Just wanna be(後編) ◆YhwgnUsKHs






 意を決して足音を追いかけてきてみたら、天使みたいな女の子が仮面の男に殺されそうだった。
 それが彼の現在の状況。


「何のつもりだ」
「そ、それはこっちのセリフだ!」


 位置関係は彼が立つ廊下の少し離れた先に少女、その前に男が立っている。男の横の扉はなぜか開け放たれている。


「その子ボロボロじゃないか! 無抵抗でボロボロの女の子を殺すなんて、あんた頭おかしいんじゃないか!?」


 小鳥遊は許せない。
 彼は小さいものが大好きだ。ミジンコもアリもマスコットも女の子も大好きだ。
 だからこそ、それを今殺そうとしている男が許せない。
 殺し合いの状況、とかはもう頭から吹っ飛んでいた。


「そうか。この者の同行者ではないのだな。ならば黙っていろ。
 この者は、今殺さなければ取り返しが付かなくなる」
「なんだよそれ!訳わかんねえよ!」
「ならばその口を閉ざせ!!」
「っ!!」


 男はなおもレンチを降ろさない。
 その威圧感ある眼差しと恫喝に小鳥遊は言葉を失い、気づけば後ろに下がっていた。



「…………この部屋の中に、腕を肩から切られた娘がいる。
 出血が多すぎてもう長くはない。いや、もう既に死んでいるかもしれぬ。
 そしてそれを行ったのは、この黒翼の少女だ!」
「そんな…………だってこんなに小さいのに!」
「小さかろうがそれだけで相手を判断することは出来ぬ。
 人を殺す子供も世にはいる。それにこの場では小さな者でもどんな力を持っているかわからぬ。
 その黒い翼が何よりの証拠だ」
「で、でも……その子だって腕がない! もしかしたら一緒に襲われて」
「この者の肩口はさっき見た。
 血もない。肉もない。あったのはぽっかりあいた穴のみ。その者は人間と言う範疇にすらない。同じには扱えん」
「それは理由にならないだろ!?」
「ならこの娘自身に聞くがいい」


 小鳥遊は少女に目をやる。
 廊下に倒れ、目線が此方に向いていた。その表情は虚ろで、全て諦めきっているような顔だった。


「ね、ねえ……違うんだよな? 言いがかりなんだよな?
 その部屋で人を殺したなんて……」
「…………」



 いつもの彼女ならここでそう言っただろう。数分前までの彼女なら。
 なんとかこの勘違い男を騙して隙を伺おうとしただろう。



(もう………疲れたわ)


 でも、今の水銀燈はもう――諦めた。
 腕を失い、翼を失い、体中が痛くて、それに――ヴァッシュを相手にするだけで、辛い。
 もう眠りたい。
 全てから逃れたかった。


「そうよ……私が切ったわ。
 イナミ……っていったかしらね」




「え?」


 聞き違いかと思った。


 聞き違いだと思いたかった。


 予感はあった。少し前の悲鳴。そして腕を切られた『娘』。迷探偵ですらわかる答え。



『目の前の少女に、伊波まひるは殺された』



 足がおぼつく。
 倒れそうになる。



 嫌いな年増のはずだった。
 それでも――――死んだと聞かされれば。
 悲しくないわけがない。
 混乱しないわけがない。
 こんな小さな子が……伊波さんをコロシタ?



「素直に認めるとはな」
「もう……いいのよ。ここまで傷ついたら、もう勝ち残れやしないもの。
 アリスにも……なれない。なら、もう何もかもどうでもいいのよ」
「……その潔さに免じて、苦痛は長引かせないようにしよう」


 諦めきった水銀燈に、明らかに動揺した少年。おそらくはあの少女は彼の同行者だったか、知り合いだったらしい。
 自分の知り合いが殺されたとなれば、もう止める気はおこらないはずだとハクオロは判断した。


「そこの少年。この部屋に彼女はいる。今ならまだ話せる可能性もあるだろう。
 知人であるなら早く行くがいい」






『伊波まひるを見つけて守る』



 それは佐山との話でも決めた、方針の1つ。この殺し合いで、何をすべきかをハッキリさせる為の指標の1つ。



 それに従うなら、彼が今すべきことは水銀燈とハクオロの横を通り伊波の最期を看取ることだ。




 なのに――――




 それなのに、彼は――――従わない。




「やっぱり……駄目だ。納得できねえよ!」



「っ!!お前は……死に行く知人の言葉より、今始めて見た殺人者を優先させると言うのか!!
 愚かしい……愚かしいとしか言えんぞ!」


 ハクオロは激昂する。
 顔を上げ、こちらを睨んでくる少年を。
 デイパックから刀を抜きこちらに向けてくる少年を。


「お前がするべきことはそうではないはずだ!
 なのに、貴様は彼女を見捨てるのか! 彼女もまた貴様に会いたがっていただろうに!」
「それはどうだかわかんないけど……」



 それでも、彼は選択する。
 馬鹿な選択を行う。



「それでも俺は、小さい子を見捨てられない! 小さいものはなぁ! 守られなくちゃいけないんだ!
 誰かが守って、愛でて、大きな奴から守ってやらなくちゃいけないんだよ!!」
「この者は他人を殺めた。守る価値など!!」
「それをあんたが決めるのか!?」
「お前が決められることでもあるまい!!」



 水銀等は疑問に思う。
 なぜ、この男は自分を庇っている?



「ああそうだよ! でもなぁ! 死ぬってことは、殺しちまうってことは、反省の機会も何もかもなくなっちまうってことだろ!?」
「今この場で反省の可能性に懸けることなどできぬ! その判断で脱出の機会が完全になくなったとき、お前は責任を負えるのか!」
「負ってやるよ! 餌やった野良猫が人を傷つけたら土下座してやる! 餌やった野良犬が人を噛んだら噛まないよう教え込んでやる!


 人形が壊れてたって、直して、直らなくても愛でてやる! それが『助ける』ってことだろ!!」


「っ!!」
「……」


 水銀燈の目が見開き、ハクオロの目に迷いが生じる。


(…………この者は、愚かだ。
 死に行く者を蔑ろにし、その機会を今生きている者を助ける事に使おうとしている。人を殺めたものに。
 ……王としての私も、そうだろう。
 敵を赦し、共に行こうとする。人は改心できるのだと信じる。



 ……気が付けば、私はすっかり道を外れたらしいな。




 だが私は…………やはり、戻れぬ。やはり私はもう……『王』ではなかったのだ)



「…………ならば私も全てを負おう」



 ――――仲間が1人でも死んだ、あの時から



「この者を殺す罪も、衛宮を殺した罪も、そしてこれから――この殺し合いに反抗する者たちを阻害する者立ち全てを殺す罪を」



 ――――仲間を失ったあの時から



「私の手は既に血に塗れている。ならば――せめて、この罪をお前たちの助けにする。
 詭弁と言っても構わん」
「っ! や、やめろぉぉぉぉ!!」




 ――――アルルゥをもう死なせたくないと思った時から



「ライダーという男とレッドと言う少年を頼れ。彼らは複数の参加者で団結し、軍勢を成してギラーミンに対抗しようとしている。
 私の言葉では信用できぬかもしれぬがな」
「信用する!信用するから、頼む! やめてくれ!」



 ――結局は言い訳に過ぎないのかもしれないな。



 ――結局私は、仲間を殺したかもしれない者を、これからアルルゥを殺すかもしれない者を葬りたいだけなのかもしれない。



 ――いや、きっとそうなのだろう…………ああ、やはり











  ――――私はもう、『王』ではない――――




 そしてハクオロは――――レンチを水銀燈の頭向けて振り下ろした。





「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」






 『王』は『王』を捨てる。
 全てを守ることを託された刃はそのまま役割を果たす。
 ただし、それは暗い刃となり、血に塗れる道を選ぶ。


 罪を背負い、邪魔となるものを殺すことで、守る道を選ぶ。



 それは彼が殺した、衛宮切嗣と同じ道。
 個より全を取り、最小の犠牲を選択する道。







 その道が












 『それ』を呼び起こす。









 *****








『―――――――』




 死にたくない





 まだ死にたくない




 まだ彼に会えていない




『―――――――』




 だから、アレを取り出した




 それはポケットから落ちたけど――――私はそこに倒れこんだ。




 額がその固いのに当たったと思ったら、それは消えて私はうつぶせに倒れた。





 それでもショックのせいか私の意識ははっきりとしなくて、誰かに何か聞かれた気がするけど、なんて答えたのかもう覚えていない。



 誰かが離れた後、だんだんと右腕に感覚が戻ってきた気がする。



 『無くなった』はずの右腕に『感覚が』。



『――――――?』





『―――――――』




 死にたくない




 まだ死にたくない




 まだ彼に会えていない




『―――――――』




 だから、アレを取り出した




 それはポケットから落ちたけど――――私はそこに倒れこんだ。




 額がその固いのに当たったと思ったら、それは消えて私はうつぶせに倒れた。




 それでもショックのせいか私の意識ははっきりとしなくて、誰かに何か聞かれた気がするけど、なんて答えたのかもう覚えていない。



 誰かが離れた後、だんだんと右腕に感覚が戻ってきた気がする。



 『無くなった』はずの右腕に『感覚が』。



『――――――?』





「やめろ!!」




 え?




 この声―――小鳥遊くん?



 目をゆっくり開く。
 だんだんと視界がはっきりしてくる。



 開いた扉の先に――人がいた。
 横顔しかわからないけど鉄の棒みたいなものを振り上げたその人は―――








          男だ。




『―――――か?』





 『オトコ』が鉄の棒を振り上げている。






        『ダレ』に向かって?




『――――いか?』






「やめろおおおおおおおおおおお!!」








      『小鳥遊君』に向かって

      『小鳥遊君』が、『オトコ』にコロサレル?





『―――しいか?』





 やめて……やめて!
 なんで、なんで彼を殺そうとするの!?
 怖い、怖い! やっぱりオトコは怖い!






                       ならばどうする?



 助けたい! 小鳥遊君を助けたい!



                         オトコは怖いか?



 怖い! 小鳥遊君を殺そうとする男が怖い!




                         オトコから逃げたいか?



 逃げたい! 逃げたい逃げたい逃げたい!






                         ならば――――オトコは『憎い』か?




『――欲しいか?』




 憎い…………?











 憎い!
 彼は優しい人なのに! なのに殺そうとする怖くて恐ろしいオトコが憎い!
 やめて、やめて! 彼はやめてと言ってるのにやめないオトコが憎い!





                                憎いのだな?



 憎い!



                              彼を助けたいのだな?


 助けたい!





                              なら、お前には何が足りない?



『―が欲しいか?』






 足りないもの――?



                               起き上がるには*が足りない。
                               駆けつけるにも*が足りない。
                              オトコを*るにも*が足りない。
                                彼を救うには*が足りない。




                                   さあ、何が足りない?






 私に足りないもの――――















                                  『力が欲しいか?』








 欲しい!
 欲しい!
 彼を助けられる力が!
 オトコたちを*すことができる力が!
 彼が、優しい彼が、コロサレルなんて赦さない力が!





                                   『力が欲しいならば』














その時、私は確かに見た。



 髪は逆立ち、鎧のような皮膚をした――


 殺意を滾らせた瞳と、獰猛な歯を携えて――




 鋭い爪を持つ――それを









                                  『くれてやる!』








 *****








 それは刹那の出来事。






 ハクオロがレンチを振り下ろし、
 水銀燈が全てを諦め、
 小鳥遊が走り出すのがあまりに遅すぎた、その時。





 突然客室から飛び出してきた何かが、ハクオロに激突した。



「ガッ……!」



 それと同時に、ハクオロの胴にその何かの腕が――突き刺さった。


 皮膚を破り、肉を破り、内蔵を破り骨を粉砕する。
 それにとっては『殴る』程度でも、力が違いすぎた。
 ハクオロが血を吐き出す間もなく


 何かはその勢いを止めず、ハクオロごと廊下の窓ガラスに突っ込む。




 ガシャァァァァン!!




 けたたましい音が鳴り響き、何かとハクオロが空中に飛び出す。
 それでやっと勢いが弱まり、その姿がハッキリする。



 赤く血に塗れた白い制服。
 短めの髪に髪留めをしたその少女。
 それは確かにハクオロが死んだと思っていた少女であり




 なくなっていたはずの『右腕』は、異様に大きくなり大きな爪を生やし、その腕が今ハクオロの体に突き刺さっていた。


 そしてその顔は――――目を見開き、目の周りにはいくつもの線が放射状に現れ、まるでサメのような歯が見えて




 『それ』は確かに笑っていた。


 ハクオロが全てを疑問に思う間もなく、自分の体に加速が付いたのが分かった。
 滞空も一瞬で、『それ』ごと自分が落ちて行くのだろう。



 どこか冷静な自分がいた。
 腹に腕が深く突き刺さりすぎている。もがいても抜けはしないだろう。



 後悔も、謝罪も、できる時間はなかった。



 できたのはたった1つだけ。




 決して死んで欲しくない存在を、想うことだけ。





(アルルゥ……)





 グシャァ






 ******





 衛宮切嗣は容赦なく敵を葬るという道を選んだ結果、ハクオロに命を絶たれた。




 その死が――――今、同じ罪深い道を選んだハクオロに、戻ってきた。



 皮肉にも、同じような、誤解による殺意の芽生えによって。








 まるで『○』を描くように。同じ場所へ戻ってきたのだ。






【ハクオロ@うたわれるもの   死亡】
【残り24人】





 *****



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最終更新:2012年12月05日 02:35