今までずっと仲間だと思っていた人がワームだった。
仲間として、同じ人間として信頼していた男は、ずっとなのは達を騙していた。
彼は――立川大悟は、自分がワームであるという真相を今までずっと黙っていたのだ。
「そんな……立川さんが、ワームだったなんて……」
目の前でワームへと変貌を遂げた立川に、なのはもフェイトも驚愕し、自分の目を疑った。
自分達は、倒すべき人間の天敵であるワームを、今まで仲間だと思っていたのか……?
そんな考えが彼女らの脳裏を過ぎる。
だが、それでもなのはが出した答えは、信じること――
「立川さんは……私たちの仲間だよ!」
そう。立川は仲間だ。ワームであろうが、今まで一緒に戦って来たのは紛れも無い事実。
言うが早いか、なのはは立川の周囲のワームへとアクセルシューターを放った。
「ありがとうございます、なのはさん!」
やがて立川は何処からか飛んで来たドレイクゼクターを掴み取り、ドレイクへと変身。
そして変身完了後、即座にキャストオフし、クロックアップ。幼稚園のグラウンドに現れたワームを掃討し、その姿を消した。
立川の姿が消えた後、フェイトは曇った表情でその場に立ち尽くしていた。
フェイトの表情を曇らせる原因である思考の内容は二つ。
一つは、ワームとは一体何なのだろうか?
という疑問。人間を襲い、その記憶を利用し、人と人との絆を破壊して行くのがワーム。
そんなワームに、人間の気持ちが理解出来る筈が無い。少なくとも彼女はずっとそう思って来たのだ。
だが、彼女がその目に見てしまったのは、仲間だと思っていた人間が、ワームの擬態であったという事実。
もうこうなってしまっては、誰を信じていいのかさえ解らなくなってくる。
極端な事を言うなら、“フェイトの周囲を取り巻く人々の正体が全員ワーム”という可能性だって無いとは言い切れないのだから。
そしてもう一つの思考。それが、“天道や、自分達がやってきた事は正しかったのか?”という事だ。
誰を信じればいいのかが解らなくなってしまった以上、誰の言い分が正しいのか……なんて解る筈も無い。
親友であるなのはを撃墜された時に感じた憎しみは確かな物。だが、そんな感情も今では薄れてしまっている。
なのはを撃墜されたと思ったら、実は手加減有りの狂言。おまけに自分は二度も命を救われたのだから。
彼女の立場から見て一言で言うならば、天道総司という男の行動は一つ一つが非常にわかりにくいのだ。
何を考えているのかがまるで読めない。
例えば、ワームを容赦無く殺す非情な男かと思えば他人の命はちゃんと救ったりと。
立川に追い付く事で、もしかしたらこの二つの疑問に決着を付ける事が出来るかも知れない。
なら、迷っている暇など無い。フェイトの……いや、フェイト達がする事はとうに決まっている筈だ。
「行こう……なのは、加賀美。立川さんを探しに……!」
ACT.18「それぞれの傷」中編
海鳴市のオフィス街。なんとか逃げ延びた立川は、ふらついた足取りでこの場所までたどり着いた。
ここはオフィス街の中でも比較的人気の少ない路地裏だ。
まるで走り疲れたスポーツ選手のように疲労した立川は、そのままビルの壁にもたれ、追っ手が来ない事を確認する。
立川の息は荒く、疲労も相当な物なのであろう。その姿からも、今までずっと走り続けていた事が伺える。
立川が安心して座り込もうとした、その時であった。こちらへ向かって近付いてくる足音。
振り向けば、ゆっくりと歩いてくる一人の男の姿が確認出来た。
それは黒いスーツを着こなし、銀縁眼鏡を掛けた男――ダイアのキングたる実力を持った、不死生物。
もちろん立川にはこんな男に面識等無く、相手の目的が何であるかもさっぱり解らない。
故に立川は、金居に声を掛けた。
「貴方は……?」
「フン……不様だな? ワーム」
「……ッ!?」
金居の言葉を聞くや否や、立川の顔色は一気に青ざめた。同時に、迂闊にも話し掛けてしまった事を激しく後悔した。
少し考えればわかることではないか。この状況下でわざわざ自分に会いに来る人物がただの人間である筈が無いと。
だがもう遅い。体力を激しく消耗した今の立川では、間違いなく金居から逃げ切る事は出来ない。
壁に背をもたれ掛けながらも、後ずさるようにゆっくりと金居から距離を取る。
金居もまた、ゆっくりと歩を進め、立川との距離を詰める。
そんな金居が立川の目前まで迫るのに、そう時間は掛からなかった。
「……っ!?」
「命が惜しければ俺の質問に答えろ」
立川の首元に、クワガタムシの大顎を摸した剣、ヘルターが突き付けられる。
それを握る金居の姿も、すでに人間の物では無い。
黄金に近い体色に、全身から鋭角的な角を生やしたアンデッド――ギラファアンデッドだ。
「貴様は何の為にZECTに味方する? そんなことをして、一体貴様に何の利益がある?」
「……そんなものはありません。私はただ、人間の中で生きて行きたいだけです」
「フン、平和主義者という奴か……いいだろう。次の質問だ」
軽く嘲笑したギラファアンデッドは、再びヘルターを持つ手に力を込める。
仮に立川が1cmでも前に出たとすれば、ヘルターの刃が立川の首に突き刺さるのは明白。
それにより、立川は完全に動きを封じられる。
「時空管理局とかいう組織を知っているか?」
「………………」
キングから得た情報を元に、立川を揺する。
都合の悪い質問に言葉を失った立川は、ついギラファアンデッドから目線を反らしてしまった。
知らなければ知らないと言えば済む物を、立川は黙り込んでしまったのだ。
その反応からしてこの質問に対する答えは容易に想像出来る。
――と言っても、最初から立川という男が管理局と繋がっているという事を知った上での質問だが。
「ならば話は早い。プロジェクトFとやらについて知っている事を話して貰おうか」
「……プロジェクト……F?」
「そうだ。貴様なら知っている筈だろう、プレシアとかいう女のこともな」
「知りません……初めて聞く名です」
「……いいのか? そんな答えで」
ヘルターの刃が立川の首筋に当たる。あと少しでも力を込めれば、立川の首は簡単に跳ぶであろう。
それでも立川は、答えを変える事は無かった。
「本当に……知りません、私は……!」
「そうか……ならば用は無い。死ね」
「……ッ!」
冷たい言葉と共に、ヘルターを振りかぶるギラファアンデッド。
立川自身も、最早これまでかと反射的にその瞼を強く閉ざした。
――だが、ヘルターの刃は立川に刺さる事は無かった。一度死の覚悟を決めた立川も、恐る恐るその瞳を開く。
再び目が開かれた時、立川の眼前にいるのはギラファアンデッドでは無かった。
そう。そこにいるのは、眼鏡をかけた男――金居だ。
金居は立川から視線を外し、自分が来た方向を見詰めている。何が起こったのかと、立川も同じ方向を向く。
すると、微かにだが聞き慣れた声が聞こえて来たのだ。聞き間違える筈も無い。
紛れも無く、自分を捜す高町なのはの声だ。
二人がこの微かな声を聞き取る事が出来たのは、彼等が二人とも人ならざる存在だからだろう。
普通の人間の聴力ではこんな微かな声を聞き取り、判別する事などまず不可能だ。
ややあって、軽く下を打った金居に、立川の表情は自然と明るくなる。
「この声は、なのは……さん……」
「……命拾いしたな。今回は見逃してやる」
「…………」
「最後に名前だけ、教えてもらおうか」
「……立川……大吾。」
金居の質問に、自らの名前を名乗る。
それを聞いた金居は、立川に落とした視線を外し、なのは達とは反対の方向へと走り始めた。
この場所に長居して、なのは達に顔を見られるのもまずい。
そんなことになれば間違いなく今後の計画に支障が出るからだ。
◆
加賀美やフェイトに付き合って走り続けたなのはの疲労は既にレッドゾーン。倒れる程では無いが、正直もう座ってしまいたかった。
それに気付いたフェイトは、自分に気を使って速度を落としてくれる。なのはも少しだけ甘えて、数メートルの距離を歩く。
並の小学生の体力を遥かに凌駕するフェイトや、ガタックとして戦い続けてきた加賀美の体力とでは、やはり運動が苦手ななのはの方が劣ってしまう。
だが、それでもここで立ち止まる訳には行かない。一刻も早く立川を見付ねばならないのだから。
そして、再び歩き始めたなのはが立川を発見するのに、それほど時間を必要としなかった。
数メートル歩いた場所で、きちんと掃除された、少し開けた路地裏を発見する。
そんな場所に、ポツンと佇んでいる一人の男が居た。
何をするでも無く、ただそこに立ち尽くしている、その男こそがなのは達が探していた男だ。
「立川さんっ!!」
なのはは、大きな声でその名を呼んだ。だが、立川に向かって歩き出したなのはを、加賀美が制する。
「相手はワームなんだ、迂闊に近付いちゃ危ない。ここは俺に任せて」
加賀美の言葉に、なのはは一瞬だけ表情を曇らせるが、すぐに了承。
「うん」とだけ言い、静かに頷いた。
なのはを自分の背後に回らせた加賀美は、強い口調で立川に迫った。
「おい、立川……! 一体どういうことなんだ!」
「……どういうこと……とは?」
「何故……ワームである筈の貴方が同じワームに襲われているんですか……?」
暫しの沈黙の後、立川が静かに聞き返す。いつも通りの冷静な態度で。
それに対してフェイトは、一歩前に出て、加賀美の言わんとする質問を立川にぶつけた。
立川は一度目を閉じ、今度は加賀美達の顔を見回した。
それぞれに怪訝な面持ちで、視線を立川に集中させているのが分かる。
「人間とは、なんと脆く、はかない生き物なんでしょう。だがそれ故に愛おしい……」
「お前達ワームは、人間の敵じゃないのか!?」
「……私達ネイティブは、貴方方人類の味方です」
「ネイティブ……?」
立川の言葉を、なのはが復唱する。以前も聞いた、“ネイティブ”という謎の単語が気になったからだ。
立川がなのはに視線を移し、その瞳をじっと見詰める。なのはもまた立川の瞳をじっと見返す。
再び流れる沈黙。そして――
「やはりお前達ワームには2種類いるんだな」
この場所に、彼等にとって聞き慣れた男の声が響き渡った。
「天道っ……!?」
突然の男の出現に驚いた加賀美がその名を呼ぶ。なのはやフェイトも、加賀美に揃えて復唱する。
ゆっくりとこちらに歩いてくる、本局局員の制服を着た男――天道総司。
「て、天道さん……どうして此処に!?」
「……なんでその制服を!?」
フェイトとなのはがそれぞれ質問する。二人とも相当に驚いているらしく、声が裏返る。
「その話は後だ」
対する天道は、一言だけそう返すと、なのは達の間を縫って立川の前へと移動した。
「お前らネイティブという連中は、俺達の知るワームとは敵対している……そうだな?」
「私達は戦いを好みません!」
天道の言葉を遮るように、立川が声を張り上げる。同時に、なのは達の表情もより一層怪訝なものとなる。
「人間とワームとの戦いにも巻き込まれたくありません……
私たちは、人間の中でひっそり暮らしていきたい……ただそれだけです……」
「じゃあ……貴方は人間を襲ったことは……?」
「ありません。私達ネイティブが、自分から人間を傷付ける事は有り得ない」
フェイトの質問に、立川が答える。
真っ直ぐにフェイトの瞳を見詰める立川。フェイトもまた、何かを考えるように立川を見返す。
一方で、天道もまた、何かを言いたげな表情で立川を睨んでいた。
ネイティブが人間の味方だという話は以前にも聞いたが、そうなると、もう一つ気になる点が出来る。
それは、天道の実の妹……ひよりの事。ひよりがワームだというのは天道も知っている事だが、ひよりが人間を襲った事は一度も無い。
そしてネイティブである立川がひよりの事を知っているという事から……一つの仮説が成り立つ。
天道は、一歩前へ踏み出し、その仮説を立川にぶつけた。
「……ひよりは……お前達の仲間なんだな?」
「私は……貴方にひよりさんの居場所を伝えねばなりません」
「……知っているのか!? ひよりの居場所を!?」
居場所を知っている。この返事は、天道の質問に対する肯定の返事と取って間違いは無いだろう。
だが、それ以上に天道はひよりの居場所が知りたいのだ。
時空の彼方などという訳のわからない場所ではなく、具体的に“どうすればそこへ辿り着けるか”知りたいのだ。
そして天道が立川にさらに近付いた、その時――
「ワームッ……!?」
天道と立川は、すぐに引き離されてしまった。
立川を殺そうと再び現れたアーミーサリスが、天道と立川の間に割って入ったのだ。
加賀美と天道はすぐに立川からワームを引き剥がし、投げ飛ばす。
同時に、現れたカブト・ガタックゼクターを掴み取る。二人は声を揃え、叫んだ。
「「変身ッ!!」」
刹那、響き渡る電子音声。
“Henshin”と。二人の変身を示す音声が流れ、二人の体を銀色のアーマーが包んで行く。
変身を完了したカブトは、立川と、立川を護ろうとするなのは達に近付こうとするワームを殴り飛ばし、言った。
「立川を頼む……!」
「は、はい!」
なのはの返事を聞いたカブトは、何処からかカブトクナイガンを取り出し、直ぐに近くにいるワームに斬り掛かった。
◆
アースラの中には、一つだけ特別な部屋が存在する。部屋全体の床に畳が敷き詰められ、使用されるテーブルは小さな木製の物。
ここはアースラの艦長であるリンディ・ハラオウンが落ち着けるようにと用意された艦長室……の筈なのだが。
当のリンディ・ハラオウンには、落ち着いている余裕等無かった。
「――天道総司が、脱獄したっ!?」
艦長室に、リンディの素っ頓狂な声が響く。目の前に映る小さなモニターには、申し訳なさそうに頭を下げる二人の局員。
そう。この二人は、先程油断した一瞬の隙に天道の蹴り技を受け、その脱獄を許してしまった二人だ。
「で、天道総司は何処へ向かったのかしら? そう簡単にこの戦艦からは脱出出来ない筈よ」
「それが……ッ!?」
「あいつらのとこに行ったんだよっ!!」
と、そこでモニターに写る局員が跳ね飛ばされ、今度はそこに野上良太郎が写りこむ。
逆立った髪の毛に赤い瞳。そして何よりも特徴的な口調。
それらを見るに、これは野上良太郎では無く、良太郎に取り付いたイマジンだと推測。
あいつら……というのは、おそらくワーム討伐に向かったクロノ達の事だろう。
それを踏まえた上で、リンディはさらに質問する。
「貴方は天道総司さんを見たの?」
「見たも何も、俺の目の前で行きやがったんだよ! あの野郎っ!」
良太郎の返事に、リンディは大きな溜息を落とした。全く以て頭の痛くなる話だ。
まさか本局からの処分が言い渡される前に、天道が自分から行動を起こすなんて考えてもみなかった。
また天道捕獲からやり直さなければならないのか? と考えると、それだけで気が重くなる。
「はぁ……わかりました。良太郎君……取り敢えず貴方は待機してて頂戴」
「なっ……!? 俺の出番は……!?」
「今回は無しです」
「そんなぁーーーッ!?」
キッパリと言い切るリンディに、良太郎はうなだれるようにモニターから姿を消した。
◆
赤と青のライダーは、自分達を取り囲む緑の怪物と戦い続けていた。
赤いライダー――仮面ライダーカブト・ライダーフォームのクナイガンが、緑の集団を斬り裂き、華麗な弧を描く。
青いライダー――仮面ライダーガタック・ライダーフォームのダブルカリバーが、美しく煌めく青い軌跡を残しながら、ワームを斬り裂いて行く。
華麗に舞う二人のライダー。後に残るのは、先程までワームだったもの――緑の炎のみ。
なんとか赤と青のダブルライダーから逃れたワーム達が、立川へと迫る。しかし何の問題も無い。
立川の前に立ち塞がるのは、レイジングハートを構え、呪文を詠唱する少女――高町なのは。
その刹那、レイジングハートの先端から発せられた閃光は、向かって来たワームを残らず爆ぜさせた。
「不屈の心を宿せしデバイス。レイジングハートに選ばれし人……
不屈のエースオブエース――高町なのは」
「え……!?」
その光景をみた立川が、ポツリと呟いた。もちろんなのははそれを聞き逃さず、自分の事かと反応する。
しかし、その行動をミスだとすぐに後悔。よそ見をしている間に、一瞬の隙が生まれてしまったのだ。
もちろんワームがその隙を逃す筈も無く、すぐになのはに群がる。
だが、なのはには傷一つ与えられない。何故ならワームの攻撃は、なのはには一切届く事は無かったからだ。
風のように吹き抜けた金の閃光――
フェイトの振るうバルディッシュに斬られたワームは、まとめて緑の炎と化した。
「大丈夫……!? なのは!」
「う、うん……ありがとうフェイトちゃん」
嬉々とした表情で、感謝の意を表するなのは。
そして二人の言葉を掻き消すように、立川が再び口を開いた。
「運命を斬り裂く黄金の剣。バルディッシュに選ばれし人……
心優しき金の閃光――フェイト・テスタロッサ」
「何……っ!?」
立川の声に、フェイトもまたその動きを止める。しかし、フェイトが立川に視線を向けた時には、立川は別の方向を眺めていた。
立川の視線の先にいるのは、ダブルカリバーを舞わせ、ワームを爆発させてゆくガタック。
ガタックが振るう青き双剣は、右、左と振り回される度に青き閃光と緑の炎を残して行く。
流れるような美しい軌跡を残しながら、ワームを殲滅して行く青い戦士――その姿、まさに戦いの神の如く。
「戦いの神、ガタックに選ばれし人――加賀美新」
「……なっ!?」
立川にその名を呼ばれたガタックもまた、なのはやフェイトと同じようにカリバーを振るう手を休める。
しかしもちろん立川がその問いに答える事は無く、今度はガタックとは反対の方角を見遣る。
その先に居るのは、数匹のワームと、クナイガン片手に舞うカブト。
薙ぎ払うように振られたクナイガンは、立川に迫ろうとしていたワームを纏めて斬り裂く。
斬り裂かれたワームが爆発することで、立川の視界に写るのは自然とカブトのみとなる。
太陽の光を受け、美しく煌めく赤いボディ――その姿、まさに太陽神の如く。
「光を示せし太陽の神、カブトに選ばれし人――日下部総司」
「……何だと?」
全てのワームを倒したカブトは、ゆっくりと体を直立させ、立川へと視線を飛ばす。
言いながら、カブトは立川に歩み寄る。立川にはまだ色々と聞かねばならない事があるからだ。
まずはネイティブのこと。ワームと敵対している理由や、管理局との関係について聞かねばならない。
次にゼクターの事。何故立川は――ネイティブと呼ばれるワーム達は、ゼクターを自由に操る事が出来るのか。
……そして、ひよりのこと。天道にとって最も優先すべき、大切な妹の居場所についてだ。
それらを聞き出す為に、カブトは立川の隣に立つ。
――刹那、カブトを襲ったのは凄まじい頭痛と目眩。それこそ、常人ならば今にも意識を失ってしまう程の。
やがて立っていることすらままならなくなったカブトは、重力に身を任せ、その場に崩れ落ちた。
「うぉぉぉおおおおぉおおおおぉぁぁぁあ゙あああああああああッッッ!!!?」
そして、響き渡る悲鳴。
声の主は外ならぬカブト――天道総司。
頭を抱え、悲鳴を発しながら地べたをのたうち回るカブトに、一同は視線を集中させる。
「て……天道!?」
「天道さん……まさか……」
フェイトを除く3人は、この光景に確かな既視感を覚えた。自分達は、以前にも同じ姿を見た事があると。
ならば、この苦しみの次に待ち受けているのは――
「まさか……暴走スイッチ……!?」
ガタックがぽつりと呟いた。
そう。この苦しみの先に待つものは“暴走”。
ワームを“一匹残らず”殲滅するまで、狂ったように戦い続けるという悪魔のシステム。
それが何故カブトに組み込まれたのかは解らない。だが、事実カブトは目の前で苦しんでいるのだ。
「加賀美さん、コレって……あの時の……!」
「ああ、間違いない……暴走スイッチだ……!」
「「暴走スイッチ!?」」
なのはとフェイトが声を揃え、ガタックを見る。
しかし、ガタックの返事を聞くより早く、カブトの悲鳴は途絶えた。
再びカブトへと視線を戻す。つい先刻まで、目の前で悲痛な叫び声を上げ続けたカブトは、既に何事も無かったかのように立ち上がっていた。
状況を把握出来ないフェイトは、カブトの身を案じ、ゆっくりと近寄る。
「天道……さん?」
「危ない、フェイトちゃん!」
「……キャッ!?」
ガタックが叫ぶや否や、フェイトの体はカブトの手によって突き飛ばされた。
「な、何が……」
突き飛ばされたフェイトは、なんとかバルディッシュを支えにして立ち上がる。
訳もわからずに、低く唸るカブトを見つめる。
だが、カブトはフェイトには見向きもせずに、ただ立川だけを見詰め、前進して行く。
「まさか……立川さんを!?」
カブトの目的は立川。すぐにそれに気付くも、フェイトにはどうしていいのかが解らない。そもそも状況が把握出来ないのだから。
「加賀美さん、さっき言ってた、暴走スイッチって……!?」
「カブトとガタックには、ワームを一人残さず倒すまで、自分の意思に関係無く
戦い続ける暴走スイッチが仕込まれてるんだッ!」
「そんな……ッ!?」
説明しながらも、ガタックはカブトに組み付く。カブトの動きを止める為に。
なのはは一先ずフェイトに駆け寄りながら、ガタックの説明をに驚愕する。
「じゃあ……あの時天道さんが暴走したのは、そのスイッチのせい……!?」
「クッ……何でそんなふざけたスイッチが……!」
「そんな事俺が聞きたいッ!!」
話をまとめ、ようやく状況が読めてくる。どうやら以前カブトが立川に襲い掛かった理由は、その暴走スイッチとやらにあるらしい。
悪態をつくフェイトに、ガタックが返事を返す。
カブトはそんなガタックを振り払い、一気に立川に飛び掛かった。
同時に、立川の体はカブトの攻撃を凌ぐ為、緑の異形へと変貌して行く。
「うぉおおおッ!!!」
「……!」
右、左、右、左と、ただ相手を殺す為だけに、カブトはひたすらにその拳を立川へと打ち付ける。
その姿に普段の面影は無く、まさに暴走という二文字が相応しいと言えるだろう。
カブトのラッシュは止まる事無く、その拳は、その脚は、的確に目の前のワームを捉らえて行く。
マスクドライダーのパンチは一発で数トンという驚異的な威力を誇る。
いくら蛹であるサリスワームの装甲を持ってしても、そう何発も受け続けて良い物では無い。
このままでは、カブトに立ち向かう力を持たない立川は、間違いなく殺されてしまう。
「止めろッ! 殺すつもりか!?」
「おぉぉあああああああッ!!!」
それを阻止しようと、再びガタックがカブトに掴み掛かるが、カブトはそれを物ともせずに払い退ける。
今のカブトには、最早ガタックなど視界に映ってはいない。その目に映るのは、目の前に存在する緑のみ。
故にカブトはそれ以外には攻撃しない。ガタックを払い退けたカブトは、再び立川に打撃を与え始めた。
◆
クロノ・ハラオウンが駆け付けた時、カブトは既に手の付けられない獣同然となっていた。
雄々しい雄叫びを上げ、ただひたすらに目の前のワームを殴り続ける。
ガタックはそれを止める為にカブトに組み付き、なのはとフェイトの二人はバインドをかけるタイミングを見計らっている。
「一体どうなってるんだ……これは!?」
言いながらも、彼方から飛来したザビーゼクターを左腕のブレスに装着し、そのまま回転させる。
同時に、ザビーゼクターはニードルが突出し、クロノの体を覆ったマスクドアーマーは一瞬で弾け飛んだ。
『Change Wasp(チェンジワスプ)!!』
仮面ライダーザビー・ワイダーフォームへの変身完了を告げる電子音が響く。
ザビーは、軽くアウトボクシングスタイルで構えた後、その鋭い蜂の複眼でカブトを睨み付けた。
走り出したザビーは、ガタックが押さえ込んでいたカブトに鋭い右ストレートを打ち込む。
「天道総司……何をやってるんだ、君は一体!?」
「うぉぉぉおおおおおおおおっ!!!」
殴られたにも関わらず、カブトはまるでダメージを受けた素振りを見せない。
それどころか、やはりザビーも視界には入っていないらしく――
「っぁああああああああああッ!!」
「なっ……天道!?」
ザビーを押し退けて、一直線にワームへと駆けて行く。突き飛ばされたザビーは訳も解らずにただ構えるしか出来ない。
ガタックは、再びカブトの行く手を阻むように現れ、レスリングを思わせるタックルでカブトの動きを食い止める。
「無駄だ、クロノ! 今の天道は……カブトは、完全に暴走してる!」
「暴走……? 何故そんなことに!?」
「話は後だ! 今はとにかく、カブトを立川から引き離せッ!」
ガタックの言葉に周囲を見渡すも、立川と呼べそうな人間はどこにもいない。
いるとすれば、自分の後方にいるワームのみ。
「(まさか、このワームが?)」
そんな話をしているうちに、ガタックはまたカブトに叩き伏せられてしまう。
状況は解らないが、今すべき事を何となく掴んだザビーは、直ぐにカブトの眼前に踊り出た。
カブトがザビーに向かってがむしゃらにパンチを打ち込む。
ザビーはそれを軽く流し、逆にパンチを打ち返す。普段のカブトのパンチならば受けるのは難しいかも知れない、
暴走してしまった今のカブトのパンチを流すのは、そう難しいことでは無い。
カブトが数歩後退した隙に、ザビーはガタックへと視線を飛ばし、言った。
「よく解らないけど……少なくとも今はそのワームは敵じゃない……
まずはカブトを止めればいいんだな?」
「ああ、今はカブトを止める為に、立川を……頼む、なのはちゃん、フェイトちゃん!」
突然名前を呼ばれた二人は、慌てながらも咄嗟に頷く。
すぐになのはが立川ワームの手を引いて、フェイトが立川を護衛するように陣取る。
「ありがとうございます……なのはさん、フェイトさん」
なのはに手を引かれた立川ワームは、輝きながらその姿を人間へと変えて行った。
立川は一言礼を言うと、カブトにやられボロボロになった体に鞭を打ち、フェイト達と一緒に走り出した。
立川の姿は見え無くなったが、それでもカブトの暴走が止まることは無かった。
標的はもう居ないというのに、暴走は終わらない。故に無差別にガタックとザビーを殴り続ける。
ガタックがカブトに跳ね退けられれば、ザビーが前に出る。その逆の場合はガタックが前に出る。
それを繰り返し、暫しの時が経過した。一向に止まる気配を見せないカブトに、ザビーはパンチを打ちながら再び呼びかけた。
「天道……天道総司っ!!」
「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッッ!!」
「チッ……」
カブトの攻撃を受けては流し、受けては流しを繰り返す。
さっきまでは暴走したカブトなど恐れるに足らず……等と考えていたが、今ならそれを否定出来る。
そう。体力に関係なく暴走しているカブトが相手では、自分の意思と力で戦うザビーの体力が先に尽きるのは明白だからだ。
やがてカブトは、ザビーから一瞬離れ、咆哮した。同時に、聞き慣れた電子音が
ザビーの耳に聞こえて来る。
『One,Two,Three――』
「……ッ!?」
「うぉおおおおおおおおおおおおッ!!!」
ベルトのゼクターホーンを倒し、もう一度起き上がらせる。
カブトゼクターから放たれた電撃は、真っ直ぐにカブトの頭へと上って行く。
「止めろッ! 天道ぉーーーッ!!」
『Rider Kick(ライダーキック)』
ガタックの叫び声が聞こえる。それでもカブトは止まらない。
最早カブトの耳にはどんな言葉も届かないのだろう。
ザビーの視界に入るカブトは、瞬く電撃を右足へと集束させ、一直線に走って来る。
「(カブト……!)」
しかしザビーは逃げる事無く、真っ直ぐにカブトを見据える。
それは逃げても無駄だと考えたからだ。言葉が通じないなら、無理矢理にでも止めるしかない。
少々捨て身の方法かも知れないが、今のカブトを止め、天道を救う方法は、一つしか浮かばなかった。
「天道総司……君は、フェイトの命を救ってくれた。兄として、そのことには感謝してる……」
接近するカブトに、ザビーが呟く。足を踏ん張り、左腕を顔の前へと移動させる。
自分にとってたった一人の妹の命を、体を張って救ってくれた天道。
クロノはいつの間にか、心の何処かでそんな天道を尊敬していたのかも知れない。
いや。兄として、人間として……認めたくは無いが、尊敬はしていたのだろう。
だからこそクロノは、天道のこんな哀れな姿を、これ以上見ていたく無かった。
「だから……今度は僕が君を救う……! その呪縛から解放して見せる……!」
「おぁぁあああああああああああッ!!!」
ザビーのすぐ眼前にまで迫るカブト。跳び上がり、右足を大きく振りかぶる。
対するザビーは、光り輝く左腕を構えたまま、カブトを食い入るように見詰める。
次の瞬間、カブトの輝く右足は、ザビーの左肩に振り下ろされた。
「……クッ!!」
激しい痛みがザビーを襲う。
それでも、ザビーは逃げなかった。
目の前の男を救う為に――借りっぱなしの恩を返す為に。
「ライダー――……」
ザビーの仮面の下、クロノは痛みに耐えながら、その口をゆっくりと開いた。
刹那、ザビーの二つの複眼が橙色に輝き、頭の頂上まで上った電撃が左腕へと帰って行く。
そして、力の限り叫んだ。
カブトの中で眠っている天道の脳にまで響き渡る程の大声で、天道を救う技の名前を。
「――スティングッ!!」
『Rider Sting(ライダースティング)!!』
そして、真っ直ぐに伸ばされた左腕は、ザビーのゼクターニードルは、カブトの赤い装甲に突き刺さった。
「が……あぁ……ッ!?」
「カブト……これで……!」
刺さったニードルから、瞬く閃光が迸る。
カブトはゆっくりとザビーから離れ、胸を押さえながら膝をついた。
「あ……あぁ……」
か細い声をあげながら、カブトの体を覆うヒヒイロノカネは光となってカブトゼクターに還元していく。
こうして装甲が消えることで、カブトから解放された天道総司がその姿を見せた。
「「天道ッ!?」」
ガタックとザビーもまた、それぞれの変身を解除し、天道へと駆け寄る。
力無く崩れ落ちた天道は、二人の呼び掛けには答えずに、虚ろな瞳で空を見上げる。
「天道、天道ッ!!」
倒れた天道の肩を、加賀美が揺さぶる――
どうやら天道の意識を引き戻すのにそれほどの労力を必要とはしなかったらしい。
天道は直ぐに加賀美の襟元を掴み、起き上がった。
◆
「俺は……ッ!?」
「……ッ!?」
意識を取り戻した天道は、目の前で自分を揺する加賀美に、目を見開いた。
自分が何故こんな状況に陥っているのか。
最初は訳が解らなかったが、自分の意識が途絶えた場所を思い出し、直ぐに理解。
その答えは簡単だ。恐らく自分はまた、“暴走”してしまったのだろう。
加賀美の顔を自分に引き寄せ、目を剥き出した天道は、ハァハァと肩で息をしながら喋り出した。
「俺は……俺はまた……! 暴走してしまったのか……ッ!?」
「天道……お前ッ!!」
答えは解っているというのに、問わずにはいられなかった。恐らくは自分の推測をより確かな物とする為にだろう。
すると加賀美は、逆に天道の胸倉を掴み、無理矢理起き上がらせ、揺さ振りながら怒声を浴びせる。
「お前はッ! 俺とクロノの制止も聞かずにッ! また立川に襲い掛かったんだよッ!!」
「そんな……また……俺は……」
か細い声で呟きながら、天道は加賀美から目を反らす。
ゆっくりと首を回した天道は、そこに膝を付いて自分を見詰めるクロノを発見した。
「……お前は……」
「はぁ……まさか、ワームを倒しに来て、カブトと戦う羽目になるとは思わなかったよ……」
左肩を押さえながら、苦笑気味に喋るクロノ。押さえた掌からは真っ赤な血が流れ、クロノの黒い服に染みを作っている。
「まさか、その傷は……」
「気にしないでくれ。これくらいの傷なら、手当てをして安静にしておけば直ぐに治る」
天道は直ぐに理解した。これは自分が与えた傷。恐らくは、ライダーキック級の攻撃で与えてしまった物だろうと。
そう考えると、無性に腹が立つのを感じた。暴走スイッチが働いたとは言え、カブトの力を制御出来なかった自分自身に。
加賀美の手を振り払った天道は、ゆっくりとクロノの前へと歩み出た。
「……お前が暴走した俺を止めたのか?」
「……まぁね。まさか、僕がここまでいい奴だったなんて、自分でも思わなかったね」
少し嫌味な口調で言うクロノ。ザビーになってからだんだんと性格が捻くれている気がするが、まぁ気のせいだろう。
クロノの言葉を聞いた天道は、そっとクロノに手を差し延べた。
「……?」
「よく……俺を止めてくれた。感謝する」
天道の顔をちらりと見た後、クロノは軽い笑みを浮かべながら天道の手を掴んだ。
「……止めてくれ、君らしくもない」
クロノの言葉を聞いた天道は、不思議な感情を抱いた。
何故だか、心が温まるような、不思議な感情。それも悪くない……と、微笑む。
クロノを引っ張り上げ、立ち上がらせると、天道はすぐに加賀美に視線を飛ばした。
「天道、お前……もう大丈夫なのか……」
「加賀美……その話は後だ。今はまず立川を探し、ひよりの居場所を聞き出す……!
クロノは戻って、その傷の手当てをしろ。治ったら、今度何か美味い物でも御馳走してやる」
それだけ言うと、天道は二人の返事も聞かずに、走り出した。
やがて天道について加賀美も走って行く。二人が立ち去るのを見送ったクロノは、小さく呟いた。
「天道……お前、その制服を一体どこで手に入れたんだ……?」
スーパーヒーロータイム
「NEXTSTAGE~
プロローグ・Ⅲ~」
「おい、奴は一体なんだ?」
街の小さな喫茶店、花鶏の店内で、短い髪の毛を立たせた、長身な男――秋山 蓮が言った。
蓮の言う“奴”とは、外ならぬプレシア・テスタロッサの事だ。
「いや、だってほっとけないだろ? 記憶無くしてるらしいし、なんか危なっかしいし……」
それに対し、典型的なお人よしである城戸真司が、テーブルを雑巾で拭きながら答える。
「だからと言って、何故うちで預からなければならん?」
「うちって……お前だって居候だろ」
嘲笑うように小さく指差す真司の手を、パシッと払いのける。
蓮に手を叩かれた真司は、眉をしかめて蓮を睨む。
対する蓮も、顔をしかめて真司の顔を覗き込むように睨み付けた。
……まぁこの二人はいつもこんな感じだ。
一方でプレシアは、花鶏の二階……自分に与えられた仮の自室で、思考を巡らせていた。
何か、大切な事を忘れているような気がするのだ。絶対に忘れてはならない、大切な事を……。
ふと、プレシアの脳裏を過ぎる金髪の少女。髪の毛を二つに括った、所謂ツインテールという髪型。
頻繁に脳裏に浮かぶその姿。だが、その少女が何者なのかはさっぱり解らない。
「誰なの……貴女は……」
考えれば考える程、頭が痛くなる。思い出せそうなのに、思い出せ無い。
自分にとって、何か大きな存在というのは間違い無い。
それなのに、どうしてもその金髪の少女の正体が思い出せないのだ。
「はぁ……」
頭痛がピークに達した事で、プレシアはこれ以上考えるのを諦めた。
ややあって、ポケットから取り出したのは、美しく輝く緑の石。
いびつな形をしてはいるが、恐らく磨けば宝石のように光り輝くであろう。
気付いた時からずっと持っていたその石を、プレシアは太陽に透かして眺めていた。
To Be Continued.
最終更新:2008年05月24日 13:21