バイオドレスの運用実験を開始し、数日が経過した。
流石に回数を重ねる毎に装着者達もその扱いに慣れ始め、またその同調率も最初の頃より上がり始めていた。
「このままの調子で回数をこなせば、そのうち花丸さん達以外でもSWを使えるようになるかもしれませんね」
「そうですね」
ジングウも、この経過には満足しているようだった。各自の同調率を示す値が、日に日に上がっている事がよく分かる。
「ただ……アッシュさんやリキさんの値は、上昇率が他の人達よりも悪いですね」
「仕方がありません。バイオドレスを受け入れているか否か。それが同調率の鍵ですから」
バイオドレスの同調率とは、即ちどれだけ鎧を身体の一部として受け入れられるかにある。自分と一体化しているバイオドレスが道具ではなく、自分の手足の一部分だとどれだけ認識出来るのか。それがバイオドレスの運用に不可欠だった。
「ミツさんはバイオドレスが自分と同じ部品で出来ている事、加えて『彼』は自我が薄いですからね。バイオドレスとの適合率は高くて当然なんですよ」
「花丸さんが高いのはどうしてでしょう?」
「彼はやはり、彼が持つ能力『マッドブリーダー』の影響によるものが大きいですね」
「マッドブリーダー……あれって確か、危険な生き物に対して機能する能力ですよね? バイオドレスにも有効なんですね」
「バイオドレスも生き物ですよ。心が無いだけで。それに花丸さんの戦闘スタイルは、所謂「使役・指揮型」です。自身が戦闘能力を持たない分、彼は周りに合わせる事に優れている。それが、バイオドレスとの同調に関してプラスに機能しているのです」
ジングウはコンソールを操作し、改めて各自のパラメータを確認する。口元に手を当て、何かを思案するようにブツブツと呟いた。
「……二つの内の一つは、花丸さんの専用機にしましょう」
「花丸さんの専用に、ですか? たった二つしか無いのに?」
「同じ人間に使ってもらう事が大事なんですよ、本来は。SWも各種装備も、所詮付属品でしかありません。本当なら全員分のバイオドレスがあったら良かったんですが、それを製造し維持するだけの余裕はありませんので」
「はぁ……」
「それに……花丸さん自身、自分一人で戦う為の力を欲しているようですので好都合です」
「あら?」
ジングウの言葉に、
サヨリは笑みを浮かべる。彼女の反応に、ジングウは首を傾げた。
「どうしました?」
「いえいえ~、何でもないですよ~?」
「……何ですか、その笑顔は。気持ち悪いですねぇ」
――・――・――
「で、花丸ちゃん、それ貰ったんだ」
「はい」
支部施設から街へと戻る道を、アッシュと花丸はバイクの二人乗り(タンデム)で走っていた。
花丸の手の中には、緑色の球体が握られていた。それは体温を持っており、ほんのりと暖かい。
「あれだけ大きなバイオドレスが、こんなに小さくなるなんてね」
「そうですね、びっくりです」
手にした球体を、まじまじと花丸は見つめている。球体はゴムに似た感触をしており、またあちこちにバイオドレスの各部にあった宝石にも、目玉にも見える部位が付いている。
「バイオドレスって確か、培養液に漬けておかないといけないんじゃなかったっけ」
「培養液自体は、組成を維持する為の成分と運用に必要なエネルギーの補給が役割なので、定期的に支部で補給すれば、こうやって持ち歩く事は可能なんだそうです」
「ふーん。でも、何で花丸ちゃんだけなんだろう」
「サヨリさんは、『大切に育ててね』って言ってましたけど……」
「あ、そーゆー意味ね」
「?」
花丸が言った言葉だけで、アッシュは合点がいったらしい。何やら納得したように頷いている。しかし言った本人は気付いていないようで、首を傾げるばかりだった。
「でもいいなぁ、花丸ちゃんそれ貰えて。僕も新しい武器が欲しいにゃ~」
「あ、えっと……もし良かったら、使います? 僕が使うより、アッシュさんが使った方が……」
「冗談だよ、ジョーダン。僕はそいつに嫌われてるし、花丸ちゃんが使ってあげて。第一、君が任されたんだろ?」
「あ……はい」
手にした球体を見つめながら、花丸は嬉しそうに微笑んだ。
内心、彼は自分がバイオドレスを託された事に喜びを感じていた。今まで生物兵器を操って戦う事しか出来ず、自分一人では何も出来なかった。それがようやく、こうして直接戦う為の力を手に入れられたのだ。花丸の心の中には、今まで足手まといでしかなかった自分が、ようやく役に立てるようになる事への歓喜が溢れていた。
「それにしても、今日は虫が多いなぁ……」
「虫?」
その時になって花丸は、確かに羽虫が多い事に気付いた。アッシュが運転するバイクは、何度も蚊柱の中に突っ込んでいる。
「変ですね、まだ春先なのに……」
「今年は結構暖かいからね、そのせいかも――!?」
その時、アッシュがバイクを止めた。突然の出来事だった為、花丸はバイオドレスを落としそうになって慌ててそれを抱き抱える。
「あ、アッシュさん、どうしたんですか、突然……?」
花丸の言葉にアッシュは答えない。ただ前方を、自分の進行方向を見つめている。
そこに、一人の男が立っていた。眼鏡をかけており、頭には緑色のバンダナを巻き付けている。いや、バンダナと言うより、頭全体を覆い包むそれはターバンと言った方が相応しいか。身長はアッシュとそう変わらない位であり、白衣を羽織って両手をそのポケットに突っこんでいる。
そして何より、男は異様だった。男の周囲は黒い群れに覆われている――蟲だ。夥しい数の蟲が、男の周りを埋め尽くしている。しかも、通常の虫とは比べ物にならない程大きい。アリが、オサムシが、バッタが、どれも人間の腕位はある。
「――……お初お目にかかる」
眼鏡を持ち上げながら、男が言う。カサコソと言う蟲の動き回る音の中心にありながら、その声ははっきりと二人の耳にまで届いた。
目の前に現れたムカイと名乗る男に、二人は身構える。行く手を阻む様子と言い、その周囲に蠢く蟲と言い、何よりその身体から放たれる敵意が、この男が二人にとって敵である事を物語っていた。
「何なんですか、貴方。僕達見ての通り、先を急いでいるんですが」
「それは悪かった。何、すぐに済む。手間はかけさせないよ」
言うと、ムカイは一本の横笛を取り出した。銀色に輝いており、何の変哲も無い笛の様に思える。しかし何かを感じ取ったのか、アッシュは咄嗟に袖から投擲用のナイフを出し、ムカイ目掛けて放り投げた。
「――さぁ、行け」
だが、遅かった。アッシュの投げたナイフは、ムカイを庇うかのように跳躍した巨大なバッタに阻まれた。地面に落ちたバッタは小刻みに震えた後、それから動くのを止めた。
「私の二つ名は『森海(ディープ・フォレスト)』。我が領域において、彼らは私の僕となる……」
蟲の大群が、二人に襲い掛かってくる。その禍々しい光景に、思わず花丸は身体が竦む。
「う……」
「花丸ちゃん、今こそバイオドレスの出番だよ!」
「あ、は、はいっ!」
アッシュの言葉で我に返る。花丸は手にしたバイオドレスを、自分の前方に向かって突き出した。
「ウェイクアップ!」
花丸のパスワードを叫ぶと、手にした球体が解れた。花丸の全身を包み込み、その真の姿を現す。一瞬の内に花丸はバイオドレスを纏っていた。その光景を見て、ムカイの眼差しに好奇の色が浮ぶ。
「行くぞ!」
「はい!」
アッシュは「天子麒麟」の力を纏い、花丸はバイオドレスで強化された力を使う。普通の蟲より巨大とは言え、身体能力を強化された二人の敵ではない。アッシュの身体に噛み付こうとしたハサミムシがその拳に叩き潰され、花丸を襲おうとした兵隊アリがその足で蹴り飛ばされバラバラに砕け散る。
「ほう……身に纏う事で能力を強化する、か。なかなか、面白い事を考えますね」
次々と自分の配下である蟲が倒されていると言うのに、ムカイの表情に焦りの色は無い。
それもその筈だ。アッシュと花丸にとって、この程度の相手は敵にならない――だが、物量差は圧倒的だった。倒しても倒しても、潰しても潰しても、次から次へと蟲は現れ、二人に襲い掛かる。
「くそっ、キリが無いよ、これじゃあ!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
戦い慣れしているアッシュはまだ余裕がある。しかし、問題は花丸だ。バイオドレスの運用実験でそれなりに身体を動かすようになっていたが、彼にとってはこれが自力で戦う始めての戦闘だ。体力の配分が分からない彼は、既に息切れを起こしている。
「見た所、『獣帝』は戦い慣れていないようですね」
「はぁ……はぁ……」
「貴方は私と同じ、戦うのではなく使役する戦闘タイプの人間の筈。わざわざ慣れない事をして、一体何をしようって言うのです?」
「く……ッ!」
ぐ、っと花丸は唇を噛んだ。
模擬戦闘の時はやれる、と思っていた。アッシュやドグマシックス、ミツの様な、自分よりも戦闘の得意な人間を相手に戦えていた。だから自分の力は通用するのだと。
だがそれは、あくまでデータ収集の為の実験戦闘、殺し合う命のやり取りでなかったら、の話だ。花丸は思い知らされた。実戦はこんなにも苦しいものであり――模擬戦闘で、自分は手加減されていたのだと言う事に。
「う……」
「花丸ちゃん!?」
ついに、花丸に限界が来た。戦っている最中だったバイオドレスが突然、糸の切れた人形の様に倒れる。倒れたバイオドレスに、容赦無く蟲達が群がっていく。
「くそ……花丸ちゃん!」
アッシュは懐からスタングレネードを取り出し、それに麒麟のオーラを纏わせる。彼が取り出した物を見て、ムカイの表情に初めて焦りの色が浮かんだ。
「それはいけません……!」
耳を劈く爆音と閃光。まともに喰らえば正規の兵士でも戦闘不能になるそれは、アッシュのオーラによる強化で更に凶悪化していた。至近距離にいた人間であれば鼓膜を破壊されて三半規管が完全に狂い、そしてそれが放つ光で視界を完全に破壊する。
「花丸ちゃん!」
倒れた花丸に駆け寄り、その身体から蟲を引きはがす。なまじ人間以上の感覚器官を持つが故に、今のスタングレネードは彼らにとって殺虫剤並の破壊力があったようだった。アッシュが埃を払うように手で払っただけで、蟲は簡単に剥がす事が出来た。
「バイオドレス、パージアウト! アンドスリープッ!」
アッシュのパスワードを受け、バイオドレスが花丸の身体から外れ、元の球体状態に戻る。それを拾い上げ、彼の身体を抱え上げると、アッシュはバイクまで走った。多少乱暴にでも花丸を乗せると、アッシュは急発進する。来た道を戻り、支部施設へと返した。
アッシュは振り返る。追っ手は無い。無事に二人は、戦闘区域から離脱する。
≪失われた工房≫
(かつて、鳳凰の眷属である事を望んだ者達)
(しかし今は、鳳凰に牙を剥く反逆者となった)
(ある男が神に挑む様に、)
(彼らは絶対者へと挑戦する)
(地の底から這いあがり、太陽を手にする為に)
最終更新:2013年05月21日 17:51