「ドクター、少しよろしいですか?」
とある遺跡の地下に建てられた研究所、スカリエッティは今までの研究の成果を纏めていると、後ろから呼ぶ声がした。
「どうしたんだい?ウーノ」
「あの男の話、本当に信用なさっているのですか?」
あぁ、あの話か…と思い返しながらも、ドクターはデータを纏め続けていた。
だがしかし…確かにウーノが言う通り、彼レザードが話した話はまるで、おとぎ話のような信じられない内容だった。
リリカルプロファイル
第二話 魂
レザードが居た世界は、世界樹ユグドラシルを中心に形成された三重世界で、
人間の世界ミッドガルド、死者の世界ニブルヘイム、神の世界アスガルドとそれぞれ呼ばれていた。
ある時、神の世界の王オーディンは、やがてくると予言された神々の黄昏“ラグナロク”に備え、
とある神をミッドガルドに派遣、その神は人々から“魂を選定する者”と呼ばれ、その名の通り魂を選定し、
選定された魂は、神の先兵エインフェリアとして神の世界に送られ、神の為にその力を振る事を約束されていた。
そして“ラグナロク”が訪れた日。神の王オーディンは裏切りの神の手によって倒れ、
世界は海に沈み、滅んだかに見られたが“魂を選定する者”が新たな創造神として世界を再生させたのだ。
一方レザードは“ラグナロク”を乗り切るため、賢者の石と呼ばれる石の力を使い乗り切るのだが、
“ラグナロク”後の世界は、レザードにとって望まぬ世界だった。
其処でレザードは過去へと飛び、とある王女の旅に同行、
目的である神の力を得ると、自らが望む世界を創った…というものだ。
「ウーノの気持ちはわかるが、彼は嘘をついて無いよ」
レザードの中に封じられている力、見た事の無い術式など、レザード自身が証明であるとスカリエッティは答える。
だが…神が住む世界、過去へと飛ぶ術式、魂の存在など、今まで比喩的表現でしかなかったものが証明されている世界。
…スカリエッティは思わずつぶやいた。
「もしかしたら、彼が住んでいた世界こそ、我々がアルハザードと呼んでいる世界なのかもしれない……」
アルハザード…かつて魔法を究めたとされる古代世界…
その住人の可能性がある人物が目の前に、それも計画に一役担っている。
…今まで休むことなく動いていた手が急に止まり、考えにふけるスカリエッティ。
「……ドクター?」
「…………うん、すまないウーノ、残りのデータを纏めておいてくれたまえ」
「分かりました……それでドクターはどちらへ?」
「ちょっとレザードと話をしてくるよ」
ウーノにそう告げると、足早に部屋を後にする。
彼の話を耳にしてから去来する一つの想い…それを可能に出来るのは彼しかいない、とスカリエッティは思っていた。
此処はスカリエッティによって割与えられた部屋、レザードは此処でこの世界の魔法及び技術を調べていた。
まず、この世界の魔法はデバイスと呼ばれる道具によって使用する事が一般である事。
更に魔法をプログラム化させる技術により詠唱を大幅に短縮出来る事、魔力を属性に変換させて使用するのは珍しく、
むしろ魔力そのものを圧縮、放出、また形状、性質を変化させて攻撃するのが主流だということ。
そしてデバイスには、非殺傷設定が存在することである。
非殺傷設定とはどれだけ強力な攻撃でも、たとえその攻撃が死に値する攻撃であっても、
気絶、もしくは昏睡にとどめるシステムだという。
「非殺傷設定…まるで生粋のマゾヒストかサディストが考えたような設定ですね」
そんなことを考えて苦笑いる時、後ろでレザードを呼ぶ声が聞こえ、
振り返るとスカリエッティが部屋に入って来ていた。
「ドクター何か用で?」
「君に聞きたいことがあってね、率直に聞きたい……造られたモノにも魂が“宿る”事はあるのかい?」
「やれやれ…いきなり来て、何を言い出すのかと思えば……」
両手の平を広げ肩をすくめ、小馬鹿にした表情を見せるが、スカリエッティは真剣な目レザードを見つめていた。
…レザードはため息を一つ吐き、眼鏡に手を当て問いに答える。
「造られたモノに魂が“宿る”という事は………あり得ません」
レザードがかつて造ったホムンクルスしかり、神の器もしかり、そして戦闘機人も同様だろう。
しかし造られたモノに魂を“宿す”事は出来るという。
レザードによれば彼が得た力の一つに、輸魂の呪と呼ばれる呪法が存在し、
それを活用すれば、モノに魂を宿す事が出来るだろうというものだった。
「なるほど……」
「しかし、なぜその様なことを?」
「…レザード私はね、魂を得たいのだよ」
するとスカリエッティは自分の出生を話し始める。
自分はアルハザードと呼ばれる世界の超技術によって造られた“無限の欲望”と呼ばれる存在で、
名の通り欲望のまま、様々なモノを造り上げ、生命をも研究して来た。
そして次にターゲットにしたものは魂だった。
魂を知る為にあらゆる生物を解剖してきたが、魂の存在を確認する事が出来なかった。
魂など存在しないただの偶像と考え始めた矢先、レザードと出会い、話を聞き胸が高鳴ったという。
「私はね…君の話を聞いてから、魂が欲しくてたまらない!何故ならそれこそが人とモノを分かつ絶対条件だと確信したからだ!」
クローン技術、人造魔導師、遺伝子改造、記憶のコピーなど
生命操作を次々に手掛けていくと、人とモノの境界線が曖昧になっていく。
人とモノの境界線をハッキリさせる必要なファクター、それが魂だとドクターは主張する。
「どうだろうレザード、人とモノの分ける証明の為に、
私に魂を与えてはくれないだろうか?…私は人になってみたいのだよ」
いや、なりたいのかもしれない。造られた存在はただの“物”として取り扱われるこの世界。
それからの脱却の為に魂を得る…むしろこれは革命と言っていいのかもしれないと、
熱く語るスカリエッティの言葉を、黙って聞くレザード。暫くして考えが纏まったのか口が開き始める。
「……特に問題はないですが、一つ条件があります」
そう答えたレザードは左胸の裏ポケットから一つのケースを取り出す。中には銀色の髪が数本入っていた。
「この髪の毛を元に戦闘機人を造って貰いたいのですが」
「ふむ、それは別に構わないが、一体誰の毛なんだい?」
「まぁ、“神の毛”…とでも言っておきましょう」
両手の平を開きながら肩を竦め、おどけるレザード。
…これはひょっとしてギャグなのか?と考え込むスカリエッティだが、
戦闘機人製作で魂を得られるのなら、安いものだと、レザードの依頼を快く引き受けた。
レザードにとって無垢の魂を造り出す事は造作もなく、
横になっているスカリエッティの記憶、情報をとある神の技術を応用した術式で読み込み
無垢な魂に刻むと、続いて輸魂の呪の詠唱を始める。
「全てを断ち切る糸よ我其に願う、意を持ちて絡め取りたる魂よ…血と肉と骨を与え、新たなる傀儡をここに紡がん」
これにより魂は、吸い込まれるようにスカリエッティの体に結び付き無事完了。
早速スカリエッティは自分の体を確かめる様に動かし始める。
「………あまり代わり映えしないもんだね」
「まぁ、そんなものですよ、それより約束忘れないで下さい」
あぁ解っている…と頷いて返事し、手渡された髪の毛を持ってスカリエッティは意気揚々と自分の部屋へ帰って行った。
そんな姿を見たレザードは頭に手を当て、やれやれ…と言った表情で見送る。
…暫くしてウーノ達がレザードの部屋にドッと押し掛けてきた。
どうやら、ドクターが自慢するように魂の話をしていたようで、
それに影響されたのか、自分達もまた魂が欲しくなったのだという。
レザードは呆れた表情を浮かべるが、彼女達もまたスカリエッティと同じく造られた存在、
魂という存在に憧れ、欲しがるのは仕方がない事なのかもしれないと考え、一人ずつ丁寧に魂の処置を施した。
「ありがとう“博士”」
「トーレ?その“博士”と言うのは何ですか?」
「ドクターが言っていたんだ。レザードは“博士”だと」
「“博士”………ですか」
レザードは眼鏡を抑え笑みを浮かべる。どうやら本人も満更ではない様だった。
最終更新:2011年07月11日 16:31