キリの消滅から、どれくらいだろうか。
百物語組はここ最近激動の時間を送っている。
現在彼らが進めているのは、キリを「101話」として呼び返そう、というプランなのだが、未だ実行の段階にはなかった。彼らはその名の通り、「主」たる春美のもとに100柱の妖怪変化達が集って構成されている。現在まだ姿を見せていない面子に、先だっていなくなったキリを加えた100人。此処に「101話」を加えると、元々キリのいた話が欠番となり、話の合計が一つ増える。そうなった時、彼らに何が起きるのか、起きないのか。そこからして不明瞭なままである。
「…………」
だが、彼女こと、百物語組第七十三話・
ミサキを苛立たせているのは、そのコトではない。そもそもの発端であるキリの死、その場に
クランケ・ヘルパーが居合わせていたコトだ。
(どうして……!)
元
怪盗一家の一人であり、今は
天河探偵事務所に属する、彼。その凄まじいまでの医術の腕から、『妖怪主治医』『第二の主』との二つ名を送られるほどの、腕利きの医者。その彼をして、なぜキリが救えなかったのか。
ミサキは、彼がキリを見捨てたのだと思っていた。いくらかの時間を経、幹久朗から推測を聞かされた今でも、その疑念は胸に強く渦巻いている。これが他のメンバーであったなら、多少は頭が冷えていたのかも知れない。しかし、ことミサキという女性に関しては、それは必ずしも当てはまらない。
(やっぱり、医者なんてみんな同じよ)
彼女の妖怪としての名は「口裂け女」である。キリや
タマモ、
トーコやヒキコなどと同じく、元々現世に存在していた人物が死んだ後、春美に「語られる」コトで妖怪となった存在だ。そして、ミサキの疑念と苛立ちの理由は、彼女の過去にある。
事故で致命傷を負った彼女を、担当した医師は「助からない」と見捨てたのだ。しかもこの時、ミサキは己が異能である視界を乗っ取る能力、「パラサイトシーイング」によってその医師の視点から死に逝く己を見てしまった。これがために、ミサキは「医者」という存在に対して強い忌避感と不信を抱いている。
クランケと共に日々を過ごす中で、少なくとも彼に関してはそのような色眼鏡をかけずに済むようになって来ていた。が、その矢先に今回の事件が起きたコトで、それが一気に反転、根深い不信となって張り付いてしまったのである。
(彼は違う? 何も違わない……あの時の、あの医者と同じよ。助からないからって見捨てるなんて)
それに気を取られて、ここ最近頭がさっぱり回らない。
気が付くと、寺院の端まで歩いて来ていた。中では
カイムや
ゴクオー達が、キリを呼び戻す具体的な方法について議論している頃だろう。
「………」
本来なら、自分もそこにいなければならない。だが、あそこにクランケが、千郷がいる以上、その気にはなれなかった。そんな場合ではないと頭ではわかっているからこそ、余計に。
(どうせまた、見捨てるんでしょう……?)
そんなコトを思って踵を返しかけた、その背に、
「荒れてますね、ミサキさん」
「え?」
ここ最近聞いていない声が、かけられた。振り向くと、誰もいない。が、今度は前から声が。
「私です」
「……トーコちゃんね。何の用事?」
どんなに探しても姿の見えない、百物語組第六話「後ろの正面の誰か」トーコ。
妖怪としては「神隠し」の部類に入る彼女は、自分から姿を現さない限り、絶対にその姿を見つけるコトが出来ないという特性を持っている。無論それはミサキも知るトコロであるため、それ以上探すのはやめ、ただ耳を傾ける。
「クランケさんのコトです」
「! ……その話なら、聞きたくないわ」
にべもなく言い捨てて去ろうとするが、
「あぅっ!?」
突然足を引っかけられて転んだ。一瞬草履をはいた小さな足が見えた辺り、トーコが一瞬で前に回り込んできたのだろう。
「っ、何するのよ」
起き上がる彼女に、トーコは相変わらず姿を見せないまま言う。
「聞いてもらわないと困ります。ガラクさんが凄く心配してましたし」
「……ガラク、が?」
百物語組第七話「がしゃどくろ」ガラク。身長1kmと途方もないデカさを誇るだけに、身じろぎするだけでもちょっとした地震が起きるという組の異端児だ。当然、春美や一緒に暮らしているヒキコ以外との付き合いはあまりないが、散歩好きのトーコなどは時々顔を見せに寄っている。
その彼にも、当然今回のキリ消滅に関する一件は伝わっている。
「コロさんに教えてもらったみたい。キリさんがいなくなった、その時のコト」
「…………」
「キリさんは、最後にクランケさんに『後は頼む』、って言ったそうです」
「だから、それが何なの? 助からないからって見捨てた言い訳になるっていうの?」
「そこから離れてください。それはミサキさんの思い込みじゃないですか?」
容赦のない指摘に、ミサキは頭に血が昇るのを感じた。が、それを言葉に変える前に思わぬ方向から先手を打たれた。
「うん。ミサキさん以外は、誰もクランケさんがキリさんを見捨てたなんて思ってないよ」
横合いから声。視線を向けると、立っていたのは縦ロールの金髪が印象的な、幼げな少女。
「
カトレア? あなたまで……」
「どうして、クランケさんが見捨てたって思うの?」
真摯な問いかけに、「そんなの……」と言い返そうとしたミサキは、それが出来ないコトに気付いて愕然となった。
「……!?」
時間を経た今でも、どうせ助からないと見捨てた、との疑念は消えていない。だが、それを支える根拠が薄弱に過ぎた。ミサキ当人にとっては、拭いがたいトラウマがダブる重すぎる事実。だが、それ以外の面子から見ればどうだ?
カトレアにあらためて問われて、ミサキは初めて自分の疑念に対して、疑念を持った。
それは、本当に真実なのか? 誰が真実だと告げたのか?
「……………」
だが、それでも。
「……無理よ。私は、医者を信用できない」
「ミサキさん……」
「目の前に救える命があって、それを見過ごすような医者なんて、私には……」
それだけ言うと、ミサキは足早にその場を立ち去ってしまった。
「……駄目、か。ごめんね、カトレア」
「ううん……でも、どうしよう。このままってワケには絶対いかないし……」
ミサキが去った後、トーコとカトレアは顔を突き合わせて嘆息していた。ミサキの抱く疑念は、想像以上に根が深いようだ。
万が一の可能性がある限り、彼女は医者を、クランケを信用しないだろう。だが、それでは困るのだ。
キリを呼び戻すためには、後事を託されたクランケと、春美を含む百物語組全員の協力が不可欠。その中に意見や信頼の齟齬があっては、作戦を成功させるどころか逆効果になりかねない。
何より、この作戦はキリを呼び戻して終わるワケではない。一連の事態のそもそもの原因である、
シン・シーがまだ健在なのである。彼ら兄妹をどうにかしない限り、また同じようなコトが何度でも起きる可能性はある。それを対処するためにも、全員の連携は必須なのだ。百物語組だけではない、探偵事務所やアースセイバー、
その他協力者たちとの。
そのためにも、ミサキの疑心暗鬼をどうにかしなければならないワケだが。
「……一筋縄では行きそうにないわね」
「ともかく、一度
幹久朗さんとカイムさんに話をしておくね」
「私はガラクさんのところに行くわ。もしかしたらコロさんが出て来てるかも知れないから」
それじゃ後でね、と言い交し、二人はそれぞれにその場を去った。
――――が。
「ここですか、アナタが以前来たというのは」
「ああ。そんなに前のコトじゃないケド……なんか、3年くらい前のような気がするね」
「気のせいでしょう。それより、いいのですか? これはワタシの独断なのですが」
「気にするコトはないサ、君もまた『
運命の歪み』なのだから」
好転しない事態は、さらに深い最悪を呼ぶ。
「それはどうも。……では、行きますかね」
「いいだろう。なかなか『壊し』甲斐のありそうなチームだしね、彼らは」
「同感です。常時の結束は固いですが、今ならば……」
解けない糸、そして招かれざるモノ
最終更新:2013年06月25日 00:09