「おや、今日もアナタだけですか」
いずことも知れぬ暗がり。その中に、決して溶け込まない黒ずくめの男がいる。
その男は、目の前にいる誰かに話しかける。
その誰かが、
「お?」
ヤミまがいを通じてみる何かに目を引かれた。
「何かありましたか」
「ああ、『彼』だ。何だろうね、君にそっくりな格好だけども」
何の気なしに口にしたその言葉に、黒ずくめは一拍おいて、
「……追いつかれましたか……」
苦々しさも露わに言った。
「何、『彼』を知ってるのか。因縁の相手かい?」
「昔に少々」
思い起こされるのは、かつて破壊したはずの一家、使い潰して捨てたはずの身代わりの顔。
(なぜ、奴がここに……)
白波家を飛び出した
シュロがぶつかったのは、古びた帽子をかぶり、同色のコートを纏った痩躯。
「ッ!?」
最重要警戒対象として指定されている男の姿を前に、シュロは有無を言わさず一撃を叩き込んだ。
が、
「甘い」
「わっ!?」
無造作に動いた左手に拳を軽く逸らされ、のみならず勢いは加速され、男を回り込むような形で派手に転倒していた。
「穏やかではないな、いきなり殴りかかるとは」
「黙れこの……あ?」
そこまで来てようやく、シュロは目の前の相手が
ヴァイスでないことに気付いた。よく似た風体だが、別人だ。
重く、厚みのある声だった。ブラウと名乗ったその男に、シュロは問いかける。
「こんなところで何をしてんだ?」
「何も。ただ、通りがかっただけだ。ぶつかって来たのはお前だろう、そもそも」
言われてみれば全くその通りである。殴りかかったのはシュロの勘違いだ。
「ぅ……す、すまねぇ」
「構わん。慣れている、間違われるのは。……ところで」
家から出てきた二人の少女に目を向け、ブラウは平然と言い放つ。
「上から来るぞ、気をつけろ」
「「え?」」
二人―――琴音とアオイがそう聞き返す間もあればこそ。
次の瞬間、
「「!!」」
足元に落ちた影に、二人は左右に分かれて跳躍。半瞬遅れて屋根から飛び降りて来たのは、
「めい、れい。しょう、がいは、はいじ、ょ。ころす、ころす、ころす……」
アオイがストラウル跡地で撃退したはずの、あの少年だった。
「綾ちゃん、アオイさん……!」
突然の襲撃者に、矢も楯もたまらず飛び出そうとするランカ。
アズールが慌てて後を追う。
「ま、マスター! 落ち着いてください!」
「でも、このままじゃ!」
「ランカ、慌てないの!」
狼狽する彼女を一喝したのは、母・アカネ。
「今あなた達が出て行っても、邪魔になるだけよ。部屋に行ってなさい」
アカネの言葉は厳しいものだったが、ランカもアズールもその意味と真意がわからないほど愚昧ではない。
「……はい」
アズールを連れてランカが上に上がった後、アカネは改めて外に飛び出すべくドアに手をかける。
が、
「え!?」
ドアに手が届かない。直前に壁をつくられたかのように、手が弾かれていた。驚くアカネの横から、マナが声をかける。
「私が行く」
言って、マナは自らの体を波動に変換し、壁を通り抜けて外に出ようと試みる。
ところが、だ。
「!?」
壁にぶつかったところで波動が反射し、マナが実体化したのはテーブルの上だった。
「ど、どういうこと!?」
「性懲りもなく……ッ!!」
赫怒に歯噛みするアオイ。同時に、彼女の中の冷静な部分が告げていた。
さっきの一撃は、母……というか姉と同時に、自分をも狙っていたと。
「
邪魔者も消せ、と……有体ですがわかりやすい理由ですわね」
一方の少年……
カチナに、会話をするような理性は存在していない。ただ、刷り込まれ、ねじ曲がった「命令」を遂行するのみ。つまりは、
「UH、ラボ、かんけ、いしゃ……ころす、ころす、ころす……」
「……なるほど。つまりスザクが狙われたのはそういう理由なわけね?」
腰に手を当てて言ったのは、スザクの体に憑依している琴音だ。その髪が山吹色に染まっていること以外、外見はスザクと変わらない。隣にいるアオイと、カチナが優先して狙ったのは、
「く!?」
命令遂行の障害であるアオイの方だった。錆びたナタを振り回して殺しにかかる。
その一撃は偽式・龍義鏡で跳ね返されたが、こと戦闘に関してはカチナが優れている。何しろ肉体改造を受けた生体兵器であり、しかもコンディションはグリーン。そうそう負けることはない。
ないはずなのだが、
「やらせないわよ」
無造作に赤い光が一閃。身を低くしてかわしたカチナは、そのまま回転して襲撃者の足を狙う。だが、それは低い跳躍で躱され、どころか返礼とばかりもう一閃走る。
「! ?」
明確に、首を狙った大上段の一撃が。しかしそれも、妙な手ごたえと共に止まり、用をなさない。
「防がれる?」
「母様、其奴は能力者ですわ! 攻撃を打ち消してしまうの―――くぅっ!」
言う間に襲いかかって来た一撃を間一髪でかわすアオイ。
数では有利だが、身体能力は明らかに向こうが上。琴音は戦闘慣れしておらず(にしてはよく戦っているが)、アオイ自身も経験は浅い。
いずれ勢いに飲み込まれ、死ぬ。それをいつまで引き延ばせるのか。この戦いは、ただそれだけのものだった。
ただし、
「そこまでだ」
「グ、ガッ!?」
突然カチナの前に現れた、見えない壁がなければ、の話だが。
命令を遂行するために、カチナは壁にナタを叩きつける。だが、それは反響音を立ててあっさりと跳ね返された。回り込もうとしても、四方上下、全てが壁に塞がれていた。どうにか壁を破ろうと無茶苦茶にナタをぶつけるも、かすり傷の一つすらつかない。
それを醒めた目で見つめるブラウ=デュンケルは、カチナの姿を見つつ呟いた。
「哀れなものだな、被検体0-585」
「!? あんた、あいつを知ってるのか」
シュロの問いには、こう答える。
「直接ではないがな。以前関わった事件で、行方不明者の資料を見たことがある」
言いつつ、カチナを「見る」。頭の中に既に構築している
テンプレートに、情報が書き込まれていく。
「分類:変換……カテゴリ:防衛……形式:常時……リスク:A+……なるほど」
一通り吟味し、結論する。
「『相撃ち(カウンターストライク)』だな」
「相撃ち?」
「相手の攻撃に対し、同等のエネルギーをぶつけてそれを相殺する力だ。常時発動型で、制御が効かない」
「相殺って……つまり、攻撃が効かねえってことか!?」
そのようだ、とブラウはやはり、平然と言う。
「だが、あの力は生命力を代償として発動される。受け続けていればそのうち使えなくなる」
まるで最初から知っているかのようにすらすらと述べるブラウに、シュロは感嘆を通り越して疑念の目を向ける。
「……何で、そこまで知ってる?」
「調べたからだ、たった今」
言うブラウが示すのは、その眼。
「俺のこの目は、あらゆるものを見る。それが何であろうと、たとえ記憶や能力そのものであろうと、概念や法則であろうと、関係はない」
地味に凄まじい能力だった。何でも見える、何でもわかる……それがどれほど強力なものかは、一朝一夕にはわからないだろう。だが、この力を持つ者には、どんな隠し事をしても無駄なのだ。尋問も、取引も、自白剤もいらない。ただ見ればいいのだから。
「確かに劣勢ではあるが……」
言うや、ブラウはカチナを囲んでいた壁を解除する。解き放たれたカチナは、目の前にいた琴音目がけて襲い掛かるが、
「特別な攻撃手段は持っていないようだな」
ブラウの言葉に被さるようにして、横から襲ってきた岩石の弾丸、それに続いた爆発に後退を余儀なくされていた。
放ったのは、ブラウの横で構えるシュロ。横目でそれを見るブラウは、習慣のようにその力を解析する。
「分類:操作。カテゴリ:攻撃。形式:任意。リスク:C」
弾き出した結論は、
「『シュラークシュタルク』とでも言ったところか。前のめりなことだ」
鉱物やコンクリートなどから武器を作り出す力だ。シュロは今、右腕にマウントする形で金属片のバズーカを作り出しており、そこから岩石を撃ち放ったのだ。
「だが、『相撃ち』との相性はよさそうだな」
何となれば、直撃と爆風、「相撃ち」のコストを浪費させることが出来るからだ。しかも大幅に。
「ブッ―――――飛べこんちくしょおおがあああああ!」
シュロの咆哮に合わせて、金属や岩石の弾丸がカチナ目がけて降り注ぐ。能力故、回避に関しては並のカチナは、それを「相撃ち」で相殺しつつ、噴煙の中、邪魔者であるアオイを狙う。だが、剣の一閃でナタを弾きかえされ、返す一振りが腕を直撃していた。無論これも相殺されたが、カチナの消耗は増す一方だった。
「パターンは読めた」
そう呟くブラウは、この戦いに見切りをつけていた。カチナは確かに強力な生体兵器だが、攻撃手段はナタ一本。もし別の能力を得たとしても、それを使いこなす理性が既に摩耗し、消滅している。今の彼は、ただ本能と衝動に従って戦うのみ。
ならば、とブラウは周囲に首を巡らせ、
「ああ何だ、そこにいたか」
白波邸上空に浮かぶ三人組をあっさりと発見し、その周りを一気に隔離していた。
瞬間、
「「うわぁぁぁぁっ!?」」「ぬおおっ!!」
何らかの手段で宙に浮いていた3人は、その力を失って落下して来た。
落着の衝撃で隔離空間が壊れたが、ブラウは気にも留めない。
立ち上がった3人のうち、白いスーツの少年が言う。
「僕達を見つけるなんて」
「やるものだね、君も」
後を継ぐように言ったのは、黒いスーツの少年。
「俺の力を破るとはな」
感嘆するでもなく言うのは、フードを目深にかぶった人物。それらを順番に見つめるブラウは、
「危ないなぁ、まったく」
黒いスーツの少年に向けて、いきなり発砲していた。その弾丸は、黒スーツに届く前に雲散霧消していたが、ブラウはそれで十分だった。
「分類:干渉 カテゴリ:自在 形式:任意 リスク:D」
そして、
「『存在抹消(エリミネーター)』……と言ったところか」
「……これは驚いたね。一発で見抜かれたよ」
さして驚くでもない風に、白スーツの少年が言う。見抜かれた方の黒スーツの少年は、ただ肩をすくめる。ブラウはさらに白スーツの少年にも目を向け、
「分類:干渉 カテゴリ:防衛 形式:任意 リスク:D」
なるほど、と。
「こちらは『存在創造(クリエイター)』か。運命干渉系が揃い踏みとはまた厄介な」
だが、と。
「……その力、軽々には使えんようだな」
「なんでそう思うのかな?」
白スーツの言葉に、ブラウは「簡単だ」と返す。
「このいかせのごれに『在る』ものは、須らく独自の因果律を持つ……お前達の能力で存在を消し去り、あるいは改変が出来るのは、お前達自身の因果が及ぶごく一部に過ぎない……違うか?」
さらにブラウは例を挙げる。
「あのパニ・シーですら、『なかったこと』に出来るのは現象のみ。それも、決して完全ではない」
「「……ご名答。全く、大した洞察眼だ」」
黒と白、二人の少年が声を揃え、素直な賞賛を贈る。
「確かに、人でも物でも、僕達の力なら自由自在さ」
「けれど、迂闊にそれをやると、必ず反発を喰らう」
「「世界は今を保とうとする。世界そのものに干渉し、存在そのものを根幹から変える僕らの力は、影響できる範囲を大いに限られているのさ」」
そんな二人に、
「……喋り過ぎだ。それに、こいつ相手では分が悪すぎる。戻るぞ」
「「了解だよ、ゲブラー」」
「ここで名を呼ぶな」
言うや、フードの人物は手を突き出し、
「『廻れ』」
瞬間、3人の姿はその場から消え失せていた。
一方カチナとの戦いも、佳境を迎えていた。
ブラウの情報とアオイの記憶から、カチナの能力を御する方法を知った3人は、ナタをかわしつつ一気呵成に攻撃を叩き込んでいた。
その結果、生命力を大幅に浪費する形となったカチナは、命令遂行を優先して撤退を余儀なくされていた。
「めい、れい。カチナ、は、めいれいを、きく、へいき……」
が、
「かんけい、しゃ、ころす、ころす……ころす」
振りかぶった右手から、
「ッ ! 」
琴音目がけて、ナタを思いきり投擲していた。完全に油断していた琴音はそれを防ぐことも避けることも出来ず、額に回転するナタの柄が直撃してよろめく。
さらにカチナは駆け寄ってナタを空中で回収、そのままトドメとばかり、同じところ目がけ、落下の勢いも載せてナタを全力で振り下ろした。
ナタが振り抜かれた直後、鮮血が飛び散り、額を断ち割られた琴音が崩れ落ちる。
「母様ぁぁっ!!」
アオイが叫び、駆け寄る。
それを見届けることもなく、カチナはそのまま何処かへと姿を消した。
家の中からそれを見ていたアカネは、矢も楯もたまらず外へ飛び出す。いつの間にか壁は消えており、下の喧噪を聞きつけたランカとアズールも出てくる。
「ヒナちゃん、ヒナちゃん!! しっかりして!!」
「何とか、生きてる、けど……このままじゃ、ヤバい、かも……」
琴音の「エンプレス」のおかげでどうにか命は繋いでいるようだが、このままでは長く持たない。ウスワイヤに連れて行くにもここからでは時間が足りない。危機的状態に逆戻りしたこの現状に、真っ先に閃きを受けたのはアズールだった。
「! そうや! 秋山神社には今クランケさんがおるはずや、何とか力を借りられれば……!」
頷き、ランカは家に飛び込む。向かった先は、以前の騒ぎでミナが現れた一角。
「! やっぱり!」
案の定、そこには何かの暗がりが見えた。覗き込むと、霊安室の中に一人佇むミナの姿が。
その彼女に向けて、ランカは叫ぶ。
「ミナさん、聞こえる!? お願い、神社に伝えて!」
運命旋転
(その真実は……)
最終更新:2012年08月06日 15:20