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後半

頭が真っ白になった。トキコと、マナ……どちらかしか、助けられない。僕に、選べというのか……!?
出来ない。それだけは出来ない。想い人を、友達を、見捨てるなんて。
なのに、

『では、起動します』

部屋の外に出たヴァイスが、扉を閉めると共に何かの装置を操作する。

『これで、仕掛けは完了しました。が……もう一つ、おまけしましょう』

言って、さらにもう一度、操作する。すると、今度は施設全体が微かに振動した。
無性に嫌な予感にかられ、僕は反射的に叫んでいた。

「何をした!!」

返る答えは、いともあっさりと。

『施設全体の自爆装置を起動しました。時限式ですからね、あと20分で、この施設の全ては塵も残さず吹き飛びます』
「な、に……!」

そこまで言って、道化師は嗤う。
笑う。
哂う。
悪魔の様な、心底楽しげな笑みを、かすかに、確かに浮かべて。



『制限時間は20分……アナタはその間、そしてその後は一生、自身の選択に苦しみなさい』



「――――!!」
『では、さようなら。ククク……クククク……ハーッハハハハハハ!!』

最後に高笑いを残し、道化師は姿を消した。それと同時に、モニターも消える。
残された僕は、ただ呆然とするしかなかった。

(トキコ……マナ……)

助けられるのは、どちらか一人。停止した思考を無理矢理動かし、どうすればいいのか考える。
けど、何も浮かばない。
トキコを選べば、マナが。
マナを選べば、トキコが。
選ばなかった片方が、僕の前からいなくなってしまう。

(僕は……僕は、どうすれば……)

―――本当なら、考えるまでもないのかも知れない。マナは元々他人。トキコは僕にとっては一番大切な人。
選ぶべきはトキコ……本来ならそうだろう。

(けど――――)

マナは、友達だ。僕を、ゲンブを、ランカを、導いてくれた。今なら分かる。姿を見せていない時でも、マナは僕らを守ってくれていたんだ。
そうでなくても、友達を見捨てるなんて真似は出来ない。

だけど、それはトキコを見捨てるということ。それを許せば、僕と言う存在の全てはひっくり返ってしまう。

(僕、は……)

答えが出ない。僕はどうすればいい? どうすれば助けられる?

(………)

時間だけが、非情に過ぎて行く。
ふと、

(――――)

脳裏をよぎるのは、いつかランカと話した、あの日の光景。


『あのね、綾ちゃん。何かを選ぶ時、本当に大事なのは、どうするべきか、じゃないんだよ』
『え、違うのか?』
『うん。本当の本当に大事なのは、自分がどうしたいか、何をしたいかなんだよ。自分で望んで、自分で選んだ在り方だからこそ、受け入れられるんだよ』


(僕が、どうしたい、か……)

―――叶うならば。僕は、トキコも、マナも、助けたい。だけど……そのための方法が、わからない。
一体どうすれば、二人を助けられる? 
こうして考えている間にも時間は過ぎて行く。その事実が、一層僕を焦らせる。


―――何も、見つけられないまま。





(スザ、ク……!)

聞こえていた。ヴァイスが、スザクが話していたことが、全て。
理解すると同時に、心底からの怒りと憎悪が滾った。一体、どれほどに人を弄べば気が済むのか。
そして、スザクに突きつけられたのは、究極の選択。私とトキコ、どちらかを選べ、と。
選ばれなかった方は死ぬ。そういうシナリオだった。

(そうは、させ、ない……!!)

私個人としては、トキコの方に直行すると思っていた。私は今まで、スザク達を騙して来たのだから。
だけど―――スザクは、迷った。どちらを選ぶか、あるいは両方を助けるために。
その事実は、驚きでもあったし……嬉しかった。まだ、私を仲間だと思ってくれていたのが。

私にはもったいないくらいの、その信頼に応えたい。こう言う時に力になってこその仲間だ。

自慢じゃないけど、これでも私は現金な方だ。

(それ、には……)

この、能力封じの手枷が邪魔だった。「ウェーブリンク」さえ発動出来れば、全身を波動と化して簡単に脱出できる。それがわかっていたから、ヴァイスはこれを使ったのだろう。私を消滅させるため、波動に変わらせないために。
―――だけど知るまい。私がもう生きていないということを。私は人ではなく、人の姿をした能力そのものだということを。

だから、

「――――!!」

こういう無茶も出来る。後ろで拘束されていた腕を、無理矢理前に回す。肩が外れ、砕ける。

「ッ!! ク、ぅう……」

激痛が走る。けど、それでは止まらない。ここからなのだから。

「―――っ、!」

手首の間……手枷に足をかけ、一気に渾身の力を込める。

「――――――――――ッ!!!」

身体が悲鳴を上げる。だが知った事か。そのまま一気に足を伸び切らせ―――


「!! !!! ! っ、ぐ、ぅぁ、が……―――ッ!」


肉が引きちぎれ、骨が砕ける嫌な音と共に――――手首から先ごと、手枷が私から外れた。血は流れない。私の心臓はもう動いていないから。外れた手枷から千切れた手首が転がり、波動と化して消える。
激痛に意識を持って行かれそうになりながら、気力で以って繋ぎとめる。
そして、

(溶けて、散って、広がれ、届け、『私』――――ッ!!)

能力を発動。拡散した意識が捉えた「その人」のところへ、再び向かう。




「スザク!!」
「!」

背後から聞きなれた声が響いた。振り向いた先から駆けて来るのは、黒髪の小柄な少女。

「マナ! どうやって……」
「説明は後! トキコを助けに行くのが先!!」

僕の質問を問答無用で遮り、マナは僕を促す。だけど、走りだそうとはしない。
目が、語っている。

―――トキコを助けにいくのはあなた。あくまでも、あなたがあなたの意志で、成さねばならない。

それなら、やることは一つだ。

「……わかった! マナ、行くぞ!!」

こくりと一つ頷いたマナを連れ、僕はトキコの待つ部屋へと急いだ。





脱出した時には、制限時間が既に1分を切っていた。とはいえ、だ。トキコのいた部屋に突入した時、ヴァイスの言った通り反対側から震動と轟音が響いた。どうやらその爆発がきっかけであちこちが誘爆を起こしたらしく、時間がもはや関係ない状態だった。
手枷を壊し、トキコを抱えて全速力で施設から離れ、岩場に隠れた次の瞬間、大爆発と共に施設が弾け飛んだ。

「……か、間一髪……」
「でも、助かった」

黒煙を上げて燃える施設を見つつ、僕らはとりあえずその場を後にした。



ようやく落ちついたのは、見慣れた道まで走りに走って空が白み始めた頃だった。時計を見ると5時を回っていた。真二の家の近くの公園に落ちつき、

「朝が来る……ちょっと時間かけ過ぎたな」
「元が遠かったから、仕方ない。むしろ、ここまで人一人担いで走って来たあなたの方が驚き」
「トキコだから、な」

我ながら微妙に理由になっていない気もするが、本音だ。
さて、と。

「……トキコ、起きてるだろ?」
「………やっぱり、わかるんだ」
「そりゃ、な。寝息が途中で聞こえなくなったし、あれだけ走ればな。……怪我、大丈夫か?」
「ん……なんとか」

目を覚ましていたトキコを降ろし、本題に入る。そう、僕にとってはここからが本番だ。

「トキコ、疲れてる所悪いけど……話がある」
「?」
「………」

言われたトキコは、突然のことだったのかきょとん、としている。一方マナは、複雑な表情で一歩離れ、押し黙っている。

「今まで……ホントに、色んなことがあった」
「? うん……」
「学校に通って、みんなと騒いで、たまに戦って……そんな、毎日だった」
(………スザク、本気なのね)
「僕の毎日には……いつも、真ん中にお前がいた。いつの間にか、僕はトキコと一緒にいたくなってた」
「鳥さん……それって?」
「……やっぱり長々と話すのは苦手だな。単刀直入に言うぞ」



「僕は…………トキコの、ことが、好きだよ」



「ぇ――――」

何か言おうとしたトキコの機先を制し、続ける。

「今すぐ、答えをくれとは言わない。難しいのもわかってる。……だから、考えて見てくれ。それでどんな結論が出ても、僕はそれを受け入れる」
「……私、フッちゃうかもだよ?」
「お前が考えた末の答えなら、受け入れる。……ショックではあるけど」

トキコに隠し事をするのも、嘘をつくのも僕は嫌だ。思っていること全て、打ち明ける。

「お前にとっては……やっぱり、ホウオウが一番なんだよ、な」
「……それは、そうだよ」
「だから……2番目くらいに僕がいたら、嬉しい」
「………」
「……もうすぐ朝だし、帰ろうか」
「……うん」
「そうね。でも、この時間だと学校は難しい」

沈黙を破るのも、僕の一言。崖から飛んだような爽快感と、同じくらいの不安を胸に、僕らは家路についた。





公園から歩くと、スザクの家の方に先に着くことになる。

「じゃあ……お休み」
「……お休みなさい」
「スザク、今日はありがとう」

スザクが頷いて家の中に入るのを見計らい、マナはトキコと連れ立って歩く。
実際問題、トキコの方からするとマナはほとんど初対面だ。マナの方はトキコを見たこともあるし、しょっちゅうスザクから聞いている(大半惚気話だったが)。

「………」
「………」

会話のきっかけが掴めず、二人は黙々と歩く。そして、結局一言も話をしないまま、トキコの家の近くに着いてしまった。

「………じゃあ、ね」

おずおずとそれだけ言って、トキコは部屋へ向かう。が、

「待って」
「……?」

その背に、マナが声をかける。

「……なに?」
「聞きたい事がある。あなたは、何を迷っているの?」
「……それは」

言い淀むと、マナはまるでわかっていたかのように続ける。

「ホウオウを取るか、友達を……そしてスザクを取るか。違う?」
「! どうして、それ、知って……」

言ってからしまったと思った。これでは自分から明かしたようなものだ。しかし、マナは別に気にした様子もなく。

「事実がある。私はそれを知っている。それだけの、話」

あっさりと、言ってのけた。しかしそれでは終わらない。彼女が本当に言いたいのは、ここからなのだから。

「あなたも、シギも、玉置先生も、一つ間違えている部分がある。諸々のトラブルはそれが原因」
「間違い……?」
「そう。何をするにしても、何を考えるにしても、前提から間違ってたら答えが出るはずがない」

もっともな話だ。しかし、それとこれと何の関係があるというのか。

「……何が、言いたいの……影さん」
「簡単な話」


「別に、ホウオウと友達、取捨選択をする必要はない。そう言ってるの」


それは、トキコが突きつけられた選択を、根幹から覆す言葉だった。

「っ、なに、何言ってるの!? ホウオウ様より大切なものなんて――――」
「なかったら、あなたは悩んでないはず」

一切の容赦なく、マナはトキコの根幹に切り込んで来る。

「っ……」
「悩んでいるのは、ホウオウへの信頼と、友達への思いが、同じくらいだから。そして、どちらも捨てきれないから。傍から見れば、確かに揺れているように見えるかも知れない」
「………」

だけど、と「見えない波紋」は続ける。

「それでも構わない。どちらかを選べないのなら、どちらも選んでしまえばいい。選択肢を与えられてそれを選ぶだけなら、子供にも出来る。でも、あなたは選択肢を自分で作り出せる。だから、捨てきれないなら、捨てなければいい。その二つは、両立が十分に出来るのだから」
「両立……?」
「そう。どちらかを選ぶということは、それまでのあなたの一面を否定すること。かつてのスザクと同じように





「……鳥さんも……そうだったの?」
「少し前までは。今のあなたもそう。いい?」

ぴしっ、と人差し指を立て、マナは言う。

「あなたは嘘が嫌い。そう聞いた」

それは正しい。確かに、嘘はつくのもつかれるのも嫌いだ。

「だけど、どちらかを捨ててしまうのは、あなたの一面の否定。つまり、言ってみればあなた自身に嘘をついたことになる」
「!」
「無理に考えて動かなくてもいい。やりたいことを、やりたいようにやって、今までのように過ごしていればいい。友達と笑い合って、一緒に騒いで、たまにグループとして動いていれば」
「……でも、それじゃ」

大丈夫。その一言で、マナはトキコの弱音を断つ。

「あなたは、自分の心のままに生きていればいい。裏切ることには、決してならない。その気持ちがあるのなら」
「影さん……」
「抱えきれなくなったら、スザクか私に言えばいい。スザクなら、どんなことでも受け止めてくれる。私はどこにでもいる。呼べばいつでも、会える」

それと、とマナは告げる。

「蒸し返すようで悪いけど、あなたはもう少し、視野を広く持った方がいい」
「え?」
「自分の中で解決できるのは確かにいいことだけど、そればかりを繰り返していると視野狭窄になる。今のあなたの中からは、弱さが感じられない」
「……当たり前でしょ。弱くなっちゃったら、本当の願いを忘れるんだから」
「それは間違ってる」

瞬間、反発が湧き起こる。

「っ、何言ってるの! 私は、私の……」
「いいから、聞いて。まだ最後まで言ってない」

有無を言わさず、マナはトキコの反論を封じ、話を続ける。

「あなたは弱さを抱えてしまうと、怒りや哀しみに囚われて『自分でなくなる』。それでどうすればいいのか、わからなくなって、本当の願いを忘れてしまう」
「………」
「それで、願いを再確認するために弱い自分を殺している」
「………」
「だけど、『強い自分』と『弱い自分』、二つに分かれている時点で異常。それらは二つにして一つ。互いが互いを定義している。無理に離してしまったら、歪みが生じてそこから壊れて行く。そうなったら手遅れ」
「ッ、なら、それならどうすればいいって言うの!?」

「簡単なこと。いつか、一つに戻ってしまえばいい。心の問題の大半はそれで解決する」

またあっさりと、マナは言ってのける。





「総合すると、あなたの持つ『本当の願い』は強い方のあなたに、人としての感情は弱い方のあなたにある」
「……何で、そんなことが言えるの」
「ん……似たようなケースが最近あったから」

スザクのこととは言わず、続ける。

「要するに、今のあなたは、本来まとまっているべき二つの要素が乖離した状態にある。私の知っているケースより状況が悪い。ホウオウグループとしてのあなたと、人としてのあなた。今、少しずつ一つに戻ってきているけど、まだかかりそう」
「………」
「当たり前に持っている感情を殺して付き従うだけなら、それは機械と同じ。あなたは人間。心を持った、人間なの」
「………機械……」
「あなたにとって、ホウオウが一番大切なのはわかる。だけど、だからと言って、他に大切なものを持ってはいけない理由はない」

きっぱりと、マナは言い切る。大切なものは、一つだけとは限らないと。一つしか持てないものでは、決してないのだと。

「あなたが一つに戻るには、まだ時間が必要。もし『本当の願い』を忘れてしまいそうになったら、なぜ自分がここにいるのかを思い返せばいい。少なくとも、自分同士で殺し合うよりはいい方法だと思う」
「………」
「……知ったようなことを言ってごめんなさい。この答えが本当に正しいかもわからない。だけど、心配だったから」
「……心配?」
「スザクも同じ。シギの一件以来、スザクはあなたをずっと心配してた。でも、あなたが会うのを怖がっていたようだったから、あえて会わずに過ごして来た。あなたの、ために」
「………」

これ以上ない真剣な瞳で、マナはトキコを見つめる。

「もし、あなたさえよければ……スザクを、受け入れてあげて。あの人は、何があろうとあなたを裏切らないから」



想いと願い、その向かう先

(朱雀の明かした一つの想い)
(朱鷺の託した一つの願い)
(全てが叶う事を祈り、影の少女は言葉を尽くす)




余談。

「……ところで影さん、名前は?」
「……夜波 マナ。そう言えば、これだけ話したのに名乗ってなかった……」


さらに余談。

「……ありゃ、ここはどこだ?」

―――蒼龍、文字通り道に迷う。

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最終更新:2011年04月30日 21:00