ハァ、ハァ。
嗚呼、逃げ足だけは速い、ってこの事なのか。
なんとか私は奴らから逃げ出す事に成功した。
まだ痛む左腕を見る。
赤い赤い血が滲んでいた。
奴らが付けた傷がまた一つ増えた。
ハァ。
今度はため息。
どうして私にはアスタリスクが無いのだろう。
これがあれば私がいじめの標的にならずに済んだのに。
どうして私は生まれてきたんだろう。いじめられる為?
イライラしてきて地面に転がっていた石を蹴飛ばす。
石は勢い良く前に跳んで、前にあった木に当たった。
「あっ…」
私が大好きな桜の木だった。たしか戦争終了を記念して植えられた木。
綺麗な花が誇らしげに揺れている。
私は少し躊躇った後、舌打ちした。
別に桜の木が嫌な訳じゃない。
なんとなくまた此処に逃げてきてしまったのが悔しかった。
「あーあ」
桜の木の根の辺りにゆっくり腰を下ろす。
すると突然、
「綺麗な桜。私が居た頃にはこんなの無かったのに」
反射的に振り返る。
変な少女が居た。
全身に傷や火傷の跡が絶えないのに何故か可愛らしく、歴史の本に載ってそうな服を着た少女。
「初めまして。私はでぃ」
でぃはニコ、と私に笑いかける。
「あ、私はしぃ。宜しく」
私が慌てて答えるとでぃは嬉しそうに笑った。
彼女は俗に言う“ユーレイ”って奴らしい。
足は有ったけれど、私が彼女に触れる事は出来なかった。
でぃの話と私のあやふやな記憶によると、昔起きた戦争のある大空襲で彼女は焼死した様だ。
もっと生きたかったなあ、と苦笑する彼女。
なんだかとても切なかった。そして悔しかった。
それは彼女を殺した敵国に対しての感情じゃない。私に対して、だ。
戦禍の中の生活。それはきっと私の想像を遥かに超えるものだろう。
父親が死に、母親と一緒に居る事も出来ず、頼りの兄まで戦場に行き…。
それでも彼女は生きたいと言う。
私はどうだろうか。
偶然アスタリスクを持って生まれなかった事を嘆き、悲観的な考えに囚われ、死にたいとすら思った。
彼女に私の命を差し出したくなった。
そんな事も知らずに彼女は笑う。
戦争終わったんだね、良かった、と桜を眺めて笑い、私の傷をみて痛そうと言い、平気、と言うと強いんだね、と笑った。
もう日が傾いてきた。
そろそろ帰らなくちゃ、とでぃ。
幽霊にも帰る場所なんてあるんだ、と関心した様に言いかけて―――彼女を見て驚いた。
彼女の体越しに夕日が見えた。
「貴方に会えて良かった。私の事、忘れないでほしいなあ」
返事も待たずに彼女は消えた。
桜の木が揺れていた。
彼女の事、忘れない、きっと。いや、絶対に。
「このアスタリスク無し」
「奇形はあっち行けよ」
相変わらずの罵声。
やっぱり心が痛い。でも、
「だから何よ? そんなに嫌ならあんた達がどっかいけば良いじゃない」
でぃと会えた事、無駄にしたく無い。
結局私の命を彼女に捧げる事は出来なかった。
だから、私は生きよう。彼女の分も。
そして、たくさんの物を得て、いつかこの命をまっとうしたら、彼女に色々な事を話そう。
あの日の彼女の笑顔は今も私の中で咲いている。
まるであの桜の様に誇らしげに。
何の警戒もしないで寝てしまったのは迂闊だった。
どうしよう、熱い、痛い。
「助けて! 助けてお母さん! 」
お母さんは遠くで働かされている。
「助けて! お父さん! 」
お父さんは戦場で死んだ、という知らせはもう届いている。
「助けて! お兄ちゃん! 」
お兄ちゃんは今頃戦場で銃を握っている。
「いやだ! 死にたく無いよ! 」
叫んでも叫んでも、誰も来ない。仕方ない。
熱い、痛い、苦しい、死んじゃう。
叫んだ、叫んだ、聞こえない。どうして?
どうしてかな? どうしてこんな事になっちやったのかな?
お母さん、ごめんね。優しいお母さんが大好きだったよ。
お父さん、ごめんね。今からそっち行くね。
お兄ちゃん、ごめんね。強いお兄ちゃんは何時だって私の誇りだったよ。
やがて火は彼女を飲み込んだ。
焼け野原に転がる少女、一つ。
それはもう昔の話。
ハァ、ハァ、ハァ。
嗚呼、逃げ足だけは速い、ってこの事なのか。
なんとか私は奴らから逃げ出す事に成功した。
まだ痛む左腕を見る。
赤い赤い血が滲んでいた。
奴らが付けた傷がまた一つ増えた。
ハァ。
今度はため息。
どうして私にはアスタリスクが無いのだろう。
これがあれば私がいじめの標的にならずに済んだのに。
どうして私は生まれてきたんだろう。いじめられる為?
イライラしてきて地面に転がっていた石を蹴飛ばす。
石は勢い良く前に跳んで、前にあった木に当たった。
「あっ…」
私が大好きな桜の木だった。たしか戦争終了を記念して植えられた木。
綺麗な花が誇らしげに揺れている。
私は少し躊躇った後、舌打ちした。
別に桜の木が嫌な訳じゃない。
なんとなくまた此処に逃げてきてしまったのが悔しかった。
「あーあ」
桜の木の根の辺りにゆっくり腰を下ろす。
すると突然、
「綺麗な桜。私が居た頃にはこんなの無かったのに」
反射的に振り返る。
変な少女が居た。
全身に傷や火傷の跡が絶えないのに何故か可愛らしく、歴史の本に載ってそうな服を着た少女。
「初めまして。私はでぃ」
でぃはニコ、と私に笑いかける。
「あ、私はしぃ。宜しく」
私が慌てて答えるとでぃは嬉しそうに笑った。
彼女は俗に言う“ユーレイ”って奴らしい。
足は有ったけれど、私が彼女に触れる事は出来なかった。
でぃの話と私のあやふやな記憶によると、昔起きた戦争のある大空襲で彼女は焼死した様だ。
もっと生きたかったなあ、と苦笑する彼女。
なんだかとても切なかった。そして悔しかった。
それは彼女を殺した敵国に対しての感情じゃない。私に対して、だ。
戦禍の中の生活。それはきっと私の想像を遥かに超えるものだろう。
父親が死に、母親と一緒に居る事も出来ず、頼りの兄まで戦場に行き…。
それでも彼女は生きたいと言う。
私はどうだろうか。
偶然アスタリスクを持って生まれなかった事を嘆き、悲観的な考えに囚われ、死にたいとすら思った。
彼女に私の命を差し出したくなった。
そんな事も知らずに彼女は笑う。
戦争終わったんだね、良かった、と桜を眺めて笑い、私の傷をみて痛そうと言い、平気、と言うと強いんだね、と笑った。
もう日が傾いてきた。
そろそろ帰らなくちゃ、とでぃ。
幽霊にも帰る場所なんてあるんだ、と関心した様に言いかけて―――彼女を見て驚いた。
彼女の体越しに夕日が見えた。
「貴方に会えて良かった。私の事、忘れないでほしいなあ」
返事も待たずに彼女は消えた。
桜の木が揺れていた。
彼女の事、忘れない、きっと。いや、絶対に。
「このアスタリスク無し」
「奇形はあっち行けよ」
相変わらずの罵声。
やっぱり心が痛い。でも、
「だから何よ? そんなに嫌ならあんた達がどっかいけば良いじゃない」
でぃと会えた事、無駄にしたく無い。
結局私の命を彼女に捧げる事は出来なかった。
だから、私は生きよう。彼女の分も。
そして、たくさんの物を得て、いつかこの命をまっとうしたら、彼女に色々な事を話そう。
あの日の彼女の笑顔は今も私の中で咲いている。
まるであの桜の様に誇らしげに。