アットウィキロゴ

天国と地獄~啓介と真衣の場合~

その時、蒼崎 啓介は悩んでいた。
学校帰りに聖からストラウル近辺に呼びつけられ、「ブラウ=デュンケル」なる謎の男に対する調査を委託された。
何でもその男、最重要警戒対象であるヴァイス=シュヴァルツと酷似した格好をしており、彼奴と何らかのかかわりがあることを示唆して去って行ったというのだ。
敵にせよ味方にせよ、放っておける話ではない。

『そーゆうわけだ。細かい手掛かりでもいい、見っけたら俺に報告しろよ』
『……了解。ただし、報告先は七篠教官かゲンブさん辺りにしておく』
『ちょっと待てや、どういう意味だ? 俺には教えられねぇってのかよ』

凄む聖だが、啓介はまるで怯まない。どころか、ジトッとした目で睨み返し、

『あんたを単独で動かしたら、また問題起こすかも知れないんでな』
『問題だとぉ?』
『……俺は忘れてないぞ? あんたのおかげで真衣が日常から引き剥がされたことをな』

今度は聖が黙った。
この蒼井 聖という男、元カルーアトラズ勤務という経歴から能力者嫌いな性格であり、個々人ごとに対応策をメモした「能力者の簡単な殺し方」なる手帳を持っていた程である(真衣の一件をきっかけに、シノが没収・処分している)。

そして、以前は真衣の情報を聞きつけて独断で確保に動いた。その結果、命の危機にさらされた真衣は特殊能力を暴走させ、自らの時間を止めて昏睡に陥ってしまった。
啓介がアースセイバーに所属するようになったのもこれが原因であり、当然の如く自分達の日常を破壊した聖に対しては全く良い感情を持っていない。

『そりゃ、独断で動いた俺にも責任はあるがよ。能力者って以上、いずれは確保命令が下ってたはずだぜ』
『だとしても、そこには、あんたはいなかっただろうけどな』
『ケッ、減らず口だけは一丁前だな。大体あれだ、いくらまともに力が使えねえからって、兄貴のてめえに「監視」を命令するとはよ。甘いんだよ、俺に言わせりゃあ』
『……じゃ、あんたならどうするんだ?』

微妙に啓介の目が据わったことに、聖は気づかない。

『んなの決まってるだろうが。どっかに監禁して、下手な動きを見せりゃ殺す、それだけだ。何なら今すぐにでも――――』

浮遊感を覚え、無茶苦茶に回転する視界の中、しまった、と思った時には既に遅かった。

『―――ぉぉぉぉおおおおぉ!!?』

啓介のサイコキネシスで思いきり投げ飛ばされ、聖は瓦礫の山に突っ込んで意識を失った。




このような経緯が証明するように、啓介にとって最大のウィークポイントであり起爆装置と言えるのが、4つ下の妹・真衣の存在である。諸々の事情で二人暮らしなだけあり、啓介の妹に対する入れ込み様は半端ではない。
学校ではそんな様子は欠片も見せないが、真衣の話題になると(そんな機会自体ほとんどないのだが)強引にでも首を突っ込んでくる。

それだけに、彼は真衣には徹底的に弱い。彼女のいわゆる「お願い」を断れたためしが一度もないのである。
これは、彼女が暫定的ながらアースセイバーに仮登録されている現在、ますます深刻化している。


そんな彼は現在、聖を投げ飛ばしたその足で帰宅し、真衣が用意していた夕食の席についている。
諸事情あって現在休学中の彼女は、たいていの場合自宅か、ランカの家にいる。そして、夕食はその日早く帰った方が用意するのが決まりだ。
真衣の作る食事はとにかく出来がよく、味はもとより量・盛り付けまでほぼ完ぺきという、素人のレベルでは最高峰のものだ。

そんな贅沢なものを前に、啓介が悩んでいるわけ。
それは、

「? 啓兄ちゃん、サラダ食べないの?」
「ん、ああ……」

真衣が取り分けた、レタスとトマトのサラダだった。
基本的にこの兄妹は好き嫌いがないのだが、啓介は唯一つ、トマトだけが致命的に苦手だった。
味はともかく、食感と匂いがどうしてもダメなのだ。ことに、生となると「全然」のレベルで駄目だ。
兄としての見栄なのか何なのか、このことは真衣には(無論というか)教えていない。

「?」

ハンバーグやひじきの煮物など、他のものはどんどん箸を進める啓介が、サラダには一向に手を付けようとしないのに、さすがの真衣も怪訝な顔になる。

「!」

それを敏感に察知した啓介は、とりあえずレタスを一枚頬張る。

「もぉ、ちゃんと千切って食べないと行儀悪いよ」
「(咀嚼、しかる後嚥下)ん、すまん」

とりあえずは何とかなった―――と思ったのも束の間。
食事が終わりかけた時分になって、また真衣が尋ねてきた。

「あれ、トマト食べないの?」
「…………」

啓介の皿の上には、レタスが数切れと、切り分けたトマトが4つまとめて(つまりは半個)残っていた。
何とかならないか、と啓介は打開を試みるが、

「先に部屋に行っててくれ。食べたら俺も戻る」
「ダメ。まとめて片付けないと手間だもん」
「ああ、俺が……」
「それもダメ。啓兄ちゃん、いっつも洗い方が大雑把なんだから」

あまりにもその通りな真衣の反論で潰えた。
いよいよ以って進退窮まった啓介だが、ここでさらに状況が悪化する。しばらく疑問符を浮かべていた真衣が、「あ、そっか。しょうがないなぁ」と何やら納得したような声を上げ、フォークを取って対面の席に戻る。
そして、

「はい、啓兄ちゃん」
「……何だ、これは?」

そのフォークでトマトを一切れ刺すと、啓介に差し出して来た。

「何って……食べさせて欲しいんでしょ?」

何故そうなる!? と叫びかけた啓介だが、辛うじてそれは堪えた。これ以上事態をややこしくしては後が面倒だった。
そんな兄の逡巡など露知らず、真衣は満面の笑みに可笑しみのスパイスを混ぜつつ、

「でも、啓兄ちゃんって案外甘えたがりなんだね。ちょっと意外」
「………………」

否定したかったが、冷静に考えると否定できる要素がほとんどないのに気付き、そちらの意味でも啓介は懊悩した。
―――傍から見れば懊悩するまでもなく、紛れもないシスコンなのだが、それはまあさておき。

「というわけで……はいっ、どうぞ」
「…………」

心底嬉しそうにトマトを差し出して来る妹に、啓介の頭の中ではなぜか「水戸黄門」の旋律で「どんぐりころころ」が流れつつ、昔の光景が廻っていた。




天国と地獄~啓介と真衣の場合~


(その後、蒼崎家では)
(狂ったように白米を掻っ込む啓介と)
(ひたすら首を傾げる真衣の姿があったそうな)

(どっとはらい)

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2012年07月28日 16:15