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巨人だ。
其処には機械の巨人が居た。
力強さとしなやかさを内包した、全長4m程の躯体が聳える。
両肩に西洋の盾を思わせる装甲が覆われ、頭部を始め全身の至る所からワイヤーが伸びている。
風にたなびく度に人間の毛髪を思わせる。
二足歩行型可能な機動兵器、ナイトメアフレームを模した唯一無二の機体。
ナナリー曰く“新しい身体”――“マークネモ”が地に降り立つ。
そしてその心臓部とも言える操縦室にナナリーは居た。
但し、意識の主導権はネモの方へ。
マークネモに搭乗している間には、全面に出る人格の交代が起きるという事だ。

『やめて、ネモ!』
「未だそんなコトを言うのか、ナナリー! お前も感じたのだろう、奴らのおぞましさを……奴らの醜さを!!」
『そ、それは……』

マークネモはネモとの契約で得た力だ。
ナナリーが抱く負の感情――怒りや憎しみ等の感情を糧にする必要がある。
では、今回はどうだったのだろうか。考えるまでもない。
今、この場にマークネモが出現した事が何よりの証拠と言える。
確かにナナリーは感じた。
自分を売ろうとした詩音。意気揚揚と殺人に手を染めようとするラッド。そしてその状況に身を委ねるミュウツー
それがわかった時、ナナリーは何よりも悲しかった。
こんな事をしている場合じゃないのに――その時、ネモが敏感に感じ取っていた。
ナナリーの中で芽生えた怒りと憎しみ。彼ら三人とこの状況全てに対する負の感情をネモは力という鎧に変えた。
この場に存在するどんなものよりも力強い、生身のナナリーとはかけ離れたものだ。

「……こいつはちょいと逃げた方がいいかもな」
「ちっ……!」

そして、流石の二人もこの状況で闘い続けるのは得策ではないと判断したのだろう。
機転を利かし、ラッドとミュウツーは直ぐにマークネモから走り去っていく。
しかし、当然、マークネモの一歩は彼らとはわけが違う。
跳躍――そこまではする必要もない。一、二歩だけ踏み込んで右拳を叩きつけようとする。
刹那。ネモは確かな違和感を覚えた。

(馬鹿な! マークネモの動きが……遅いだと!?)

衝撃が起き、大きなクレーターが生まれる。
其処はほんの一瞬前にラッドとミュウツーが居た場所付近。
ラッドとミュウツーは身を投げ出す事でどうにか難を逃れていた。

外れた。その事は勿論腹立たしいがそれよりも引っかかる事がある。
己の身体とも言える、マークネモに何か異変が起きている事についてだ。
しかもそれは決して小さなものではない。
自分の方には特に異常はないと思われるが心残りはある。
ギラーミンがマークネモに、自分に何らかの処置を施したのだろうか。

有り得ない。普通では有り得ない。
何故なら自分はエデンバイタルを司る存在、“魔王”だ。
あの魔女――C.Cの一部でしかない泥人形とはもう違う。
自分は自分の力で立つことが出来る、一つの存在だ。
そんな自分が知らぬ間に、他人に言いように弄られていたなど――ネモに認められるわけがない。

違和感などなかった。そう自分に言い聞かせるようにネモは意識を集中させる。
拳による打撃は外れてしまった。
だが、それがどうした。
マークネモが只、殴りつけるためだけのナイトメアフレームであるわけがない。
ナナリーとの出会いで、漸く手に入れた自分だけの力を発現する。

「ブロンドナイフッ!!」

全身に付属したワイヤーがまるで蛇のように動めく。
縦横無尽、一本一本が意思を持っているのかと錯覚する程に、その動きは複雑だ。
その先端にはナイトメアフレーム用のナイフ。
直撃すれば人間など刺すと言うよりも押し潰してしまうくらいに。
たとえ不死者や遺伝子改造によって生まれたポケモンでさえも、確実な死が訪れることだろう。
但し、本当に当ればの話だが。


「かああああああああああ! スゲぇ、こいつはスゲぇ!!
腕が刀になっちまう女、宇宙人野郎、んで次はバカみてぇなロボットか!!
おいおいおいおい、どんだけ俺を飽きさせねぇんだよ――このバトルロワイアルってヤツはよぉ!!」


場違いな声が響く。
声の主は言うまでもなくラッド。
寸前のところでブロンドナイフを避けて、未だ致命傷を貰っていなかった。
ピョンピョンと、よくもまあこれ程までに柔軟に動けるものだ、と感嘆する程に曲芸染みた身のこなしを見せている。


「これほどとはな……」

一方、ミュウツーの方もラッドとは対照的に、碌に口を開かず黙々と身体を動かしている。
ミュウツーはエスパーポケモンだ。
得意中の得意とも言える超能力を用い、ブロンドナイフの軌道を僅かに変えている。
勿論、大きさの違いもあり、それだけで攻撃を避けているわけではない。
持ち前の身体能力、更にはいつの間にか右腕に握ったスプーンを駆使しながらなんとか凌いでいた。


共に余裕はないラッドとミュウツーの二人。
この殺し合いに呼ばれる前も、様々な経験を積んだ二人は共にかなりの実力者と言えるだろう。
だが、幾ら二人といえども、マークネモとのサイズ差をどうにか出来るものではない。
ならば何故二人は未だ致命傷を貰うまでに至っていないのか。

答えの一つは二人が専念しているためだ。
攻撃は考えず、隙を狙った反撃すらも一切考えていない。
流石のラッドですらも全くと言っていい程に。
不自然な話ではない。
ラッドはバズーカを持っているものの、狙いをつける瞬間に逆に狙われる場合がある。
あちらとは違い、こちらは常に一発を貰うだけで危うい。
周囲から殺人狂と称されるラッドだが、決して頭が悪いわけではなく寧ろ回転は速い。
特に喧嘩や揉め事に関する際の、頭の切れ具合は。
故に二人は全ての意識を回避行動に注ぎ、今、未だ己の命を永らえている。
そしてもう一つの理由は――マークネモの方だ。

(何故だ!? マークネモの動きだけじゃない、ナナリーのギアスの精度も明らかに可笑しい……。
どうなっているんだ、これは……?)

確かにネモの意識が通常よりも押し出されているといっても、その肉体はナナリーのものだ。
また、ネモがナナリーに与えたものはマークネモだけではない。
ギアス、簡単に言えば一種の超常能力とも言うべき力。ギアスを持つ者をギアスユーザーと呼ばれる。

ナナリーが受け取ったものは未来線を読む力を持ったギアス。
俗に言う未来予知とでも言った方がいいのだろうか。
相手の攻撃の軌道、そして相手が次に行うであろう行動の予測が能力の一端。
しかし、それは完全な予知というわけでもない。
事実、この殺し合いに参加させられる前も、とあるギアスユーザーのナイトメアフレームの動きを読み切れはしなかった。

只、問題なのはその誤差があまりにも大きい事について。
そう。今しがた打ち放ったブロンドナイフで仕留められなかった事実が苛立たせる。
同時にまたも思う。やはりマークネモには何か、自分の知らない力が働いている事に。

実際、マークネモのスペックは意図的に何段階も落とされている。
全長が約4m程のナイトメアフレーム。しかも、マークネモは特別なナイトメアフレームだ。
単純計算で起動時のエネルギーは、一般のナイトメアフレームのそれの50倍以上。
まさに化け物といえるマークネモが本来のスペックを発揮すれば、この殺し合いはあっという間に終わってしまうだろう。
そうさせないための処置なのだがネモに気付くわけがない。
マークネモに異常があるならば、尚更自分に気の緩みは許されない。

一切の反撃を許さずに、ラッドとミュウツーを釘付けにしている。
気休めにもならない。自分はマークネモまで持ち出しているのだ。
この時点で二人を、少なくとも一人は殺せないようではあまりにも不甲斐ない。
そう。ナナリーとは相容れない、明らかに敵だと断定できるこいつらを――しかし、障害は未だあった。
僅かな焦燥の念に駆られながらも、ネモがマークネモで追撃を掛ける。

『もうやめて、ネモ!
人間相手にマークネモを使うなんて……どんな事情があっても、私には出来ないわ!』

されども、その動きにはどうにもぎこちなさが目立つ。
マークネモの攻撃に精彩が欠けているにはナナリーの存在があった。
ナナリーは心優しい少女だ。かつては只人であった、一人の男が心の拠り所にしていた程に無垢な心の持ち主。
そしてナナリーは元来の大人しい性格から争いごとは好まない。
今まで、この会場に呼ばれる前までにマークネモを使用していたのは、そうする必要があったためだ。
避ける事が出来なかったナイトメアフレーム同士の戦闘を切りぬけるためには。

だが、今回は勝手が違う。
幾ら判り合えないかもしれない存在だろうと、ラッドとミュウツーは生身だ。
人とは言い難いがナイトメアフレームを相手にするのは明らかに訳が違う。
よってナナリーは嫌悪感を覚える。
あまりにも過ぎた力であるマークネモに乗って彼らを蹂躙する自分自身に。
故にナナリーは今も試みている。
マークネモの解除はどうにも出来そうにない、ならばせめて自分の意識で足止めを掛ける。
その意思の成果が、確かに現在のマークネモの状態に現れていた。

しかし、ネモは大声で叫ぶ。


「いい加減にしろ、ナナリー! 自分の感情に素直になれ!
こいつらが許せないとお前は思った筈だ、それがお前の本音だ!
私に全てを委ねれば楽になれる、私に全てを任せてくれればそれでいい……!」


ナナリーに反抗するように、ネモはマークネモを懸命に動かそうとする。
揺るぎはしない、意固地なまでに強い意志の現れ。
その行動の理由は、ネモはナナリーを軽く見ているわけではない。
寧ろ逆だ。ネモがナナリーの意思に背く事を喜んでするわけがない。


「私はお前の騎士だ、だから私がお前を全てから守る……!
私だけを信じろ! どこの馬の骨かわからない奴らと関わるからこんな目に合うんだ……!」
『ネ、ネモ……?』

ナナリーの騎士という、ネモの自称は伊達ではない。
だからこそネモはここまでして、この状況をどうにかしたかった。
ナナリーがいわれのない危機に襲われ、その命を散らせてしまう。
許せる筈もない。もし、本当にそんな運命が待っているのだとしたら。
この身を賭してでも――全力で反逆を行う必要がある。
だが、まるでネモとナナリーを嘲笑うかのように状況は加速していく。

「う、動かないで!」

恐れを必死に押し殺したような、大声が響く。
マークネモの頭部を回し、ネモがそちらを確認する。
見れば人影があった。緑色のロングヘアーを生やした、園崎詩音と目線が合う。
マークネモの異形の顔を改めて認識してしまったのだろう。
心なしか詩音はマークネモから視線を逸らした。
但し、しっかりと己の腕で抑えつけている。
自分の前に、まるで盾にように立たせた少女を――ブレンヒルトを。
詩音はブレンヒルトを人質にした形で、言葉を突き付けていた。

「……こいつに死んで欲しくなかったら、さっさとその二人を殺しなさい!」

詩音は既に手段は選んでいない。
自分よりも弱い存在、最後の砦だと思っていたナナリー。
そんなナナリーが唐突にこの場で、最も強大な存在とのし上がったのだ。
堪らない。なんであの子がこんな力を、と悔しむよりもやることが先にある。
自分の身を守るために何をやればいいか。
迅速に、只、こんな場所では死にたくないという一心から詩音は選択した。
漸く立ち上がろうとしていたブレンヒルトの後頭部を殴りつけ、そのまま後ろへ回る。
ラッドとミュウツーの二人がマークネモと立ち回っていた間に起きた出来事であり、現在に至っている。


「キサマァ!!」


そしてマークネモが――ネモが吠える。
隠しようのない怒りを露わに、こうまでして醜態を晒す詩音に対する激情が一気に駆け上る。
今まで特に危険だと感じていたラッドとミュウツーに気を取られ過ぎた。
詩音は取り敢えず放っておいても碌な行動も起こさないだろう、と考えていた。
全てが自分自身の推測による、完全な判断ミスだ
二人を殺す事に躊躇いはないが、人質を取られてしまえばこちらの行動に支障が出る。
結果としてナナリーを更なる危機に追いやってしまった後悔の念。
やがてその感情も新たな怒りとなり、ネモの精神は更に興奮をきたし出す。
最早躊躇いはない。ラッドとミュウツーから離れ、一直線に詩音の方へ。
右腕を振り上げ、詩音に向けて一切の加減を行わずに振り下ろす。

『ネモ! ブレンヒルトさんが!!』
「くっ……ナナリー。奴の狙いはそれだというのに……!」

だが、マークネモの拳が詩音を叩き潰すことはなかった。
直前で、かなり際どい位置でナナリーの意思がマークネモを抑える。
直撃はなかったが、生じた風圧により詩音の身体がブレンヒルトごと後方へ跳んだ。
しかし、多少の恐れのような感情はあるものの詩音の表情に驚きはない。
きっと詩音はネモと同じく予想していたのだろう。
ナナリーの優しい性格を、言葉を換えれば甘い性格を。
ブレンヒルト前に出されてしまえば、ナナリーはなんとしてでも助けてしまう。
わかっていたものの、自分達が詩音のペースに乗せられている事に、ネモは人一倍歯がゆく感じた。

ブレンヒルト・シルト……お前が!」

ネモにとって見ればブレンヒルトは所詮、この場で知り合った他人でしかない。
確かにナナリーの面倒を見てはくれたが、本心では何を考えているかは計り知れない。
裏切りや妬み、そういった感情は負の感情を力に変えるネモだからこそ良く知っているものであり、どんな人間でも有り得るものだ。
故にこの瞬間、ネモはブレンヒルトを邪魔な存在だと思った。
ナナリーの制止がなければ――死体がもう一つ増えた事になったかもしれない。
別段驚きもしない。そういうものか、と嫌に冷静に己を分析する思考が確かにあった。
されども、いつまでも考えに耽っているわけにもいかない。
詩音を相手にするよりは、ラッドとミュウツーの二人を相手にする方がやりやすいだろう。
心外ではあるが、それで詩音が示す条件を満たすことも出来る。
どうせ殺すのだ。ナナリーの敵は、どうせ一人残らず殺すのだから順番などどうでもいい。
マークネモのボディを翻し、ネモは再びあの二人へ狙いをつけようとする。


「なに!?」
「よそ見してんじゃねぇ!」


だが、その瞬間、マークネモの左肩辺りで何かが爆ぜた。
バズーカの、ラッドが先程まで投げ捨てていたバズーカからの砲撃の痕跡。
勿論、いつの間にかラッドはバズーカを手元に持っている。
一瞬とはいえ、注意を向けられなくなった途端に反撃を試みる。
改めて、ラッドという男の凶暴性には流石のネモも呆れかえるしかなかった。
更にネモはマークネモの違和感を自覚する。
どうせ同じナイトメアフレームによる攻撃でもなく、大した損傷ではない。
それでも予想以上には損傷が大きい。所詮、人間用の装備であるバズーカの筈なのに。
駆動系だけでもなく、装甲面についてもか――ネモは思わず表情を顰めるしかない。
極々自然な動作で、数本のブロンドナイフをラッドに向けながら。
速さは十分。ラッドが避けるのに必要な距離は不十分。
もらった――ナイフが行き着く先を見据えながら、ネモはそう確信した。


「――ッ!」


不意に一つの影がラッドを引っ掛け、そして跳んだ。
ブロンドナイフの射程外へ。ネモは慌てて追撃のブロンドナイフを放つ。
けれども結果は同じ。正確さを失ったギアスでは、その影の完全な軌道を読む事が出来ず、仕留めることは叶わない。
やがて影はラッドを肩に担ぎながら、地に降り立つ。
白色と紫の異形――ミュウツーが其処に居た。


「なんのつもりだ、てめぇ」
「勘違いするな」

ラッドの表情に感謝の色は見られない。
殺してやりたい相手に助けられる。
これほど屈辱的な事もないだろうが、ミュウツーは特に意に介してないようだ。
乱暴に、且つそれでいてラッドの身に危険が及ばぬように更に跳躍。
マークネモから距離を取り、ラッドから腕を放す。
ミュウツーがラッドの補助を行ったのは、単に善意からの行動ではない。

「……キサマにはもっと動いてもらわないと困る。
その方がオレにとっても……都合が良い。それだけだ」

ラッドの存在は貴重だ。
持ち前の価値観や倫理を見れば判る。
ラッドは常人という枠には、到底当てはまることはない。
此処で死なれるよりも、生き残った方が他の参加者の障害になり得る。
当に不死身とも言うべき肉体、人間離れした怪力と強力な武器。
何より殺す事に、なんら罪悪感を生じないラッドは人数減らしには最適だろう。
よって、ミュウツーはこの場ではラッドの生存を優先した。
たとえ自身の危険が及ぼうとも、少しでもマスターの生存に繋がれば構わない。
詳細な理由は口には出さない、きっとラッドの方も望んではいないだろうから。
そうだ。ラッドはそんな事は望んではいない。

「……ああ、わかった。てめぇは今、思ってんだろ?
“俺はお前には殺されない”……だからこんな舐めたマネしてくれんだろ?
いいねぇ、これでもかってぐらいにイラつかせてくれるねぇ……ホント、てめぇは俺をイラつかせてくれるわ」


ラッドが知りたい事は極めてシンプルなもの。
ミュウツーがどんな考えをしているか、自分に殺されるに相応しい存在か。
その答えは既に一回目の出会いから出てはいたが、更に確信は強まっていく。
胸中に滾る、全身全霊を掛けた殺意に答えるように両拳を握る。
今すぐブチ殺そうか、とラッドは嫌に冷めた頭で自然と感想を漏らす。
どう考えても余裕をかましているようにか見えないこの野郎を――
だが、ラッドは唐突に握り締めていた拳を緩め出す。
同時に浮かべるものは冷酷な眼差しを眼前のミュウツーに向けて。
そして歯車が噛み合ったかのように、ラッドが流暢に口を開く。


「決めた。俺はてめぇを必ずブチ殺す。最後の最後で、てめぇがあと一歩で最後の一人になるって瞬間にブチ殺す。
手段は……何でもいいか。まあ、そんなコトだ。
だからよぉ――」


つい数時間前に殺し合った相手に助けられる。
最大級の屈辱を与えられたと言っても過言ではない。
単に、殺してやるだけでは到底ラッドの気は収まらなかった。
最後の瞬間、ミュウツーを殺す状況に自分から新たな条件をつける。
それはきっとラッドなりの落とし前の付け方なのだろう。
誰にも理解出来ない、理解してもらうつもりもこれっぽちもない。
ラッドが準ずるものは己の価値観や理想――世間一般ではそれを“狂気”というのかもしれない。
只、自身の心に命ぜられるようにラッドは腕を伸ばしす。
高く、天高く――愉快さと不愉快さがごちゃ混ぜになった感情が見えた。
声を張り上げて、バズーカを肩に担いで、ミュウツーを呼びつける。


「先ずはこいつからブチ殺そうぜ。なぁ――この“クソ宇宙人野郎”!!」



跳び出した意味は、この場での一時休戦を示す言葉。


共同目的は――マークネモの破壊。




◇     ◇     ◇



「クソ……なんなんだ、こいつらはああああ!!」

マークネモ内部でネモが叫ぶ。
かれこれ5分、いやそれ以上の時間が経った事だろう。
マークネモの不調は今に始まった事ではなく、半ば諦めがついている。
先程から何度も問題の解決を試みているが無駄なのだ。
どこか落ちつける場所でもあれば話は変わるかもしれないが、直ぐには期待出来ない。
その事は今は置いていく。そうだ。ネモの叫びには別の理由がある。
視界に映る人影の全てがネモには気に食わなかった。

「ギアスが使い物にならないだけで、これほどとは……!」

ネモの視界に映る人影は合計四つ。
強者から潰そうと言うのだろうか。
急に連携を取り出し、しぶとい抵抗を続けるラッドとミュウツーの二人が特に眼につく。
次に銀色の奇妙な物体を展開し、必死に逃げ惑っている詩音の姿が。
そして何よりも厄介な存在、ブレンヒルト・シルトは未だ詩音の傍で意識を失っていたままだ。
厄介というより、寧ろ邪魔でしかない。
ブレンヒルトの存在が詩音への決定的な攻撃を鈍らせる。
ならばラッドとミュウツーの方をと思いたくもなるが、この二人も一筋縄ではいかなかった。

「おい、てめぇ! なんか良い手段でも考えろや。今回だけは乗ってやる」
「知るか」

一足す一は二となって一よりも大きい。
あまりにも判り切った事だが、ラッドとミュウツーの二人はネモの予想以上に善戦していた。
信頼関係もへったくれもない、綱渡りのロープのように不安定な関係ともいえる。
元々互いに単独での戦闘を得意とするせいなのだろうか。
それぞれ好き勝手に動き合い、それが功を奏して不思議と噛み合っていた。
偶然にも片方がマークネモに狙われた際に、もう片方が攻撃を開始するように。

「ああ? てめぇ、真面目に考えてねぇだろ。ちっとは努力ってモンを知りやがれ」
「……くだらん」

だが、それでマークネモにダメージがあるかと聞かれればそうとも言えない。
幾らミュウツーやラッドのポテンシャルが優れているといっても、彼らに2メートルを超す身長もない。
対してマークネモは約4メートル程。
三倍程の大きさの敵を相手にするのは容易い事もでないのは至極当然な事だ。
所詮あまり意味を成さない攻撃しか、ミュウツーとラッドには加える事が出来ない。
しかし、それでも全くの無意味というわけでもなかった。
マークネモの手元を狂わせるような、そのくらいの妨害ぐらいは可能だ。
そこにミュウツーとラッドの身体能力が加われば、致命傷を喰らうまでには届かない。

「あ、あはははは! そうです、その調子で早く殺っちゃってください!」

更に詩音の存在がマークネモの足枷になっていた。
詩音は流石に自分がマークネモを打ち倒す程の力を持っていると思っていない。
よって碌に戦闘に参加はせずに身の安全に専念している。
じっと、月霊髄液を駆使し、そしてブレンヒルトを盾に構える。
死にたくはないとう一心から詩音が見せる隙はあまりにも少なく、ネモの焦りを誘うのにはもってこいだ。
ブレンヒルトが傷つくことはナナリーの望みではない。
ましてやブレンヒルトが巻き添えで死ぬこととなれば――明らかな痛手となるのは言うまでもない。
己の主、守るべき主であるナナリーのためにネモはこの状況をどうにか打開しようと一人奮戦していた。
終わらない膠着状態。しかし、不意にその状況に変化が訪れてゆく。

「うらああああああああ!」

依然として続いていたブロンドナイフの掃射をラッドが切り抜ける。
尋常でないない速度で一気に突っ込んでくる姿は、大砲から撃ち出された弾丸のようだ。
身体の節々には大き過ぎる赤黒い傷が目立つ。かすり傷といえど大きさが大きさだ。
かなりの痛みを伴っているだろうが、ラッドに臆する様子はない。
未だ気づかぬ、不死者の恩恵を存分に享受しながら目の前の敵へ猛然と疾走。
更にラッドは右腕に持ったバズーカを放つ。弾丸から弾丸が飛んでゆき――爆発が起きる
マークネモが左腕を振い、飛来した弾丸を叩き落としたためだ。
休める暇は与えない。そう言うかのように、マークネモから最早何度目かわからないブロンドナイフが射出。
十は超えているブロンドナイフの群れが我先にとラッドへ迫る。

「……わかんねぇのかな。俺はさ……こういう感じの方が燃えちゃうわけよ」

だが、ラッドの表情に焦りは見られない。
軽く首を回して、意味深なセリフを吐いて、そしてまるでバネのように宙へ身を投げ出す。
何故か自分から鋭い光を持ち続けるブロンドナイフの方へ。
そして――咆哮。

「こんな風に! 気ぃ抜いちまったらサックリ逝っちまうこんな状況がよおおおおおおおおおおお!!」

ブロンドナイフを蹴り飛ばし、ラッドが斜め上へ跳躍する。
時間差で離れた次のブロンドナイフに向かい、またもや同じように。
三角跳びの要領でラッドはどんどんと宙へ舞い上がる。
一瞬の判断、ブロンドナイフの軌道を読み間違えれば命はない。
たとえ不死者の身体を以ってしても、追撃の分も考えれば再生が追いつかないだろう。
しかし、ラッドはやって見せた。
リスクなど微塵も恐れぬ様子で、出来る事がさも当然のような様子すらも漂う。

「いい気になるな! キサマッ!!」

対してネモがマークネモの左腕を奮う。
チョロチョロと跳び回るラッドが心底憎らしく思う。
だから今回もまた遠慮なく拳を向けることが出来た。
楽々とラッドの全身を押し潰すことの出来るマークネモの左腕。
ナナリーの抵抗は未だ続いているが、ブレンヒルトごと詩音を殺そうとした時かは緩い。
好都合だ――同時にナナリーの悲しむ顔が浮かんだが仕方ない。
此処でラッド達を殺しておかなければ、間違いなくナナリーの障害となり得るためだ。
そんな時、ネモの視界に何かが映った。

「な……に……?」

それは銀色の逆向けになったスプーンだった。
マークネモの横を過ぎ、一直線に何処かへ向かっていく。
何処からやってきたのか。その疑問は直ぐに解けた。
問題はそのスプーンが向かう先だ。
やがてネモは知った。
スプーンの主、ミュウツーの恐るべき意図を。
そう。そのスプーンが向かう先には人影が二つあった。

「――ッ!?」

簡単な消去法だ。
ラッドでもミュウツーでもなければ残っているのはあの二人。
詩音とブレンヒルトの方へスプーンが飛んでいくのをネモは眼で追った。
このままラッドへ向けようとした腕を伸ばせば叩き落とせるだろう。
しかし、それではまたもラッドを仕留めきる事が叶わないかもしれない。
それにだ。幾ら詩音と言えども自分の身に危険が及べば何らかの手段を講じるだろう。
今までずっと展開させていた、銀色のあの奇妙な物体でどうにかするに違いない。
咄嗟にネモは思った。だが、そう結論づけた瞬間、唐突にビジョンが脳裏に浮かぶ。
何故かこの瞬間だけ、今までのどんな時よりも色濃く――ギアスがブレンヒルトの未来線を読み取った。
そこには胸からスプーンを貫かれ、口元から赤い鮮血を零す姿が。
詩音に身代りにされ、絶命の瞬間を迎えるブレンヒルトが居た。

「園崎詩音! キサマというヤツはああああああああああ!!」

何故ブレンヒルトの結末がハッキリと観えたのかは定かではないが心当たりはあった。
それはナナリーがブレンヒルトに抱いていた感情による所以のため。
決して恋愛感情ではないが、信頼を結んでいたのは確かだ。
この戦闘中にもナナリーは頻りにブレンヒルトの様子を気にしていた。
ネモから与えられたといえども、未来線を読むギアスはナナリーの力だ。
この一瞬だけでも、制限されたギアスの力がナナリーに答えのかもしれない。
ブレンヒルトを、死なせたくはない彼女に危機が降りかからないために。
だが、生憎ネモにとってはそれは都合が良いとは到底言えなかった。

「まさか、あいつはこれを狙って……!」

やられた。ネモは忌々しげに視線を飛ばす。
やがてミュウツーと視線が合う。特に変えようとしない、何を考えているかわからない表情。
いや、きっと観察しているのだろう。
ネモがどう動くか。ネモがブレンヒルトを見捨てるか否かを。
どう動こうとも隙があれば見逃さない。
言葉に出さずともミュウツーの眼を見ればそう言っているのは判る。
そしてこうしている間にも刻一刻とブレンヒルトの元へスプーンは近づいている。

『ネモ! ブレンヒルトさんを守って!』
「……くっ! ナナリー!!」

ナナリーの言葉が痛い程に伝わってくる。
命令ではない、必死に懇願する感情を確かに感じ取る。
腕だけでなく、身体ごとブレンヒルトの危機を消し去って。そんな願いを感じた。
自分はナナリーの騎士だ――ならばナナリーの言葉に逆らう理由などある筈がない。
しかし、ネモは納得がいかなかった、出来るわけがなかった。

「何故こんなコトに……」

ナナリーは優しい少女だ。
争いごとは好まず、きっと今もマークネモの中で身が引き裂かれる思いに違いない。
自衛のためとはいえ、破壊をもたらすナイトメアに乗って闘う運命を突きつけられたあの日が全てを変えた。
その事についてネモが言える事は特にない。
理由はどうあれナナリーを異常な世界に引き込んだのはネモ自身だ。
弁解はしないが、只どうにも腑に落ちなかった。
今も、自分の身を顧みずにブレンヒルトを助けようとするナナリーが。
出会ってから10時間程しか経っていない人間のために、ここまで出来る彼女が。
どうしてラッドやミュウツー、詩音のような存在よりも危険を背負わなければならないのか。
ネモにはどうしてもその現実が我慢出来なかった。

不満を抱えるだけでは駄目だ。
この状況は、この歪んだ世界は何も変わらない。
ネモは全ての意識をマークネモの左腕に注ぐ。
ブレンヒルトを奪い、その後全力を以って三人を皆殺しに――刹那、ネモは己の異変を感じ取った。
今までに襲ったどれよりも強く、そして決定的な違いを。
身の危険を覚悟させる、予想だにしなかった異常が唐突に顔を出す。

「こ、これは……?」

見ればマークネモの全身がドロドロと溶け出している。
10分間、この場でのマークネモに与えられた起動時間のせいだ。
再びマークネモを呼び出すには2時間の間隔を挟まなければならない。
ナナリーとネモにとって知りようもなかった事実だが、今更知ったところでどうにか出来るものでもはない。
仕方ない。咄嗟にネモはこの場からの離脱を試みようとする。
知らなかった事が多すぎた。
新たに知りえたマークネモの異常を次に生かすためにも、一旦体勢を整えるべきだろう。
ラッド達を仕留めきれない悔しさはあるが、ナナリーの安全とは換えられない。
しかし、ネモの意思に反するものがあった。

「ナナリー!?」
『ブレンヒルトさんを……死なせたくはない!』

マークネモの左腕が未だもブレンヒルトの方へしっかりと伸ばされていた。
もう、既に全身がボロボロと崩れ落ちているにも関わらずに。
やがてスプーンを代わりに受け、マークネモの左腕が音を立てて崩れる。
それほどまでにも時間が迫っているのだ。
直ぐにでもマークネモは形を止めることが出来なくなるだろう。
ナナリーもその事はわかっているに違いない。
判っている上での行動だ。ネモにもそれは良く判っている。
何故そうまでして――そんな疑問を問う事は出来ない。
ナナリーの性格故に、彼女がブレンヒルトを見捨てられないの事も予想がついた。

「ナナリー……私は、私は……!」

マークネモの崩壊が進むと共にネモの意識も薄れていく。
状況を考えればマークネモが居なければナナリーの命はない。
そんな事はさせない。絶対にさせるわけにはいかない。
視界の隅ではさも下品そうに笑い、そしてバズーカをこちらに向けたラッドの姿が見えた。
それでもネモは必死にマークネモの存在を確立させようとする。
避けられない運命に必死に足掻くその姿は――ネモの意思に反し、酷く哀れ染みたものであった。


「私はお前の騎士だ! お前は――私が守ってみせる、ナナリー!!」


そして状況は変わり出す。


マークネモの崩壊――それが全ての終わりきっかけでもあり、始まりの加速でもあった。


◇     ◇     ◇


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――――――geass ナナリー・ランペルージ ――the code geass
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――――――geass 園崎詩音 ――the code geass
――――――geass ミュウツー ――the code geass
――――――geass ラッド・ルッソ ――the code geass


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最終更新:2012年12月03日 02:21