「やれやれ、ひとまずカタはついたか」
4人がウスワイヤを去ってしばらく、ようやく獏也は一息をついた。
「お疲れ様です、教官」
ゲンブが礼儀正しく労う。シドウの方はというと、守人に随行して外に出ており、ここにはいない。
恐らく、その足で帰宅しているだろう。
「ああ。……それにしてもあの狂人め、全く厄介な事情ばかりを放り込んでくれる」
獏也としては珍しいことに、心底忌々しげに吐き捨てる。
決定内容については、一応全員が承諾した。佳乃については、形だけでも監視がつくということに最後まで難色を示していたが、斎、そして当の美琴の身内二人の口添えもあって、渋々ながら矛先を収めた。
ただし、
『もし、彼女に少しでも危害を及ぼしてみろ。全力で潰しにいくぞ』
と不信も露わに言い放ったことを付け加えておく。
ともあれ、獏也の興味は今の所そちらにはない。退出しようとするゲンブを呼び止め、
「今回の件についてだが」
「ヴァイオレットを回していますが?」
「いや、そちらではない。ブラウという男についてだ」
「あの男ですか……」
言われてゲンブも思い出す。
美琴の暴走が何とか収束した直後、唐突に現れた謎の男。
自らを「
ブラウ=デュンケル」と名乗ったその男は、
ヴァイスがいないのを確認し、名乗った後姿を消している。
一体何者なのか。そもそも、何が目的なのか。
詳細が分からない以上、警戒はすべきだった。
「どうしますか?
百物語組を回しますか?」
「それも考えたが、今現在内部で重大問題が持ち上がっているようでな」
シン・シーなどへの警戒シフトもそうだが、先ごろメンバー内で一大事が発生したという。今の所詳細な情報は伝わって来ていないが、どの道今回の件で彼らをあてにするのは難しい。
「学生メンバーを使う。外部協力員を通じ、連絡を入れておいてくれ」
「……スザクはどうしますか」
「外す理由はないな。戦闘になる可能性もある」
ゲンブが渋い顔になったのにはわけがある。
彼女は今、
ホウオウグループの構成員(末端の戦闘員だが)のトキコと絶賛交際中なのである。
元々組織というものを重んじる性質の
水波 ゲンブという男は、スザクからトキコを通じてホウオウグループに情報が漏えいすることを危惧しているのだ。
……親交のある仲間をこうやって疑うがために、ランカやアオイからの評価は最低未満にまで落ち込んでおり、最近では全く連絡が来なくなっているのはここだけの話だ。
「……わかりました」
渋い顔をしたまま、ゲンブは一礼して部屋を後にした。
結果だけ言えば、ゲンブの心配は杞憂であった。
別の言い方をすれば、遅きに失した。なぜなら、ホウオウグループもまた、ブラウに関する情報を手に入れていたからだ。
「ブラウ=デュンケル……ですか?」
「そうだ。一応報告しておくぞ」
バーを経営しているメンバーの一人、ロゼが放っている監視端末「
バードウォッチャー」による情報だ。
それを今、
ジングウに伝えたのは
クロウだ。犬猿の仲であるこの男にも、組織のメンバーであるがゆえ律儀に情報を伝達する辺り、らしいといえばらしい。
「ふむ。まあ、覚えておきましょう」
「……用件はそれだけだ」
無機質に言うと、クロウはジングウの返事を待たずにその場を後にした。
廊下を足音も高く歩きつつ、
(この情勢で、またも新たな何者かが現れた、か。全く、ままならん世界だ)
などど一人ぼやく。
と、
(……一応連絡しておくか)
潜伏メンバーにもメールで連絡を送る。既に耳に入っている可能性もあるので、「警戒されたし」と一文添えるのも忘れない。
なお、
チネンからは嫌味たっぷりな返信が帰って来たが、それはさておき。
「最文、伝達だ」
「何?」「言っとくけど」「今のところ」「アンタの話は」「聞く気ないから」
徹底的に反りが合わず、ゆえに相変わらずの態度を取る
モブ子こと
最文 鈴子だったが、もはやいつものことなのでクロウも気にしない。
でなければ胃が持たない、という切実な理由もある。
「……なら、好きにしろ」
連絡を諦め、通り過ぎる。後ろから何か聞こえたような気もするが、強いて無視した。
ミーネかトキコ辺りから、その内聞くだろう、という考えもあったことだし。
(さて……)
とりあえず、非常勤講師「渡 玖朗」としての潜入任務に戻るべく「その場所」を去るクロウ。だが、唐突にポケットの携帯が震動し、着信を告げる。
「む?」
今のところ、かけてくるような心当たりはない。
一体誰だ、と携帯を開けると、番号だけが表示されていた。見たことがない。
とりあえず、通話を繋ぐ。
「誰だ?」
開口一番、誰何の声を放る。
答えたのは――――。
「藍」を巡る二つの流れ
(秩序の守り手)
(合理化の先駆者)
(それぞれの思惑が向かう先は――――)
最終更新:2012年07月28日 16:26