ミツ潜入
「すいません。ここ、よろしいでしょうか?」
「え?」
スイネが図書室で本を読んでいると、突然そう声がかけられた。一体誰だろうと思って顔を上げ、彼女は思わず硬直する。
背中の中ほどまで伸ばされた長い黒髪。自分とは異なった色を持つ青い瞳。
何より印象的だったのが、その顔立ちだった。「どちらなのか判断できない」。男にも女にも見えるその容姿は本当に中性的で、性別の中間に位置していると言うべきなのだろうか。男子用の制服を着ているので男寄りではあるものの、それでも「彼」の印象は「中心」からブレていない。
今まで見た事が無い人だった。それだけに、スイネの印象として深く焼きついた。
「あの……?」
「あ、は、はい! どうぞ……」
スイネが言うと、「ありがとう」と言って「彼」は笑みを見せる。その笑みもまた中間的なものであり、男にも女にも見えた。
スイネの前の席に座り、「彼」は本を読み始めた。スイネは変に緊張してしまい、本を読むどころではなくなってしまっていた。
本を読む振りをして、チラ、と彼女は「彼」の方を盗み見た。その時、「彼」が読んでいる本のタイトルを見てあっと思った。
「その本……」
「……? 知っているんですか?」
「彼」が驚いたような表情を見せる。スイネは「彼」に向かって頷いてみせた。
それは、ある人造人間の話だった。彼は心優しかったが醜く、それ故に失敗作として創造主から捨てられてしまう。彼は嘆き悲しみ、山奥へと逃げていった。
そんなある日、巷で怪物騒ぎが起きていた。人々は怪物の正体はその人造人間だと思い、彼を殺そうと山へと向かう。銃や剣を持ち、戦車を走らせて人々は山へと向かった。
しかしその道中で、人々は今まで見た事の無いような生き物に襲われた。人造人間が犯人なのではなく、本当に怪物がいて人々を襲っていたのだ。
荒れ狂う怪物に、逃げ惑う人々。その時人々を庇うようにして、大きな影が立ちはだかった。あの人造人間だ。
彼は戦った。怪物を相手にがっしりと組み合い、血まみれになりながら、それでも怪物を相手に果敢に立ち向かっていった。
ついに怪物が倒れ、人造人間が勝った。しかし人造人間も虫の息でその場に倒れてしまう。倒れた人造人間に、人々は駆け寄った。
『何でお前は、私達を助けてくれたんだ? 私達は、あんなにお前の事を嫌ったのに……』
そんな人々に向かって、人造人間は言った。確かに自分はお前達が憎い。だけど、怪物に襲われている姿を黙ってみていられなかった。気が付くと体が勝手に動いていて、怪物に向かっていったのだと。
やがて人造人間は力尽き、人々は己の愚かさを嘆いた。人造人間は手厚く葬られ、彼は人々にとっての英雄として祀り上げられた。
悲しい話だと、スイネは思っていた。人々から理由も無くただ醜いと言う理由だけで忌み嫌われていたのに、人造人間はその人間達を憎みきれず、目の前で怪物に襲われている姿を見て見ぬフリする事が出来なかった。その人造人間は、自分の優しさ故に命を落とす事になってしまったのだ。
「……スイネさんは、可哀想だと思いますか?」
スイネの様子からその心情を察したのだろう。そう「彼」は言ってきた。
「はい……」
「そうですか……「僕」は、そうは思いません」
「え?」
それは意外な答えだった。思わずスイネは、「彼」の方をまじまじと見てしまう。
「彼は……確かに憎んでいたのでしょう」
彼が、人造人間が、何か人間達に酷い事をしたわけじゃない。ただ、醜いという理由だけで忌み嫌われた。自分は望んで生み出されたのに、それなのに捨てられた事は、彼の心を傷付けたに違いない。
「でもきっと……彼の本音はそうではなく、ただ寂しかったのだと思います」
「寂し……かった?」
「だって彼、生まれてからずっと一人ぼっちだったんですよ?」
仲間が欲しいのに、誰も人造人間とは仲良くなろうとはしてくれない。捨てられた事実よりも彼を苦しめていたのは、彼の傍に誰もいてくれなかった事だったのだろう。
「でも最終的に、彼はみんなから受け入れられた……その人造人間は死んでしまったけれども、最後の最後で自分の欲しかったものを手に入れられたんです……だからミ――僕は、彼が可哀想だとは思いません」
「…………」
スイネは「彼」の話を聞いて、今まで思っても見なかった見方に驚きを覚えずにはいられなかった。彼女は今まで、その本はただの悲しい話、バッドエンドの話だとばかり思い込んでいた。しかし見方を一つ変えただけで、完全にハッピーエンドではないにしても、それでも全く報われていないと思った人造人間の望みが実は叶っていたのだから。
「あ、あの……貴方は一体?」
「ああ――これは失礼、まだ自己紹介が遅れていました。僕は九條光、つい先日、この学校に転入してきた者です」
そう言って「彼」――ミツはスイネに名乗った。
(やれやれ、数日かかってようやく第一段階クリアか……)
校内を歩きながら、ミツはぼんやりとそんな事を考えていた。
「彼」がいかせのごれ高校に潜入したのは数日前の事。丁度同じ日、偶然にも隣のクラスに火波アオイが転入してきたのであるが、今のところミツにとっては無関係な話だろう。
「彼」に与えられた「表向き」の任務は、「彼が擬人兵の代替品として使えるか」という事。今まで浮浪者も当然の放浪生活を続けてきたので、高校に入ってからは毎日が未体験の連続でなかなか落ち着かなかった。しかし数日もすれば落ち着いてきて、この生活を楽しむ余裕すら出てきた。
(……思えば、ミツは本来こんな生活をする事は許されない存在です)
ホウオウグループ製合成人間ミツ。「彼」はあくまで、ホウオウグループによって生み出されたグループの所有物だ。所有物である以上、人並みの生活を行う事は許されない。グループの為に生き、グループの為に死ぬ。
ただ、それだけの存在になる筈だった。
しかし現在、任務とは言え、「彼」は人並みの生活を送る事を許されている。一度は失敗作の烙印を押され、破棄処分されかけたにも関わらずだ。かくも人の運命とは数奇なものだと、ミツは思わずにはいられなかった。
(学校とは、実に面白いところです)
ホウオウグループはグループで面白い場所なのだが、ミツにとっては学校の方がずっと面白い場所だった。多種多様な男女が一箇所に集まり、時に学び、時に遊び、時に語らい、時に笑い、時に怒り、時に泣き、そして時に恋などして――と言った具合に、ホウオウグループ以上に様々な感情や想い、思想が交錯している。凡人がいれば非凡な者もいる。人懐っこい人間がいればクセのある人間もいる。見る度に表情を変えるこの場所が、まるで万華鏡のようだとミツは思っていた。
『学校での経験は、貴方にとってきっと有益なものとなる事でしょう』
最初の登校日前、
ジングウからかけられた言葉がミツの頭を過ぎる。その言葉の真意が、ミツにはまだ分からない。
だが――
(こう言う生活も……悪くない)
悪く無い。むしろ、心地良い。ミツは、陽だまりの中で生きる事へ確実に順応していた。
(って、いけないいけない……ミツの本来の任務は、ただ平和を貪る事ではない)
「日常に溶け込み、擬人兵として使えるかテストする」。それが「表向き」の任務であるが、当然「表向き」と言うからには「裏」があり、そちらが「彼」にとっての本来の任務と言う事になる。
しかし、任務内容にミツは首を傾げずにはいられなかった。
(彼女……スイネさんを調べて、あの人は一体何がしたいのだろう……?)
先程、図書室で会った少女――スイネの事が浮かんだ。
予備情報はほとんど無し。ただ一つあるのは、「彼女がかつてホウオウグループに所属していた」と言う事。むしろ、それだけだと言える。今までずっと組織から放置されている彼女を今更なぜ調べるのか、その意図が全くミツには理解出来ない。
また、他にもおかしな点はある。
『ちなみに、スイネさんがかつてホウオウグループに所属していた、という情報は他言無用で……特にトキコさんに話すのはNGです。どれだけ脅されようが、腕の一本や二本は捨てる勢いで黙秘をお願いします』
これまた、奇怪な話だ。スイネと言う少女が元々ホウオウグループの所属だったと言うのなら、何故それを仲間に隠す必要があるのか。既に知っている者も多いのではないか、とミツは思う。しかし、ジングウが意味の無い指示を出すとも到底思えない。なのでミツは、大人しくジングウの支持に従っていた。
(腕の一本や二本、って……いくらなんでも大げさですよ、博士)
ジングウがあまりにも念を押すので、ミツは思わずトキコがどんな人物なのか確認しに行っていた。「どれだけ脅されても」と聞かされていたので、てっきり強面の凶漢でも出てくるかと思えば、現れたのが小柄で華奢な少女だった時は思わず目が点になってしまった。あの少女がそんな乱暴な事をするとは、到底ミツには思えない。
ちなみにその時、ミツはトキコに会うついでに、いずれ敵になる可能性があるという事で二組の面子に一通り顔を合わせていた。
特に要注意したのが、火波スザク、その妹を自称する火波アオイ。そして
都シスイの三人だった。
スザクの事は、既にミツの記憶の中にあった。ミツの能力である「ドラゴンズスキル」、そのオリジナルと似て非なる「偽型」の力を持つ能力者。四聖獣の一つ、「朱雀」の名を名乗る少女。
彼女とミツは、かつて一線を交えている。外見を変えているのでバレてはいないようだったが、それでも何だか違和感を覚えているようだった。
二人目は、火波アオイ。能力に関しては一切が不明だが、ジングウ曰く、どうやら人の認識を操る、或いは惑わすタイプの能力者らしい。
クロウが彼女にいっぱい食わされたらしく、その事を(本人は隠しているつもりなのだろうが)実に上機嫌に語ってくれていた。
どう言う訳かミツと同様に、彼女は突然いかせのごれ高等学校に転入し、二組に居着いたらしい。もちろん何かしらの目的があるに違いないのだろうが、現状ではそれを把握する手段が無く、それだけに彼女という不確定な存在は警戒するに値する存在だった。
そして三人目、都シスイ。
麒麟の力を持ち、アースセイバーにも身を置く少年。戦闘能力が飛び抜けて高いわけではないが、今までホウオウグループが敗れてきたミッションのいくつかには、彼の存在が深く結びついている。何より
シスイは、あのジングウを打ち破った者の一人であるのだ。警戒していて損と言う事は無い。
ただ――
(……あの少年に、あれ程の力がある事が信じられないのですが……)
「生物兵器騒動」の折、シスイを始めとする五人の能力者がジングウと戦った。その時の映像をミツは一度確認していた。万物を強化すると言う麒麟の力により、ありえない程巨大なエネルギーにまで増幅されていく光景は、「彼」の記憶にはっきりと焼き付いている。
しかしいざ会ってみれば、都シスイと言う少年はそれ程の力を有しているとは思えない程、ごくごく普通の少年だった。とても彼が、映像で起きていた出来事の要因だとは、ミツには思えなかったのだ。
(……いやいや、侮っちゃいけない)
今までホウオウグループの作戦を何度も妨害し、その首領であるホウオウを打ち滅ぼしてきた男、
ケイイチもそうだった。おそらくは能力の性質もあるのだろうが、少なくともミツの目から見て彼もまたどこにでもいる普通の少年にしか見えなかった。
能ある鷹は爪を隠す。すなわち皆、日常に溶け込めるように完全に己の「異常性」を隠してしまっているのだ。
(なるほど、博士が言った言葉の意味はそう言う事だったのですね……)
日常に溶け込むからには、まず己の非日常性を見えないようにしなければいけない。ミツはそれを深く肝に命じる事にした。
最終更新:2011年03月07日 21:32