「曰く、親より先に子が死ぬと、その子は親が来るまで賽の河原で石を積み上げ続けなければいけないと言う」
手にした「ソレ」を見つめながら、
ジングウは呟いた。
「貴方にとっての親が設計者である私なのか、それとも貴方の身体を造った「彼ら」かは分かりませんが――どっちにしろお前も私を置いて先へ逝ってしまうんだな」
ジングウは恨み言を呟く。手にした小さなビンの中に浮かぶ、ミツの首に向かって。その様子は、彼にしては珍しく、どことなく寂しげであるように見えた。
生物兵器の維持にも使われる培養液の中で、その首は未だ生々しくそこに存在している。もっとも閉じられた眼が、二度と開く事は無いのだが。
ジングウは常々言っている。自分は魔法使いではないと。彼にも限界はある。失われた命を「完全に」蘇らせる事は出来ない。
否、それはおかしいと彼を知る者は思うだろう。彼は自分自身のクローンを創造し、それによって、死んでも再び蘇ると言う行いをやってのけたのだから。ならば、首が残っているミツを再び生き返らせる事など、造作も無いのではないだろうか。
だが――やはり不可能なのだ。ここにある首は空っぽだ。もうここに、ミツの魂は残っていない。あるのは「彼」の人格を出力する為の脳髄だけだ。ハードはある。しかし、ハードだけなのだ。それを動かす為のソフトが無い。身体を治しても、その中に入る筈の中身が、もうここには存在していないのだ。
ジングウ程の腕があれば、それらしい人格をでっちあげる事も出来るだろう。だが、そうして創り出された魂は、果たして以前のミツと同一人物であると、言えるのだろうか。
故に、生と死の法則を捻じ曲げ、神のごとく振る舞う錬金術師であっても、失われた形を元通りにする事は出来ない。その身、その行いは、人間の範疇を超えられないのだから。
「……私は、貴方を尊いと思う」
ジングウは目を伏せ、その死を悼む様に呟く。
「私は貴方が誇らしい。本来ならば私は、貴方の行いを愚かだと蔑むべきなのでしょうが……その行いを美しいと思うのを、私はどうしても禁じられない」
ジングウは伏せた顔を上げ、自分の目の前に存在している物を見上げる。
「貴方の自己犠牲を、無駄になどさせません」
そこには、バイレンスドラゴンの威容が聳えていた。
――・――・――
「――調査の結果、
ムカイ・コクジュはここ、市街地から離れた山林にある廃墟を根城にしているようです」
ホウオウグループ支部施設内、閉鎖区画。プロジェクターとそれを映し出すスクリーンを、格納庫内に設置して造られただけの即席のブリーフィングルームに、『
千年王国』が勢揃いしていた。
他のメンバーとは不仲である
クルデーレ達や、ロクブツ学園への潜入任務にあたっている
ロイドの姿もある。それだけ、この作戦にかけるジングウの、否、『千年王国』一同の意気込みが感じられた。
「本日の零時、ここへ我々は強襲を仕掛けます」
何か質問は。プロジェクターで映し出された映像を背に、ジングウが言う。手を上げる者は誰もいない。愚問だと、聞く事など何も無いと、皆その沈黙によって答えている。
ミツを殺された、その日から。ここにいる者達は、皆待ち望んでいた。自分達の仲間を奪ったその男に報復する日を、ずっと。
気合いを入れる者、ミツが亡くなった時を思い出して涙ぐむ者、これと言って感情を見せない者。そこにある反応は様々だ。しかし理由はどうあれ、ここにいる者達は皆、ムカイ・コクジュを、『失われた工房』を疎ましく思い、憎く思い、打倒したいと思っていた。その一点においては、全員が共通していた。
「私は善だとか悪だとか、短絡的に世界を二分する言葉が大嫌いだ。しかし、それを承知であえて言わせてもらう――『失われた工房』は悪だ」
凛と。格納庫内に響き渡り、良く通る声でジングウが言う。
「敵、と言う言葉すら、奴らを言い表すには足りない。対局する二つの勢力があるならば、それは双方にとっての敵と敵なのであって、それを善悪で断ずる事は出来ない。だが、あれは悪だ。揺るぎ無く、疑いようが無く、あれは我々にとっての悪だ」
大げさに、仰々しく。身振り手振りを交えながら、演技がかった調子で。しかしそれでいて、ジングウの演説にはどことなく必死さがあった。彼らしくない不器用さが、そこにはあった。
「私の信条は、「生きるとは即ち、戦うと言う事」だ。目の前に障害を与えられた人間は幸福だ。それを乗り越える事によって、その者はより一段高みへと上がる事が出来る。我らが同胞ミツは、その障害を乗り越えられずに散った。生きる事が戦いと同義である以上、障害に敗れる事は死と同義である。
ただ、それだけの事だ」
ただそれだけの事。ミツの死はなるべくしてなった事なのだと、ジングウは冷酷に切り捨てる。逆に言えばそれは、「こう言う日が来る事を覚悟していた」人間の立ち振る舞いであった。万象万人、すべての存在に戦う事を強要する彼は、同時に万象万人、仲間の死を受け入れなくてはならないのだから。
しかしそれにすぐさま、「だが」と拳を握り締めながら続けた。
「私を笑いたければ嗤えばいい。未熟だと罵ればいい、恥知らずだと誹ればいい。私は今、少なからず怒りを覚えている。私は「彼」を、ミツを好ましいと思っていた。愛おしいと思っていた。かつての同胞が生み出した「彼」を、或いは友の様に、或いは我が子の様な感情を持って抱いていた」
彼らしくない、感情に満ちた声。普段のジングウとは異なった様子に、皆少なからず驚いた表情を浮かべ、あのクルデーレですら呆気に取られているようだった。
もっとも、その中でただ一人だけ、フレイだけは嬉しそうな、或いは満足げな笑みを浮かべていた。懐かしいものを見たような、数年来の友人に出会った様な。そんな表情だった。
「友を殺されて怒らなければ何とする? 子を奪われて憎まんとすれば何とする? そんなモノはもはや人ですらない。私は人間だ。神に挑みこそすれ、私は人間であると言うスタンスまで止めるつもりは無い!」
それは叫びだった。叫びであり、主張であり、宣言だった。他者に本心を見せない男の、抜き身の咆哮だった。
「諸君らに問う。君達の心に、怒りはあるか? 憎しみはあるか? ……よろしい、ならば戦争だ。ムカイ・コクジュに教えてやろう。我らが同胞を手にかけた、その代償がどれだけ高かったのかを。お前に対する怒りと憎悪の炎の、その熱さを!」
――・――・――
「あの……ジングウさん」
ブリーフィングが終わり、遠慮がちに
サヨリが話しかけてきた。
「その……花丸、さんは……」
「彼は、来ていないようですね」
「……はい」
花丸の姿は、ブリーフィング中には無かった。と言うよりここ数日、彼の姿は見ていない。一応、
バードウォッチャーでその動向を監視し、居場所までは把握しているのだが。
「……彼は……」
「彼なら、大丈夫ですよ」
「え?」
「知ってますか、サヨリさん。ある聖人の言葉なのですが、こう言う言葉があります。『すべてを投げ出した者が、最後にすべてを手に入れる』のだと」
「ジングウさん……」
「彼は投げ出した、と言うより、奪われた、の方が適切ですがね。ですが、奪われた物を取り返す為に積み重ねた彼の努力は、決して無駄になったりしないのだと、私は確信しています」
ジングウがそう言った時、二人から少し離れた場所にあるコンテナから物音が聞こえた。何事かとサヨリが振り返ると、そこから走り去っていく小さな影が見えた。
「あれは……!? 花丸さ、」
追いかけようとしたサヨリの手を、ジングウが掴んで引き留めた。
「止めておきなさい、サヨリさん」
「でも……!」
「言った筈ですよ、彼は大丈夫だと」
そうだ、彼は大丈夫。そうジングウは、心の中で呟く。
花丸の心が本当に折れてしまったのなら、ここには来ていない。彼にはまだ、戦う意思が残っている。残っているのならば、それで十分だと。
「待ちましょう、サヨリさん。彼は必ず来ます」
「……はい!」
≪報復前夜≫
(そして、千年王国が再び動き出す)
(友の仇を取るべく)
(降りかかる火の粉を払うべく)
(千年王国は行く)
(その道の名は、修羅道)
最終更新:2013年08月23日 19:46