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『抗え、少年』

「…………」

 閉鎖区画、生物兵器ハンガー。

 その一角に、カーボナイトコーティングを施されたバイオレンスドラゴンがあった。

 それを、花丸は見上げている。その表情は複雑だ。憎み、憎悪し、睨んでいるようにも見えるが、一方で悼み、愛しみ、今にも泣き出しそうにも見える。

 バイオレンスドラゴンの暴走から数日。花丸はこれに近付いていなかった。

 彼の心中を想像すれば無理も無い話だ。彼はこれに取り込まれ、そして彼の意思に関係無く、アッシュやマキナジングウを傷付けた。それだけではなく、自分の大切な家族であるコハナの命も奪われた。花丸にとってこれは、憎悪すべき仇とも言える存在だ。

 だが一方で――彼は望んでいた。心のどこかで、バイオレンスドラゴンに取り込まれて尚も、コハナが生きているのではないか。ここへ来れば、もう一度彼女に会えるのではないか、と。都合のいい願望だがしかし、彼は本気でそうあってほしいと望んでいた。

 逃げるように鍛錬する日々を続けてきた。しかし、花丸自身、このままではいけないと思っていた。だからこうして、心の整理をつけ、ドラゴンの前に立った訳だが、

「……そんな、都合のいい事は起きないよね」

 はぁ、っとため息をつく。それは落胆したようでもあり、一方で安心したようでもあった。

「ひょっとしたら、バイオレンスドラゴンに取り込まれた相棒が、何かしらのコンタクトをしてくれるかもしれない――」
「!?」
「――そんな事を考えていた、と言ったところでしょうか。花丸さん」
「ジングウ、さん……」

 学生が着る制服の様な黒い服。その上から白衣を羽織るようにして、ジングウが立っていた。

 見た目は十四歳の少年なのに、小柄とは言え高校一年生の自分より、ずっと大きく花丸には映って見えた。そう錯覚させるだけのオーラが、彼にはあった。

「いえ、もっと貴方の望みは欲が深いですね。『ここに来れば、バイオレンスドラゴンに取り込まれたコハナが何故かいて、貴方と再会を待っている』……そちらの方がより貴方の願いに近い。違いますか、花丸さん?」
「……はい」

 俯き加減で、こくりと花丸は頷いた。それから、氷漬けになったバイオレンスドラゴンを見上げる。

「こうしてバイオレンスドラゴンを見に来れるようになって、心の整理がついたつもりでしたが……やっぱり、駄目でした。僕は今でも、コハナがいなくなった事を受け入れられないでいます。時々無性に泣きたくなる時も……あります……」

 言ってる傍から、花丸の肩が震えだした。どうにか堪えているが、それもやせ我慢だろう。

「僕は……弱いです……ジングウさんやアッシュさんみたいに、なれない……どんなに頑張って強くなろうとしても、僕は弱いままなんです……」
「そうですね、貴方は弱い」

 ばっさりと、切り捨てるようにジングウは言った。ここに第三者がいたとすれば、間違いなく突っ込みが飛び込んできそうな位、それ程に一刀両断だった。

「この世の人種は二つに分けられる。『持っている者』、『持っていない者』。この世に敷かれた、どうしようも無いルール。我々が忌むべき、神のルール。誰に対しても平等ではないと言う平等です。貴方は力を『持っていない』側の人間だ」
「……はい、そうです。僕は弱くて、情けなくて……自分の家族すら守れない……」
「――だが、だからこそ見える景色がある。いや、貴方でなければ見えない景色がある」
「……?」
「世界は二分されています。どうしようもなく、二つに分けられている。故に、中間は無い。我々が見る景色は二つの内の一つであり、もう一つは見る事が出来ない。絶対に、揺るぎ無く。『持っている者』は、『持っていない者』の景色は分からない。逆もまた然り」
「……ジングウさん、何を、言いたいのですか……?」
「言ったでしょう、貴方だからこそ見える境地があると。貴方は今マイナスだ。仲間を失い、誇りも砕かれた。どん底まで落ちた。だが、まだ果てではない。十分這い上がれる高さだ」
「……僕に、まだ頑張れって言うんですか、貴方は……?」
「……悔しくないのか、このまま神の思う壺で」
「…………」
「貴方は今、神の掌で揉まれている状態だ、玩ばれている状態だ――誰もが通る道だ。『何故、自分ばかりが』」
「…………」
「ここが境界だ、花丸。神に屈して敗北するか、神に抗って奴に敗北の味を教えてやるか」

 真っ直ぐにジングウは花丸を見つめている。その眼力に圧倒されるが、これも錯覚だろう。客観視すれば、ジングウ自身はこの時花丸に威圧や強要の姿勢を見せていた訳では無い。

 それは花丸の主観が見せる錯覚だ。彼の良識、即ち「こうあるべき」と言う理想は、このまま終わって良いとは思っていない。ここで終わっては本当にただの泣き寝入りだ。奪うだけ奪われた、搾取された者の末路だ。「このままで良い訳では無い」、そんな内なる叫びが、花丸にそう思わせていた。

 だが、

「……ジングウさん、すみません」
「…………」
「僕はもう……戦いたくありません。これ以上戦って、友達を失うのは嫌です……」

 言って、花丸は頭を下げる。

 無理も無い。無々世との戦いでデルバイ・ツァロストを破壊され、フェンリルに重傷を負わせてしまった。自分の力で戦う力を欲してバイオドレスを纏ったが、ムカイ・コクジュに敗れた。そして今回、一番身近な存在であるコハナさえも彼は失ってしまった。自分が何かをしようとすれば、すべてが悪い方向へ流れていく。花丸の目には、そう映ってしまったのではないか。

 仲間を失い、誇りを砕かれた。今の花丸にはもう、戦う為の力は残っていない。誰が見ても、そう思ったのではないか。

「――コハナに、もう一度会いたくはありませんか?」
「え――」

 そんな弱った心だからこそ、悪魔は容易に滑り込む。弱った心だからこそ、その甘言を聞かずにはいられなかった。

「どう言う事、ですか?」
「バイオレンスドラゴンの性能は既に知っていると思います。あれは装着者を吸収して取り込んでしまうモノだ。しかし花丸さん、貴方は帰って来た。五体を喪う事無く、こうして無事に、です。それが何故か、貴方には分かりますか?」
「……コハナが身代わりになったから、ですか?」
「ええ。信じられませんが、彼女は自分の身を犠牲にして貴方を守ったと言う訳ですね……ですが、それだけでは辻褄が合わない」
「……?」
「対価が合わない、と言う事ですよ。当然でしょう、人間とアオダイショウですよ? 単純な質量からしてまず違う。コハナ一匹では貴方の対価に釣り合わないのです。ですが、貴方の五体はしっかり揃っている」
「…………」
「私が思うに……貴方はコハナに助けられたのではないでしょうか。つまり、バイオレンスドラゴンに取り込まれ、一体化したコハナが、その機能に干渉して貴方が吸収されるのを防いだ、と」
「っ――!?」

 思わず花丸は、バイオレンスドラゴンの方を振り返った。その表情は驚愕と期待に彩られている。

「ドラゴンに取り込まれたコハナが、まだ生きているかもしれないって事ですか……!?」
「その可能性がある、と言う話ですがね、あくまで」

 「さぁ、どうする?」とジングウは言う。

「生憎と私は魔法使いではないので、貴方の望むモノは与えられない。私が貴方にあげられるのはチャンスだけだ」

 今度は違う。言外に告げるジングウの言葉は「もう一度戦え」と言う意志だ。天秤が絶望で満たされているなら、それと釣り合うだけの希望を渡してやる。これで二つは水平だ。さぁ、もう一度抗って見せろ。言葉は無くとも、ジングウはそう言っている。

「僕は……どうすればいいんですか? どうすれば、もう一度コハナに会えるんですか……!?」

 花丸の言葉に、ジングウは満足そうに笑った。

「分かりました。貴方の覚悟を見せて貰いましょう、花丸さん」



 『抗え、少年』



(その姿は、言葉巧みに人を騙す悪魔のそれに似ている)

(しかし、人はそれ故に気付かないのだ)

(手段はどうあれ、悪魔は人の力になろうとする存在だ)

(神よりずっと、彼らは人間の傍に寄り添ってくれている)

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最終更新:2013年06月09日 12:17