Free Bird(後編) ◆YhwgnUsKHs





 翼は右が無残に切り裂かれ、左もかなり深い傷となった。
 大量の黒い羽根と共に、力なく水銀燈は落下していく。


 秋水を抜き窓枠から廊下に入ったゾロはそれを見送る。
 このまま落ちれば水銀燈は無事ではすまないだろう。
 だが助ける気はない。


 理由は2つある。
 1つは彼は自分を殺そうとし、知っている少女を傷つけたであろう相手を助けるほどお人よしではない。
 早く先に行った新庄を追わなくてはいけない。



 もう1つは――――彼は『しなくていいこと』をわざわざするほどマメではないからだ。





「話が食い違ってて混乱してたが…………なるほどな。





 確かにあの様子じゃ、危険な奴じゃあないらしいな」





 *****



 落ちていく。
 いや、堕ちていく。
 ただただ、堕ちていく。
 それが分かった。
 黒い羽が視界を埋め尽くす中、どんどん空が遠くなっていく。



『天使』



(堕天使って…………こういう気分だったのかしらぁ?)



 もっとも今の自分は翼を切られた堕天使。
 しかも片腕のない、ジャンク。



(また…………お父様にもらった体が…………)



 そのことに深く悲しみを抱く。剣士に対して憎しみも抱く。



 だが、なぜか全て諦める自分がいた。



 もう嫌だ。
 もう壊されたくない。
 もう痛いのは沢山だ。


 そう思っている軟弱な自分がいて、それを受け入れようとする自分がいた。




 もうすぐ地面だ。



 自分はそこに叩きつけられるだろう。





 それで――――完全なジャンクになる。



 悔しい。
 悲しい。
 でも、羽が動かない。デイパックに腕が届かない。



 だからもう、オシマイだ。





(さよなら…………めぐ)




 最期に浮かんだのは、あの少女の顔――――










「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」





 そこに、叫び声が割り込んできた。




「ダーーーーーーーーーーイブ!!!!!」




 *****





(…………え?)




「は、ははは…………滑り込みセーフ?」




 状況が分からない。



 今私は誰かの手に抱かれている。
 もっとも、抱かれていると言っても腕が私を受け止めているだけでその本人はうつぶせに倒れている。



 想像はつく。
 落ちる私をこいつが受け止めた。
 しかも本当なら間に合わないところを、こいつは必死で走ってきて、しかも飛び込んだ。
 その結果、こんなうつ伏せになってしまった。




 でも、なんで



「なんで……」
「ん? ああ、あの爆発? いや確かに至近距離で爆発したらやばかったけど、その前に銃で撃てたから。
 爆発で吹き飛んだけど、なんとか地面に足で降り立つのには成功したよ。ちょっと足がまだジンジンしてるけど。
 あれ? 気づいてなかった?」



 違う……


「なんで……助けたのよ」
「…………」
「私は……あなたを傷つけて……一緒にいた女を攫って――殺したのよ?」
「…………」


 ああ、そうよね。
 こいつは私があの女に何をしたのか知らなかったからあんなことができた。
 もう無理だわ。
 だってもう言ってしまったもの。
 これで怒らない、私を憎まない者なんているわけがない。
 私は壊さ  「それでも死んで欲しくないんだ」





 え?




「君がマヒルを殺したとしたら、確かにそれは酷いと思うよ。
 あの子だって生きたかったんだ。僕は悲しい。
 でも――それは僕も同じだ。僕が君を止められていればよかった」



 なんで


「何よりそういう理屈じゃないんだ。
 ただ僕は、誰にも死んで欲しくない。
 助けられるなら助けたいんだ」



 ……違う


「私は……人間じゃないのよぉ?
 命なんて、ない。
 私は『死ぬ』んじゃない。『壊れる』だけ。人形が壊れるだけ。
 それでも     「助ける」



「だって君は……怒れるじゃないか」
「……っ」




「君は、僕を笑ったじゃないか」
「なっ」


「君はさっきから驚きっぱなしじゃないか」
「あ、あ」




「僕は…………君が『生きてる』としか思えない。
 体は人形でも、人じゃなくても…………君は『命』だ。
 だから僕は…………助ける。たとえ君が僕を傷つけても」





 なによ、それ…………



 私が……命?



 私は…………



「さ、行こう。マヒルの所に……行かないと」




「違う…………!」
「え」




「私は、私は人形!!
 私はローゼンメイデン!
 お父様に作られた誇り高き人形!」



 完璧な少女(アリス)を目指すもの。
 その為に戦ってきた。
 でも、もしそんな私が……既に、命として成り立っていたら?




 今までやってきたことは、なんだったの?




「私は……人形!!」
「ちょっと待っ」



 もうやめて。


 もう私に何も言わないで。



 もう私を苦しめないで。



 だから私は、デイパックから取り出した風神を全力で振った。



「ぶわああああああああっ!!」



 うつ伏せだった男はさらに地面に突風で押し付けられ、私はその反動で空を舞う。



 どうしよう。



 どこへいけばいい。




 目に付いたのは……あの女を置いてきた居館だった。




 *****





 その時!新庄・運切が必死に塔を駆け下り扉を開いた先で見たものは!





 『メメタァ』って感じでカエルのようにへばりつくヴァッシュ・ザ・スタンピードの姿だった。




「伊波さん待ってて!」
「セツーーーー!?」



 ヴァッシュをスルーして新庄は居館に向けて走り出した。
 明らかに無事っぽいヴァッシュよりも命の危機に瀕している可能性が高い新庄の方を優先するのは確かに理に叶っている。



「おい。大丈夫か?」
「う、うん。凄い押し付けられたから少し動けなかっただけ……って、君目が覚めたのかい!?」


 代わりに少し泣き出していたヴァッシュを助け起こしたのは後を追ってきたゾロだった。
 ゾロとしてはかなり珍しいことだが、新庄の話では彼を運び込んだのはヴァッシュらしいから、無碍にもできなかった。


「ああ。世話になった。……あんたはヴァッシュ、で間違いないんだな?」
「そ、そうだけど?」
「……」(あの女の話じゃ金髪のはずだったんだが……どう見ても黒じゃねえか)
「もしかして、君ウルフウッドかリヴィオに会ったのかい!?」
「どちらも知らねえな。俺がお前のことを聞いたのは――」





 ゾクッ






「!?」
「ッ!!」



 2人に突如走った悪寒。


 それは彼らのよく知る――――殺気。



 そして――――本能としか言えない直感。






 何か、とんでもないものが近くにいる。
 さっきの水銀燈とは比べ物にならないほど恐ろしい、何かが。





「おいお前!」
「セツ!戻って!!」




 ゾロとヴァッシュが走り始めながら居館へと向かう新庄を呼び止める。
 だが新庄は聞かない。
 ずっと行動を共にしていた少女の命がかかっているのだから。




 2人が感じた殺意の場所が、まさにその居館の方向だと知らず。





 ガシャァァァァン!!



「えっ!?」



 けたたましい音と共に、突然居館2階のガラスが割れた。
 その光景に新庄は庭園の真ん中で立ち止まった。



 ガラスが割れると同時に飛び出した『何か』が




「セツ!!!」



 そのまま地上の新庄向けて落ちてきて








 グシャァ






 鮮血と肉と骨が――――舞い散った。





 *****


 一体何が起こったのか。


 水銀燈に連れ去られた伊波の行方は?
 居館に消えた水銀燈の末路は?
 ヴァッシュとゾロの感じた殺意の正体は?
 居館から飛び出した何者かの正体は?
 新庄の生死は?
 ハクオロは一体どこへ消えたのか?



 全てはこのもう一つの物語でわかるだろう。
 『主塔』とは別の、『居館』で起こっていた出来事だ。



 時間はいくらか遡る。



 *****



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最終更新:2012年12月05日 02:34