「もう帰ってしまうんですか?」
「はい。名残惜しいですけど、俺は他にやることがあるので」
昼前になって積もり積もった話に区切りをつけた
エトレクは、白波邸を辞していた。春美とゲンブによる対策と「アルマ」なる人物との連絡。それについての進展を確認する必要があったためだ。
アカネやランカは残念そうだったが(シドウは買い物)、「仕方がないですよね」「無理には止めないけど、また来てください」と送り出してくれた。心配ではあったが、いつまでもここにいるわけにもいかない。
「では、またいずれ」
寂寥を振り切るように、怪人赤マントは旧友の家を後にした。
「エトレクさーん、通報されないようにねー!」
「こら、ランカ!」
一言、ちょっと傷つく言葉を背に受けて。
「気持ちはわかるけど、大きな声で言っちゃダメでしょ」
「小さい声ならいいの?」
「そういうことじゃなくて、言われた方がどう思うかを考えなさい」
エトレクが帰った後の白波邸では、早速アカネのお説教が始まっていた。彼女はあくまで「叱る」ということに重点を置いており、怒鳴りつけることで恐怖を元にわからせるのではなく、理路整然と、わかりやすく諭し、なぜそれがいけないのかを自分で理解させる、という形だ。
この教育の賜物か、ランカは他人の心の機微に聡く、それでいて思いやりのある女の子に育った。そしてそれは、
アズールに対しても同様。
「それとアズール、起こされるまで寝てちゃダメよ」
「す、すみません。アカネさんが帰って来たのが嬉しゅうて、なかなか寝付けへんかったもんで」
狐の姿のまま縮こまるアズールに、アカネはあくまでも正面から言う。
「そうだとしても、一度は起きて顔を見せなきゃダメ。でないと、心配になるでしょ? 起こしに行く方も手がいつも空いてるわけじゃないんだから、他人任せにするのも感心できないわね」
「面目ないです……でも」
「眠って目を覚ましたら、ほんまは全部夢やったんやないか……そう思うたら、怖うて眠れんかったんです」
「アズール……」
ランカにも、その気持ちは痛いほどよくわかった。今の今まで死んだものと思っていた母が、突然無事で帰って来たのである。ランカは喜んだが、アズールが感じたのは恐怖。今自分が見ているのがただの幻ではないのか、そう思ったのだ。
「………」
アズールの心象をようやく知ったアカネが取った行動は、彼女を撫でることだった。
「ふぇ……?」
「わかるでしょ? 私はここにいるわよ、アズール」
その暖かさが、何よりの証だった。
「そういえば、あの子……マナちゃんはどうしたの?」
「あ、それなんですが」
アズールが言うには、昨日エトレクが事情を説明した後上にあがったのだが、それっきり姿が消えてしまったらしい。彼女は「ウェーブリンク」という波動を操る能力そのものらしいので、自分を散らばせてどこかにいるのは確かなのだが。
「……一度、その子とも話をしておかないとね」
「? お母さん、マナちゃんに用事があるの?」
「ん……ちょっとね」
昼過ぎになって来客があった。
何度もチャイムを鳴らす音がし、「誰かな?」と思ったランカが玄関に出る。
「はーい?」
「あ、ランカ! お母さんが帰って来たって本当なのか!?」
開口一番まくし立てたのはスザクだった。やたら慌てている。
「ど、どうしたの?」
「いや、来る途中でシドウさんに会って、それで聞いて」
どうも、買い物帰りのシドウと鉢合わせた際に話を聞いて、それでゲンブ共々飛んで来たらしい。
そのゲンブは、あまり驚いてはいない。
「俺は、昨日話をした時に春美から聞いた」
「昨日? じゃあ、エトレクさんとはすれ違っちゃったのかな」
「かも知れん。肝心の話の内容だが、これはアースセイバー全体の問題だろう、ということになってな。シノさんや聖、七篠教官とも協議し、ひとまず、学生メンバーを中心に警戒シフトを組むことで一致した。その中に『
百物語組』が一名ずつ、交代で入る予定だが、これは後日当人たちと協議する」
「つまりは警戒を強くするってことかぁ……ところで綾ちゃん」
「っと、何?」
「用事ってそのこと? お母さん呼んで来ようか?」
ランカが奥を指差すと、スザクは「ああ、そうじゃないよ」と首を振る。
「『訪問』だよ。これから探偵事務所に流也さんを迎えに行くところなんだ」
「あれ、待ち合わせるんじゃなかったの?」
「マスター、マスター。霧波さんはえらい方向音痴やと聞いとりますが」
「あ、そうだったっけ……」
彼を一人で外に出すと、連れ戻すのに事務所のメインメンバーが一日出払う程の手間が必要となる。ならば、迎えに行った方が誰のためにもなる。その点は、ランカも同意せざるを得なかった。
「それで、迎えに来てくれたの?」
「ああ。さ、行こう。アズールも一緒にな」
と、そこへ。
「あら、出掛けるの?」
「あっ、お母さん」
家の奥からアカネが顔を出した。その眼がスザクを捉え、口元に笑みが浮かぶ。
「そう……あなた達ね、ランカの友達っていうのは。私は
白波 アカネ、ランカの母親よ。よろしくね」
「は、はい。
火波 スザクって言います、よろしく」
「
水波 ゲンブです。どうぞよろしく」
簡単に自己紹介が済んだところで、改めてとアカネが尋ねる。
「どこに行くの?」
「えぇと、この間の大騒ぎの時……」
シン・シーの一件の後、「
アカノミ」という巨木の妖怪の許を尋ねることにした旨を伝えると、アカネは「ふむ」と考え込んだ後、いきなり、
「よし、それなら私も行くわ」
なんてことを言いだした。
「え?」
「お母さんも来るの!?」
「ほ、本気ですか?」
「ええ、もちろん。ランカと一緒に出かけるの、これが初めてだもの」
(あ……)
思い返せば、ランカは最近退院するまでの間身体が非常に弱く、外出などまともに出来る状態ではなかった。アズールを拾った日、エトレクと会う日はたまたま調子のいい時だった。
そんな彼女だから、両親とどこかに出かけた記憶はない。アカネにしても、この機会はチャンスだった。
「それなら、いいですよ。流也さんがなんていうかわからないですけど……」
「大丈夫だよ、私が何も言わせないから」
言い切るランカの姿に、スザクとゲンブは彼女に頭が上がらない自分達を幻視した。
(……僕らの中だと、一番ヒエラルキーが高いのってランカだよな)
(認めたくはないが、そうだな)
かくて舞台は巨木のもとへ
(とりあえずの段落はついた)
(後は訪問を残すだけ)
(そう、当面は)
最終更新:2011年09月07日 19:25