――二人の人間が戦っている。
場所は
ホウオウグループ支部施設内、閉鎖区画。そこにある、生物兵器の実験場だ。
戦っている人間は、どちらも同じ格好をしている。違いがあるとすれば、それは背丈ぐらいであろう。片方の人間は、もう片方と比べて少し低い。
その恰好を目にした人の目には、少し奇異に映った事だろう。
全身が緑色の甲殻装甲で覆われている。頭の部分は蜘蛛の頭部を彷彿とさせ、まるで眼の様に左右四つずつ、計八個の光珠が存在している。胸の部分や肩、足や太腿と言った部位にもそれらの光珠は埋まっており、またその姿は人工物と言うよりも、生物的な印象を見る者に与える。
その戦いは、凄まじいの一言に尽きる。
まず速い。両者の攻防は正しく目にも止まらぬと言った様子であり、離れた場所でその様子をモニターしている画面では、スローモーションにしなければ、その全容が全く掴めない程。
そして、力強い。両者共に素手であるが、その膂力は凄まじい。こちらまで轟音が聞こえて来そうなほど。生物兵器同士を戦わせる前提に造られたこの実験場でなかったら、おそらくそこら中が今頃穴だらけになっていた事だろう。
「ッ――パーフェクト・ウエポン!」
「!」
技量では、背の高い方が上であるらしい。ほぼ一方的に追い詰めている。それが堪らなくなったのか、追い詰められている方が叫んだ。その途端に、その全身を球形の形に光が包み込む。
バチッ、と言う音共に、振り下ろされた拳が弾かれる。光の膜はバリアの役割を果たすらしい。それもかなりの強度であり、その凄まじい膂力さえも弾き返している。
「やった!」
バリアを張っている方が、歓声を上げた。しかし攻撃を弾かれた方は全く動じた様子を見せる事無く、その全身に銀色のオーラが浮かぶ。
腰を低く落とし、右の拳を構える。一瞬の内にバリアに接近すると、勢い良く拳を突き出した。
「せいっ!!」
「う――わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
一瞬バリアと拳は拮抗するも、銀色のオーラに包まれた拳の威力の方が勝っていた。バリアは砕け散り、それを張っていた当人はその場に尻餅をつく。慌てて顔を上げるも、その鼻先には手刀が突きつけられていた。
「王手飛車取り、ってところかな?」
「あははは……また僕の負けか……」
お互いに、顔を覆っているマスクを解除する。口元がまず左右に開き、それから頭を覆っている兜がスライドし、素顔が剥き出しになる。
一方は『双角獣』、
AS2ことアッシュ。もう一人は『獣帝』、花丸だった。
――・――・――
「やはり、根本的な戦闘能力はアッシュさんが一番高いですね」
ディスプレイに映し出されたデータを見ながら、
サヨリが呟いた。そこには、これまで行われた模擬戦闘の勝率や、その戦闘の内容、また各人のステータス情報などが表示されていた。
「まぁ、アッシュは能力だけでなく、装備品のグレードも強化出来ますからね。能力限定の一対一ならともかく、ましてや『バイオドレス』を装着しての戦闘なら、当然の結果でしょう」
バイオドレス――それが、先程の戦闘で二人が着ていた物の正体だ。
装着者の身体能力を強化すると同時に、防護服としての役割を果たすバトルドレス。その派生品がバイオドレスである。機械的な部品ではなく、有機体的な素材で構成されているのが特徴で、『着る』のではなく、装着者と文字通り『一体化』する事で機能する。肉体の一部となる事で装着者の神経系や筋力をダイレクトにアシスト。反応速度においてはバトルドレスよりも優れており、また自己修復機能やスキルウエポンを装備する事が出来る。
こう説明するとバトルドレスの上位互換に聞こえるが、実際はそんなに良いものではない。
扉が開き、研究室にアッシュと花丸が入って来た。二人とも、バイオドレスを装着する為の特殊なインナースーツを着ており、まるでダイバーを思わせた。
「どうでしたか、お二人とも。バイオドレスの使い心地は?」
「僕はイマイチ。フツーのBDのが好きだなー」
「僕は……よく分からないです。そもそも、バトルドレス自体着るのが初めてなので……」
「それでも、あえて感想を言うなら?」
「えっと……何だか、ヘンな感じです。普段の自分より身体が動いちゃうので……」
困ったような顔をしながら花丸は言う。
実際、その感覚は正しい。バイオドレスは装着者と一体化する。即ち、肉体の延長となるのだ。初めての人間は、拡張された自分の膂力や感覚に戸惑いを覚える事だろう。
実際二人とも、今はそれなりに様になっているが、最初は見ていられたものではなかった。バイオドレスのスペックに振り回され、戦うどころの話ではなかったのである。酷い時には、お互いに真正面からぶつかっていたりした。
この様に、バイオドレスには様々な問題がある。装着者にある程度の習熟が求められる他、バトルドレスと違って生きた素材を使用している為に、管理・維持に手間がかかる。生物兵器を培養する液に漬けて保存しなければならず、また一着製造するのにも時間がかかる。現状、アッシュ達が着ていた二着しか存在しないのだ。
「ふむ……そればかりは、慣れて貰うしかないですねぇ。
バラトストラもですけど、この類は運用出来る人間が限られてくるのが難点です」
「あ、後、父さん。これ女性陣に凄い不評だよ」
確かに、バイオドレスは女性陣には不評だった。レンコは取り敢えず着てくれたが、ブランは泣いて拒絶し、それどころではなかった。
「装着者と癒着・融合し、一体化する仕組みですからねー。むしろ、これ否定されるとバイオドレスのアインデンティティゼロなんですが」
「バイオドレスのアイデンティティって何ですか。でも、レンコさんやブランちゃんの気持ち分からなくも無いかも……あれは、ちょっと……」
バイオドレスの内部を思い出し、サヨリは嫌な表情を浮かべた。
「はっきり言って、エロゲーだよね、アレ」
「無数の襞襞が全身に絡み付いて、それから神経が接続されていく感覚は何とも……」
「止めて下さい、二人とも。それ以上はいけない」
アッシュは顔色を変えていないが、花丸はげんなりとした表情を浮かべている。視覚的にも、感覚的にも、あれは女性には辛いものがあるだろう。そんな三人の様子に、
ジングウは「解せん」と言った表情を浮かべていた。
「着け心地を除けばいいんだけどねぇ、アレ」
「後、誰が着けてもSWが発動するなら良いんですが……」
そう。これも、バイオドレスが遣い手を選ぶ要素の一つである。
人造模倣能力、スキルウエポン。本来これは、ミツを初めとするバイオドロイドのみが扱う事の出来る力だった。しかし、バイオドレスはSWを一つスロットする機能があった。これにより、バイオドロイドでない者でも、バイオドレスを纏う事でSWを使用する事が可能になるのだ。
しかし、実際は一筋縄ではいかなかった。例えバイオドレスを来たとしても、装着者とバイオドレスの同調率が低いと、スロットされているSWを発動する事が出来ないのだ。
このデータを調べる為、一応
千年王国所属の者には(拒絶の酷いブランやサヨリの様な非戦闘員は除き)全員にバイオドレスを着て貰った。その結果、SWを発動するだけの規定値を示したのは花丸とミツの二人だけであり、事実上バイオドレスの機能を百パーセント扱えるのはこの二人しかいない、と言う事だった。
「千年王国以外の人間も調べてみたら?」
「とは言っても、SWの乱用されても面倒なんですよねぇ。それにあのカラスの事だから、バイオドレス作る位ならミツを量産しろとか言い出しかねませんし」
「って言うか、リバイアサン部隊作る位なら、そっちのがよっぽど戦力になったんじゃ……?」
「ミツさん一人造るのに、一体いくらの金と手間がかかるのか、考えた事ありますか?」
ジングウが笑みを浮かべるが、その背後の闇は濃い。藪蛇をつついたかと、アッシュは「知りたくありません」と言う。実際彼自身、その金と手間をかけて生み出された存在だ。我が身に置き換えれば、その大変さはよく分かるつもりだった。
「ところで、何でこんな物を造ったんですか?」
「私の趣味」
「……さいですか」
「もはや突っ込む気も起きませんか、サヨリさん」
「いい加減、疲れるだけなので……」
額に手を当て、やれやれとサヨリは首を振っている。そんな彼女の様子に、ジングウは少しだけ詰まらなそうな表情を浮かべた。
「まぁ、趣味なのは事実ですが、それを置いても決して無意味ではありませんよ」
「まぁ、ジングウさんのする事ですから、そもそも無意味だとは思ってませんけど……」
「バイオドレスは、成長する武器なのです」
「成長する……武器?」
ジングウの言葉に、花丸は不思議そうに首を傾げた。
「はい。付喪神云々については長くなるので省きますが、バイオドレスは自我を持たないですが生きている鎧です。そしてバイオドレスは、装着者と一体となって戦う。文字通り手足と化した鎧は装着者の魂に、その想いに反応し、装着者に適応し独自に進化する……私はね、皆さん。貴方達の魂に触れる事で、バイオドレスがどんな変化を起こし、進化していくのか。それが見てみたいんですよ」
「要は僕らをモルモット代わりに、バイオドレスの実験がしたい訳ね」
「ま、要点だけ捉えるとそうなりますね」
アッシュの毒舌をさらっと肯定するジングウ。その割に、花丸は彼の言葉に不快さは感じていなかった。
バイオドレスは装着者の魂に、心に呼応し、進化する。それは暗に、「この道具は遣い手に応える」と言っているのだ。普通の科学者だったら、そんなスピリチュアルな事は言わない。物質主義の現実主義者が嫌い、或いは馬鹿にしそうな言葉であるが、ジングウはこう言った言葉を平気で使用する。
『だって、存在しているのだから無視する訳にはいかないじゃないですか』
否定しようにも、事実存在してしまっている。そこに在るんだから無視せず、使ってしまおう。こう言う事を臆面無く言ってのけるのが、ジングウの凄味なのだろう。
「ところで父さん、バイオドレスの材料って何?」
「ミツさんと同じですよ」
「え、ミっちゃんと同じって……あ、そう言う事」
合点がいったのか、アッシュが納得したような顔をする。サヨリは何とも言えない、嫌そうな表情を浮かべており、花丸だけがジングウの言葉の意味を理解していないようだった。
「えっと……ミツさんと同じって事は、生物兵器の培養細胞、って事ですか?」
「詳しく知りたければ『リサイクル・プラン』でWiki検索をかける事をお勧めするよ……もっとも、花丸ちゃんにはちょっと刺激が強いかなぁ、なんて」
「????」
「ところで皆さん、『ソイレント・グリーン』と言う映画はご存じですか? あれは良いですよ、実に合理的だ。もし地球の人口が溢れかえっても、それに対する有効な打開策がある。実に、地球の未来は明る――」
「やめぇい!!」
「おふっ」
最終更新:2013年05月17日 13:44