殺人連鎖 -a chain of murders-(前編) ◆b8v2QbKrCM




ショッピングモールのテナントには、種々多様な専門店が商品を並べている。
衣料、外食、鞄、医薬品、書店、旅行代理店……数え上げれば限りがない。
御坂美琴はそんなテナントの一角、ドラッグストアのレジで暇をもてあましていた。
本来は会計のために商品を置くカウンターに腰を下ろし、店の奥に見えるスーツ姿の背中に視線を投げかける。

(衛宮さん、何してるんだろ)

モールの屋上で協力体制を築いて早三十分。
あれから行ったことといえば、いくつかの専門店を回って品物を拝借してきたことだけだった。
もちろん、モールで危険な輩と鉢合わせないよう、移動には慎重に慎重を重ねてきた。
だが美琴は、切嗣がそうまでして集めた品物が一体何の役に立つのか、全く理解できないでいる。
美琴は暇つぶしがてら、今まで訪れた店と手に入れた品物をを指折り数え始めた。
アウトドア用品店に立ち寄ったときは、有用そうな道具が沢山あるのに、木炭を真っ先に調達。
DIY用品店では配管用の鉄パイプや使い方も分からない装置類。
100円ショップでは統一性の無い雑貨や機械。
――エトセトラ、エトセトラ。
そしてここ、ドラッグストアに至っては、明らかに役立つはずの医薬品なんかを尻目に、
普段は薬剤師くらいしか入らないような倉庫にさっさと引き篭もってしまった。

(大丈夫だよって言われてもなぁ……)

ふぅ、と小さく溜息をつく。
美琴は100円ショップで調達した布製の小袋を、上に軽く放っては同じ手で受け止める行為を繰り返していた。
別に何かしらの意味があるわけではない。
ただ単に暇なだけだ。
小袋が美琴の掌に落ちるたび、じゃらりと小銭のような音がする。
この三十分、美琴もただ徒に切嗣の後を追っていたわけではなかった。
切嗣が用途の分からないものを漁っている間に、必要だと判断したものを独自に調達してきている。
例えば、この小袋に詰まっているコイン。
移動中にちょうどゲームセンターの前を通ったので、コイン交換機から実力行使で頂いてきたものだ。
平時なら補導確実だが、こんな緊急時に細かいことは言っていられない。
それに切嗣の物資調達も立派な犯罪だ。
この場では誰も咎めはしないだろう。
倉庫の入り口付近には、さっきまで散々追いかけて回ったスーツ姿が屈みこんでいる。
美琴は切嗣の背中に向けて、すっと手を伸ばした。
指先にはコインが一枚乗せられている。
貨幣価値すら持たない単なる金属片に過ぎないこれも、彼女が能力の一端を垣間見せるだけで必殺の凶器と化す。
――絶対に諦めない。
――絶対に死んでなんかやらない。
――そのためには、あの背中も――?
美琴は小さく首を振ってコインを握り込んだ。

「そういえば、美琴ちゃんは超能力者なんだったね」

倉庫から出てくるなり、切嗣は唐突にそう切り出した。
腕一杯に、ガラス製のビンやプラスティック製の容器などを抱えている。
美琴にはその殆どが何であるのか分からなかったが、黄色い粉末の入った容器のラベルだけは理解できた。
Sulfur――日本語で言う硫黄だ。

「どんな能力が使えるのか、良ければ教えて貰えないかな。戦力の把握をしておきたいんだ」

屋上からここまで来る途中に、互いについての情報は簡単に交換してある。
美琴は切嗣が魔術師なる存在であることを知り、切嗣は美琴が超能力者であることを本人の口から確認した。
無論、それぞれの世界にある『魔術』と『超能力』は、どちらも正反対と言っていいほどに違っている。
例えば学園都市で研究される超能力は人為的に覚醒させられるものであるが、
切嗣が知る超能力は生まれつき、または何らかのきっかけで自然発生的に生じる能力であり、
人の手が加わることで純粋な超能力とは看做されなくなってしまう代物なのである。
こうした差異こそあるが、似たような能力に似たような呼称を用いていることは、相互理解を容易にする恩恵があった。
しかしあくまで簡単なやり取りであるため、互いに『何が出来るのか』ということまでは知らないのが現状だ。
――実のところ、切嗣の方は既に美琴の超能力についての情報を手に入れているのだが。
美琴は少し考えてから、カウンターを降りた。

「いいですけど、衛宮さんも教えてくださいね」
「魔術のことかい」

それもですけど、とまで言って相槌を切り、美琴は切嗣が抱えている容器を覗き込んだ。

「まずは、今何をしてるのか教えてくれませんか?」
「……そうだね。とりあえず、今すぐ使おうと思っているのはこの辺かな」

切嗣は幾つかの容器をカウンターに並べた。
容器の一つは硫黄だが、それ以外はどれも聞き覚えの無い名称だった。

「これが硫黄、これが硝酸カリウム。こっちが塩素酸カリウム。
 そっちとは別に硝安……硝酸アンモニウムだね」

美琴は口元に手を当てて、切嗣が述べた物質の名称をぶつぶつと反芻した。
ドラッグストアで調達したということは、やはり薬品か何かを調合するつもりなのだろうか。
しかしそうだとすると、今まで集めたモノの使い道がいよいよ分からなくなる。
木炭は同じ店にあった燃料を使えば充分代用できる。
鉄パイプも長さの短いものばかりで、鈍器として扱えるかどうかも怪しい。
工具類なんて薬品の調合には必要ないに決まっている。

「硫黄、硝石、木炭……あっ!」

そういうことか。
美琴は切嗣の意図するところを察し、同時に恐ろしさに似た感覚を覚えた。
さっきまでの専門店巡りは全て一つの目的の為に行われていたのだ。
だがこんな発想を迷うことなく実行するなんて、明らかに普通ではない。
美琴は口ごもり、やがて意を決したように切嗣と視線を合わせた。

「衛宮さん……ひょっとして学生運動とかに参加して……」
「惜しいけど違うよ」

そんなにオジサンに見えるかなぁ、と切嗣は苦笑した。



   ◇ ◇ ◇



場所は大きく変わり、時計の針も少しばかり先へと進む――



橋上に幾筋もの亀裂が走る。
舗装材を砕きながら突き進むは砂の刃。
直前で身を翻した巨体の脇を直進し、金属製の欄干を叩き割る。

「ふむ、大した切れ味だ」
「感心してる余裕があるのか?」

それが己の身に向けられた刃であったことなど気にする様子もなく、ライダーは空いた手で顎鬚を擦った。
B-4エリア南端、B-2周辺の山から二つの池へと注ぐ川に架けられた橋の上で、二人の男が対峙している。
マケドニア国王、征服王イスカンダル。
"元"王下七武海、サー・クロコダイル
本来ならば出会うことなど有り得なかった両者は、今、互いの命を狙い合う『敵』として衝突していた。
イスカンダルが持つ木には弾痕が穿たれ、クロコダイルの足元には拳銃が転がっている。
第一手として放たれた弾丸が幹の厚みによって防ぎ止められたため、この相手には役に立たないとして放棄されたのだ。

「牽制ばかりでは余裕も生まれてくるというものよ」
「言うじゃねぇか。王を名乗るだけはあるみてェだな」

次いで脚を狙って繰り出された斬撃を、更に後方へ跳び退いて回避する。
橋という戦場は、クロコダイルにとってみれば望ましい場所ではない。
悪魔の実の能力者は例外なくカナヅチになってしまうことも理由の一つだが、
それに加えて、水はスナスナの実そのものの弱点でもあるからだ。
無論、誤って川に転落する、などという愚鈍なミスは犯さない。
だが戦闘の余波で橋を壊してしまうことも充分考えられる。
クロコダイルの能力を以ってすれば、大技を使わずとも"砂漠の宝刀"のみで圧倒的な破壊力を発揮できる。
悪趣味な能力制限がどれほど邪魔をするのか知らないが、橋を落とすくらいならば造作もあるまい。
また可能性は低いが、弱点のことなど知らぬままに、相手が別の意図で川に引きずり込もうとしてくるかもしれない。
ロギア系の特性上、仮にそうなっても全身を砂に変えて落下を免れることは容易い。
しかし、そうまでして川への落下を忌避する様を見せ付けてしまうのは、自分から弱点を教えているも同然だ。

――それでもクロコダイルは、目の前の男に敗北するつもりなど毛頭なかった。

「なら……こいつはどうだ!!」

再度、砂の刃が振るわれる。
上から下へと叩き下ろされる、極めて直線的で単純極まりない軌跡。
当然の如く、ライダーに掠ることもなく回避される。
にやり、と――
クロコダイルは不気味に笑った。

「ぬぅ……!」

路面を寸断した直後、大量の砂がライダーの眼前に噴出した。
にわかに発生した砂煙が周囲を包み込む。
同時にクロコダイルは身体を砂に変え、砂煙に溶け込むようにライダーへ迫る。
これだけの粉塵だ。
もはや視覚はまともに働いていまい。
左腕の鉤爪を砂から元に戻し、ライダーの首へ目掛けて振り抜いた。
標的を確実に抉るかと思われた一撃は、翳された木の幹によって阻まれる。
偶然か――?
砂の煙幕を張った上での奇襲を察知され、クロコダイルは眉を顰める。
クロコダイルには知る術もないが、サーヴァントが有する超常の視力を以ってすれば、
人間では視界を封殺されるほどの濃霧であっても容易く見透かすことができる。
この程度の砂煙では牽制にもなりはしなかった。
クロコダイルはライダーの正面に上体を出現させ、首に目掛けて素早く右腕を伸ばす。
スナスナの実の能力にとって、水を吸い取ってしまう特性は単なる弱点ではない。
クロコダイルの右手は、全てに底なしの渇きを与える。
動物、植物、大地、岩石――右手に触れるもの全ては干からび砂となる。
生物が生存に多量の水分を必要としている以上、『乾き』とは命に関わるダメージとなるのだ。
肉体の水分を根こそぎ吸い上げてしまえば、これほどの巨漢といえど耐えられはしない。


「――フンッ!」


右腕がライダーの首を鷲掴みにした瞬間、豪腕がクロコダイルの頭を砕く。
武器として所持している丸太にも匹敵するライダーの腕は、それ自体が明らかな凶器だ。
無論、ただの打撃などクロコダイルには一切通じない。
頭が砂になろうと右腕は狙いを失わず、眼前の巨体から水分を奪い取らんとする。
しかし己を襲う異変の兆候を察するや否や、ライダーは振り抜いた左腕を引き戻し、肘でクロコダイルの右腕を打った。
更に反対の腕で抱えていた木で横薙ぎに払い、クロコダイルの胴体を二つに割く。
クロコダイルが砂になった身体を復元する隙にライダーは後方へ退き、砂煙から離脱する。

「ただ砂になれる、というだけではないようだな」
「まぁ、な。細かいことは自分で推測しろ」

数メートル向こうで首をさするライダーに、クロコダイルは不敵な笑みを見せた。
あれほどの連続攻撃を受けていながら、やはりクロコダイルには僅かなダメージも入っていなかった。
クロコダイルは己の勝利を確信する。
ここまでの攻防で充分把握できた。
イスカンダルと名乗った男の攻撃手段は膂力に頼った単純な打撃のみ。
通じない攻撃を幾ら放たれようとも、ロギア系能力者にとっては痛くも痒くもないのだ。
一方、こちらの攻撃は命中すれば充分に通じるものばかり。
今のところは対処できているようだが、それもいつまで続くことか。
この戦い、自分が負ける要素などない。
攻め続けてさえいれば勝利は揺るがないだろう。


「砂嵐(サーブルス)!」


クロコダイルの腕から砂嵐が噴出する。
爆発的な出力で解き放たれた砂の津波は、橋上を容赦なく薙ぎ払っていく。
沿道の街灯を揺るがせ、車道も歩道も区別せず飲み込み、欄干を軋ませながら滝のように川へ流れ落ちる。
圧縮された砂嵐は逃げ場のない破壊と化し、橋上にあるものを無差別に洗い流してしまった。

「……チッ」

クロコダイルは不満げに舌を鳴らした。
忌々しいモノを見るように、ゆっくりと後方へと振り返る。
直後、ジャベリンの如く投げつけられた丸太を、動じることなく砂の刃で寸断する。

「やはり慣れない得物は使うもんじゃないのぅ」

呵呵と笑い、ライダーは一振りの剣をクロコダイルに向けた。
先程の砂嵐は紛れもなくライダーに対して放たれたものだった。
では何故、無傷でクロコダイルの背後を取っているのか――
理由はわざわざ解説するほどのものではない。
言葉にすれば明快至極。
砂嵐が解き放たれる直前に、二本の脚で道路を蹴り、クロコダイルの頭上を跳び越しただけだ。
ライダーが握る剣にはクロコダイルも見覚えがあった。
さっき殺し損ねた仮面の男が使っていた代物だ。
ならば――脅威ではない。
クロコダイルは悠然と構え、ライダーに向き直った。

「それくらい強えェなら、殺しまくって勝ち残りも狙えるだろうに。
 どうしてあんな餓鬼のお守りなんかしてやがる。仲間だからって理由か?」
「そうだと言ったら、どうする?」
「……クハハハハッ!」

右手で顔を覆い、身を反らして大笑する。
指の間から覗く視線は、明らかな侮蔑の色を帯びていた。

「あの餓鬼を利用してるっていうなら、まだ話も通じたんだがな。
 仲間? 信頼? ……下らねぇ。
 所詮は手前ェも麦わらの同類だったってわけだ! イスカンダル!」

四つの刃と化した右腕がライダーを襲う。
クロコダイルが今までに繰り出したどんな攻撃よりも速く鋭い。
ライダーは片手に握るガイルの剣を振りかぶり、迫り来る"砂漠の金剛宝刀(デザート・ラスパーダ)"を迎え撃たんとする。
しかし攻撃範囲と数的な制約は簡単には覆せるものではない。
一振りの剣では"金剛宝刀"のひとつを裂くのが限度だろう。
後はどうにか回避するか……あるいは死なないように受けるしかない。
ライダーは正面の刃に狙いを定め、剛力を込めた剣を振り下ろした。

「――ぬ?」
「何ぃ――」

ガイルの剣が振り抜かれた瞬間、四つの刃のうち三つが、不可視の壁に遮られるように弾け飛んだ。
比較的離れた位置にあった最後のひとつだけが、ライダーから大きく逸れて欄干を破壊する。
この場にいる誰もが予測し得なかった展開に、攻撃を防がれたクロコダイルだけでなく、
攻撃を防いだ側であるはずのライダーすらも驚きに目を見開いていた。
真空のバリアフィールドによる物理・特殊双方の攻撃に対する防御。
それこそが、この剣に秘められた力。

「ただの剣じゃなかったらしいな……」

クロコダイルは追撃をせず、じわりと距離を離す。
あの剣に防御機能が備わっていたのは完全に想定外だった。
しかし先ほどの反応を見るに、相手も剣の機能には気付いていなかったとするのが妥当だ。
冷静に考えれば当然だろう。
あの剣は白い仮面の男が所持していたのだから、闖入者であるイスカンダルが剣について知っているはずがない。

「なぁ、クロコダイルよ」

ライダー ――征服王イスカンダルが獰猛に口元を歪める。
それが笑みであることに気付き、クロコダイルは目を細めた。

「仲間を……信頼を下らぬものと言ったな」

語る言葉は、普段の奔放さとは裏腹に厳かなものだった。
怒りや憤りといった情動は感じられず、問い掛けられた問答に応ずるように落ち着き払っている。

「王とは誰よりもヒトらしく生きてこそ王なのだ。
 誰よりも高らかに笑い、誰よりも激しく怒り、誰よりも強欲に――な。
 臣下はその生き様に魅せられ、民草は『我もまた王たらん』と心に抱く。
 それこそが臣下が王に捧げる信の源泉よ!」

イスカンダルは片腕を横に払った。
漆黒のスーツという出で立ちでありながら、まるでマントを靡かせた王者の装いのようだ。

「仲間からの信が下らぬと思うのは、貴様の生き様がその程度だということではないのか?」
「……強欲に生きてこそ、か。王様のくせに海賊みてぇな言い分だが、同意するぜ。
 俺もそうやって2000人の社員を纏め上げてきたようなもんだからな」

挑発的なイスカンダルの言葉を、クロコダイルは意外にも平静な態度で受け止めた。
かつてクロコダイルが率いていた秘密犯罪会社バロック・ワークスの社員も、
国一つを掌握せんとする壮大な目的のもとに集った者達だった。
外面だけを見れば、数多くの国家を征服して東を目指した征服王の軍勢とさしたる違いはない。
どちらも正義や善性とはかけ離れた、己の欲望のために国を奪うという侵略行為。
しかし、両者の生き様には決定的な相違があるのだった。
言葉として表現はできずとも、その相違が埋めようのないものであることは、対峙する当人達が一番よく理解している。

「だが、その上で『下らねぇ』と言っているんだ」
「そうか。ならばこれ以上語ることはないな」

抱く主義が決して交わらないことを確かめ合い、男達は口を閉ざす。
先に駆けたのはクロコダイルだった。
姿勢を低くし、疾風のように距離を詰める。

「砂漠の宝刀ッ!」

彼我の距離を急速に縮めながら、前方へ砂の斬撃を放つ。
車道を斜めに横切る一撃を、イスカンダルは半身をずらして回避した。
――かわして結構。
クロコダイルは重心を僅かに崩したイスカンダルに向けて、左腕の鉤爪を振るう。
奴は"砂漠の宝刀"を回避するために重心を右へ動かした。
ならばその直後に右側面から攻撃を打ち込めばいいだけのこと。
イスカンダルが腕力だけで強引に剣を振るう。
刃は狙い過たずクロコダイルの左腕を切断するも、砂の身体は即座に形を取り戻す。
鈍い音がして、鉤爪の先端がイスカンダルの二の腕に突き刺さった。
分厚い筋肉に阻まれて深くは刺さらなかったようだが、布石としては上々だ。

「こいつは、かわせるかぁ!」

鉤爪で腕を捕らえたまま、密着に近い距離から"宝刀"を繰り出す。
クロコダイルの眼前で肉が裂け、血霧が顔を濡らす。

「ほぅ……小手先の策じゃあ幾ら重ねても捉えきれねぇか」

至近距離からの"砂漠の宝刀"は――しかし標的を切断することはなく、橋の縁を叩き割るに留まった。
視線だけを左へ動かすクロコダイル。
イスカンダルは"宝刀"が振り下ろされるまさにその一瞬、腕に食い込む鉤爪を無視して真横に飛び退いていた。
勿論、それによって二の腕の肉は抉れ、赤い湧き水のように血液が流れ出ている。
しかし当のイスカンダルといえば、血を流す右腕を曲げ伸ばしさせながら、何やら感慨深そうに頷いている。

「うむ、どうも霊体化が出来ぬと思っていたが、やはり受肉しているのか?
 だとすれば重畳重畳。聖杯を奪い取る手間が省けて良いわ」

にぃっと笑い、剣をクロコダイルに向ける。
腕から伝う鮮血で切っ先までが濡れ、まるで刀身に赤い文様が浮かんでいるようだ。

「ああ、そうかい」

クロコダイルの右手に砂の旋風が巻き起こる。
人ひとりを軽く飲み込み得る砂嵐が次第に収束し、掌に収まる程度の球状へと形を変えていく。
出し惜しみはもう無しだ――
足場のことを気にして加減をしていては、目の前の相手は斃せない。

「砂嵐『重』(サーブルス・ペザード)!」

右腕を突き出すと共に、圧縮された砂嵐の球が大砲の如く撃ち出された。
秘められたる破壊力が大気を突き破り、直下の道路に亀裂の跡を残す。
対するイスカンダルは両の脚で路面を踏み締め、岩山のように不動の構えを取る。
巨躯に比して短い柄を圧し折れんばかりに握り――




   距離は二十歩――十八――




正面から叩き切らんと刃を振り上げ――




  十二――――七――――二――――――――――零!




極限の砂嵐と雷霆の如き斬撃が衝突し、条理を超えた衝撃が辺りを破壊する。
イスカンダルの豪放な一撃を受けた暴風の球は、その形状こそは両断されながらも、
即座に二つの嵐と化してイスカンダルに襲い掛かっていく。
道路の舗装を端からめくり上げ、引きちぎり、内部を通る配管までも押し潰す。
欄干も強烈な圧力で押されて根元が露わになり、もはや無残な鉄屑としか思えない。
イスカンダルが振るう剣から生じたバリアフィールドは"砂嵐『重』"の破壊を受け止め、流し、軽減していたが、
それも完全とは言いがたく、防ぎ切れなかった圧力がイスカンダルを襲っていた。

橋梁が軋む。

何発もの"砂漠の宝刀"によって深い断裂を刻まれた橋は、喩えるならば割れかけのガラス細工のようなものであり、
"砂嵐『重』"の爆発的な圧力を受け止められるだけの強度など、もはや持ち合わせてはいなかった。
凄まじい轟音を伴って橋の一部が崩壊する。
側面から剥がれ落ちたコンクリート片が宙に浮き、重力に曳かれて落ちていく。
イスカンダルは崩れかけた道路を足場に、立ちのぼる粉塵の向こうを透かし睨む。
翻るコート。
"砂嵐『重』"では攻め足りぬと見るや、クロコダイルは次なる一撃を加えるべく動き出していた。
弧を描く軌跡の鉤爪と、水平に突き繰り出された刃が交錯する。
金属同士が擦れ合い、火花が散る。
轟音一転、橋上が水を打ったような静けさに包まれた。
ぽたり、ぽたりと、血の滴がひび割れた路面に赤い斑点を残す。
鉤爪はイスカンダルの右肩に突き刺さり、剣はクロコダイルの左肩を穿っていた。
互いに攻撃の軌跡を逸らし合ったのだ。
どちらも深い傷ではあるまい。
クロコダイルの左腕がイスカンダルの右腕を押し退けて、両者の肉から切っ先を抜き取る。
一歩踏み込めば密着するほどの距離。
しかしどちらからも間合いを広げることはなく、静かな睨み合いが続いた。

「ははぁ。砂の身体もこいつには弱いのか」

イスカンダルは刀身に伝う血液を左手の指で拭った。
これはクロコダイルを刺した際のものではない。
鉤爪によって右腕に付けられた傷から流れ出た血液だ。
幾ら斬り付けても通用しなかった砂の肉体が、血に濡れた切っ先にだけは普通の人体と変わらず刺されていた。
これ以上ない『攻略の解答』である。
間髪入れず、イスカンダルは袈裟懸けに剣を振るう。
金属の拉げる音が鼓膜を衝く。
振り下ろされた刀身を、クロコダイルの義手が受け止めていた。
正面から受けたために鉤爪は折れて落ち、義手自体にも刃が深々と食い込んでいるものの、身体には微塵も届かせていない。
イスカンダルの動きが止まった一瞬を突き、クロコダイルは右手で刀身を握り締めた。
――この右手は、全てに底なしの渇きを与える。
刀身が瞬く間に劣化していく。
べったりとついていた血糊もみるみるうちに乾いていき、黒ずんだ染みに成り果てる。
イスカンダルは咄嗟に柄から手を離し、後方へ大きく距離を取った。

「それが分かったところで、どうする気だ?」

もはや見る影も無くなった刀身を、クロコダイルは容易く握り潰した。
二つに分かれた剣の残骸が、路上に落ちて虚しく音を響かせる。

「やりようはあるに決まっとる。色々とな」

イスカンダルは左手で右腕の傷を押さえると、血液を搾り出すように力を込めた。
そうして血に塗れた左の掌に、右拳を勢いよく打ち付ける。
剣は折れど、武器は尽きず。
クロコダイルは口を歪めて笑い、義手の内部に仕込んでいた両刃の短剣を露わにした。

「面白れぇ……やってみな」



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方針 御坂美琴 殺人連鎖 -a chain of murders-(後編)
方針 衛宮切嗣 殺人連鎖 -a chain of murders-(後編)
limitations サー・クロコダイル 殺人連鎖 -a chain of murders-(後編)
limitations ライダー(征服王イスカンダル) 殺人連鎖 -a chain of murders-(後編)


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最終更新:2012年12月02日 22:39