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置き忘れた願い事

 ―――現は普段、いかせのごれ警察署で働いた後は与えられた仮住まいのアパートの一室へと帰り、そのままパソコンから定期報告を行なっている。
その為、ホウオウグループの施設へと訪れることはあまりないのだが、今日はクロウへの私用の為、足を運ばせていた。
私用といえど、定期報告に合わせた世間話とちょっとした問答ぐらいであったので、用事もすぐに終えてしまった。
あともう1つ用事をこなそうと、施設内の廊下を歩いていた時であった。

「ひつじのおねえちゃん。」
「?…コオリさんですか、お久しぶりですね。」

 白のボブカットに白鳥のぬいぐるみを携えている少女、コオリとウツツは遭遇した。
コオリとは以前から面識があり、数少ない施設訪問でも彼女の元には必ず顔を出すようにしている。
というのも、この白い少女が現の所持している「ドリー」を好んでおり、初めに彼女に手渡した際にもとても気に入った様子だった為、


『譲ることは出来ませんが、ここにいる間だけでしたらお貸ししますよ。』
『ひつじさん、さわっていいの?』
『私がいる間だけ、でよろしければ。』


 と、現がコオリへ約束をしたからであった。
以来、施設へ来る度にコオリの元へ行っては「ドリー」を渡し、そのもふもふな感触を楽しんで貰っている。
今日は姿が見えないので出かけているのかと思っていたが、隣には同じように白い少女が並んでおり、二人で遊んでいたのかと現は予想した。

「コオリさん、そちらの方は?」
「こんぺいとうのおねえちゃん。」
「…初めまして、ですかね?”金平糖のお姉さん”。」

 現はしゃがんで、少女と目線を合わせた。
蜂蜜飴の眼がぼんやりと現を見据え、時折、絹のような白い髪がふわりと揺れる。
腰に付けているポーチは不自然に膨らんでおり、ペンを思わせるような細長い形が少しだけ浮き出ている。

「私はウツツといいます、貴女は?」
「アオは、アオギリ。」
「アオギリさん、ですね。コオリさんと何していらっしゃったんですか?」
「こんぺいとうのおねえちゃんと、たなばたしてたの。」
「七夕?」

 コオリが頷けば、アオギリはポーチのジッパーを開き、中から長方形の紙とペンを取り出す。
赤、青、黄、緑…紙もペンも色とりどりで、その中からアオギリに選ばれた水色の紙と群青色のペンが、現に手渡される。

「ウツツも、お願いごと書いて。」
「たなばたさまをつくるの。」
「たくさんの人に書いて貰うの。」
「それは素敵ですね。」

 現は立ち上がると、ポケットに入れている自前の手帳を取り出し、それを下敷き代わりにして願い事を書こうとする。
その時、あ、とアオギリが声をあげる。

「ウツツ、ホウオウさまのこと書いちゃだめよ。」
「おや、どうしてですか?」
「トキコがもう書いちゃった。」
「ひつじのおねえちゃんの、おねがいごとかいて。」
「…。…私自身の、ですか。」

 現は表情には出なかったが、頭を悩ませた。
「ホウオウグループの安泰」や「ホウオウ様の成就」など他人の願いを願い事であればいくらでも書けるが、自分自身の願いなんて考えたこともなかったからだ。
そもそも、現自身の願い事は実はもう既に叶っており、願う事など何もない。…いや、叶ってはいるが、半分、叶ってはいない。
しかしそれはこの場に書くには相応しくなく、特にこの幼い二人の子供の前では見せられるような願いではない。

(何か、もっと別な願いはないものか。)

 彼女たちの望む、七夕に相応しいお願い事。もっと夢に満ち溢れていて、きらきらと輝いているような。
それこそ、叶えようと思って叶えられなかった願い事___

「……あ…」

 現は目を見開くと、そのままペンの蓋を開けて紙にインクを滑らせた。
きゅ、きゅ、と音を立ててあっという間に書いてしまうと、再びペンの蓋を閉め、紙と共にアオギリへと返した。

「これでよろしいでしょうか?」
「「………」」

 白い二人は願い事を見て、お互いの顔を見合わせた後、現を見上げてこう告げた。

「ひつじのおねえちゃん、だめよ。」
「駄目ですか?」
「じんせいのはかばなのよ、死んじゃうの。」
「死んじゃうんですか?」
「おんなのこのきぼうだけど、おとこのこはぜつぼうなの。」
「ウツツはいいことだけど、ウツツとけっこんするひとはわるいことになるの。」
「まぁ、そうなりますね。」
「だから、『結婚がしたい』って書いちゃだめ。」

 どこで得た知識なんだ、と現は心の中でぼやいた。
確かに人によっては、人生のゴールイン、だとか、人生の墓場、だとか、良い話悪い話はよく聞く。
だが、

「アオギリさん、コオリさん、確かに結婚は人によっては人生の墓場ですし、ぶっちゃけると私も結婚はしたくないです。」
「したくないのに、願いごとに書いたの?なんで?」
「―――…分からない、です。」

 アオギリは首を傾げ、コオリも不思議そうに現を見たが、彼女もどこか表情も曇っている。
現は自分の抱えているその想いを、ひとつ、ひとつ、とぽつりと紡いでいく。

「私には、記憶がありません。」
「きおくがないの?」
「…アオも、記憶が無い。」
「アオギリさんも、記憶が無いんですね。…アオギリさんは、金平糖が好きですか?」
「好きよ。なんで分かるの?」
「コオリさんが金平糖、と付けて貴女を呼んでいましたので。…では、どうして好きなのですか?」
「……分からないけど、たいせつなの。」
「アオギリさんのその大切な金平糖が、私にとって願い事に書いた"結婚"と同じなんだと思います。」
「同じ?…じゃあ、ウツツは、結婚が大切なの?」
「大切、だった、と…思います。」
「いまは?」

 コオリのその問いに、現は口をつぐんだ。
アオギリ達に教えた通り、現には記憶が無い。だからこそ、何故自分がこんなに『結婚』というキーワードに思い入れがあるのか分からなかった。
『結婚』と聞けば、どこか懐かしく心が踊るような期待と吐き気を催すほどの気持ち悪さが同時に沸き起こる。願っている筈なのに拒んでいるとは、とても奇妙な感覚だと現は思う。
それこそ、自分じゃない誰かの意志がそこに存在しているような気がして。

「……ひつじのおねえちゃん?」
「!」
「ぽんぽん痛いの?とてもかおいろが悪いわ。」

 いつの間にか二人は自分の顔を心配そうに見つめている。心なしか、自分の額にも変な汗が浮かんでいる気がする。
…これ以上このワードには触れないようにしよう、と現は決めると、アオギリから短冊を取り上げ、願い事に線を引いた。
そして、新しく願い事を書いた後、それを彼女に渡したのであった。

「ねがいごとかえちゃったの?」
「いいの?」
「いいんです、やはりこちらがいいです。」
「大切なのに、いいの?」

 アオギリがそう問えば、現はしばらく黙った後、やはり「いいんです。」と答えてしまったのであった。










置き忘れた願い事





(白い少女の問いに、ちくり、と胸が傷んだのは)

(きっと気のせいだろう)

(気のせい、なんだ)

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最終更新:2013年07月03日 16:11