明らかに致死量の血を失い、スザクが全く動かなくなったのを見て、
カチナはようやく踵を返した。
「ころ、した。ころした。カチ、ナが、ころし、た」
空を見上げ、呟く。洗脳と強化で停滞した思考は、細かなことへの鋭敏性を持たない。
見たままの結果を反芻し、行動するのみ。
「…めい、れい。カチナ、の、めいれい。かんけいしゃ、ころす」
それは「関係者」を殺すたびに口にしている、何度目かもわからないフレーズ。
口癖では断じてない。
「……カチナは、カチナシ。めいれ、いを、きく、へいき」
ナタをぶらさげ、その腕を引きずるようにして、ストラウルを後にしようとしたカチナは、
「?」
どさっ、と何かが落ちる音を聞いて、そちらに思わず顔を向けた。
そこに立ち尽くしていたのは、たった今殺した相手と同じ顔をした、真っ白な髪の少女だった。
とりあえず進行方向にいるわけではないので、カチナは無視してそのまま歩き出した。
実際の所、アオイがその場所を訪れたのは全くの偶然だった。
スザクよりも一足先に帰宅していた彼女は、いつものごとく夕食の支度に取りかかっていた。
が、その日はなぜか、朝から猛烈に嫌な予感がついて回っていた。
『何ですの、これは……』
帰宅してもなお消えない予感に、少なからず蒼ざめた。
そしてその予感は、
『!?』
連絡員経由で入った、ゲンブ重体の報せで根拠なき確信へ変わった。
スザクが危ない。そんな予感と、今すぐいかなければ、という衝動、そしてなぜかストラウル跡地を目指す何かに導かれるまま、アオイは全速力で家を飛び出した。
そして、今。
「―――――え、っ?」
ストラウル跡地を少し進んだ辺りで、アオイは俄かには信じがたい光景に直面し、当初混乱した。
スザクが、最愛の姉が、血にまみれて倒れている。体を裂く大きな傷と、周りに広がる鮮血の痕。それが何を意味しているのか、アオイはわからなかった。いや、わかりたくなかった。
「ねえ、さま……?」
ふらふらと近づき、肩に手をかけて起こす。姿勢を支えられずによりかかって来たスザクは、以前同じような状態になった時より、異様に重かった。力が感じられない。
―――それより、身を切るようなこの冷たさは何だ?
「嘘、でしょう……?」
いつものスザクを威勢よく燃える炎とするなら、今の彼女はさしずめ燃え尽きた蝋燭というべきか?
「姉様……綾音姉様……!」
快活に笑い、何かと外に飛び出しては走り回っていたスザク。
死ぬより辛い目にあって来た彼女が、つい最近トキコと本格的に交際を始めたと聞いた時は、一瞬冗談抜きでトキコへの殺意を覚えたものだが、それをかき消したのは、
『幸せって、こういうことなんだよな、きっと』
と、それこそ心底幸せそうに笑うスザクの姿。
だから、アオイも決めていた。この行き場のない想いを、少しずつでも振り切ろう。スザクの選んだ道を、せめて見守ろうと。
――――なのに。
「どうして、こんな……酷い……!」
なぜ。
どうして。
スザクばかりが、こんな理不尽な目に遭わねばならないのか。
まだ、これからではないか。しがらみや過去を乗り越えて、ようやく幸せに手が届いたところなのに。
「姉様……姉様……姉様……姉様……!」
どんなに呼んでも、もうスザクは答えてくれなかった。
恥も何もなく、アオイは泣いた。涙が枯れるほどに、声が掠れるほどに、泣き叫んだ。堰を切ったように感情があふれて、叫ばずにいられなかった。
ふと、
「―――――」
涙で歪んだ視界の端に、何かが過った気がした。
気がして、そちらを向いた。
「!!」
見えたのは、ゆっくりと遠ざかる少年の背中。ボロボロの服と包帯を身に着け、右手にはナタ。
――――スザクの血に染まった、ナタ。
「――――そう」
スザクを静かに、優しく地面に横たえ、アオイはゆっくり、と言っていい速度で立ち上がる。
俯き加減のその表情はうかがえないが、
「そういう、ことですの」
その声音には、ある感情が混じっていた。いや、それでは正しくない。
ある感情で染め上げられていた、が正解だ。
「『お前』が、姉様を……」
マナがいたなら理解しただろうそれは、混じりけのない殺意と敵意。
そしてそれは、
「―――うぁあああぁぁぁあああぁっ!!!」
戦う力へと、変わる。
倒すべき敵を捕捉したアオイの戦いぶりは、まさに鬼神の如く、とでも評すべき苛烈なものだった。
相当な距離が離れていたはずのカチナとの間合いを一足飛びに詰め、背後から幻龍剣で一閃。そこから全てが始まった。
攻撃を相殺するカチナの能力をわずか2回の攻撃で看破し、避ける先避ける先に攻撃を置いて連撃を仕掛ける。
受ける一方のカチナは、ようやくアオイを
邪魔者と認識し、攻撃にかかる。
だが、
「こんなものォォッ!!」
鏡を使うまでもなく、一閃の元に切り払われた。のみならず、逆撃が来る。
当然の如く相殺されたが、カチナの方もここに来て疲労の色が見え始める。
誰一人知る由もないが、彼の能力は生命力に依存して発動する。しかも常時発動型、つまり自由意思での制御が効かないタイプであるため、ダメージを受けなくとも、攻撃されればされただけ消耗していく。そんな彼にとって、大威力が出ない分手数で圧倒するアオイのようなタイプは、天敵ともいうべき相性であった。
「し―――」
言い切る前に次が襲う。能力が発動して相殺するが、振り下ろしたナタは空を切った。疲労もあるが、それ以前にアオイの姿がいきなり視界から消えたからだ。と思う間もなく、
「!」
咄嗟にのけぞったその上を、二本の指が空振る。カチナの攻撃能力がナタ一本であることをとっくに見抜いていたアオイは、命中率を落とそうと目を狙ったのだった。
「ちぃっ!!」
常の彼女なら決してしないだろう舌打ちを残し、アオイは一歩下がって間合いを取る。と見えた次の瞬間にはその足を踏み切り、倒れ込むようにして幻龍剣を振り下ろす。それもまた相殺されるが、カチナの方はいよいよ足元が怪しくなって来ていた。
「めい、れい。カチナの、め、いれい」
これ以上消耗しては「命令」の実行に差し障る。そう判断したカチナは、一気に間合いを離して離脱を図る。
「逃がすものかぁぁぁあぁぁ!!」
当然の如くアオイはストラウルを逃げ回るカチナを猛追するが、残りの力を全て逃走に回したカチナを再び捉えることは、ついに出来なかった。
カチナを見失い、ようやく敵意の衝動が収まったアオイは、頼りない足取りでスザクの許へ戻ってきた。
やはり当然、最愛の姉はそこに横たわっていた。物言わぬ姿で。
赤く美しかった髪は鮮血に染まり、凛々しかったその顔も半分以上血に汚れている。
「姉様……」
先ほどの赫怒も消え、か細い声で呼ぶ。答えは、返らない。
「スザク姉様……」
がくり、と膝が折れる。心の支えだったものを失った彼女は、その身を自ら支えることも、既にままならなかった。
とめどなく涙の零れるその瞳には、虚ろな光しか残っていなかった。
「どうして、こんなことに……」
込み上げてきた何かが、再び絶叫に変わろうとして、
「――――見 つ け た――――」
聞き覚えのある声と共に、すっ、と誰かが横に立った。薄青の髪と黒っぽい服を纏った、よく「夜のような」と評される彼女は、スザクやアオイの良き相談役。
「マナ、さん……?」
アオイには答えず、
夜波 マナは動かないスザクの胸に手を当て、しばらく何かを探るように瞑目する。
それに何の意味があるのかわからず、アオイは力なく抗議する。
「マナさん……姉様は、もう……」
「大丈夫。助かる、まだ」
マナが何を言ったのかわからなかった。助かる? スザクが?
一瞬遅れて理解が追い付き、思わずマナに詰め寄る。
「ど、どういうことですの!? 姉様が助かるって……」
「確かに死んでる、普通なら。でも、スザクとあなたには『あの人』がついてる」
「あの人……?」
心当たりがまるでないアオイは、ただ当惑するばかりだ。それには触れず、マナは続ける。
「その人が今、スザクの命を繋いでくれてる。どうにか、なんとか、辛うじて、だけど」
「……では、どうすれば……?」
「そのために呼んだの、アカネさんを」
「え?」
事態についていけないアオイの前に、地を蹴る音と共に一人の女性が息を切らして現れる。
先ごろ生還した、ランカの母・
白波 アカネだった。
「はぁ、はぁ、はぁ……マナちゃん、あんまり走らせないでよ」
「ごめんなさい。でも、どうしてもあなたの力が必要だったから」
悪びれるでもなく言うマナに、アカネは一瞬苦笑し、しかしスザクの姿を見て顔をしかめる。
「……ヒナちゃんの言うとおりね。確かにこれは危なかったわ」
「でも、間に合った。アオイ、手を貸して」
「ぇ――――」
「早く」
急かされるがままアオイが手を差し出すと、その手をマナが取ってアカネと繋がせる。次に、アオイのもう片方の手を、スザクの手に握らせる。
「ま、マナさん、何を」
「理由は後で。黙って従って、スザクを助けたければ」
そういわれては、アオイは沈黙せざるを得ない。そんな彼女の両の手を、向かい合うようにしてマナが握る。
「目を閉じて、アオイ。心の限りに想って、スザクを」
言われるがままアオイは瞑目し、言われるまでもなくスザクを想う。今までのように、今まで以上に。
それこそ、自分の全てを擲っても構わないと思えるほどに。
と、
「!? これは……」
マナの手を通じ、アカネから何かが流れ込んで来るのを感じた。それは自分の体を通り、スザクへと流れていく。
そんな状態がどれだけ続いたのか、ふっ、とマナが手を離し、力の流入が途絶えた。
ふうっと息をつき、アカネがその場に座り込む。
「つ、疲れた……」
「ごめんなさい。でも、必要だったから」
マナがそう言うや、
「!!」
アオイの前で、スザクがぱちっ、と目を開けた。思わず縋りつきそうになったアオイは、しかし、
「? ……姉様、ではありませんわね。どなたですの?」
その髪が、山吹色に染まっているのを見て、不審の声を投げた。スザクの姿をした「誰か」は、アオイに顔を向けると身を起こし、穏やかな笑みを浮かべ、こう言った。
「久しぶり……っていうべきかしら、綾歌」
その声は、スザクのものではなかった。それが当然であるかのように平然とたたずむマナ、少しならず驚くアカネをよそに、アオイはその「誰か」が誰であるか、直感のレベルで気づいていた。
「……母様、ですの……!? まさか……」
その問いに、
「ええ。……本当に、間に合ってよかったわ」
彼女――――火波姉妹の母・琴音は、心底安心したように微笑んだ。
其が名は「抱擁」
「……あら? マナちゃん、どこに行くの?」
「連絡。トキコと
シュロに報せに行くから、アカネさんはランカ達にお願い」
「……同時に呼んじゃっていいの?」
「大丈夫。トキコの素性は、アースセイバー側はほぼ知らないから」
最終更新:2012年07月28日 17:12