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神の子と、

「はい、ゴメンナサイ」
「反省してるならいいけど、今度から気をつけてよ?」
「わかりました…」

 ユウイがあの能力者、「カクマ」と出会った直後のこと。
授業をサボり屋上で争っていた(?)二人は教師である「十川 若葉」に職員室まで連行された。
だが此処、職員室にはカクマの姿はない。どうやら教師の隙を付いて逃げ出したようだ。なんという奴だ。
何故自分だけがこんな風にお叱りを受けなければならないのか。そもそも事の始まりはカクマが攻撃を仕掛けてきたからであって――。
いや、まぁ「サボり」っていうのは否定できないからカクマに対して色々と苛立つのは可笑しい気もするが。
なんとなく、悔しい気持ちがふつふつと湧き上がってきたユウイであった。

「ユウイ、何かあったの?」
「はい?」
「いやー…ちょっと元気なさ気な感じに見えたからさ、悩み事でもあるのかなって」
「あー」

 アザミに顔を覗き込まれる。その時に彼の持っているたくさんの資料が見えた。
それから机上にある紙。それらに書いてあるたくさんの文字、それは全て、彼直筆のものだった。どこかのクラスのテストの答案らしい。
丁寧に丸が振られており、間違えたところには「どうしてそうなるのか」という理由が書いてあった。
もしかして、一人一人の答案をこういう風に丁寧に見ているのだろうか。だとしたら、物凄い気力だ。
本当に生徒思いなんだろう。

「無理しないでね?ユウイが頑張ってるの、みんなわかってるから」
「……、」
「相談ならいつでも乗るしさ」

 まぁ、クラス担任じゃあないけど…。そう言いながらアザミはくしゃりと、困ったように笑って見せた。
その柔らかい笑顔、それから生徒思いな性格に、ユウイはふっと肩の荷が降りるのを感じた気がした。
もしかすると、この人なら、自分の話を信じてくれるかもしれない。
そんな思いが心の中を埋め尽くす。とにかく、このわけのわからない苦しみから逃げ出したかった。
リオトに話をすれば一番いいのかもしれないけれど、リオトにはもう心配はかけたくない。
マナに相談してみようか――? イイヤ、マナにはこの前相談に乗ってもらったばっかりではないか。
確かに味方だとは言ってくれたけれど、それに縋っていては成長しないだろう。
今まで散々迷惑をかけてきたんだ、自分のことは自分で、と強く言い聞かせる。

しかし、だ。今まで人に「依存」し続けてきた人間が、いきなり「自立」するなんて、それは到底無理な話である。
自分が何であるかもわからないなんて、そんなのは嫌だ。誰か、ああもう誰でもいい、この苦しみをわかってもらいたい。
そんな思いが爆発しそうだ。誰でもいいから、疑わずに、笑わずに、馬鹿にせずに、自分の話を聞いて!

「あの…っ、先生、アタシ――!」

「アザミ先生、教科書忘れていきましたよ」
「え、あぁ――ありがとう。わざわざ届けてくれたんだね」

 ふわり、と視界の端に映りこんできたのは青く美しい髪。
ユウイと同じクラスであるスイネがアザミの忘れ物を届けにきたらしい。ユウイの言葉を遮る様に割り込んで来た為、ユウイは口を噤むしかない。
正直な話、とても邪魔だと思った。やっと、やっと自分はこの苦しみから解放されると思ったのに。

「それじゃ、わたしの用事はそれだけなので。――そうだ、ユウイさん」
「ん?」
「ちょっと話したいことがあるから、一緒に来てくれる?」
「あぁ、うん。スイネさんがアタシに用事って珍しいな」

 しまった、とユウイは思った。どうして頷いてしまったのだろう。
どう考えてもここは「自分の話をアザミに聞いてもらう」ということを優先するべきではないか。
しかし、発した言葉の後半の部分は事実だ。スイネがユウイに用事だなんて本当に珍しい。
ほぼ接点のないこの二人。何かあったといえば一緒に旅行に行ったぐらいだろうか。そこでもあまり話はしなかったが。

「ユウイ、また困ったらおいで?」
「ありがとうございます」

すたすたとスイネが足早に職員室を出て行ってしまったので、ユウイもそれに続いた。



(―――チッ、あいつ…折角の研究材料を)

 静かに職員室の扉が閉じられた後、アザミはゆっくりと自分の椅子に深く腰をかけた。。
聞いたところによると、榛名有依は人間が最も恐れる「致命的な力」がそのまま武器になる能力「ナイトメアアナボリズム」を所持している。
さっきの悩み事はもしかすると、「ナイトメアアナボリズム」が関係することだったかもしれないのに――!
悔しさで思わず素の表情が出そうになるがそれを押し殺し、冷え切ったコーヒーを一気に胃へと流し込む。

「せーんせ、あったかいコーヒー淹れてきましょうか?」
「あぁ、頼むよ」
「全くもー、そんないらいらしないでさァ、もっと気楽にいこうよ、気楽に、ね?」
「――!……あぁ、お前か」

 半ば流し気味に問いに答えたので、気付くのに少し時間がかかってしまった。
へらへらとした口調の主は、2年2組の都シスイと瓜二つの少年、「アッシュ」
だがその性格は全くと言っていいほどに違う。
くつくつと喉を鳴らして笑いながらコーヒーカップを手に取り、机の上にひょいっと乗っかった。

「なぁに?獲物逃しちゃった?」
「まぁ――そんなところだ」

 ナイトメアアナボリズムには未だ謎が多い。
ホウオウグループ内にもアナボライザーはいるが、それでもまだまだ足りない。
より多くのアナボライザーを集め、より多くの研究結果を出す必要がある。
わけのわからない死人達を傍に置くのは少々気味の悪いものがあるが。

「ユウイちゃんねぇ――見たところ、そんな強いもの持ってるようには見えないけど」
「俺もそう思うが、なんせ「死人」だからな。いつ何を起こすかわかったもんじゃねぇ…あいつ、見張れねぇのか?」
「リオ君がいるじゃない」
「あ"ーそうだった」

 アザミ、いや今はリンドウと呼ぶべきか。彼は思わず机に突っ伏した。
そうだ。見張り、なんてレベルじゃない。もはやストーカーとも呼べる奴が近くに存在していた。

「ま、落ち込まずにお仕事頑張って下さいよ、リンちゃん」
「うるせぇ」

その名前で呼ぶんじゃねぇ、とリンちゃんことリンドウは彼の頭を叩いた。




「あの、スイネさん?」
「何かしら」
「何かしらってアンタがアタシに用事があるって…」
「あぁ あれ。 ごめんなさい、あれは嘘よ」
「はい?」


「嘘ってなんでそんなこと――」

 怒りを通り越して呆れの感情さえ生まれた。変わった子だとは思っていたが。
折角の「自分の体に起こっている謎の現象」についてを話す機会が奪われてしまったのだから。

「なんで、ですって?そんなの簡単じゃない。貴方が嫌そうな顔をしていたから、だわ」
「嫌、ってアタシが?」
「だからそうだって言ってるじゃない。どうして聞き返すのよ」
「う――」
「――まぁ 個人的にアイツが好かないっていうのもあるけれど」
「え」
「あぁ ゴメンナサイ、今の発言は忘れてもらえる?」

 両目を閉じながらひらひらと両手を振り溜め息をつくスイネ。
スイネは元々ホウオウグループだ。彼、アザミ――リンドウの姿は見かけたことがあるのだろう。
スイネ――ファスネイ・アイズはホウオウの『所有物』であったため、その存在を知るものは多くなかった。
リンドウがスイネを知らないのも、それが理由だろう。


「あなた、先生が相談に乗るって言ってくれたときどんな気持ちだった?」
「そりゃあ、嬉しかったよ」
「嘘ね」
「そ、そう思ってるなら聞くなよ!じゃなくて、そんな アタシ嫌だなんて」

「自分のしている表情は自分じゃなかなかわかりにくいものよ。
さっきの貴方は明らかに眉間に皺が寄って――目を先生から背けていた。」
「それは嫌なことを思い出したからで」
「じゃあその後片足を一歩分後ろに下げたのは何故かしら
まるで――先生から逃げるような体制をとったのは何故かしら?」

スイネに詰め寄られ、つい息が詰まるユウイ。
視線を、交わすことができない。

「あたし…違う、アタシは、アタシは」
「――わたし、弱い人は嫌いよ」

 今にも泣きそうな表情を浮かべているユウイだったので、一発喝を入れてみたスイネ。
泣かれるのが怖かったのだ。泣かれたら、どう対処していいのかわからない。
しかし逆効果だ。ユウイは下を向いたまま動かなくなってしまった。

「…これだけは言っておくわ。アザミに自分のことを安易に話さないほうがいいわよ」
「え、なんで」

あんなにいい先生なのに、と反論したそうにユウイは顔を上げる。

「――カンよ、カン わたしのカンは結構当たるの」
「カンって」
「とにかく、気を付けて、ってことよ」

ふわり、と青の美しい髪を揺らしてユウイに背を向けた。

「それから、相談事をするなら、もっと別の人がいいと思うわ」

「例えば――そうね、生まれたときからずっと一緒にいる人、とか」
「あ…」
「あなた、何に追い詰められているのかわたしにはわからないけれど…
一人でなんでもしようとすると、いつか必ず潰れるわ。 人に「頼る」っていうことは悪いことじゃないとわたしは思う」

 そこで、ユウイは完全に言葉を失った。
そうだ、いるじゃないか。いつでも支えてくれて、自分の味方で、神様のような存在。
自分が一番、一緒にいて安心できる人たちが。

ぼーっとしていたのか、気付けばスイネはもう階段を上がり終えていた。
慌ててユウイは階段を駆け上がる。

「ちょ、ちょっと待ってよスイネさん!…その、ありがと…」
「その「さん」っていうの止めてもらえる?」
「え、そっちだって「ユウイさん」って呼ぶじゃないか」
「………くっ」
「なんでそんな悔しそうな顔するの」
「煩いわね!早く教室に行くわよ、ユウイッ!」
「……!うん!」



神の子と、


(―――家族、)
(わたし、どうしてあんなことを言ったのかしら)
(ふしぎで、しかたがないわ)

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最終更新:2013年02月17日 03:26