「
ジングウさん、クオさんってどんな人だったんですか?」
「ん?」
とある資料を眺めていて、私はそんな事をジングウさんに聞いていました。
「クオ……随分懐かしい名前が出てきましたね。どうしたんです?」
「いえ……これを読んでいたら、何だか気になってしまって……」
言って、私が持っていた資料をジングウさんに見せると、彼は納得したように何度も首を縦に振りました。それは、人工神に関する資料だったのです。
「クオは……〝三倍尊者〟は、優秀な男でしたよ」
「人工神を物質から創造するのではなく、魂魄から創造しようとしたんですよね?」
「ええ。「存在しない」事を神の本質であると捉えていた彼は、出来るだけその本質に近い形で人工神を創造しようとしたのです。そしてその追求の果てに、プログラムによって構成された電脳生命を雛形にして、人工神のソフト――VEG‐1を彼は創造しました。こと、ソフトウェア開発において、彼は
ホウオウグループ内でも一、二を争う存在だったと言えるでしょう」
「ジングウさんより?」
「彼と私では専門分野が違います」
私がからかうように言うと、ジングウさんにさらりと流されてしまいました。たまには、ムキになったりするジングウさんも見てみたいものだけど、なかなか手強いや。
「優秀、だったんですけどね……私と言う競争相手を失って、自らの命を絶ったそうです……全く、愚かな事を」
言って、ため息をつく。何だかその横顔が、少し寂しそうに見えたのは気のせいでしょうか。
「ライバル……だったんですか?」
「いえ、そんな可愛げのある関係じゃありませんでしたよ。向こうが一方的に突っかかってきただけです」
この、ひねくれ屋さんの本音は、私には全然分からない。だけど、二人は決して浅くは無い関係同士だった事は分かった。
「さて、と……書類の整理はこれ位にして、夕食にしましょうか」
「はい」
私達は手早く資料をまとめると、資料室を後にする。向かうはここ、元生物兵器研究員用の食堂だ。
「おお、やってるやってる」
自動扉を開けると、既に食事が始まっていた。
「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁ!? りーちゃんちょっと、それ僕のお肉ー!!」
「むぐむぐむぐむぐ」
「こら、りーちゃん? 駄目だよ、人のお皿の物にまで手を出しちゃ――って聞いちゃいないね……それ、僕のなんだけど……」
「……いかん。このままだと、
レリックに食い尽くされてしまう……」
……訂正します。食事じゃないですね、これ。
大テーブルに並べられた、おいしそうな食べ物の数々……それを、りーちゃんが触手を伸ばして手当たり次第に食べています……あの娘が生物兵器なのは分かっていますが、あの小さな身体のどこにあれだけの量が収まっているのでしょうか。
「花丸ちゃん、りーちゃん止めて! お得意の猛獣慣らしで!」
「無理ですよ、アッシュさんー!! この子、猛獣とかそう言うレベルじゃないですもんー!!」
「……まぁ、幸い肉はまだたくさんある」
「それも、食い尽くされかねない勢いだけどねー……」
ちら、と
ロイドさんとアッシュさんが、部屋の隅に山積みになっている肉の塊に目をやる。小山ほどの肉がそこにはあるのですが確かに、りーちゃんの食べっぷりを見ていたらそれもすぐに無くなってしまいそうです……
「おーい、そこの衆。こっちに混ざらないかー?」
ロイドさんが手招きをするのは、
クルデーレさん達です。しかし彼女達は何時も通りで、精神的にも物理的にもこちらへ歩み寄ってくる気配はありません。
「気安く姉さんに声かけんな、虎ヤロー!」
「そう言いなさんなよ。あれだぜ、俺だって一応生物兵器なんだぜ? 君らと同じ」
「てめぇはどっちかって言うと、改造人間じゃねぇか!」
「うわ、差別されたよ。ちょっとティオくん、そいつ口悪いぞー?」
「…………」
相変わらず取り付く島の無い人達です……うぅ、同じ
千年王国なんだから、もう少し仲良くしたっていいのにぃ……
その一方で、むしろべったりなのが……
「ジングウ様~!」
下手すれば押し倒しかねない勢いで突っ込んでくるメイドッ娘。それをジングウさんはさらりとかわし、メイドは両手に大皿を持ったままボディスライディングして滑っていく……何時もの事ですが
マキナさん、何やってるんですか、貴女は……
「見事なバランス感覚です、マキナさん。両手に料理を持ったまま地面を滑っていったのに、皿からソース一滴零れていないとは」
「当たり前だよ~。ジングウ様の為に愛を込めた料理だよ? 食べてもらうまではオシャカにする訳が無いじゃないか~」
「……あの、これ、突っ込んでいいんですよね?」
まるで鉄壁の要塞のようになびかないジングウさんと、それでもめげずにアタックを繰り返すマキナさん……何時も通りの風景ですが、その「何時も通りさ」に、不思議と癒されます。
「おや? マキナさん、また腕上げましたか?」
「ええー、本当に? いつもの社交辞令じゃなくて?」
「こんなところで嘘ついてどうするんですか……ふむ、スパイスの利かせ方が上手です」
「えへへへ……何だか、照れちゃうなぁ……」
……珍しい。ジングウさんが、他人の良い所を普通に褒めている。
「……ところで、ジングウ様? 何か、身体に変わったところある?」
「と、言いますと?」
「例えば、身体の一部が急に大きくなったり、こうムラムラしてきたりとか」
「……私に毒の類が通用するとでも?」
「ってぇぇぇぇぇぇ!? ジングウさんの料理に何を盛ったんですか、マキナさんっ!?」
せっかく人が和んでいたのに、すぐこの展開ですか! 油断も隙もあったもんじゃない。ここにはりーちゃんとか、小さい子供だっているんですよ!
「残念ですがマキナさん、ジェネシスの保菌体である私に薬の類は通用しません。毒素は残らず分解され、私の血肉になります」
「おおぉ……知らなかった、ジングウ様どくタイプだったんだ……」
「ついでに言ったら、はがねタイプでもあります」
「あ、だからじめんタイプである麒麟に負けたんですね」
「そうそう……って、何言わせるんですか」
知りませんよ、乗ったのは貴方でしょう。
「所で皆さん。いかがですか、植肉樹『ベヘモット』のお味は?」
ジングウさんが食堂にいる全員に呼び掛ける。すると、真っ先に反応したのは何とクルデーレさん達だった。彼女達が一斉に何かの札を上げて――ってあれ、喉自慢とかで見かける採点札じゃないですか。しかも札には、一様に「0」の文字が。
「不味いわね。油が乗りすぎよ」
「同じく! 肉が硬い!」
「同じく。味が淡白過ぎます」
「これはこれは、厳しいですね」
辛辣な感想を頂く一方、「美味しいよね?」、「いや、普通に美味だろ」、「はい、おいしいです」、「もぐもぐ」と言う感想がこちらでは……クルデーレさん達、一体何と食べ比べしたんでしょう……
「……でも、大量生産を前提とした食肉としては、十分じゃないかしら」
あ、でも、褒めるところは素直に褒めるんですね(隣で
サディコちゃんが「ええっ!?」って顔してるけど)……そう言うところは大人だなぁ、と思います。
「ところで主任? いい加減、教えてもらってもいいんじゃないかしら」
「何の事です?」
「とぼけないで。この『ベヘモット』を製造した理由よ」
はい。ここでそろそろ、植肉樹「ベヘモット」について説明させて頂きます。
このべヘモット、見た目は普通の動物肉ですが、実際は植物から出来ています。水と土で育ち、根から葉っぱまで全部食べられます。ただし、構成成分はブタ肉とほとんど同じです。ジングウさんお得意の生物工学の賜物らしいんですが……一体、どう言う仕組みしているんでしょうか、これ。
まぁ、端折って説明すれば、ベヘモットは「畑で育てられるブタ肉」なんです。しかも、成長速度は普通の作物より全然早い。大体、二週間位で収穫可能な状態になるんです。現在試験的に、閉鎖区画内にある温室の一部を使って栽培しています。
なぜ、こんな物を作ったのかと言えば、
「そんなの、分かり切った事でしょう……?」
言いながら、ジングウさんが視線を向けたのは……まるでブラックホールのように料理を平らげていく幼女。ジングウさんの言わんとしている事に気付いたらしく、珍しくクルデーレさんの頬が引き攣った。
「ただでさえウチ、大喰らいが揃ってますからね……レリックの食い扶持ぐらいなんとかしないと、烏(
クロウ)が五月蝿いんですよ」
「……まぁ、そう言う事にしておくわ」
何だか、クルデーレさんは完全に納得していないみたいです……流石に深読みし過ぎだと思うけどなぁ。
「……たまには、こう言うのもいいなぁ」
食堂内を見渡して、私はそんな事を思いました。まるで、そう。世間にもあるような、普通のパーティーみたいで。とても、悪の組織の中で起きてるワンシーンとは思えないくらい穏やかで、和やかで。
ウスワイヤやアースセイバーは私達の事を徹底して悪だと決めつけています。それについては否定しませんし、ジングウさんならむしろ肯定すらするでしょう。それでこその我々だ、とか何とか言っちゃって。
だけど――悪い事だと分かっていて、それでもこの道を進んでいるのは、それでも成し遂げたいものが、それでも手に入れたいものがあるからなんです。
自分が信じたものを、迷い無く信じて突き進む。
その行い自体はきっと、間違いなんかじゃないと、私は思います。
そんな皆さんが、私は大好きです。
だから私は、これからもついて行きます。
この、ホウオウグループの、この、千年王国に。
最終更新:2012年11月15日 19:38