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≪星に願いを≫

「願い事、ですか?」

 閉鎖区画に押しかけて来た二人の小さな訪問者に、ジングウは首を傾げていた。

「……お二人とも、何かあります?」
「え、聞かれたのジングウさんじゃないですか」

 スルーパスにしてキラーパス。飛んで来た質問を、さらりと第三者へと受け流した。

「どうせ貴方達も聞かれるんだから、別にいいじゃないですか」
「そりゃそうですけど……お願い事、ですか?」

 口元に人差し指を当て、「うーむ」とサヨリは悩む。それを真似するように、隣にいたレリックも同じポーズを取っている。

「レリック、貴方は考えなくても、願い事は決まってるでしょう」
「りー、おいしいもの、おなかいっぱいたべたい!」
「り、りーちゃん……」

 レリックの返事に、サヨリは苦い表情を浮かべる。しかしジングウは、そのシンプルさが気に入ったようだった。

「おいしいもの?」
「アオも食べたい」
「良いじゃあ、ありませんか。実に無垢で分かりやすい。食欲は人間の三大欲求の一つですからね。純粋にして余分が無い、ある意味清らかな願いだ」
「えへへ~」
「いや、りーちゃん、ジングウさんに褒められても、何にも嬉しくないからね?」
「そう言うサヨリさんは?」
「……私は、擬人兵ですから。グループの所有物である以上、そう言う願いを抱く事は許されていません」
「そう言う思考停止が、私は一番大嫌いなんですよ。千年王国主任として命じます。貴方の願いを、欲望を言いなさい」

 言っている事はキツイものの、ジングウの口元には笑みが浮かんでいる。擬人兵を口実に、自分の願いを隠そうとしているサヨリの心理を見抜いているのだ。それが彼女も気付いているのか、「うぅ……」と弱気な声を上げている。

「……私は、今が続けば良いと思っています」
「今が続く?」
「どう言う意味?」

 アオギリコオリが首を傾げた。

「私は、今のままで十分です。今の生活で、これ以上を望みません。ですから、このままが続けば良いと……私は思っています」

 そう言って、サヨリは上目使いに、まるで探るようにジングウの方を見つめた。それの様子はどことなく、悪戯が見つかって叱られるのを恐れている子供の様に見えた。

 彼女の願いは、常に前進せよと言うジングウのポリシーとは全く別のモノだ。足る事を知る、これで十分だ。それは仏教においては「知足」と呼ばれる善行であり、現状で満足する事で煩悩を起こさない生き方だ。だが言い換えれば、「これで十分だ」と妥協している生き方とも言える。それは常に高みを目指し、欲望を絶やさんとするジングウが唾棄し、忌むべきものだ。それを言ったのだから、何かしらジングウに言われても仕方が無いだろう。

「ふむ、悪くは無いですね」
「……え?」

 しかし意外にも、ジングウはその言葉を評価した。予想と違う結果に、サヨリは思わずきょとんとしてしまう。

「あの……ジングウさん?」
「どうしました?」
「えっと……怒らない、んですか?」
「……何故に貴女を叱らないといけないんですか。それとも、貴方は叱られて感じるマゾなんですか?」
「いいえ! そんな訳無いです! 私は至ってノーマルです!」

 思わず素で返すサヨリ。そんな彼女の言葉に、「まぞってなぁに?」、「のーまるってなぁに?」と即座に反応するアオギリとコオリであるが、「貴方達はまだ知らなくて良い言葉です」と即座にジングウがシャットアウトする。

「……貴女はどうやら、私と言う生き物を勘違いしているようですね。私は何も、ただ傲慢なだけの男ではないんですよ。ちゃんと分を弁えています」
(普段の行動から、一体どうしてそんな言葉が……)
「過ぎたる欲は身を滅ぼす。よく言うでしょう? 欲はあっても良いですが、身に余る欲望は己自身を滅ぼす。収入の低い者が金持ちと同じ生活を望んだところで身を滅ぼすのは自明の理。実力が伴わない芸術家が、いくら己を飾りたてたところでそれはただの道化だ。「足るを知る」、転じて「己を知る」。身の程を弁える事、それは間違いではありません、決して」
「…………」

 ジングウの言葉に、サヨリは合点がいった。普段の物言いやら態度やらで錯覚しがちなのだが、言われてみればこの男、その姿勢自体はその実謙虚なのである。自分の経験から身に付いた知識や人生観などは自信満々に語るのだが、それ以外に関しては「分からない」と必ず言う。それは実際、彼が経験していない事であるからなのだろう。「いくら知識で知っていても、経験が伴わない知識など本物ではない」と言うジングウの言葉が聞こえて来るかのようだ。

「ミレニアムのおにいちゃんは何が欲しいの?」
「欲しいのー?」
「私ですか?」

 横道に逸れたが、最初の質問者へと戻って来た。これに関してはサヨリも興味がある。打倒神、闘争が日常の世界を造り上げる、とか言っているジングウであるが、実際のところ、彼が望んでいるものとは一体なんだろうか。

「何も」
「え?」
「何も、私は望みません」
「…………」
「だって、願い事は自分の力で叶えるものでしょう?」
「…………」

 いや、そういうのいらねぇから。そんな空気が場を支配する。アオギリとコオリはきょとんとしており、サヨリとレリックは白い眼でジングウを見つめている。その視線には、言外に「空気読め」と言う強烈な圧力が存在していた。

「何ですか二人とも、その目は。ちょっと怖いですよ」
「いやジングウさん……人に言わせておいて、それは無いと思います」
「ぐー、恰好悪い」
「何でですか、全く……別に、嘘は言っていないじゃありませんか……」
「ふふふ……諦めて口を割ったらどうかしら?」
「あ」
「猫さんだ」

 現れたのは人語を喋る化け猫ことフレイだった。支部施設にはあまり姿を現さない為、こうしてここで姿を見かけるのは珍しい。

「何ですか、フレイ。盗み見ですか」
「盗み見とは人聞きが悪いわね。出のタイミングを待っていたのよ。しかし七夕か、この国の良い文化よね。星に願いを。なかなかロマンチックで良いじゃない」
「どの口で言うんだ、このBBAは」
「はいはい。御年六十歳の老猫ですよ、あたしゃ……で、どうなの? 言わないなら、私の口から言っちゃうけど」
「それはごめんです。他人に言われる位なら、自分で言いますよ」

 そう言うジングウの顔は、苦虫を潰したような表情だった。そんな彼の様子に「まぁ、そうよね」とくすくすとフレイは笑う。こんなジングウを見るのも珍しい、とサヨリは思った。

「私の願いは……まぁ、『楽しく生きていたい』、ですかね」
「あら? 『万人が』が抜けてるわよ?」
「……フレイさん?」

 じろ、とジングウがジト目で睨む。「おほほほ、怖い怖い」とその視線から逃げるように、フレイは去っていく。

「待ちなさい、私に言わせておいて、貴女は言わずに逃げるつもりですか」
「どの口が言うんですか……」

 自分の事は棚に上げ、ジングウはフレイを呼び止める。周りからは呆れられているが、そんな事気にしてはいない。

「私? 私は今も昔も同じよ。『人外が自分らしく生きられる世界でありますように』、よ」
「……そうですね、そうでしたね。それが貴方の行動原理だった。今も、昔も」
「そう言う事で~」

 ――・――・――

「あ、虎のおじさん」
「珍しい」

 願い事を探していた二人は、フレイに続いてここでは珍しい人物を見つけた。

「ん? なんか小っこいのがいると思ったら、お前らか」

 現在、ロクブツ学園に教師として潜入しているロイドだった。休憩中だったのか、その手にはコーヒーの缶が握られている。すぐ近くには、同じ様にジュースの缶を持ったミツもいた。

「アオギリさんに、コオリさん」
「ミツもいる」
「この人達にも聞いてみよう」
「そうしよう」
「あん? 何か用か?」

 ロイドはしゃがみ込んで視線を二人に合わせて来た。と言っても、体躯が大きいせいでむしろ威圧感は増したような気がする。しかし二人は、それに全く気圧されている様子は無かった。

「たなばたー」
「ん?」
「たなばたのお願い事聞いてるのー」
「たなばた? ……あぁ、そう言えばクラスの連中が騒いでたな。もうじきたなばたがどうだとか」
「虎のお兄さん、お願い事ある?」
「ん? ……あぁ、ちょっと待ってろ」

 アオギリが差し出した短冊を見て数秒考え込むと、ロイドはそれを受け取って願い事を書き込む。それには「自分の記憶を取り戻す」と書かれていた。

「記憶? 虎のお兄さん、きおくそうしつなの?」
「あぁ、そうだ。ずっと、落し物を探しているんだよ」
「見つかるといいね」
「そうだな」

 ミツの方を見ると、そちらにもコオリが短冊を渡していた。少女の様な細い指でそれを受け取ると、ミツはさほど考える事無く書き込む。短冊には「千年王国の皆さんが幸せでありますように」と書かれている。

「はい、どうぞ」
「ありがとう」
「ほぅ、千年王国の皆さんが、ねぇ……ホウオウグループ全体じゃねぇのか?」
「多分、ミツのお願いではこれが精いっぱいな気がするので」
「叶う前提か。おめでたい奴だ」

 だが、ミツは人造とは言え天使だ。天使の願い事なのだから、それは確かに叶ってしまう事なのかもしれない。

「ありがとうございましたー」
「したー」
「あぁ。願い事集め、がんばれよ」

 元気に走っていく二人の後ろ姿を見送りながら、ロイドが軽く手を振る。

 そんな彼に向かって、ミツが一言。

「……子供は嫌いだったんじゃ?」
「あん?」

 『人面虎(マンティコア)』に思いっきり睨まれましたとさ。

 ――・――・――

「……またこの子達か」

 アオギリとコオリを前にして、シスイがため息をつく。

「お願い事聞いてるのー」
「ここいっぱい人がいるから、いっぱい聞けるのー」
「お願い事、かぁ……」

 受け取った短冊を手に、シスイは額に皺を寄せている。元々無欲な人柄は、こう言う時かえって困るものである。

「世界平和……なんか違うな。そもそも俺が抱くものじゃないし……悪即斬? 待て待て、どこの新撰組だ、俺は……」
「あっれぇ? アオギリちゃんにコオリちゃんじゃない」
「げ」

 シスイが思いっきり嫌そうな顔をして振り返る。振り返った先には、彼そっくりな顔で人懐っこそうな笑みを浮かべる少年がいた。

「アッシュだ」
「アッシュだー」
「やっほー」
「……アッシュ、お前の知り合いっつー事は……」
「おっと。そいつは言わない約束だぜ、兄さん?」

 唇に人差し指を当て、にやりと笑うアッシュ。シスイは眉を顰めたが、それ以上何かを言う事は無かった。ここで何かを論じたところで、意味は無いと悟ったのだろう。

「まぁ、安心しなよ。確かに彼女らはグループの一員だけど、そこまで危険な事に関わっている訳じゃない。グループで身柄を預かっているようなものだからね」
「それの一体何を安心しろって言うんだ?」
「アースセイバーだって、似たようなもんだろ?」
「…………」
「それはさておき、と……コオリちゃん、僕にも短冊貰える?」

 アッシュはしゃがみ込み、コオリに向かってを手を差し出す。すぐにコオリが短冊を彼に手渡した。

「一体何を書くつもりだ?」
「『この世の女達よ、みんな裸エプロンになって僕の前で傅け』」
「…………おい」
「はいはい、嘘です、冗談ですー」
「アッシュ、はだかえぷろんって何?」
「何?」
「君達は知らなくて良い!」

 デジャヴを感じさせる程のカット。言外に「余計な事を言うな」と聞こえて来るかのようだ。

「『トキコちゃんが僕に振り向いてくれますように』、っと」
「……あのさ、お前。度々トキコの奴にちょっかい出してるけど、それガチなのか?」
「ガチだよ。ってか、今まで誰か一人好きになった事無い兄さんに、人の恋愛についてあれこれ言われたくないね」
「う……」

 痛い所を突かれたらしい。シスイが唸った。

「あ、都兄弟はっけーん!」
「ん?」
「おや?」

 聞き覚えのある声を聞いて、二人は振り返った。こちらに駆けてくる亜麻色の髪の少女が見えた。

コロネか。うっす」
「うっす! 二人で何やってんのー?」
「残念、二人じゃなくて四人だよ」
「あ、この前学校に来てた女の子だ! 新しい子までいる~!!」

 「わっはー」と笑顔を浮かべながら、コロネはアオギリとコオリを撫で回している。そう言えばこいつ、ゲーセンにある可愛いぬいぐるみやキーホルダーが好きだったっけ、などとシスイは考えていた。例えそうでなくても、可愛いものは皆大好物であろう。

「へー、色んな人のお願い事聞いて回ってるんだー」
「お姉ちゃんもお願い事ある?」
「あるあるー! 書くから短冊頂戴?」
「はーい」
「兄さん、書く事決まったかい?」
「ああ。まぁな」

 ペラ、とシスイは自分の書いた短冊をアッシュに見せる。『みんなが仲良く暮らせる世界でありますように』、と書かれている。

「ふぅん……優柔不断な兄さんらしいお願い事だね」
「選別マニアの千年王国に言われたくないわ」
「うぐ」

 今度は、アッシュが唸る番なのだった。



 ≪星に願いを≫



「で、コロネちゃんはどんなお願い事にしたの?」

「『変な人がいっぱい増えますように!』」

「いや……」

「それは……」

「変な人?」

「変な人いっぱい増えたら大変よ……?」

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最終更新:2013年07月06日 19:23