「ああ、もう、どうして玉置先生いらっしゃらないのですのーっ!?」
こんな時に限ってーっ! と思わず叫びつつ、校内をアオイは走る。
スザクが突然意識不明になり、大慌てで彼女を背負って保健室に走ったのだが……なんと静流は不在。
こんな時に、どこに行ったのか。
半ば以上パニックに陥りながら、とにかく姉を安全な場所へ運ぼうと学校を飛び出し、無我夢中で自宅へ向けて一目散に走る。
と、
「え、あれ、えっ?」
「!?」
聞きなれない声が届いた。思わず足を止めて振り返ると、美しい黒髪の少女が呆気に取られているのが目に入った。実際に見たのは初めてだが、話には聞いていた。その姿は、
「ブランカ、さん?」
「あ、あなた、一体……綾ちゃん!?」
「実際にお会いするのは初めて、ですわね……プランカ・白波さんですわね? わたくしは火波……綾歌、と申します」
姉が彼女には本名で通していたと聞いていたアオイは、それに倣う形でやはり本名を名乗る。対するランカも、おずおずと返事をする。
「は、初めまして。ランカ、でいいです。……綾ちゃんの、妹さん、ですよね?」
「ええ」
どこから聞いたのか気にはなったが、それより今はスザクの方が問題だった。ランカの自宅にスザクを運び、アオイは状況を説明していた。といっても彼女にわかるのは、スザクが突然意識不明になった、ということくらいなのだが。
「綾ちゃん……」
親友の思わぬ危機に、ランカの眉が悲しげに寄せられる。
「屋根を貸していただいたのはありがたいのですが……姉様、本当にどうして……」
アオイにも、ランカにも、それは答えの出せない問いだった。
昨日までは何ともなかったのだから。ただ、アオイについては少し、心当たりがあった。昨夜、遅くになって帰って来たスザクは、異様なほどに消沈……というか、まるで灰のようだった。
(何か、あったのでしょうか)
ランカも思いは同じ。ただ、考えることは少し違っていた。
(綾ちゃん、昨夜お話した時……すごく元気なかった。どうしたのかな……)
4年を経て帰って来た父・シドウ。彼から全てを聞かされた綾音……スザクと、大悟……ゲンブは、呆気に取られつつも納得したような、複雑な表情を浮かべていた。ことにスザクの方は、まるで奈落に突き落とされたような面持ちでなかば放心していた。
とはいえ、それで答えが出るはずもなく。
(スザク姉様……)
(綾ちゃん……)
二人の見つめる先で、ベッドに寝かされたスザクは、答えることも目覚めることもなく、ただ、死んだように眠り続けていた。
と、
ピンポーン、
沈んだ空気を貫くように、チャイムの音が響いた。ランカの返事を待たぬ間に、ガチャ、とドアが開き、訪問者が入って来る。
「こんにちは、ランカ。どう、調子は?」
「マナちゃん?」
ランカの言葉に、訪問者―――
夜波 マナは、めったに見せない微笑みを浮かべ、
「―――!?」
部屋の奥に寝かされているスザクに目を留め、場を覆う空気から異変を察し、表情を冷徹なものに戻し、
「どういうこと、これは?」
一言、尋ねた。
「………そう」
あらかたの事情を聞いたマナは、やはり一言、静かにそう答えた。
「マナさん、姉様に何が……」
縋るような思いでアオイがそう問うと、マナはすたすたとスザクに近づき、その胸をはだけてすっ、と指を添えた。
「? 何を……」
「私の『ウェーブリンク』でスザクの精神を探る。禁じ手だけど、本当は」
言うと、静かに瞑目し、能力を発動する。マナの能力は、空間に波を起こし、それと同調することで情報を集めたり、波そのもので防御を行ったりという、応用力の高いものだ。イレギュラーな使い方ではあるが、人に対して直接使えば精神同調も可能である。特有のぽーん、という音が鳴り、マナの感覚にスザクの精神が共鳴する。が、
「――――ッ!?」
あまりに異様な「その感覚」に、たまらずマナは同調を解除してしまった。のみならず、後ろにたたらを踏んでへたり、と尻餅をつく。
(な、何、今のは……!?)
「マナちゃん!」
「マナさん、どうなさいましたの!?」
ランカとアオイが驚いて近くに来たが、マナ本人はそれどころではなかった。感じたものが、あまりにも衝撃的なものだったから。
「マナさん、姉様に何が……」
アオイの問いに、マナは無表情に、しかしどこか動揺したように答える。
「何と言うのか……スザクの心が『どこにある』のか、掴めなかった。感じたのは、闇だけ」
「闇?」
よくわからない、という風情で、ランカが首を傾げる。ウスワイヤの関係者とは言え、彼女は入院生活が長かった上に一般人扱い。能力や精神世界に関する詳しい知識はないに等しい。
そこのところをわかっているのか、マナはやや噛み砕いて説明する。
「私の能力で精神同調を行った場合、その人の心と繋がる事が出来る。その際、私には心の状態が『位置』として認識できる」
「うん」
「だけど、今スザクに同調を試みたところ、その『位置』がまるでわからなかった。周りに感じたのは闇ばかりで、何の変化もなかった」
「
それは、つまり?」
アオイの問いへの答えは、
「
闇の中で心の位置がわからない……スザクの視点からすれば、自分の居場所……というか、存在している目印のようなものを見失っている状態」
「自分がどうしてここにいるのか、何のために存在しているのかわからない、と?」
「そう。周りに何の変化も感じられなかったのは、その『迷子』の状態から抜けられないということ。心の内には常に変化がある、普通。人は色々なことを考えているから、ぼーっとしていても。だけど、スザクにはそれがなかった。つまり……」
はっ、としたランカが呟く。
「同じことばかり考え続けて、そこから抜け出せなくなってる……」
「そういうこと」
ただ、と前置きし。
「わからない、こうなった理由は」
「そう、ですの……」
肩を落とすアオイ。ランカも沈鬱な面持ちで押し黙り、マナもそれ以上口を開かない。
どうすればいいのか。スザクのために、何をしてやれるのか。
彼女達には、わからなかった。
(姉様……)
(綾ちゃん……)
(スザク……)
心の中の呟きに、答える者はない。
朱雀、闇に囚われて
(彼女らは知らない)
(友の眠る理由を)
(歩んだ道を否定された者の絶望を)
最終更新:2011年04月06日 14:34