「聞き捨てならないな、火波綾音」
「!」
突然割り込んできた声。その声を聞いて、マナと綾音は振り返った。
「貴方は都アッシュ……いえ、正しくは
AS2、かしら?」
「どちらでもどーぞ」
一体どこから現れたのか、アッシュは屋上の柵に寄り掛かるようにして立っていた。
「聞き捨てならない、って言ったわね。何が聞き捨てならないのかしら?」
「特殊能力者のくだり。んっと、超能力を持たないのが本当の姿とか言ったっけ?」
そう言うと、くっくっく、とアッシュはさも可笑しげに笑った。
「おたく、何様?」
「…………」
「何、自分が言ってる事全部正しいとか思っちゃってる系? 痛い痛い。そーゆーの痛くて見てられないわ、マジで」
けらけらと、アッシュは綾音を嘲笑う。そんな彼の様子を見て、マナはムッと眉を顰めた。
「ちょっと、そんな言い方無いんじゃない」
「いやいや、傑作だよ。だってさそいつ、自分がここにいるべきじゃないとか大真面目に言ってるんだぜ? 自殺志願者かっつーの」
「……何も、おかしい事を言っているつもりは無いわ」
「ほう?」
アッシュの態度に不快がる様子も見せず、綾音は反論する。するとアッシュはそれに興味を抱いたように、彼女へと視線を動かした。
「超能力はこの世界の法則に反するわ。世界が在るべき様に、成るべく様に敷いてあるレールを破壊してしまう。今は能力者の絶対数が少ないから大丈夫だけど……」
「超能力者が増えたら、世界は滅びる?」
「そうよ。天秤が超能力者側に少しでも傾いたら、その時世界のバランスは完全に崩壊する。超能力を持たない人間は淘汰されて、残った超能力者も壊れた世界と一緒に滅びる。この世界は、カタストロフ一歩手前なのよ」
頑丈そうに見えた箱舟は、その実いつ沈んでもおかしくないボロ船なのだと、綾音は語る。
「だから、超能力者は存在してはいけない存在なのよ」
「いいや、逆だね。超能力者が存在するから、かろうじてこの世界は保っていられるのさ」
しかしアッシュは、綾音の話を真っ向から否定した。
「……おかしな事を言うわね。貴方だって、
ホウオウグループなら知っているでしょう? いかせのごれの神は、超能力者を認めないって事くらい」
「いや、知らない。第一、僕の存在を否定する様な神様なら用済みだよ。ゴミ箱にポイってさ。大体何様? テメェの都合で生み出しておいて「要りません」っての? ハッ! そんな傲慢な神様ならこっちからお願い下げだね!」
「……貴方が我儘と言ったところで、世界の在り方は変わらないわよ」
「そう、変わらない! 君がいくら超能力者の存在を否定したところで、この世界から超能力者は消えて無くならない! 何故か? それは結局のところ、僕らが必要だからさ」
両手を広げ、あたかも劇を演じる役者の様に、芝居がかった調子でアッシュは語る。その姿に綾音は、かつてスザクを通して見た一人の男を、
ジングウの姿を思い浮かべた。その仕草は実に、よく似ている。
「ネガディヴネガティヴネガティヴ! 実にネガティヴ! 自分の存在を肯定出来ないのは悲しいぜ、火波綾音?」
「……だけど、それとこれとは別よ。やっぱり、超能力者はその存在が間違っているわ」
「その話をして、果たして何人受け入れられるだろうね?」
「…………」
「大体、君の言葉は間違ってもいないし、かと言って正しくも無いんだよなぁ」
「……どう言う意味かしら、それは?」
「君のもう一つの人格、火波スザク。彼女を例にしよう。スザクちゃんはトキコちゃんが好きなんだよね?」
「……ええ。そのようね」
「じゃ、その愛がある事を証明してよ」
「? おかしな事を聞くのね。そんなの――ああ、そう言う事」
アッシュの言葉の意味を察したのか、綾音が納得したような声を出す。
人間は結局、知覚出来る存在でなければ「在る」と認識出来ない生き物である。ある者が誰かの事を強く思っていても、対象者がそれを観測する事が出来なければそれは「無い」も同然となる。
これは価値観の問題だ。
ある人の価値観では「愛は存在する」ものであり、ある人の価値観は「愛は存在しない」ものである。共通の見解が同一のもので無い以上、二人の認識は混じわらず、平行線のまま。即ち、「存在しているが、存在していない」状態だ。
アッシュが言っているのはこう言う事だ。
「結局貴方は、私の言い分を聞かないって事ね」
「酷いなぁ。僕は別に、そんな事言ってないよ? ま、君がそう思ったなら、君はそういう風に考える人間って事だね。うん、底が知れたよ」
可憐な笑みを浮かべながら、さらりと毒を吐く。人を不快にさせて自分のペースに巻き込むのは、この男のやり口だ。もっとも、綾音はこれっぽっちも動じていない。そもそも明確に敵だと分かっている相手の言い分を素直に聞き入れる程、綾音はお人好しでもなければ甘くも無い。
第一、綾音にアッシュの言葉を受け入れられる訳が無い。超能力者の存在が必要から生じているなど、彼女にとっては世迷言でしかない。超能力者の存在が必然だと言うのなら、
ヴァイスの存在は果たして一体何なのか。灰炎無道が起こした非道で死んだ人々は一体なんだったのか。そもそも、アッシュを生み出したジングウはどうなる? アッシュの言い分を認めると言う事はつまり、それらもすべて必然であると言う事になってしまう――
「――神殺しが怖いか、臆病者」
「!」
綾音の思考を遮るように吐かれた声は、それまでと全く雰囲気を異とするものだった。
まるで、中身が入れ替わったのだと錯覚してしまう程に、アッシュの雰囲気が変わっている。それまでは不快さこそ感じられたが、それでも「自分達と同じモノ」なのだと感じられていた。立ち位置から生き様まで異なっているが、それでも存在こそは変わらないモノなのだと。
だが、その時は違った。あまりにも異質過ぎる。まさに、異次元の存在と言うべきか。その時のアッシュが放つ邪悪さは、綾音にとっては未体験に過ぎるものだった。
「神を否定するのが怖いか? 神に挑むのが怖いか? 想像力が足りてないぜ、それじゃあ三流だ」
アッシュが近付いてくる。知らず、マナは後ずさりしていた。これは、この男は、ヴァイスとは別の意味でおかしい。こんな、こんなモノが、この世界に在って良い訳が無い――!
「飼われ、繁殖し、そして食い物にされる。無垢な羊がお望みならそれでどうぞ。思考を閉ざし、何も望まずに神の掌で踊っていろ」
二人の間を、アッシュが通り抜けていく。その瞬間、まるで心臓を鷲掴みにされるような、言い知れないプレッシャーが二人を襲った。アッシュが放つ異質さが、二人に襲い掛かる。
「僕は、僕らは違う。大人しく尻尾を振るつもりは無い。大人しく飼われてやるつもりは無い。その手に、喰らいついてやろう。その手を、食い千切ってやろう。鎖をかけたつもりになっているその顔を、驚愕で彩ってやろう」
それこそが我ら。それこそがホウオウグループであると、異分子の邪悪を纏って、しかし誇り高くアッシュは宣言する。
「……滅ぼされるわよ、神に……」
喉の奥から、絞り出すように。かろうじて、綾音の口からその言葉が出た。それを聞いて、アッシュは笑い声を漏らした。振り返ったその顔には、やはり笑みが張り付いている。
「何? あの言葉を僕に言わせたいのかい、君は?」
≪神なんか怖くない≫
(我々はホウオウグループ)
(我らは鳳凰の眷属)
(イカロスは太陽に近付き過ぎた為に、その身を焼かれて地に堕ちた)
(だけど、我らは止まらない)
(その身を何度焼かれても、翼は頂きを目指して進むのみ)
(これは、神への反逆の物語)
(彼らは死ななきゃ、止まらない)
※補足:劇中におけるアッシュの変貌はジングウの代弁であり、「彼を演じる」事で「ジングウを憑依させている」状態だからです。
最終更新:2013年05月14日 10:52