哀愛逢ドリーマーズ ◆GOn9rNo1ts
夜。真黒の世界が顔を覗かせる、暗い舞台。
真っ赤に輝く日は沈み、温かな陽光はどこか遠くに消えていった。
替わりといわんばかりに、せっかちな冷風が8×8の箱庭をビュウビュウと行進し、夜の訪れを大声で報せ回る。
真っ赤な身体が闇夜に映える、灼熱への反逆者を目に留めて。
雷と殺意がバチバチと吹き荒れる廃墟を、早足で通り過ぎて。
紙で作られし、人類の叡智が詰まった巨大な宝物庫には興味なさげに。
息も切らさず、風は矮小な世界を駆け回る。
行き着く先は森の中。ずいぶん遠くまで来たなあと、感慨深げにヒュウと一息。
だけども彼は止まりはしない。止まり方を知らないから。ずっと、ずっと、飽きることなく前を行く。
どこともしれないゴールを探して。閉じた世界の繰り返しを知りもせずに風は走る。走る。
震え上がる草木。引き裂かれた隣り合わせの双葉が、ため息をつきながら離ればなれになっていく。
一枚は人間達の学舎に。もう一枚はふらふらと大きな大きなお城に向かって。
風は迷わず北に向かった片割れのお姫様を追いかける。そちらの方が面白そうだ。
気づけばお城は目の前。格式ばって正面口から礼儀正しく入るなんてのはつまらない。
侵(はい)るならば浪漫として、大泥棒のように鼠の出入りさえ出来ない隙間からだ。
見つけた。
そうと決まれば即断即決、電光石火に不法侵入。
ビュウビュウ、ビュウビュウと鋭い駆け爪を以て辿り着いた秘密の裏口を抜けると。
そこには、一組のニンゲンがいた。
逢引きするのは悪役と正逆の存在。
覗き見している野暮な輩は荒風一吹き。
欠けることなく一対に戻った役者二人は
哀しみを得て、
愛しさを抱き、
世界の中心で、夢を見る。
◇ ◇ ◇
「適材適所という言葉を知っているかね、新庄君」
言葉の主は白髪の混じったオールバックの頭に小さな猪のような生き物を乗せた青年だった。
ランタンを持ちながら通路を進む足取りは確かなもので、目的地をはっきり定めているように見える。
佐山御言。悪役として世界を救うことを決め、この殺し合いの場でも主催者への反抗を選んだ男だ。
「ええっと……人の能力を見極めて、その人に相応しい仕事とか地位とかを与えることだったっけ?」
オールバックの青年の後ろから返事を返すのは、黒のロングヘアを後ろに流した少女だった。
新庄運切。悪役である佐山に対し正逆の存在であることを望んだ彼女は、殺し合いの場で紆余曲折を経て今は佐山と再会を果たしている。
城には元々の古さに加え先ほどの戦闘の爪痕も色濃く刻まれており、老朽し破損した隙間からは風が零れ出ている。
冷たいな、と浅く自分の身体を抱きながら、新庄は目の前の佐山に言葉を重ねる。
「最近、UCATの新作ゲームで似たようなのやらせてもらったよ。
いくつかのパーツをぐるぐる回しながら隙間を埋めていって、最後にドカンと棒で突き抜けるととっても気持ちいいの。
上手くいかなくて溜まっていくこともあるんだけど、そこをこう、良い感じに調整して一気に溜め撃ち~ってやると嬉しさも一入っていうか」
録音機を持っていないことを心の底から悔みながら、佐山は振り返り苦笑を作った。
「君のゲーム情報は相変わらず少し遅れているようだが……つまりはそういうことだよ」
「私たちは障害の全消しのために、一時的に別行動を取っているというわけだ」
佐山の発案は単純なものだった。
戦力の補強のために大広間の仕掛けである○を調査することは急務だ。
しかし、今はゼロが何時何処から攻めてくるか分からない状況である。
どれほど手間がかかるか分からない仕掛けに全員で付きっ切りというわけにはいかない。
「だからこそ、ゾロ君にはゼロのような危険人物、また私たちの同盟相手となり得る人物が来た時のために見張りをしてもらう」
ゾロとは先ほど城の入り口で別れた。今は古城の周りを見回っているはずだ。
建物の中よりも外にいた方が古城に近づいてくる人間のことを見つけやすく、また相手からも見つかりやすい。
遠距離武器で狙われやすいというリスクが高い選択ではあるが、その懸念をゾロは笑って切り捨てた。
また、ゾロ本人としても調べ物をしたり一か所で待機し続けたりしているのは性に合わないとして、この案に異論は持っていないようだった。
ゾロのことはそれで解決だ。方向音痴の彼といえども流石に城そのものから離れることはない……はず。
じゃあ、と少し溜めを含み、新庄は問いかける。
「佐山君」
先ほどから機会を窺い、この案を立てた彼に聞きたかった本題を。
「新庄君?」
空気を察したのか目の前でこちらに向き直る佐山に対し、新庄は前に踏み出しながら言葉を投げかけようとして――
佐山の頭の上で、獏が片手をあげた。
◇ ◇ ◇
佐山御言は暗い部屋にいた。
身体はない。あくまでも視覚だけが浮いている。
獏の見せる過去の中だと佐山は冷静に考えながら
……残念に思うべきか、それともほっとしたというべきか。
新庄は確かに佐山に何かを伝えようとしていた。
愛の告白なのだとしたら狂喜乱舞するのもやぶさかではないが、雰囲気的にそれは無いだろう。
とすると、あの状況あの会話の流れで彼女が言いたかった事柄は
……新庄君は、気付いてしまったのだろうか。
佐山は嘘をついているわけではない。
しかし、彼女に言っていないこと、伝えてはいけない考えは持っている。
それは考えようによっては些細なことで、誰もが気付かぬまま全てが解決することを佐山も望んでいる。
それでも、新庄が勘付いたのだとすれば彼女は佐山の隠し持つ思惑に対して、悪役の正逆として
……私の間違いを、正しに来るのか。
それでいい。彼女はそうあるべき人間なのだから。
間違っている佐山は、正しくあろうとする新庄と共にいたいのだから。
ならば
……この過去を、そのことについて考える執行猶予期間として扱うのはフェアではないな。
新庄も恐らく夢を見ているだろうが、彼女はその中で迷い、揺れはしても結論を変えることはあるまい。
ならば自分も、今は夢という名の過去から何かを得るために動こうと決める。
……そうと決まれば、状況の把握からだ。
部屋中を見渡す。
まずは場所の把握。
置かれているのは沢山の机や椅子、そしてそれらを見下ろすような位置に置かれた大きな黒板。
十中八九、この場所は古城の南に存在する学校、その施設の一教室と見ていい。
次に時間の把握。
窓の外を見ると未だ太陽はその片鱗さえ見せておらず、この『過去』が真夜中に近い時刻の出来事なのだと理解。
問題はこれが極めて『今』に近しい時なのか、それとも
……この殺し合いが始まったばかりの時間帯なのか、だ。
どちらにせよ、このまま何も起こらないということは今までの経験上ありえない。
最後に把握するべきは何が起こったのか、だ。
佐山は改めて教室の中に視線をずらし、そしてこちらに近づいてくる足音に気付いた。
がらりと開いた扉の向こうからやって来るのは薄い緑色の髪の少女と、ツンツンした頭の少年だった。
「詩音、どうしてこんなとこまで来る必要があるんだ?話ならさっきのところで……」
「あんなところじゃ遠目から見ても他の人から丸見えですよ。
上条さんだって遠くから見知らぬ誰かさんにズキューンってのは嫌でしょう?」
二人とも首輪がはめられていることから参加者なのだろう。
会話と名簿から察するに少年は
上条当麻で少女は
園崎詩音だと分かる。
上条当麻は第一放送で既に名前が呼ばれている、という情報から類推するに
……この時点で殺し合いは始まったばかり、か。
何もかもが手探りの段階だ。
自分も仲間を得るために尻を揉んだり売られた喧嘩を買ったりしていた。
問題は上条当麻が何故、あと六時間足らずで放送に名を連ねることになったか、だが。
「沙都子は一見気が強そうに見えますが実はとっても弱虫で……」
「
一方通行ってやつはかなりヤバい。多分殺し合いに乗って……」
上条と詩音も必要な情報、巻き込まれた知り合いの話や自分の持つ支給品などについて話している。
佐山の記憶が正しければ、彼らの話に挙がる知り合いで『今』でもまだ生き残っているのは
竜宮レナ、
北条沙都子、
古手梨花、
御坂美琴の4人。
レナや沙都子は普通の女の子らしいのだが
「ビリビリ?電撃?えっと、上条君頭大丈夫ですか?」
「だから本当なんだって!詩音も学園都市の名前くらいは聞いたことあるだろ?」
御坂美琴は電撃能力者、「超電磁砲」の異名を持つかなり強い少女らしい。
また上条の話を信じるならば彼の世界では超能力者を開発する学園都市なるものが存在していると言う。
だが、上条の話に対し詩音は首をひねるばかりで
「聞いたことありませんねえ」
……これも異世界同士の違いの弊害か。ならば話も噛み合うまい。
「それに、もしも本当に超能力なんてものがあるのなら上条君は何ができるんです?」
「えっと……右手を使えばどんな異能……超能力でも魔術でも打ち消せるん、だけど……」
尻すぼみになっていく上条の言葉。
……当然だろうな、異能の力を消すためには異能の力を見せなければならない。
だが、異能がなければ彼の異能を見せることはできない。
卵が存在するためには鶏が必要なように、異能を見せるために異能が必要という状況だ。
異能が存在するという証明を行うには、あまりにも向かない力だというほかない。
異能に触れたことのない少し頭のまわる人間ならば、上条が間抜けな詐欺師か妄想癖のあるイタい少年にしか見えないだろう。
「へー…………」
正しくそんなものを見るように軽蔑したジト目になる詩音。
上条はそれに対し慌てた様子で話題を変えようとする。
ここまでのやり取りを切り取ると、上条には失礼だが微笑ましい異世界交流の失敗例の一つにしか見えない。
熱意はあるが少し単直すぎる上条と、冷静に状況を把握し慎重に事を進めようとする詩音。
上手く噛み合えば中々良いコンビになるのではないかと思わせてくれる二人だ。
……さあ、何が起こる。
ただし。
ここからは、殺し合いという残酷な現実を見せられることになるのだが。
「よし、この話は終わりにしよう!もっかい探してる知り合いの名前だけ確認して、さっさと皆を探しに行くぞ!」
そう言って詩音の知り合いの名前を再確認していく上条の横で。
佐山は見た。見てしまった。
上条に見えない位置で一瞬で冷たくなった表情の下、詩音の口が、手が動き
「もういいか」
……これは、まさか。
佐山がその言葉の真意に気付いた直後。
急いで教室から出て行こうとした上条当麻は、銃を隠し持っていた園崎詩音に頭を撃ち抜かれた。
……そういうことか。
上条当麻を殺した下手人は、園崎詩音。
教室まで誘導したのは他者に殺しの現場を見られるのを避けるため。
話をしたのは少しでも殺し合いを有利に進めるための情報がほしかったのだろう。
「ごめんなさいね、上条君」
虚ろな目がここではない何処か遠くを見つめている。
歪んだ唇からわずかに漏れ出るのはくけけという不気味な笑い声だ。
園崎詩音は……狂ってしまっているように見えた。
それは、仕方のないことなのかもしれない。
いきなり殺し合いをしろと言われて冷静でいられ続ける人間は多くはない。
短絡的な思考に行きついても、他の人間をだれも信用できなくなっても。
このような異常事態では、責めることなど誰もできない。
そう結論付けようとした佐山は、しかし
「私は、悟史君に会いたいんです。だから…その為に、他の人は皆殺します。」
存在しないはずの鼓動が、高鳴る錯覚を得た。
……君は『そちら』を選んだのか。
佐山御言は愛する人間と共に、殺し合いから抜け出す道を選んだ。
園崎詩音は愛する人間のもとに帰るため、殺し合いに参加することを選んだ。
行動は正反対といっても良いが、原動力は変わらない。
佐山と詩音を比べてそれぞれの愛に優劣はつけられない。
ただそこにあるのは結果だけ。佐山御言が生き残り、園崎詩音が死んでいるという事実だけだ。
もしも
……もしも新庄君が私と出会う前に死んでいたら。
その時、自分はどうなっていただろうか。
……もしも新庄君が今後、私の目の前で死んでしまったら。
その時、自分はどうなってしまうのだろうか。
……園崎詩音の間違いは、私の間違いにもなり得るものだろうか。
分からない。絶対という言葉を、軽々しく使う問題ではない。
ただ今は、全力を尽くし本気を出して新庄運切と共に進んでいくしかない。
自信を持って、余裕の笑みで、世界の中心たらねばならない。
それでも
愛する者のために何かを犠牲にする必要があるとしたら。
……新庄君。
……君は私の正しくない間違いを、止めてくれるだろうか。
◇ ◇ ◇
止められない。
新庄運切には止められない。
黒き暴風が駆け抜ける。
机が飛ぶ。人が飛ぶ。
何かが砕ける音がする。
サングラスをかけた軽薄そうな男――
土御門元春が叩き付けられても。
黒いスーツを着こなした威厳のある男――
サカキが首を折られようとも。
黒い羽をなりふり構わずはばたかせ逃亡を図る人形――
水銀燈の左腕が無残に破壊されようとも。
止められない。何故ならこれは既に起こってしまった過去なのだから。
生きていた土御門が謎の瞬間移動でとどめを刺されるところまで、余すことなく見せられた悲劇。
この出来事が起こったからこそ、水銀燈は古城にやって来て――伊波は死んだのだから。
伊波にとっての終わりの始まりといっても差支えのない殺戮を前にして、新庄は
……逃げないよ。
目を、逸らさない。
血も、死体も、ここから連鎖する運命も、彼女の意思は止められない。
獏の見せる過去に対して『今』の彼女に出来ることは、少しでもゼロのことを知るだけだと知っているから。
今一番の脅威となる彼の能力を、癖を、性格を、見極めることでしか死んでいった者たちへの供養にならないと分かっているから。
この惨状に対し、湧き上がる感情は
……どうして?
「……ナナリー」
理由は分かる。
サカキが指摘した通り、大切な人間――
ナナリー・ランペルージが死亡したからだ。
主催に対抗する道から優勝へとスタンスを移行したのは、復讐のためだろうか。
ナナリーを殺した人間に対する復讐。
ナナリーを助けられなかった人間に対する復讐。
……どうして?
しかし、例え優勝しても主催者であるギラーミンが願いをかなえる可能性はほとんどない。
新庄でも考え付くその発想を、先ほどまで一癖もある二癖もある男たちと情報戦を行っていた聡明な男が得ていないはずがない。
それでも、ナナリーを生き返らせるという蜘蛛の糸を手繰り寄せるような奇跡を願うのは
「すまない。私の……いや、俺のせいで」
……愛していたんだね。
彼女のいない世界など、ゼロにとってはどうでもいいのだろう。
馬鹿なことを、と新庄は思わない。
人は愛する者のために、大切な人のために、なんだってする。
それが意味のないことだと分かっていても。
それがどれだけ犠牲を強いることだと分かっていても。
……こういうのは、理屈じゃないんだ。
世界の破滅を救おうとする『全竜交渉部隊』と戦ってきた異世界の住人の中には
世界よりもただ一人の愛すべき人を殺した者への復讐を果たすことを優先している人間もいたのだ。
死はそれだけ心を黒く染め上げ、意思を雁字搦めに縛り付ける概念だ。
それが理由もなく唐突に起こったものであればなおさらのこと。
だからこそ、死んだ人間を生き返らせるという禁断の果実はゼロのような男でさえも魅了する。
……それでも、君は間違ってる。
愛する人のために、血を浴びるのは間違っている。
全てを道連れに、破滅の道を進んでいくのは間違っている。
新庄運切は悪役の正逆として、正しくない間違いを認めない。
新庄運切は間接的に伊波を殺された者としても、復讐を認めない。
「だけど待っていてくれ。俺が必ずナナリーを救う……だから――」
……だからボクたちは君を止めるよ、ゼロ。
◇ ◇ ◇
浮上する。夢から覚める感覚が全身を支配する。
クリアになった視界の中心に、佐山の顔があった。
意識を失う直前に前のめりになっていたので、いつの間にか距離が縮まっていたのだろう。
さもすれば互いの息さえも感じあえる位置で、佐山はおもむろに口を開き手を大きく横に広げ
「中々大胆だね、新庄君」
「……何処も触ってない?おっぱいとかお尻とかもっとすごいところとか」
「どうやら君の中の私像を上方修正する必要がありそうだ」
「今ので更にちょっとボクの中で君が低くなりつつあるよ……」
はあ、と溜息をつきかけて、新庄は表情を引き締める。
今なら獏の見せた夢について語り合うことで先ほどの問いを誤魔化せるのではないか。
そういった気弱な考えは、無しだ。
「佐山君、質問良いかな」
「いいとも」
切り込むことに少し胸の鼓動が早くなる。それでも言葉は止まらない。
今しかできない、今だからこそ話せることだ。先延ばしにすることは、出来ない。
すう、と小さく息を吸う。外からの隙間風は止まない。肺が冷たい空気に満たされる。
吐いた。
「小鳥遊君を二階に置いてきたのは、なんで?」
「彼にはまだ心の整理が必要だ。そして二階にいれば仮に戦闘になったとしても流れ弾にやられる心配は少ない」
予定された台本を読み上げるようにさらりと紡がれた佐山の一言に、新庄は
「それは本当のことだろうけど真実じゃないよ、佐山君」
眉尻を下げ、困ったような笑みを見せた。
「ほう、どうしてそう思うのかね、新庄君」
「佐山君の言ってることは合理的だし、正しいと思う。でもいつもの佐山君ならこう言うと思うんだ。
『泣き寝入りをしている男の尻を蹴っ飛ばし、私たちの側に連れてくる』ってね」
「ほほう、それはまたエキセントリックな思考形態を持った人間だね、常識人たる私には想像もつかないよ」
「佐山君」
佐山の左胸を新庄は見た。
狭心症。佐山の持つ持病に対して思いを馳せて。
本当は誤魔化すべきなのかもしれない。
見て見ぬふりをするべきなのかもしれない。
佐山ならば上手く事を運び、もっと良い解決法を出すのかもしれない。
「君は厳しいし頭おかしいことよくするし僕には理解できないことも多いけど」
だけど。
それでも自分には。
誠実に、真っ直ぐに、真剣に。
「大切な人を失う苦しみを、誰よりも知ってるはずだよ」
彼と向き合うことしか出来ない。
「伊波さんと小鳥遊君がどういう関係だったのか、僕にはよく分からない」
表面上の話はいくつも伊波から聞いた。
小さいものが好きとか、伊波を虫以下のように扱うとか、愚痴ばかり聞かされていた気もする。
だけど、伊波の小鳥遊に対する本当の気持ちを、多分自分は聞けていない。
聞かないまま、終わってしまった。此岸と彼岸に別れてしまった。
多分それは、小鳥遊にとっても、同じことで。
小鳥遊は永遠に、伊波の気持ちに応えられない。向き合えない。
「でも、今の小鳥遊君の気持ちを佐山君は痛いほど理解してるはず」
別れの言葉も言えぬまま死んでしまった父。
真意を理解できず死んでしまった母。
佐山御言は両親を亡くし、ふせぎこんでいた時期があった。
それはまさしく、この場においての
小鳥遊宗太だ。
覚悟もなく、理由もなく、理不尽に、奪われる。
「だから」
言うべきか迷う。
取り返しのつかないことを口走ろうとしているという自覚が、あった。
だけど、ここまで来て逃げは無しだ。
「だから佐山君は、出来る限りボクと小鳥遊君を会わせたくないんだね」
小鳥遊は伊波を亡くし、一方佐山は半身である新庄と再会し、共にある。
残酷なその違いは、軋轢を生み、過ちをも生みかねない。
やり場のない悲しみは直線的な怒りへと変わる。
不条理を憎む心は自制を捻じ曲げ、自らも不条理をよしとする。
かつて両親を亡くした佐山が一人の女と過ったように。
小鳥遊宗太が過ちを犯さないという保証は、どこにもない。
「ボクのために」
新庄運切はどんな時でも正しく、優しい。
だからこそ、伊波を失った小鳥遊にとって、佐山と行動を共にしてきた小鳥遊にとって。
佐山御言の半身である新庄は、佐山御言が追い求めてきた新庄は、毒でしかないのだ。
彼の発する怨嗟の声に対して、彼から染み出す絶望の念に対して。
優しく、正しくあろうとする新庄は。
小鳥遊と同じく、伊波という大切な友人を失ったばかりの新庄は。
あまりに無力で、無抵抗な、サンドバックだ。
「そして――小鳥遊君のために」
そして同時に小鳥遊は、新庄を傷つけてしまったという後悔の念を抱くだろう。
衝動的な行動は自己嫌悪を招き、自己嫌悪は更なる鬱屈を生む。
そうした負の悪循環がぐるりぐるりと回り始めると、もう誰にも止められない。
バトルロワイヤルという不安定に過ぎる環境の中で、そういった人間は危険すぎる。
「さっきの喧嘩も小鳥遊君の膿みを出すだけじゃなくて、矛先を佐山君に向けるためだったんじゃないの?
意識がなくなるまで殴りつけたのは、小鳥遊君とボクの両方とも気遣ってくれてたからじゃないの?」
佐山が小鳥遊を挑発しなければ、新庄が自分の消耗も顧みず小鳥遊を助けようとして……二人の間で過ちが起きていたかもしれない。
だからこそ、佐山は自ら憎まれ役を買って出たのだ。
小鳥遊の鬱屈した気持ちを受け止め、殴り合い、昇華するために。
新庄を小鳥遊から遠ざけ、お互いの心の傷を広げないために。
彼は、大切な人を守ることに比べれば自分の心などいくらでも切り刻める。
例え大切な人に――小鳥遊に嫌われようと、憎まれようと、小鳥遊と新庄を両方守るためならばそれを厭わない。
佐山御言は大切な人を想う時に、小心者になれる人間だ。
佐山御言は大切な人を守るために、手段を問わない人間だ。
自惚れだとは思わない。自分が小鳥遊と共に、佐山に大切な人だと扱われているという自覚はある。
そして
「でも」
新庄運切もまた、佐山御言を大切に思っている。
「守られるだけは嫌だよ。背負われるだけは嫌だよ」
いつもの佐山ならばここまで過保護な素振りは見せないし、また勘付かせもしないだろう。
しかし、殺し合いという空間の中で「いつも通り」を貫き通すのは、難しかった。
今この場には、彼を支えてくれる大勢の仲間も、考えをまとめる時間も存在しない。
だから佐山は悪役として己を犠牲にしてでも新庄を、小鳥遊を守ろうとしていると新庄は思う。
「ボクは君を何もかもから守りたい。ボクは君の抱えている重荷を一緒に背負いたい」
それでも、何もかもがいつも通りにいかない世界の中で、新庄は言う。
正逆の存在として。隣に並び立つ者として。
「もっとボクと、一緒にあろうとしなきゃ、嫌だよ」
いつも通りで、ありたいと。
「佐山君」
あらゆる動きを止めた佐山をこちらから抱きしめる。
触れる衣服や肌を冷たいと思い、更に強く抱く。
少しでも温めてあげたい。少しでも近づいてあげたい。
ドクンドクンと、心臓の鼓動が聞こえる。
刻むテンポが早くなるのはお互い様だ。
「佐山君、さっき言ったよね。『私にだけは嘘はつかないでほしい』って」
伊波の死を、新庄は佐山の腕の中で悼んだ。
泣き、叫び、悲しみを吐き出した。
佐山に同じことをしてほしいとは思わない。
「ボクも、佐山君の心に、嘘をついてほしくない」
だけど、彼にだってあるだろう心に秘めた何もかもを、聞いてあげたい。
感情を律し理性によってあらゆる事に臨む佐山を。
今だけでも、少しだけでも、解き放ってあげたい。
良いんだ。
「今だけは、さらけ出しても良いんだ」
それが新庄運切の、正しくあるべき者の、やりかただ。
「…………私は」
佐山はいつもの饒舌ではなく、噛みしめるように言葉を選ぶ。
「私は、小鳥遊君と伊波君のことを、哀しく思う」
ヴァッシュやゾロに見せていた自信は本物だった。
だけど、自信があるからと言って哀しみが消えることはない。後悔は消えることがない。
分かっていた。
過ぎたことを過ぎたことと割り切れるような人間は、両親の死を何時までも引きずってはいない。
救えたかもしれない人間を目の前で失ったということを、彼は決して忘れない。
「しかし、それと同時に……私は君と再会できて嬉しいとも思っている」
半分以下になってしまった参加者たち。
恐るべき戦闘能力を持つ、殺し合いに乗った者たち。
そんな状況の中、半身である新庄と再会できたということを嬉しいと感じないわけがない。
「私は哀しくて、愛しい」
大切な人を失った小鳥遊宗太を哀れに思う心と。
大切な人である新庄運切を愛しく思う気持ちと。
相反する二つの感情は決して溶け合うことはない。
「小鳥遊君は私の大切な友人だ。新庄君は私の大切な人だ」
「このままでは、私はどちらかを」
少し、迷い
新庄の、真っ直ぐな瞳を見て
「新庄君を選び、小鳥遊君をさらに傷つけてしまうかもしれない」
新庄運切という愛する人の前だからこそ、出来ること。
二人しかいない世界で、抱え込んだ弱さを吐き出していく。
新庄は腕を上に伸ばし、佐山の頭をなでる。
何かあると佐山が自分によくしてくれることだ。
新庄運切は何時だって弱虫で、泣き虫で。
今だって、伊波の死を乗り越えることなど出来そうにない。
それでも
「確かにボクは、弱いかもしれない」
目は、逸らさない。
「小鳥遊君に酷いことを言われたら、きっとボクはとても傷付く」
だけどね、と
「ボクは、佐山君が傷つくところを何もせず見ているだけの方が、もっと傷付くよ」
続く言葉は、少し震えていて
「二人で一緒に、傷付こうよ」
視界が歪む。目元が熱い。
いけない。
どうして自分はまた涙が出そうになっているのか。
今は自分が佐山を支えてあげなければいけないのに。
「ご、ごめんね、ボクまた泣きそうに」
「ありがとう、新庄君」
おかげで、吹っ切れた。
口には出さない。出さずとも分かり合えるのが今宵一番の有り方だ。
佐山の腕が新庄の背中に回され、抱きしめられる。
お互いに抱き合う形になったことで二人の距離はますます近くなる。
佐山は、今更に赤くなっていく新庄の顔を美しいと感じ。
「私は、君と共に傷つく道を歩もう」
佐山は、強く押し付けてくる新庄の肢体の温かさを心地いいと感じ。
「小鳥遊君のこと、ゼロのこと、他のなにもかもすべて」
佐山は、分かり切っていたことを再確認する。
「私は君と、共にありたい」
佐山御言は、新庄運切の全てを、愛していると。
「ホントに?」
「ああ」
「ホントにホントに?」
「誓うとも」
じゃあ、一緒に誓おうか。
「「Tes.」」
Tes.テスタメント。我ら、誓約せり。
佐山と新庄の世界における、誓いの言葉。
「――ずっと一緒だよ、佐山君」
「――そうでなければ嫌だよ、新庄君」
熱を持った、身体のせいか。
隙間からずっと吹いていた荒風が、さっきよりも少しだけ温かく感じた。
◇ ◇ ◇
「……ん?」
新庄は少し、違和感を感じた。
こちらの背中を抱いている佐山の腕が、少しずつ、少しずつ、位置を変えてきているような。
「佐山君?」
何も答えない佐山の代わりに、彼の腕が片方は新庄の尻に、もう片方が回り込み新庄の胸に触れた。
最初は軽く、触れるか触れないかのちょっとした接触を繰り返し。
「…………佐山君?」
ゆっくりとした手つきで軽く掌を押し込み、変形する新庄の局部の柔らかさを確かめる。
二度三度と、少しずつ力を込めていき、その行為が「揉む」という域に達してから
「実にまロい……!」
新庄は佐山の治りかけている右手を爪を立てて強く握りしめることで、変態に対する返答とした。
「佐山君」
「ききききみは風見のようなバイオレンスガールではなかかかかかったはずだががががが」
悲鳴のような声を上げる佐山を、新庄は冷ややかな視線で射抜きながら
「今は、駄目だよ」
「ほう、君と私の睦まじきパーフェクトコミュニケーションを阻むものがどこにあると」
「ゾロさんと早く合流しないと嫌な予感もするし古城の仕掛けは全く調べてないし小鳥遊君もそろそろ起こしてあげないとだし」
佐山はふむ、と数秒間顎に手を当てて
「何も問題はないな」
「佐山君今、頭じゃないところ使って考えたでしょ」
「ははは、新庄君は私の下半身に興味がおありかねねねねね!」
再度強く握り込め、悲鳴を上げさせ、黙らせる。
あっ、この方法意外と便利かも。いつもみたいにネクタイ絞めなくても良いし。
「…………お預けかね」
本気で残念そうな無表情をする佐山を見て、溜息ひとつ。
「…………しょうがないなあ」
新庄は目を逸らし、少し頬を上気させながら
「佐山君、跪いて」
「いつの間にそんな女王様的キャラになったのかね」
きゅっと握り、佐山が神妙に黙ったところで
「ボクと同じ高さまで来て」
佐山は新庄よりもずっと背が高い。
だから、佐山は言われたとおりに立膝となり新庄を見下ろさない高さまで下がった。
「目を閉じて」
「君と同じ目線まで来たというのに目を閉じろとは」
「は・や・く」
握られては逆らいようもない。
言われるままに目を閉じる。訪れるのはランタンの光さえ届かない完全なる暗闇。
見えないことにより鋭敏になった感覚がとらえるのは、新庄の大きくなった息遣いと早鐘を打つ心臓の鼓動だ。
「新庄君、緊張しているならば佐山式緊張緩和法を――――」
続く言葉を発しようとする唇を、塞がれる。
あたたかく、やわらかい感触が佐山を包み込んだ。
慣れていないのかたどたどしく行われる行為に対し、佐山は頭の中で一人カーニバルを行いつつ
…………新庄君の方から、というのも良いな。
10秒にも満たない時間で、二人は分かたれる。
目を開けると、顔から湯気が出そうな新庄が微笑みで佐山を迎えてくれた。
「今はここまで、ね?」
恥ずかしがっているのか、新庄はそっぽを向きながら
「ゴタゴタが片付いたら続きをしてあげるから」
「続きをしてもらう、の間違いではないのかね」
「またそんなこといっ―――んむぅ!?」
こちらを見ていない新庄を隙有りと見て、佐山は彼女の顔を両手で瞬間的にホールド。
驚き戸惑っている彼女の顔もまた美しいと思いつつ、強引に唇を奪う。
むーむー唸りながら表す抗議の表情は、あえて無視。なんだろうと一回は一回だ。
新庄が正しく佐山に与えをくれるというのならば。
佐山は悪役として、新庄を奪うことでその返しとする。
……共にあるというのは、そういうことだろう?
たっぷりと一分間以上重なり続け、舐め、絡ませ、吸い上げ、送り……離した。
膝を震わせ息を荒くする新庄に対し、佐山は余裕の表情で
「続きを楽しみにしているよ、新庄君」
「はっ、はっ、はあ……さ、佐山君の変態!エロ猿!宇宙人~!」
ぷっくらとほっぺたを膨らませながら、ぼこすかと背中を叩いてくる新庄運切を愛しいと感じるのは
もはや後ろではなく、こちらの隣に並び立とうと歩みを早くする悪役の正逆を頼もしいと感じるのは
――――いつもどおりに、だよ。
【A-2 居館一階 廊下/1日目 真夜中】
【
佐山・御言@終わりのクロニクル】
[状態]:全身打撲、左腕欠損(リヴィオの左腕)、右腕の骨に皹、全て回復中
[装備]:つけかえ手ぶくろ@
ドラえもん(残り使用回数2回)、獏@終わりのクロニクル、治療符@終わりのクロニクル
[道具]:基本支給品一式×5(二食分の食事を消費)、S&W M29 6インチ 5/6@BLACK LAGOON、予備弾丸26/32
空気クレヨン@ドラえもん 、防災用ヘルメット、 ロープ、防火服、 カッターナイフ、黒色火薬入りの袋、
ミュウツー細胞の注射器@ポケットモンスターSPECIAL、双眼鏡、医薬品多数、ライター、 起源弾@Fate/Zero(残り28発)、
クチバの伝説の進化の石(炎、雷、水)@ポケットモンスターSPECIAL、 空気ピストル@ドラえもん、
メリルのハイスタンダード・デリンジャー(2/2)@トライガン・マキシマム 、排撃貝@ONEPIECE、
デリンジャーの残弾20、 鉄パイプ爆弾×4、治癒符2枚@終わりのクロニクル、ジャバウォックの右腕@ARMS 、伊波の首輪、
ハクオロの首輪
[思考・状況]
0:新庄君はやはり素晴らしい。
1:古城の仕掛けを調査する。
2:夢について新庄と話し合う。
3:ゼロへの対処を決める。
4:首輪を解体し、構造と機能を調べる。
5:地下を探索する。
※小鳥遊が女装させられていた過去を知りました。
※会場内に迷宮がある、という推測を立てています。
※地下空間に隠し部屋がある、と推測を立てています。
※リヴィオの腕を結合したことによって体のバランスが崩れています。
戦闘時の素早い動きに対して不安があるようです。
※地下鉄を利用するのは危険だと考えています。
※○の窪みに関しては、首輪は1つでいいという仮説を立てています。
※ハクオロのデイパックの中身はまだ確認していません。
※水銀燈に関してはヴァッシュと再合流後、検討しようと考えています
※ヴァッシュ達との合流のため、狼煙の
ルールを決めました。
1、使用するのは早くても日の出後。
2、地下の探索が終了し、合流の必要が生じた場合に狼煙を上げる。
3、1本の煙を確認した場合は早急にE-2駅へ、もしも駅が禁止エリアだった場合は隣のホテルへと向う。
4、2本の煙を確認した場合はその時の次の放送までに集合場所へと向かう。
【
新庄・運切@終りのクロニクル】
[状態]:健康、顔に腫れもの、精神的な疲労、全身にダメージ(小)
[装備]:尊秋多学園の制服、運命のスプーン@ポケットモンスターSPECIAL
[道具]:支給品一式(食料二食消費、水1/5消費)、コンテンダー・カスタム@Fate/Zero
コンテンダーの弾薬箱(スプリングフィールド弾26/30)
[思考・状況 ]
0:恥ずかしいなあもう。
1:伊波さん、ボク頑張るよ。
2:夢について佐山と話し合いたい。
3:佐山とここから脱出する。
4:ブレンヒルトについてはまだ判断できない。
5:人殺しはしない。
※小鳥遊宗太については、彼の性癖とかは聞いています。家庭環境は聞いていません
※新庄の肉体は5:30~6:00の間にランダムのタイミングで変化します。
変化はほぼ一瞬、霧のような物に包まれ、変化を終えます。
午前では女性から男性へ、午後は男性から女性へ変化します。 現在は女性。
※参戦時期は三巻以降です
※まひるに秘密を話しました。次の変化のときに近くの人に話す必要は…
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最終更新:2012年12月16日 08:38