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≪RAINCARNATION・Ⅱ≫

「う……こ、ここは……」

 気が付くと、花丸は「真っ白な」場所にいた。

 本当に、真っ白だ。まず地面が白い。地平線まで続く、平坦で変わり映えの無い無機質な白。建物も、木も、凹凸すらも無い徹底的な平坦さが、そこには存在していた。

 もちろん、空も白い。見上げるとそこには、果てしなく続く「白」が存在していた。その無機質さ故に、ここが白い天井を持つドームに包まれているのだと錯覚してしまう。

「……ああ、そうだ。僕は死んだんだ」

 自分の両手を見つめ、花丸はポツリと、まるで自分に言い聞かせるように呟いた。

 最後の瞬間を、彼は思い出す。ムカイの放った光線が視界を埋め尽くした、その瞬間を。

 あれだけの熱量だ。きっと自分は、熱いと思う暇も与えられず、物質としては骨すら残らずこの世から消え去った。

「……ついに僕は、自分の肉体すら奪われたのか」

 そう言って、自嘲気味に、自虐的に彼は笑った。

 ああ、そうだ。これが持たざる者の末路。届かぬ光に胸を躍らせ、身に余る願いを抱いた事の結果。

 やはり自分では、届かないのだ――届かなかったのだ。

「はは……はははははは……」

 怒りも無い。悲しみも無い。憎しみも、涙も。ただ胸に空いた空しさだけが、彼に残された唯一のものだった。

 ――だって死んでしまったら、何も意味は無い。

「――?」

 その時彼は、何かが自分の背後に現れたのを感じた。振り返ると、巨大な異様が自分を見下ろしていた。

「……ああ、そうだね。僕が死んだんだから、お前もここにいて当然か」

 赤色の装甲。空を覆い隠すかのような一対の翼。大蛇よりも太い尾。地を踏みしめる強靭な足と、敵を薙ぎ倒す強大な腕。

 幻想のドラゴンか、或いは恐竜の末裔を模したかのような怪物――バイオレンス・ドラゴン。

 それは花丸を静かに見つめていた。

「君の事は、最後まで好きになれなかったよ。この前よりはマシだったけど、全然言う事聞いてくれないし」
『…………』
「まぁ、仮にレスポンスが万全でも……僕は彼に勝てなかったんだろうな……」

 ムカイの生み出したバイオアーマー。その性能を、その力を、まざまざと見せつけられた。圧倒的とは、ああ言うモノを言うのだろう。「もしも機体の自由が利いていたら」。そんなIFを考えさせる気も起こさない程の力量差だった。

 花丸は善戦した。自由の利かない機体と言う枷を引き摺りながら、それでも彼は懸命に戦った。戦い抜いた。その結果、誰も傷すら入れられなかったムカイ・コクジュに手傷を負わせる事が出来た。

 だけど、その結果が一体何になる。一体何になると言う。

 花丸は敗れ、死んだ。死んでしまったら、何も残らない。

 誰も傷付けられないムカイに傷を負わせた。確かに花丸にはそれが出来た。だが、そこまでだった。それでも彼は、結局ムカイに敗れたのだ。

 ムカイが生きて勝ち、花丸は死んで敗れた。

 彼は、届かなかったのだ。

「…………ははは、無様だね……」

 いまさら悔しさから涙が出て来た。もう死んでしまって、この感情にも何の意味は無い筈なのに。自己満足にすらならないのに。それでも熱い感情が、自分の中から込み上げてくる。後から後から出てきて、止まらない。

「嫌だよ……このまま死ぬなんて……嫌だよぅ……悔しいよぅ……」

 悔しくて悔しくて、仕方が無い。こんなにも自分に勝利を渇望する気持ちがあるなんて、と花丸自身が驚いている。否、それは正確ではない。

 自分は、あの男には、ムカイ・コクジュにだけは、「負けたくない」のだ。

 彼の行いを、思想を、在り方を。許せないのだ、認められないのだ、否定してやりたいのだ。

「うぅ……ひっぐ……えぐっ……?」

 気が付くと、ドラゴンの頭が低い位置にあった。花丸が手を伸ばせば届く高さだ。その眼差しは、一つの意思を持って訴えてくる。

 ――力が欲しいか、と。

「……ははは、」

 こいつは凄いな、と花丸は心から思った。

 もう死んでしまったのだ。もうここで終わりなのだ。それなのに目の前の獣は、まだ諦めていない。

 獣だから終わりが分からないのだろうか。否、それは逆だ。終わりを「認められない」のは何時だって人間だ。本能で生きているからこそ、余計な雑念を持たないからこそ、獣は純粋だ。己が終わりを理解すれば大人しく果て、まだ生きられるならば最後の瞬間まで生きる。

 花丸は諦めた――勝てないから。

 だがドラゴンは諦めていない――まだ戦えるから。

「何でこんなにも――僕の周りにいる人達は眩しいんだろう……」

 周りはこんなにも強くて、

 周りはこんなにも輝いていて、

 そして自分はこんなにも弱い。

 ああ、いや。

 自分はこんなにも弱くて、

 自分はこんなにも濁(くす)んでいるから、

 だからこそ、力が欲しくて、光が欲しくて、憧れたのだ。

「……いいよ、持って行け」

 そう言って、花丸は両手を広げた。死んで、敗北者となった自分に残された最後の魂(モノ)を、彼は曝け出した。

「お前なら勝てるよ、きっと。だから、僕のすべてをくれてやる。こんなモノで良ければ、いくらでも」

 だから勝て、僕の代わりに。

 自分では勝利者にはなれない。しかし、他の誰かの為の礎にならばなれる。

 ああ、そうか。きっとミツも、死に際はこんな気持ちだったのだろう。

 自分の死の後を、残された花丸(もの)に託して――

 花丸の言葉に応えるように、バイオレンスドラゴンは大きく口を空けた。大人でも丸呑みに出来そうな位に大きく、小柄な花丸など造作も無いだろう。

(さようなら)

 心の中で、別れの言葉を贈る。

 敬愛する、仲間達へ。親愛なる、友人達へ。

 そして、花丸と言う存在は完全に消滅した――


















「え……」

 ――筈、だった。

 信じられない事が、彼の目の前で起きていた。

 バイオレンスドラゴンは、花丸を呑み込もうとした。それは間違いない。だが花丸が呑み込まれようとしたその瞬間に、ドラゴンの動きを阻んだものがあった。

 それは白い大蛇だった。バイオレンスドラゴンにも負けない位巨大な大蛇が、その巨体に巻き付いて動きを封じている。ドラゴンは花丸に向かって口を開けているが、それ以上身体が動いていない。

「うわっ!?」

 やがて、バイオレンスドラゴンの巨体が倒れた。ドラゴンは動かない。代わりに、その身体の上を滑りながら、花丸に向かって大蛇が近付いて来た。

 顔が近付いてくる。花丸は、大蛇の眼に映る自分の姿が見えた。ドラゴンに食われるのではなく、この蛇に食われる。そう、本気で思った。

 大蛇は花丸のすぐ傍まで顔を近付け――ちろり、と花丸の頬を舐めた。

「……え?」

 思わず、きょとんと花丸は大蛇を見上げた。大蛇の様子に、敵意も害意も感じられない。ただじっと、花丸を見つめている。

「……お前、まさか……」

 白い、蛇。花丸の脳裏に、一匹の蛇の姿が浮かんだ。いつでも一緒だった、しかし離れ離れになってしまった、大切な家族を。

「コ……ハナ?」

 半分の期待と、半分の不安。二つの感情が混じった様子で、恐る恐る呼びかける。すると大蛇は、その名を呼んでくれた事が嬉しかったかのように、花丸の身体に頭をこすりつけてきた。

「コハナ……コハナぁッ!!」

 力いっぱい、花丸は大蛇の頭に、コハナに抱き着いた。

「やっと会えた……会いたかった、会いたかったよぅ……」

 瞳から涙が溢れてくる。悲しみでも悔しさでもない、嬉し泣きの涙が、後から後から流れてくる。

「……だけど、何でそんな姿に……?」

 花丸が首を傾げる。するとコハナは首を持ち上げ、彼の後方へと視線を向けた。まるで、そこに立っている何者かを見るように。その視線に気付き、花丸が振り返ると、

「……え、」

 再び、コハナ同様に、会える筈の無い人物がそこにいた。

「ミツ……さん?」

 肩口で切り揃えられた髪型。見る者の主観によって変化する、男とも女ともつかない中性的な顔立ち。もうこの世にはいない筈の「彼」は、微笑を浮かべながらそこに立っていた。

「……あ、そっか。僕らはもう死んでいるから、ミツさんがここにいてもおかしくないのか……」
「いいえ、花丸。ここは死後の世界ではありません」
「え。だって、僕はムカイに負けて、死んじゃったんじゃ……それに、ミツさんがここにいるじゃないですか」
「このミツは、ミツであってミツではありません。この世に残った、ミツとかつて呼ばれたモノの残響です」
「残……響……?」
「これはミツの未練です。貴方に伝えようとして伝えられなかった言葉を伝える為に、ミツの脳に残っていた残念であり、残響。時間が経てば消えていくだけの影です」

 ミツの言葉に、花丸の表情が見るからに曇った。

「……あの、こんな事を言うのもおかしいんですが、その……僕のせいで、すみませんでした……」
「気にしないでください。あの時は、あれが一番最良だったんです」
「だけどっ……! 僕にも戦う力があれば、もしかしたらミツさんは死なずに済んだかもしれない……それなのに……!」
「……花丸、貴方には戦う才能なんてありませんよ」
「!」

 ミツの言葉に、花丸はハッとなった。ジングウも言っていて、そしてミツも同じ事を言った。

 君には、戦う才能「は」無い。

「思い出してください。貴方の、本当の才能を」
「…………」

 自分の才能。自分だけの力。自分だけの異能。

 その言葉の意味を、しっかりと噛み締める。

 踵を返した花丸は、倒れているドラゴンの下へと歩み寄った。片膝をついてしゃがみ込み、ドラゴンの頭に手を当てる。

「バイオレンスドラゴン、お願いだ。僕の言う事を聞いて」
「君を操ろうだとか、使いこなそうだとか……それはただの傲慢だったよね。ごめん」
「僕に力を貸して」
「僕に力を分けて」
「僕に協力して欲しい」
「一人で戦うだとか、もうそんな事は言わない」
「僕はそうだ――何時だって誰かの力を借りて戦ってきたんだ」



 ≪RAINCARNATION・Ⅱ≫



(そして再び、花丸の視界を溢れるばかりの光が埋め尽くした)

(残響となったミツは、その光景を見届けると、満足そうに微笑んだ)

(役目を終えた残響は、光の奔流に呑まれて消え去った)

(時の流れが、過去の遺物を押し流すかのように)

(人造天使の残り香は、完全にこの世から消え去った)

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最終更新:2013年09月20日 15:55