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ブラッド&ソニック







「よ、リオトじゃん」
「!」

 親しげにかけられた声に反応し、俺は振り返った。

 頭にバンダナを巻き、首にヘッドホンをかけている「少年」。一見すると、華奢な体躯や服装から、少女に見間違える人もいるだろう。実際本人も「此間町歩いてたらナンパされたわー、マジ無いわー」と漏らしていた。

「ハヤト……」

 驚いた。怪物を探していれば、シスイと顔を合わせる可能性があると思っていたのに、まさかこいつと会うなんて。

「こんな所で何やってんだ?」
「散歩だよ、散歩。そう言うハヤトは?」
「あー、俺? 俺もそんなところ」

 ……嘘だな。

 学校で見るハヤトは、いつも友人何人かと一緒に騒いでいるのが好きな奴だ。そんな奴が、こんな町外れの森の傍で、一人で散歩?
 まったく、嘘をつくならもっとそれらしい嘘がつけないものか。

「なんかこの森、陰気だよな」

 そんな事を俺が考えているとも知らず、ハヤトは目の前に広がっている森の方を見上げた。
 ハヤトの言葉通り、確かにこの森は陰気だ。日が落ちかけている今、薄暗さが増して不気味でもある。
 怪物の目撃情報・被害情報を地図でマーキングしていくと、この森はそのすべての地点から一番近い場所にある。俺はそこから、怪物が恐らくこの森に潜伏しているのだと考えた。それで昨日も調査に来ていた(もっともユウイが現れたので、この場所から引き離すために一芝居打つ必要があったが)。

「リオト、暗くなる前にここから離れた方がいいぜ。ここって出るらしーから」
「出るって、何が?」
「お化けだよ。お・ば・け」
「お化け?」
「そ。何でも最近出るらしーぜ。でっけー蝙蝠みたいな奴がさ」
「……蝙蝠、ね」

 ここ近辺で出る怪物も確か、蝙蝠に似た形状をしているらしい。ハヤトが言っている「お化け」と言うのも、きっとそいつの事だ。

 正直、もし戦闘になったら何となく相性が悪いような気がしていた。蝙蝠は血を吸う。血を媒介にして戦う俺の能力とは、相性がいいとはあまり言えない。

「んじゃ、そういうわけで。俺は先に帰るわ」
「え、帰るのか?」
「そーそー。だって怖いじゃん」
「怖いって……お前なぁ、どう考えてもそんなのただの作り話に決まってるだろ」
「火の無いところに煙は立たないって言うだろ。こんな暗がりで変質者にでも会ったら、たまったもんじゃないぜ」

 そう言うと、自らの怯えを見せるかのように身を震わせた。そして、すたすたと町の方へと歩いていってしまう。

「……なんだかなぁ」

 思わず拍子抜けしてしまった。あいつもアースセイバーだったから、てっきり調査に来たと思ったのに。
 それとも、俺がいたから一旦場を離れただけか?

「……何でもいいか」

 そう思うと、俺は森の中へと踏み入った。


 案の定というか、日が落ちた森は漆黒に包まれていた。俺は懐中電灯の明かりを頼りに、森の中を進む。

 何でこんな暗がりになってから森の中に入ったかと言えば、日中の調査では怪物の痕跡すら見つける事が出来なかったからだ。おそらく敵は夜行性なのだろう。日中は息を潜め、日が落ちてから活動しているようだ。道理で、噂の出現から結構経つのにアースセイバーの調査が遅れているわけだ。

 こちらから探しても埒が明かないだろう。だから俺は、獲物の振りをして向こうから出てくるように仕向けた。わざと相手の領域に踏み込み、安心して襲ってきた相手を向かえ打つ算段だ。

 足元は背の低い草が茂っている程度なので歩き辛くはない。けれども、連立する木々と暗がりのせいでとてつもなく視界が悪い。俺は意識を鋭敏に研ぎ澄ませながら先へと進んでいく。

 その時だった。

「……?」

 ビュオウと、風も無いのに何かが吹き抜ける音が聞こえた。それから、ガサガサと何かが木々を擦る音、バサッと何かが広がるような音も。

「……来たか」

 俺は彫刻刀を引き抜き、いつでも攻撃が仕掛けられるように構える。

 すると、ドサッという何かが落ちる音が聞こえた。反射的にそちらを振り返り、俺は明かりを向ける。

「え?」

 しかし、そこに怪物の姿は無かった。むしろ、全身を投げ出すようにして人が倒れている。視界が悪いので何とも言えないが、スーツを着ているところを見ると三十代のサラリーマンに見える。

「…………」

 俺は警戒を怠らないようにしながら、慎重にその倒れている人物の方にまで歩いて行く。
 耳を澄ませるが、先程のような音は聞こえない。不気味な静寂が、辺りを包んでいる。

「これは……」

 俺はライトをその人物に当てて、思わず息を呑んでしまった。

 そこにいた、と言うか「あった」のは、カラカラに乾いたミイラだった。全身の水分をすべて吸い出されてしまったかのように、そこにあったのは人間の干物だった。

 これで確実だ。こんな事の出来る生き物は、噂の怪物以外にいる筈がない。

「――っ」

 その時、背後から猛烈な勢いで何かが迫ってくるのを感じた。それをかわすべく、俺は横っ飛びにその場から離れる。暗がりの中で、俺が今立っていた場所を何かが通り抜けていくのが見えた。

「く……」

 反撃したいが、向こうは俺の予想よりもずっと俊敏だった。木々が動きを遮り、向こうの自由を奪ってくれるものだと考えていたが、そんな事は無かった。むしろ怪物は、木々を利用して俺の死角から次から次へと飛び出してくる。こいつはとんだ誤算だ。


「……仕方ない」

 消耗が激しいのでこの攻撃は出来るだけ使いたくなかったんだけど、この状況じゃそうも言ってられない。俺はあえて足を止め、向こうの出方を待つ。

 両手をだらりと下げた姿は、傍目には完全に脱力しきっているように見える。けれども、意識は四方365度全域に向けている。ちょっとした物音にも思わず反応してしまいそうになるが、それを堪えて敵の動きだけを感じ取ろうとする。

 やがて一際大きな気配が、背後から近付いて来るのが分かった。もの凄いスピードだ、空気を切り裂くような音すら聞こえる。

(……だが、それだけのスピードなら、急な方向転換なんか出来ないだろ)

 俺は彫刻刀を、左腕の頚動脈に突き立てた。激痛が腕に走るが無視。そのまま、真後ろを振り返りながら、俺は左腕を突っ込んでくる相手に向けて伸ばす。

 傷口から、まるで噴水のように赤い液体が吹き出す。それは空中に飛び出した段階では液体の形を保っているが、やがてその赤い水粒一つ一つが円錐の弾丸へと形を変え、向かってくる怪物へと殺到する。

「ギャッ!?」

 怪物の悲鳴だろうか。そんな声が聞こえ、そして無数の血液で構成された弾丸が声の主に襲い掛かる。ザクザクと、肉の切れる音が聞こえる。
やがて、ドスンと重たいモノが地面に落ちるのが分かった。

 俺は攻撃を行った直後くらいには、既に能力を使って止血に入っていた。貧血を起こした身体が悲鳴を上げる。油断すると、意識を全部もっていかれそうだ。

 血のショットガン。頚動脈を駆け抜ける血液と血圧を利用した攻撃だ。人体急所を自ら傷付けなければいけないのでリスクも大きいが、その分相手にクリティカルヒットすればご覧の通りだ。人間ならボロ雑巾どころの騒ぎじゃないだろう。

「ハァハァ……ぐっ……」

 ちょっと傷を塞ぐタイミングが甘かったようだ。身体になかなか力が入らない。これは、少し休憩しないとまずいかもしれない。

 そう思って、手近な木にもたれかかろうとした。

「ガ――ッ!?」

 突然、頭の中に焼きゴテを突っ込んだような激痛が走った。俺は堪らず、頭を抑えてその場に蹲る。

「あ……が……」

 痛い痛い痛い痛い痛い!? なんだ、これは!?

 それなりの痛みになら耐えられる自信はあるが、そんな自負が全く役に立たない程その痛みは別次元だった。

 痛みのせいで涙の滲んだ視界で、周りを見ようとする。すると、暗闇の中で、何と俺が倒した筈の怪物が上体を起こしているのが見えた。

 その外見は、「人の形をした蝙蝠」という噂のままの姿をしていた。全身が骨と皮だけであるかのように細く、嫌悪感を催させる白い肌に毛は生えていない。顔が特に醜悪で、人間の顔と蝙蝠の顔を合わせたかのようなデザインで、口は耳まで裂けている。

 奴は上体を起こした状態で、口を大きく開きながら上を向いている。その様子はまるで、空に向かって吼えているかのようだが、口腔から声は発せられていない。


「超……音波か……!」

 超音波は人間に聞き取れないだけで、確かにそこに存在する音波だ。今この場は「聞こえない大音量」が鳴り響いているのだろう。それが鼓膜を震わせ、俺の頭痛の原因になっているんだ。

「や、やばい……意識が……」

 視界が明滅する。意識の照明が、消えてなくなりそうになる。

「く、くそ……俺はこんなところで……」

 死ねない、死ぬわけにはいかない。

(俺はまだあいつに……自分の気持ちを伝えられてないんだ……!)

 胸の中で想いが燃えている。その灯火が、俺の意識を繋ぎ止めてくれている。
 けれどもその炎も、この超音波で吹き消されてしまいそうだ。五体に、足に、腕に、指先に、力が入らない。

「く、そぉ……」

 悔しさや無念が、俺の胸を覆いつくそうとする。
 最後にあいつの――ユウイの顔が頭に浮かんだ。

 その時だった。不意に、頭を蹂躙していた痛みがサッと引いていった。

「……え?」

 見ると、怪物はまだ声を上げるように空を見ている。だがしかし、超音波はもう発せられていないらしく、俺の頭に頭痛の痛みはない。

 一体何が起きた? さっぱり状況が掴めない。

「ア゛ー。アッ、アー。ん゛ー」
「え?」

 その場に似合わない、間の抜けた声。まるで発声練習の最中であるような声。
 振り返るとそこには――

「よ。大ピンチだったじゃねぇか」
「は、ハヤト!?」

 立ち去ったものだと思っていたハヤトが、そこには立っていた。彼は片手を上げ、表情には笑みすら浮かべてそこにいる。

「これで貸しイチな」
「じゃ、じゃなくて……お前、何でここに……」
「そんな事より……アレ、なんとかした方がいいんじゃないの?」

 ハヤトに言われて振り返ると、怪物は翼を広げて飛び立とうとしているところだった。

「あ、あの野郎!」

 何て再生能力だ。俺から受けた傷が、もう治りかけてやがる。追撃しようとして彫刻刀に手をかけたが、その瞬間視界が暗転し、気が付くと地面に倒れているところだった。


「血を流し過ぎたか……もう、これ以上の攻撃は……」
「んじゃ、俺に任せておけ」

 頭上から聞こえた声に見上げると、自信ありげな表情を浮かべているハヤトが見えた。
 一体、何をするつもりだ。

「……――――!!!!」
「え?」

 息を深く吸い込み、そして思いっきり叫ぶかのように口を開いたハヤトだったが、その喉から声は出てこなかった。怪物と同じように、大声を発している筈なのに、俺の耳ではその声を聞き取る事が出来ない。

 しかし、聞き取る事や見る事が出来ないだけで、確かにそこで現象は起きていた。見ると、その場からちょうど飛び立つところだった怪物の腹に穴が開き、向こう側が見える程きれいに貫通していた。一度宙に浮かび上がった怪物であるが、すぐに力を失って地面へと引き戻される。

 ドスン、とまた音が聞こえた。しかし今度は、怪物が再び起き上がってくる事は無かった。

「おー、おー。シノさんの助言聞いといて正解だったぜ。周りに人がいたらと使えないと思っていたのに、こんな使い方があったんだなー」

 ハヤトは何やら満足そうにそんな事を言っている。俺はただ、その姿を呆気に取られて見つめるしかない。

「ん、立てる?」
「あ、ああ……」

 差し出されたハヤトの手を取り、何とか立ち上がる。しかしやっぱり、身体に力が入らない。
 それに気付いたらしく、ハヤトが肩を貸してくれた。

「さてと。取り合えずどこ行く?」

 そう聞かれて俺が答えようとすると、それより先に身体の方が反応しやがった。きゅるるるる、と、タイミング良く腹の虫が鳴った。

「ぶ――ははははははは!! おいおい、死に掛けたのに身体は正直だな!」
「……仕方ないだろ。能力を使った後は、いつもこうなんだから」
「オッケオッケ。メシにするか、時間も丁度だし」
「……聞かないんだな」
「え?」
「俺の能力の事」
「あー……まぁ、な。ウスワイヤに保護されて自由を無くすのが嫌な能力者っていっぱいいるし、お前もそのクチだろ?」
「…………」
「だったら聞かない。ってか、聞きたくない」
「……そうか」



 ハヤトの肩を借りて歩きながら、俺はぼんやりと思った。

 ハヤト、アースセイバーの一員。俺達ホウオウグループの敵。
 だけど今日、大きな借りが出来た。

「……この借りは、いつか絶対返すからな」

 俺がそう言うと、ああ、とハヤトは笑いながら返してきた。

 俺が借りを返す、その時まで。俺はハヤトと戦うような事にならないと良いと、自分でもらしくない思いが浮かんでいた。





作者 登場人物
akiyakan 高嶺 利央兎ハヤト

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最終更新:2013年06月19日 20:58