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<そして朝日が昇る>

「大蛇よ、力を解放しろ!」

 僧侶が告げると、大蛇の身体に変化が起きた。ミシミシと音を立てながらその骨格が変形し、身体の形が変わっていく。その頭部はもはや蛇ではなく、角を有した龍の様な形となり、眼は一対から二対、四つにまで増えている。身体の節々には宝石にも似た光球が覗いており、鱗の色が変色して緑からまるで血を浴びたような赤色へと変わる。

「何!?」

 八岐大蛇の変貌に、多くの者は思わず気圧された。だが、姿が変わろうがそんな事関係無いとばかりに突っ込む、二人の大きな影があった。

「紅蓮! ゴクオー!」
「たった二人で無茶だ!」

 仲間が呼びかける。だが、その制止で全く止まる事無く、二人は大蛇目掛けて突進していく。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
『――!!』

 変形した大蛇の頭部が迫る。龍脈を断ったと言うのに、大蛇の威圧感は衰えるどころか、先程よりも増しているように見える。

 だが、

「砕けろッ!」

 ゴクオーが鉄槌を振り下ろす。右側から。

『――!!』

 紅蓮が拳を放つ。左側から。

 二人の攻撃を両側から受け、大蛇の首が大きく弾き返された。

 二人は、大蛇の強さやそれがどんな攻撃手段を持っているか、など全く頓着していなかった。その骨や鱗がどれだけ強固だろうが関係無い。その肉がどれだけの耐久力を持っていようが関係無い。

 関係無い――そう、関係無い!

「ッ――みんな!」
『おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!』

 春美の号令に、百物語組が吠えた。目の前で仲間が、あんなにも巨大な怪物を相手に一歩も退かずに戦っている。それなのに、自分達は何もしないのか? 否、しない訳が無い、せずにいられる訳が無い!

「ゴクオーを援護しろ!」
「百物語組のチームワーク舐めんなあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 四方八方から、大蛇に向かって飛び掛かる。その姿、誰一人として、そこに臆する者はいない。

「雑兵が!」

 薙ぎ払え、と、僧侶が手を振った。瞬間、大蛇の全身に出現した光球から光の帯が放たれた。それはあたかもレーザー光線の様に、大蛇に取り付いていた妖怪達を薙ぎ払った。

「まとめて蒸し焼きにしてくれる!」
「いかん、アレが来るぞ!」

 八つの大蛇の首が持ち上がり、その口が開いていく。その一つ一つに、虹色の光が溢れ出す。その光量たるや、先程の比ではない。その場にいた全員に、緊張が走った。

「〝八――〟」
「やらせん!」

 大蛇の首の一つが、口から煙を吹いてぐらりと揺れた。続けて、その他の首からも煙が、着弾による爆発が起こる。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 茂斗の駆る戦車が、横滑りしながら砲弾を撃ちまくる。的が大きいだけあり、その砲弾は大蛇の身体に吸い込まれる様に命中していく。

「何故だ……」

 大蛇の攻撃は凄まじい。常人離れしたゴクオーや紅蓮、戦車に乗っている茂斗は例外にしても、その他の者達にしてみれば、その巨体そのものが脅威だ。八本の尾から放たれるスイープは一撃で二十人は吹き飛ばせるし、全身の光球から放たれるレーザーのせいで接近もままならない。例え組み付けたとしても、攻撃力の無い者では鱗に傷をつけるのが精いっぱいだ。

 だが、

「何故向かって来る!?」

 それでも、誰一人として、逃げ出そうとする者は、戦いを止める者はいなかった。

「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 誰もが雄叫びを上げ、

「はあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 誰もが地を踏みしめ、

「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 誰もが拳を振り上げていた。

 自暴自棄でも、捨て鉢になっている訳でもない。誰もが生きて帰ろうとしていたし、誰もが大蛇に勝とうとしていた。自分の能力が敵うか否か、そんな事考えていなどいなかった。

 ただ、誰もが心に同じ事を思っていた。



 ―― こんな奴には、負けない! ――



 それは息を吹く者の、生命体としての本能だったのかもしれない。

 僧侶はこの世の何もかもを滅ぼし、世界を終わらせようと――殺そうとしている。それは、生命体の在り方とは真逆の願いだ。

 死は、命あるすべての者がいつかは屈しなければならない――だが、その時まで、「約束された敗北」の瞬間、その時まで。産声を上げたその時から、あらゆる生命は、死との長い長い戦いを始めるのだ。誰もが、生まれた瞬間から戦士なのだ。

 ここにある、すべての命が、魂が訴える。まだ約束の時ではない。俺達は、私達は、

「――まだ死にたくない!」

 強大な滅びを前に、それでもここに在る命すべてがそれに立ち向かっていた。全力でぶつかり、拳を振り上げていた。

「大丈夫か!?」
「うん! まだ、戦える!」

 倒れたシーラの身体を、すぐ傍で戦っていたシモンが支える。

ソウト! 力を貸すよ!」
「ありがとう、アゲハ!」

 負傷したソウトを背負い、変化したアゲハが代わりの足となって駆ける。

「背中は預けたよ、旦那!」
「任せろ!」

 セロと珠女が、背中を合わせながら戦う。

 生命は、生まれた瞬間から戦士だ。だがその戦いは、決して孤独な戦いなどではない。

 生まれたその時には、父と母が傍にいる。

 背が伸びて世界を知れば、その隣には友や恋人がいる。

 父や母となれば、守るべき子供がいる。

 挫けそうになれば、手を差し出して立ち上がらせてくれる誰かがいた。

 怖くて足が前に出なくなった時は、背中をそっと押してくれる誰かがいた。

 傷付けば寄り添って、一緒に泣いてくれる誰かがいた。

 例え力尽きても……それを見送ってくれる誰かがいた。

 一人ではない――そう、我々は一人などではない!

「ぐ……」

 例え死がどれだけ強大な力を持っていたとしても、命は簡単に勝ちを譲ったりはしない。手を携え、寄り添いあって、支え合って、

「最後の瞬間まで――」
「――戦い抜くんだぁ――!!!!!」

 徐々に。動かせないと思えたその巨体が、それよりも小さな命達の攻撃に揺れ始めていた。一人一人の攻撃力など、大した事は無い。再生能力を封じても、一撃一撃で与えられるダメージの量もたかが知れている。それどころか、大蛇の反撃一つでもまともに喰らえば、即死もありうる戦いだ。

 だが恐れず、後退せず、諦観せず、逃走せず。

 生きるとは即ち、前進すると言う事だ。

「おのれ……」

 止まらない前進は、確実に大蛇を追い詰めていた。頑強な鱗はもはや鎧の役割を果たしておらず、その下にある本体にも傷が届いている。大蛇が倒されるのも、時間の問題だった。

「諦めろ!」
「お前に世界を滅ぼさせなどしない!」
「調子に――乗るなあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 それまで感情を露わにしなかった僧侶が、激昂の雄叫びを上げた。瞬間、全身の光球からレーザーが放たれ、大蛇に組み付いていた妖怪達を薙ぎ払った。かろうじて光線を避けられた者も、大蛇の身震いに跳ね飛ばされる。

「ぐあっ!?」
「うわっ!?」
「世界は滅ぼせないまでも――貴様ら全員を殺してくれる!」

 大蛇が首を持ち上げ、一斉にこちらへ向けて口を開いた。その直後に、大蛇の眼前に黒い球体が出現した。それは徐々に徐々に大きくなっていく。

「これが何か分かるか……この大地に染みついた怨念だ! 分かるか! 貴様らが平和ボケして生活している足元に、これだけの恨みが宿っているのだ! いかせのごれだけでこれだ! 世界規模で見れば、どれほどの恨みがあるか、貴様らは考えた事があるか!?」

 憎々しげな僧侶の言葉に呼応するかのように、恨みの塊は大きさを増していく。

「こ、こいつは……」
「今までで一番やばいんじゃないか!?」

 恨みの塊は、さながら黒い太陽にも見えた。生命を力強さを象徴する太陽の対極にある死の太陽。見ているだけで、そこに込められた怨嗟の声が聞こえてきそうだ。

「消えろ!」

 漆黒の太陽が襲い掛かってくる。射線上にあるすべてのモノを蒸発させ、朽ち消しながら。

「させるか! ハヤト!」
「おおっ!」

 ハヤトが大きく息を吸い、その背後にシスイが回る。ハヤトの背中に手を翳し、その身体に強化のオーラを流し込む。

「―――――――ッッッッ!!!!!!!!!!」

 放たれた咆哮が、大気を切り裂いて放たれる。まさに音の大砲。指向性を与えられた音の波が、真っ直ぐに黒い塊目掛けてぶつかる!

 怨霊玉 対 音波砲!

 ハヤトの音波砲は、それ単体でビルを破壊する程の威力を持つ。それに、シスイの強化を加えて威力の底上げをしている。

 だが、怨霊玉はその音波砲を受けながら、全く威力を減衰している気配は無い。音の濁流をその身に受けながら、しかしこちらに向かって突き進んでくる!

「駄目だ! 威力が足りない!」
「くそ、このままじゃ……」
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉ、紅蓮!」

 弱気になる一同を奮い立たせるように、ゴクオーの声が響いた。彼は一直線に、怨霊玉目掛けて走っている。彼が何をしようとしているのか悟ったらしく、その動きに合わせて紅蓮も走り出す。

「何をする気だ、あの二人!?」
「まさか、特攻!?」

 否、そうではない。ゴクオーは大きく振りかぶると、その手に持った鉄槌を怨霊玉目掛けて放り投げる。ゴクオーの怪力によって投擲された鉄槌は、回転しながら飛んでいる。

『――ッ!!』

 その鉄槌に向かって、紅蓮は拳をぶつけた。ゴクオーの力と紅蓮の力が合わさり、鉄槌に更なる加速が加わる。

「突き破れ――ッ!!!!!!!」

 鉄槌が怨霊玉に当たる。高速回転しながら、怨霊玉を抉る。ぶつかり二つのエネルギーの摩擦が、火花を散らした。

「無駄だ! 貴様ら数人の力を合わせたところで、この怨恨は止められん!」
「ぐ……うぅぅ……」

 音波砲を撃つハヤトの身体がぐらつき、咄嗟に支える。

「大丈夫か、ハヤト!?」

 音波砲を放っている為、声で答える事は出来ない。しかし、辛そうだ。額に脂汗が浮かんでいる。

 その時だった。自分達を後ろから支えてくれる気配があり、シスイは振り返った。

「大丈夫か!」
「手を貸すぞ!」

 そこには、百物語組が集まっていた。飛び道具の使える者は怨霊玉への攻撃に加わっており、それが出来ない者はシスイらを支え、少しでもダメージを抑える為か結界を張っている。

「ここで我らが負ける訳にはいかない!」
「怨恨に……死者の感情に、今を生きる者が害される事など、あってはいけないのだ!」

 皆、絶望的な状況だが、必死だ。必死に生きようと、死に抗っている。

 そして、

「何!?」

 僧侶の驚愕する声が聞こえた。見れば、鉄槌の当たっている部分を起点にして、怨霊玉の形が少しずつ崩れ始めている。

「あそこだ!」
「みんな、あの鉄槌を狙え!」

 一点突破、否、一点収束。鉄槌を中心に、この場にいるすべての者の力が、想いが、収束していく。

「いけえぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「ぶち破れえぇぇぇぇぇぇぇ!!」

 一つになった想いが、

「ば――」

 死の化身を、

「――馬鹿なッ!?」

 打ち破った。

 漆黒の太陽が崩れる。鉄槌のある場所を中心に、まるで渦を描く様に砕けた。砕けた怨嗟の塊は、すぐに胡散霧散に消えていく。

「ゆけえぇぇぇぇぇぇぇぇ、タマモおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 ゴクオーが叫んだ。その声が合図であったように、怨霊玉が砕けて出来た道を、瘴気を纏ったタマモが駆け抜けていく。瘴気で出来た九尾の狐が走る。

「く……妖狐!」
「今度こそ、おりんを――」

 前足を振る。構成力が弱まっていたのか、その一撃で進行を阻もうとしていた三本の首が切り落とされた。そのままの勢いで、一気に大蛇の胴体に食らいつく!

「――返してもらうぞ!」

 ぶちぶちと皮を引き千切り、肉を掻き分ける。廃材で出来た骨を押しのけ、その内側にある心臓を捉える。

「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

 最後の抵抗とばかりに、心臓から無数の触手が生えてタマモの身体に絡み付こうとした。だが、タマモの纏う瘴気に充てられ、すぐにぐずぐずと腐り落ちて行く。タマモは咥えた心臓を思いっきり引っ張り、胴体と繋がっている最後の管を引き抜いた。

 オォォォォォォォォォォォォ……

 動力源であり、大蛇の魂を現世に繋いでいた楔を失った大蛇は、その身体をもはや維持出来なかった。復元とは真逆の現象が、身体の端から起こる。ぶすぶすと煙を上げながら、大蛇の身体が腐敗を始めていた。

 地響きを上げながら、大蛇の身体が倒れる。肉はすべて塵となって消え、後に残ったのは廃材で構成された骨格だけだ。

 タマモは纏っていた瘴気を解除し、元の姿に戻った。その腕にはしっかりと、「りん」の身体を抱き抱えている。

「……やった」

 誰かが、そう漏らした。堪えきれなくなったように、耐え切れなくなったように。

「ぃ――やったあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 歓声がそこら中から上がる。ある者は手を叩き合い、ある者はお互いを抱き締め合い、喜びを露わにする。

 勝った――そう、勝ったのだ。八岐大蛇に、死の化身に、自分達は勝利したのだ。

 朝日が昇り、大地を照らす。光に追い出されるように、宵闇が消えていく。



 <そして朝日が昇る>



(それはあたかも、)

(ここは死者のいるべき場所ではないと言う、)

(天照大神の言葉にも、)

(思えた)

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最終更新:2013年02月08日 16:22