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目覚めろ、黄道の獣よ

「ハァ……ハァ……!」

ウスワイヤにある、アースセイバー専用の訓練場。
そこに、対峙する二人の男がいた。

一人はゲンブ。そして、もう一人は――

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」

金色のオーラを纏い、雄叫びを上げながらシスイが突撃する。しかし、その動きに何時ものキレはない。

「ふんっ!」
「ぐ――っ!?」

百戦錬磨のゲンブに、そんな動きが通用する筈もなく、シスイの身体はあっさりとカウンターを決められ、軽々と吹っ飛ばされる。

「ぜぇ……ぜぇ……っ!」

しかし、攻撃を決めたゲンブは辛そうだった。頬を大粒の汗が伝い、床の上に染みを作る。体力は常人とは比べ物にならない筈の彼の肩が上下し、いかにも苦しげであった。

「ガッ……ゴホッ、ゴホッ……ッ!!」

倒れこんだシスイが何度も咳き込む。胸を掻き毟り、全身を小刻みに震わせている。ゲンブよりも消耗しているのは、誰が見ても分かる状態だ。

しかし、

「ッ――!?」

ゲンブが目を見開く。弱々しく動作で、震えも全く収まっていなかったが、それでもシスイが立ち上がったからだ。

「まだ……続けるつもりか……」
「ぜぇ……ぜぇ……」

ゲンブの言葉にシスイは答えない。自らの能力によって赤く染まった瞳がギラギラと光っていて、その輝きが肯定の意思を示していた。

しかし、一歩足を踏み出すのが精一杯だった。がくん、と膝から力が抜け、その場にシスイは再び倒れこんだ。

「う……」
「無理だ、シスイ。もうその体じゃ動けん」

倒れた身体で尚も起き上がろうと、シスイの爪が床を掻く。しかし震えの止まらない四肢には、全く力が入らなかった。

「もう勘弁してくれ、俺も正直きついし」
「ぐ……」
「……負けた事が悔しいのは分かるし、強くならないといけないのは分かるけど……こんな事をしても、自分の身体を悪戯に傷付けるだけだぞ」
「…………」

ゲンブの言葉に、シスイは歯噛みをする。行き場の無い抑えるかのように、拳を硬く握り締める。



アッシュに敗れてから一ヶ月。シスイは、強くなろうとがむしゃらに喘いでいた。


「…………」

放課後のいかせのごれ高等学校、屋上。沈んでいく夕焼けを、シスイは呆と眺めていた。

あの日、戦闘によって破壊しつくされた屋上の修復は既に完了していた。名残すら、その場所に見られない。

だが、ここで、間違いなく、

都シスイは自らのクローン――もう一人の麒麟に敗れたのだ。

気が付くと、彼は自分の胸に触れていた。アッシュに切り裂かれた傷だ。

(……塞がってない)

「天子麒麟」の力により、シスイは常人の数倍傷の治りが速い。現に、ナイフで深く抉られた傷跡も、今は完全に塞がっていた。しかしシスイは、その塞がったはずに傷に、未だに疼きを覚える事がある。

疼きを覚える度、脳裏に浮かぶのはあの男――AS2、アッシュの姿だった。

「…………くっ……!」

完敗だった。

自分に武器は要らない。己に武器は要らない。相手を傷付けていると言う実感を、相手の命を奪っているのだという経験を残す為の空手。意地を張り、それが非効率的な事だと理解しながら、それが自らの能力を活かせていないと気付きながら、非武装を貫いてシスイは戦いを続けてきた。

そんな彼を嘲笑うかのように、もう一人の麒麟は武器を使ってきた。

麒麟の加護を受けた武装。その威力は絶大だった。ただのナイフですら、掠っただけで肉を絶ち、直接触れれば岩さえもバターのように切り裂く。これこそが「天子麒麟」の、全力の力だと言わんばかりの圧倒的暴力。その前に成す術も無く、都シスイは銀色の角に敗れた。

(俺は――)

このままでいいのかと、シスイは悩んでいた。

武器を使うアッシュ。彼と同じ立場に立つには、自分も武器を使えばいい。ただ、それだけの話だ。だが、しかし、それを行うと言う事は、今まで愚直に守り続けてきた非武装と言う自らのスタイルを捨てると言う事だ。

勝つ為に信念を捨てるか。

誇りを守って再び負けるか。

どちらを選ぶべきか。そんなの、考えるまでも無い。

(奴に勝つには――)

――自分も武器を使うしかない――
――信念を捨てるしかない――


「……シスイくん?」

気付いた時には、見知った顔がシスイを覗き込んでいた。夕焼けに、亜麻色の髪が照らされている。

コロネ……」
「最近、ずっとここにいるね」
「…………」
「何か、考え事?」

コロネの表情には、シスイを気遣う色がある。彼女は薄々、シスイが何かを抱えていると言う事に気付いていたのだ。

「……なぁ、コロネ」
「うん?」
「俺、この前喧嘩したんだ」
「! ……へぇ……なんか、意外。シスイくん、喧嘩とかそう言うのしなさそうだし」
「まぁな…………恥ずかしながら、負けちまった」
「……そう」
「負けたままは悔しいし、俺はそいつに勝たなきゃいけない理由がある……だけどな、そいつ滅茶苦茶強ぇんだ。ナイフとか色々使うんだけど」
「む? 武器使ってるの、その人? なんか、ズルくない?」
「喧嘩(たたかい)で卑怯だなんだ、言ってる場合じゃないだろ? 相手が武器を使うなら、自分も武器を使えばいいだけの話なんだし……でさ、俺がそいつに勝つ為には、武器を使わなきゃいけない」
「…………」
「でも、武器を使ったら――それは今まで、素手で戦う事を信条として来たそれまでの俺を捨てる事になる」
「……!」
「それでも、そいつに勝つ為にはそれしかないなら……信条を捨てて、俺も武器を使うべきだろうか?」

その時シスイは果たして、どんな顔をしていたのだろうか。コロネが息を呑み、目を大きく見開いたのが彼には見えた。彼女は何かを考えるように額に指を当て、難しそうな表情を浮かべ――と言っても、「むむむ」などとわざとらしく悩んでいるような表情だったが――それから目を開けると、シスイを真っ直ぐに見つめた。

「本当に、武器を使わないと勝てないの、その人?」
「え?」
「シスイくんは強いよ。喧嘩してるところは見た事無いけど、でも強いって分かるよ。それから、すっごく優しい」
「お世辞なんか要らない……実際問題俺自身がいくら強くたって、そいつには武器を使わないと勝てないんだ……」
「何でそうやって決め付けるの? ――武器ならもう、そこにあるじゃない」
「え?」

ドン、とコロネがシスイの胸を叩いた。突然の事に、彼は驚いて目を見開く。

「心。誰よりも優しいシスイくんの心は、何時だって誰かの痛みを共有しながら歩いてきた。他人の痛みを自分のものにしながら、そうやって自分を鍛えてきたキミの心が――どんな武器が相手だって折れる訳無いもの」

ニコリ、とコロネが笑った。

「相手が武器を使っているからと言って、自分まで武器を使う必要は無いよ。シスイくんはシスイくんのままが一番良いと思うよ、私は」
「――――」

シスイは少しの間、驚いたような表情を崩さなかったが、やがてふっと表情を和らげた。憑き物が落ちた、何時もの都シスイの顔が、そこにはあった。

「……ありがとうな、コロネ。なんか、掴めた気がする」
「どういたしまして! ……あ! だからと言って、喧嘩は駄目だよ! 一番いいのは、その人と仲直りする事なんだから! 子供でも分かるじょーしき!」
「ああ、うん。分かってる、分かってる」
「うに~、絶対分かってない~!」

憤慨するコロネの横を、シスイが通っていく。

「本当に、ありがとな」

すれ違い間際に聞こえたその言葉が、コロネにはとてもむず痒く感じられた。

自分も屋上から出ようと、振り返った時、

「――え?」

コロネは、見た。

「し、シスイくんっ!」
「え?」

突然呼び止められ、シスイは振り返った。彼が視線を向ける先には、困惑したような表情のコロネが立っている。

「どうかした?」
「え、えっと、その……ううん、何でもない!」
「……?」

コロネの態度にシスイは首を傾げるが、それほど気にも留めずに彼は屋上から出て行く。

「…………」

コロネは、見た。シスイの姿と重なるように、一本の角を持つ雄々しい獣の姿を。

「何だったんだろう、今の……?」

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最終更新:2012年11月07日 20:18