Just wanna be(前編) ◆YhwgnUsKHs
ギィィィィ
「誰もいない……かな?」
「そのようだね」
城の中で西に存在する居館。その中にある大広間にて重厚な扉を開けて入る2人の人影があった。
「なんか今凄い不快な感覚がした俺」
「奇遇だね。私もだ」
「……で、なんなんだよこれ」
小鳥遊が唖然として見る先には、無造作に転がったテーブル、何かが衝突したように皹が広がる壁、その壁にかかっていて粉砕されている絵画などがあった。
いくら一般人の彼でもわかる。ここで何かがあったのだ、と。
「ふむ……誰かがただ暴れた……というわけではないらしいね」
部屋の中を見渡した佐山が堂々と大広間に入っていく。
未だに扉に手をかけたままの小鳥遊を置き去りに、部屋の中心で更に部屋を見渡す。
「お、おい佐山くん……」
「この部屋、ただ荒らされてはいない」
「え?」
きょとんとした小鳥遊に佐山は部屋の中を示すように腕をゆっくり振る。
自慢の令嬢を自慢する親のように優雅なふるまいで。
「絨毯の凹み跡から見てテーブルがこの中心付近にあったことは明白。
それが壁際、しかもその上の壁と絵画の有様を見るに、テーブルが跳ね飛ばされたか投げ飛ばされて壁に激突したと見ていいだろう。
ではなぜそのような事になったのか。君はどう思う?」
「誰かに襲われた、とか?」
佐山は指を突き出し小さく振る。
それは甘い、と。
「それにしては私はこの現状に違和感を感じずにはいられない。
なぜなら、ここには弾痕はおろか切り裂かれた物品も存在しない。いくら広いとはいえ室内。襲撃があったとしたらもう少し痕跡が残ってもいいはずだ。
だが目に見える痕跡が示す事象は『テーブルが壁に叩きつけられた』という1つのみ。
0ではないが、襲撃の可能性は著しく低い。
テーブルを吹き飛ばすという荒っぽさの割には扉はどちらも無事のようだしね」
小鳥遊は慣れたと思ったが、改めて佐山の凄さを思い知っていた。
キャンプ場でも、駅でも、廃坑でも、ここでも。
自分だったら『変だなぁ』くらいで済ませてしまうことを、どんどん考えて凄いことを見つけてしまう。
これが『頭のいい人』なのだろうか。彼の姉に弁護士をやっている者が居るが、もしかしたら佐山がそちらの道に進めば姉など及ばないのではとも――
「ほう、あの絵画の女性……新庄くんほどではないがなかなかの尻を」
…………
「どうしたのかね小鳥遊くん。扉によりかかって激しく落ち込んで」
「俺の人を見る目がだんだん信用できなくなっただけ……」
そんな小鳥遊を無視して佐山は更に奥に進む。
その様子を佐山は見ていない。
「ここで何があったか……手っ取り早い方法はあるが……ん」
「ああ。獏ちゃんだろ? でもさ。見れるときと見れない時が――」
そこで顔を上げた小鳥遊は動きを止めた。
「え?」
佐山が大広間の奥の方で棒立ちになってしまっている。
「ど、どうしたんだよ?」
流石に小鳥遊も心配になり入り口から離れて佐山の下へと駆け寄る。
そして佐山の顔を覗き込んだ。
「え?」
その顔を見て小鳥遊は動きを止めた。
佐山はどこを見ているかわからない焦点の定まらない目でどこともあらぬ方を見ていた。
口は半開きで、ぼーっとしている、という表現が相応しい。
その様子に小鳥遊は思い当たることがあった。
「もしかして……」
彼は小鳥遊の胸ポケットを見た。
そこには首をふるふると振っている獏がいた。
今まさに話していたその対象。
そして佐山が言っていた。『獏が夢を見せている間、その人物は少しの間ぼーっとしていたように見える』と。
目の前で手を振ってみるが、やはり佐山の様子は変わらない。
「夢を見てるとこうなるのかー………あれ?でもなんで俺は見てないんだろ。
離れてたからかな?」
そう考えた小鳥遊は暫く佐山を見ていたが…………やがて奇妙なことに気づいた。
それは食い違い。
佐山が言っていた言葉。
『夢は長く感じるが、実際はそれほど時間は経たない。だから傍から見れば少しぼーっとしてたようにしか』
「…………『少し』…………?」
佐山が夢を見始めてから、既に30秒が立とうとしていた。
*****
え…………?
何、あれ?
長くて
細くて
曲がってて
先っぽは
5本に別れてて
赤い…………アカイ?
痛い
熱い
痛い熱い
痛い!痛い!熱い!熱い!
痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!痛!
熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!熱!
「これであんたも私とおんなじ」
誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰
痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛誰痛
「凄い剣ねぇ…………アンタの上からデイパック使って落としただけなのに」
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
「あなたの*、*切れ*んじゃうんですものぉ」
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛
「さぁて…………真紅だけはただじゃ済まさない。必ず私以上に壊してあげなくちゃ」
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
「でも片腕を失った私じゃあ不利。それにあのゼロにも一泡吹かせなくっちゃ…………ふふふふ」
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
「あの○の仕掛け。首輪を大量に持ってきたら何かある、ということは――きっと優勝狙いにとって有利な武器か何かのはずだわぁ。
だって甘い連中に首を切り取るなんてできるわけないんだし、そうなるとそうなるわよねぇ。
あなたはどうせ*ぬでしょうから……あと2つ。そうねぇ。爆発で吹き飛んたかもしれないけど、アイツから取ってきましょうかぁ。
あともう1人貴女には連れがいたはずだけど…………別に答えなくていいわぁ」
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛痛!
「貴女答えられないでしょうからぁ。だって」
「腕が千切れちゃったんですものねぇ」
イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!
*****
ドオオオオオオオオン!!
「な、なんだ!?」
かれこれ1分佐山の様子を見守っていた小鳥遊は突然の爆音にうろたえた。
佐山はこの爆音でも起きない。ていうか、聞いた話と全然違う。
「どこが『少しぼーっとしてたように見える』だよ……明らかにおかしいじゃないか…」
佐山について愚痴をこぼしながら、小鳥遊は音をした方に足を進めた。
音がしたのは東の方向。それはさっき自分達が入ってきた方向だ。大広間を出るとすぐに廊下がありそこの窓から見えるはずだ。
佐山をそのままにして慎重に扉を開ける。
「なんだ、あれ……」
窓から見えたのは、塔だった。
その2階あたりにもくもくと煙が見える。
火事という感じではない。どっちかというと……爆発?
「ど、どうしよう……佐山くんまだ起きないのかよ……」
あの爆発に対してどう対応していいかわからず、小鳥遊は佐山に目を向けるが相変わらず棒立ちのままだ。
一瞬獏を恨めしく思うが、小さいものに対してそう思ったことに一気に自己嫌悪に陥る。
そのときだった。
『イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!』
「!?」
突然聞こえたとんでもない叫び声。
声は大きく、そして声には――――痛みが篭っていた。
「嘘、だろ…………?」
その声の主が何らかのトラブルに巻き込まれたのは間違いない。
自分がラズロに殺されかかった、あの時のような。
声は上から聞こえた。つまりこの上階に。
だが、それより何より…………小鳥遊はその声に聞き覚えがあった。
自分を殴りまくる、嫌いな年増で。
なんていうか犬みたいな存在で。
でももしかしたら悪い人じゃないかもしれなくて。
ここに来てから、ずっと心配していた人。
「伊波…………さん?」
タッタッタッタッタ
「!?」
小鳥遊は更に聞こえた音に身を固まらせた。
聞こえたのは、足音。走っていく足音だ。
方向は……多分この1階と同じ。つまり上で伊波を襲うなりしている人物とは違う。
小鳥遊の鼓動が逸る。
どうしよう。
伊波が今危機に瀕しているのはまず間違いない。
だが、傍にはそれをもたらした人物、さらに敵か味方かわからない何者か。
頼りの佐山は未だに目覚めない。
「どうしたらいいんだよ……佐山くん!」
*****
「でもそれが何だって言うのぉ? ただ単にギラーミンが気紛れでこういう内装にした可能性もあるじゃない」
「確かにその可能性もある……が、私にはあのギラーミンがそのような無意味な行動を取るようには思えない」
「実際そうなってるんだし、そうなんじゃないのぉ」
「そう、実際にこの大広間には手が加えられている。まるでここが特別な場所であるかのように、だ。
このような殺し合いを催すギラーミンが、本当に意味も無くこんな部屋を用意すると思うか?
この豪華な内装には何らかの意図が組み込まれている……そうは思わないか、
水銀燈?」
(やはり……いきなり答えを掲示されたか)
佐山の目の前では、仮面の大男と黒翼の少女が会話をしている。
場所はさっきと同じ大広間。ただしそこに小鳥遊はいない。
今佐山が見ているのは過去の大広間なのだから当然だろう。
そして仮面の大男は佐山も納得できる論理的な推理を展開し、今その結論を披露しようとしている。
「煌びやかなシャンデリア、壁に掛けられた絵画の数々、巨大なテーブル……大抵の人間はそちらに目を奪われる。事実私もそうだったし、水銀燈もそうだった。
ならば、そこ以外のなかなか目に届き難い箇所……テーブルの下や絨毯の下はどうなっているのか―――――答えはこれだ」
そう言って男が絨毯をひっくり返した場所にあったのは――――3つの大きさの違う○だった。
(ふむ……『力が欲しければ戦いの証を一つ提示せよ』、か)
佐山は○の窪みについて放す2人をさておき、自身もこれについて考えてみる。
(○で『戦いの証』…………戦い、誰かを殺した証…………なるほど)
佐山は自分の首に手を当てる。
殺さなければ取得できない○。それはまさに首輪だろう。
(だが、1つ引っ掛かる。
『一つ提示せよ』…………なぜ『一つ』などと念押しする?)
大きさが異なるとはいえ、窪みは3つだ。それに対して1つ。1種類という解釈をしても無理がある。
それならば『力が欲しければ戦いの証を提示せよ』の方が自然だ。
なのにこの文はなぜか『一つ』を念押ししている。
(つまり……『戦いの証』は1つで構わない、ということなのか?
他の○は他の物で代用できる。『戦いの証』である必要はないと)
だがそう考えると今度は別の疑問が浮かぶ。
(これは一体どんな人物を対象にした仕掛けなのか)
『戦いの証』を3つ全て揃えなければならないなら、これは優勝狙いの人物を対象として書かれた可能性が高い。
だが、それが1つで構わないという解釈に立つならば――意味は一転し、人を殺すことを厭わない参加者に向けたメッセージという印象が強くなる。
一体これはどちらを相手にしたメッセージなのか。
(○の支給品、か………ゾロくんの迷路探査ボールがまさにそれだが……彼の行方がつかめないのでは同じか)
そんな視界が薄れてきた。
どうやら夢が終わるらしい。
(この2人は……この会話だけでは何ともいえないが、あまり信用はしない方が良さそうだ。
彼らが今も生きていれば、の話だが)
*****
「はぁ……はぁ……」
ただ逃れたくて、気づけば水銀燈はさっきも入った居館2階に逃げ込んでいた。
風神を使って残った翼でなんとかバランスを取り、グライダーのようにここに滑り込んできたのだ。
「っ……」
その視線の先に、開けっ放しの客室があった。
その中には女が1人いるはずだ。もう死んでいるはずだが。
なにしろ、水銀燈がその右腕を切断したのだから。
嫉妬と羨望、真紅をアリスにさせたくない、だから首輪が必要だという思いが、自分にあんな行動を取らせた。
自分をジャンクだと認めたくなくて。腹いせをしたくて。
「…………」
もう死んだだろうか。
水銀燈は部屋に足を薦める。
別に後悔しているからではない。
ただ、いつもの自分を取り返したかった。
女の死体を見て嘲り笑おう。
そうして自分は人間とは違うのだと再確認しよう。
そして彼女は部屋の前に差し掛かり、
「っ!!」
その体が何かに吹き飛ばされた。
*****
「あっ……うっ」
水銀燈の体が吹き飛ばされ、廊下をゴロゴロと転がる。
転がった後には折れた翼から落ちた羽がなお散乱していく。
その羽をゆっくり踏みしめて歩く者がいた。
手に持つのは人間の腕ほどの大きさはあろうレンチ。
着物を着こなしたその振る舞いはどこか威厳を感じさせるもので
その顔には白い仮面が付いていた。
「確認をしておく」
彼の名は――
ハクオロ。
トゥスクルという国の皇である。
その顔は、怒りに歪んでいた。
「この部屋の少女を殺したのは…………お前だな」
ハクオロは最初大広間にいた。
だがそこに近づいてくる足音が聞こえた為、反対側の扉の陰に隠れていた。
暫く大広間に入ってきた2人の会話を聞いていたが、危険はなさそうだと判断し接触しようとした時に上階から悲鳴が聞こえた。
ハクオロはその声が気になり、大広間の少年を無視して2階へと上ってきた。
悲鳴の主を捜してかたっぱしから部屋を見て回ったところ、客室でその女性を見つけた。
そして同時に、絶句した。
「あ…………うぁ…………」
少女は口はぽかんと開いて声は言葉をなしておらず、目は見開いたままで体中が痙攣していた。
血色は青く、そして
右腕が肩から無くなっていた。
傷口は酷いもので、噴出した大量の血で顔や体はおろか部屋も半分が赤く染まっていた。
血の海の中には切られた右腕と、血まみれの大剣が残されていた。
その大剣が彼女の腕を切ったものなのは間違いないだろう。
それが彼のよく知る物だったのは全くの偶然だった。
彼の大切な仲間の愛用の武器。それが今や1人の少女の腕を切り裂くという、彼女なら悲しむであろう所業の道具となったことに彼は歯を軋ませる。
この少女が悪意あるもので腕を切り裂いたのが正当防衛だった、とは考えにくい。
「…………」
カルラは既に放送で呼ばれている。当然これを行ったのは彼女ではない。
ではこの武器は? 支給品に入っていた、と考えるのが妥当だろう。
だが――
(カルラを殺して奪った…………その想像が頭から消えない)
見慣れてるからこそ、それを愛用者が持っているということがどうしても自然になってしまい、『違う』と思ってもそれが脳裏から離れない。
この腕を切り裂いたのは仲間の仇、などという暴論にも程があるものが……否定できない。
せめてと思い、申し訳程度に服からちぎった布を巻き止血を行った。だが、こんなものは焼け石に水ですらないだろう。
少女の命は救えない。
「すまない…………だが、もし答えられるならきみの腕を切った相手を教えてくれないだろうか」
「ぁ…………あぁ…………」
死に掛けている少女に何を言っているんだ、と今更後悔する。
急いで踵を返し部屋を出ようとする。
だが
「っ!?」
廊下に顔を出した直後、こちらに飛んでくる何かが見えた。ハクオロは咄嗟に身を部屋の中に戻す。
見えたのはせいぜい大きな黒い翼と黒い服くらい。さすがに烏と見間違えたとは思えない。
敵か味方かは判別不能。ならばここは慎重に
「く…………ろ…………」
「っ!?」
振り向くと、少女の口がゆっくりと、ゆっくりと動いていた。
最期の力を振り絞って、せめて自分を殺した相手の正体を伝えようと。
文字通りの『死に際の言葉(ダイイングメッセージ)』を遺そうとするように。
「は…………ね…………」
そして、少女の声は聞こえなくなった。
ハクオロが大型レンチをデイパックから取り出すのに、間は無かった。
「っ…………」
「何も言わないということは、肯定と受け取らせてもらう」
悔しそうに歯をゆがませる水銀燈にハクオロはレンチを構えて近づいていく。
そして開け放しの客室の前に立つと、水銀燈目掛けてレンチを振り上げる。
さっき殴られたショックでデイパックは遠くに吹き飛んでしまった。
逃げようにもさっきので足の関節が歪んだようで、禄に動けない。翼は片方が完全に動かない。
何よりもさっきの剣士の一撃で体中が軋んでいる。
万事休すだった。
(ここまで…………なの? お父様……めぐ……!)
「…………」
諦めきった水銀燈にハクオロは何も語らない。
振り上げたレンチを――
「やめろ!!」
*****
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最終更新:2012年12月05日 02:34