臨海第八空港火災から一夜開け、此処ミッドチルダ北部に存在する宿泊施設に、三人の若き女性魔導師が宿泊していた。
彼女達は本局直属の魔導師で、要とも称されるほどの実力者であり、今回の空港火災の協力者でもあった。
三人は一つのベッドに並んで寝ていたのだが、茶色の短髪の女性が目を覚まし起き上がると
他の女性達も釣られるように起き始める。
「あっ二人共起こしてもうた?」
「ううん、今起きようと思ったところだよ、ねっなのは」
「うんフェイトちゃん、でもどうしたの?なんだかあんまり寝てない感じがするけど…」
「…流石になのはちゃんにはバレてもうたかぁ~」
はやてと呼ばれた女性は頬を掻きながら照れ隠しに笑みを浮かべるや、直ぐ様真剣な顔へと変わる。
彼女は空港火災時の管理局の――いや本局の対応に対して疑問を感じたと語り始めた……
リリカルプロファイル
第九話 騎士
空港火災の一報が入った時、はやてはゲンヤの部隊で研修を受けていた。
そして一報を受けたゲンヤは早急に現場への準備を進め、はやてもまたゲンヤと共に現場に向かうつもりであった。
だが本局の上層部ははやての同行を却下、むしろ現状で待機を命じられ、
命令に納得いかないはやては、これを無視してゲンヤと共に現場に向かい、
道中で偶然にも現場近くにいたなのは・フェイトの両名に声を掛け、協力体制をとり、
その結果、火災は速やかに鎮火、逃げ遅れていた民間人も無事救出し事なきを得た。
すると本局は手の平を返して、三人の判断と功績を讃えたという。
今回の本局の対応は地上本部との溝を更に深める内容であり、
このまま両者の溝が更に広がれば、解決出来るハズの事件も解決出来なくなる可能性があると、はやては示唆する。
「ただでさえ今の管理局は大きくなりすぎて迅速な行動が取れんっちゅうのにな…
そこでな、私が今まで暖めとった計画を実行しようと思うんよ」
「計画?」
「せや、少数精鋭によるスペシャルチーム、調べとったら過去に実例があるんよ」
そう言うとベッドから降り、カバンから端末を取り出しなのは達に見せる。
其処に載っていたものは、三年前まで存在していた機動隊の情報であった。
はやてはこの機動隊の流れを汲む、新たな部署を設立したいと告げる。
「出来れば二人にも協力して欲しいんよ……あっ!でも今すぐっちゅう訳やないんよ、いつ実現するのかも分からんし…
それに二人の将来の事とかもあるんのは分かってるし……」
「はやてちゃん…何を水くさい!」
「そうだよ!小学校以来の親友じゃないか」
二人ははやての願いを快く承諾、むしろそんな面白そうな事に関われない方が嫌だと付け足し、
はやては二人の気持ちに感謝し礼を述べ、早速三人は夢の実現の為に様々なアイデアを出し合い始めた。
場所は変わり、ゆりかご内のラボではレザードが戦闘機人のデータを纏め上げ、
その傍らにはクアットロが補助に徹し、順調に処理を続けていると、スカリエッティが挨拶にやって来た。
「元気かいレザード、彼女達の様子はどうだい?」
「ドクターですか、えぇ順調ですよ」
ノーヴェ、ディエチ共に順調に学習しているが、セインはあの性格のせいか勉強が得意では無い様子。
だがチンクの指導もあり渋々と、でも着々と学習していた。
チンクも妹が出来てから、姉としての自覚が出来た様子で、妹達も慕っているのだが、
特にノーヴェはチンクにべったりらしく、姉妹以上の関係を思わせる程の仲であるとの事。
「ドクターの方こそ、“鍵”やレリックウェポンの方はどうなのです?」
「“鍵”の方はドゥーエに任せてあるしレリックの方も順調だよ。ただデータ取りがゼストのみというのがね…」
「あの女を使えば良いのではないですか?」
「…そう巧くはいかないのだよ」
スカリエッティの話では、レリックとリンカーコアを融合させるには、相性の問題が発生するらしく、
それぞれレリックには刻印ナンバーが刻まれていて、リンカーコアとの相性はその番号で決まる。
ゆりかご内のデータバンクには、No.20までのレリックのデータが記録されていて、メガーヌはNo.11との相性が良く現在捜索中、
因みにゼストの場合は、損傷した肉体の改良中にリンカーコアをレリックと融合出来るよう修繕した。
「だがあの女の肉体は無傷な為、ゼストのようにはいかないのだよ」
「……ではどうするのです?」
すると、スカリエッティはレザードの端末を借り映像を出す。画面には紫の髪の少女が映り出ていた。
彼女の名はルーテシアと言い、メガーヌの子だという。
「この子に使ってみようと思っているんだ」
「ほぅ…そんなに素晴らしい素体なので?」
レザードの問いに頷くスカリエッティ、彼女はまだ四歳ではあるが魔力レベルは現在Sランク
生まれながらにしてエースとしての資質を持つ存在だという。
「末恐ろしいですね…」
「まったくだよ、ドゥーエの話では、最近は姉や施設などで魔法の勉強をしているらしいからね」
「ほぅ、姉…ですか」
「あぁ、名は確か――メルティーナとか」
「メルティーナ…ですと?!」
流石のレザードも驚きの表情を隠せないでいた。
まさかこんな所でその名を聞くとは思っても見なかったからだ。
腐れ縁とは次元すら越えてついて回るモノなのか…そう考えるとレザードは手のひらを返し肩をすくめ苦笑した。
「ん?知り合いだったのかね?」
「いえ……“他人の空似”でしょう…それより、その子は誰が連れくるのですか?」
「ゼストに頼んだよ。彼は忠実な“騎士”だからね」
死してその身を実験体として使われ、レリックの強奪や関係者の暗殺に関与し、更に誘拐までこなす“騎士”
今の彼にこれほどの屈辱な言葉はないだろう…レザードは眼鏡に手を当て笑みを浮かべていた。
処変わって、此処は聖王教会の構外にある聖王騎士団特殊訓練所、ここで二人の魔導師が模擬戦を行っていた。
一人はアリューゼ、もう一人はポニーテールの髪型でピンク色の髪の女性“烈火の将”シグナムである。
二人は、訓練所にある広場の中心で剣と剣を交え鍔迫り合っていた。
その均衡を破ったのはアリューゼであった。アリューゼは力押しでシグナムの刀身を弾き、
シグナムのバランスを崩すや、その隙を突いて大剣を振り降ろす。
だが、シグナムは直ぐに体勢を立て直し、アリューゼの振り降ろしに合わせて体を右に回転、
その勢いのまま振り払うがアリューゼの左の小手で止められる。
左の小手は薄い光に覆われており、パンツァーガイストと呼ばれる防御魔法を発動させていた。
だがパンツァーガイストはその高い防御機能の為に、発動中は身動きがとれない。
其処でアリューゼはパンツァーガイストを解除、続いてシグナムの足下めがけて突き刺すが、
シグナムは間一髪上空へと逃げ、剣から薬莢が一つ飛び出し刀身は姿を変える。
シュランゲフォルムと呼ばれる鞭のような姿となり、地面をえぐるようにアリューゼに迫り、
アリューゼは左に回避するが、シグナムは直ぐ様追撃、
其処でアリューゼはシュランゲフォルムの追撃に対し、バハムートティアを盾代わりにして攻撃を受け流し、
シグナムはシュランゲフォルムを手元に戻して、刀身を元の姿に戻す。
だが、その僅かな間を縫いアリューゼは上空にいるシグナムに向かい追撃、
レイチングスイングを放つが、パンツァーガイストを纏った刀身で防がれる。
「このっ!吹き飛びやがれぇ!!!」
アリューゼの気合いに合わせるように、バハムートティアの刀身は黄色い魔力に覆われ、
シグナムを刀身ごと地面へと吹き飛ばす。
アリューゼは魔力を消費する代わりに通常の一撃の威力を1.5倍高める、チャージと呼ばれる魔法を使用したのだ。
その威力はパンツァーガイストを発動させているにも関わらず、強引に吹き飛ばせる程。
尤も一撃一撃に相当な威力を誇るアリューゼの攻撃故に、可能なのだろう。
だが、シグナムは地面ギリギリで体勢を立て直し着地、そのまま刀身を斜に構え、
その構えを見たアリューゼもまた地面に着地、バハムートティアを肩に構える。
「バハムートティア!」
「レヴァンティン!」
『カートリッジロード!』
両者が叫びに合わせる様に、機械音と共に互いの得物から薬莢が二つずつ飛び出し、
バハムートティアの刀身は熱せられた金属のように赤く染まり、
レヴァンティンの刀身は紅蓮の炎に包まれた。
『奥義!!』
「ファイナリティブラスト!!」
「紫電一閃!!」
奥義と共に激突する両者、二人を中心に辺りは熱波を帯びた爆風が広がり木々を薙ぎ倒していき、
暫くの膠着を終えたあと、互いに構えていた位置とは反対の位置に移動、
その手には今まで握られていたハズの得物が無くなっていた。
一方両者の上空では、風を切る音を奏でながら落下していく得物と得物、
そして地面に突き刺さると互いの得物でクロスを描いていた。
「相打ちか……」
「……みてぇだな」
互いの力量を計った両者は、自分のデバイスを引き抜き待機モードに変える。
「しかし…大したものだ、僅か三年で私と対等なまでの強さを得るとはな。仲間から天才と称される訳だ」
「よせよ、俺はそんなんじゃねぇ」
アリューゼが聖王騎士団に入団してから三年。アリューゼはシグナム達との実戦さながらの模擬戦により、
入団当初はAAランクだった魔力が今はS-ランクまで成長していた。
だが本人は満足しておらず、さらなる成長を望んでいた。
「謙遜するな、今のお前なら“騎士”と名乗っても恥ずかしくないぞ」
その言葉に影を潜めるアリューゼ。少し間を置いて、アリューゼは答えた。
「……俺は“騎士”とは名乗れねぇよ」
その言葉に息を詰まらすシグナム、シグナムはアリューゼが聖王教会に来た理由を断片的ではあるが知っていた。
…自分に道を与えてくれた人の死、だがその人の死によって、新たな道が出来た。
そして…その道は強くなければ進めない茨の道である…と。
機動隊壊滅事件、この事件はアリューゼに大きな傷と決意を与えていたのだ。
辺りは静まり重い空気が犇めく中、シグナムは場の空気を変えようと話題を変える。
「そう言えば…この近くでいい店を見つけたのだが、模擬戦も終わったことだ……一緒に行かないか?」
心なしか顔が赤くなっているシグナム、しかしアリューゼはシグナムの誘いに首を振る。
「わりぃな、この後ヴェロッサと用事があるんでな」
「……そうか、それは――残念だ……」
今度は落ち込む様子を見せるシグナム、アリューゼはシグナムに背を向け手を振り挨拶を交わし、
シグナムもまた手を挙げ挨拶を交わすと、アリューゼはその場を後にする。
アリューゼの姿が完全に消えると深いため息を吐くシグナム、
そして、その場を後にしようと歩き始めたその時、一筋の影が姿を現す。
「アリューゼ!模擬戦一緒にやりましょう!!……ってあれシグナムだけ?アリューゼは?」
「シャッハか、脅かすな…アリューゼは用事があると言って去っていったぞ」
シャッハはため息混じりでその場に座り込む。
どうやら巡業中のカリムの護衛の任が終わり、直ぐ様ここへ来た様子だった。
「なぁんだ残念…折角いい店を見つけたから、模擬戦の後に食事でも誘おうと思っていたのに……」
「ほぅ…それはどういう事だ?」
笑顔で聞いてくるシグナム、深い意味はないと答えるシャッハ。
重い空気が包む中お互いは笑い合ってはいたが、その目は笑っていなかった。
場所は変わりここは聖王教会の一室、懺悔の部屋と呼ばれる部屋の前にアリューゼが立っていた。
部屋の入ると内部は木の椅子と仕切りに隔てられた机が置いてあり、
アリューゼは椅子に腰をかけ、暫くして壁の向こうから若い男性の声で話しかけられる。
「さぁ…懺悔なさい」
「……くだらねぇ事してんじゃねぇ、ヴェロッサ」
相変わらず冗談が通じないと壁の向こうで溜め息混じりで話す青年。
彼の名はヴェロッサ・アコース、本局の査察官で聖王教会の主カリムの義弟である。
「んで、何か出たのか?」
「まぁね、でもまずは君がくれた情報の結果からだ」
アリューゼはヴェロッサにクイントが集めた情報を提供、それを基に本局の情報を洗って貰っていたのだ。
まず提供された情報のついて、結果を述べればその全てが消去されていた為
ヴェロッサは提供された情報を元に現場を査察、だが有力な情報は得られなかった。
「少なく見積もっても五年以上前のデータじゃね、もう少し新鮮な情報だったら良かったんだけど」
「そうか………それで“レザード”の方は?」
“レザード”…アリューゼが関わっていた機動隊壊滅事件の際、屈辱に耐えながら気絶を装っている時、
眼鏡を掛けた青年がモニター越しの男に“レザード”と呼ばれていた。
“レザード”とは青年の名では無いかとアリューゼは踏んでいたのだ。
「“レザード”と言う名前自体の情報は出なかったけど、気になる情報はあったよ」
先日起きた魔導師集団によるリンチ事件。変死事件を追っていた魔導師が、張り込み中に集団暴行を受け死亡したこの事件に、
ヴェロッサは記録員として関わっており、その中でいくつか不信な部分があるという。
まずは被害者の遺体について。被害者の体は複数の魔法による攻撃で激しく損傷していた。
其処でまず遺体の傷口に付着していた魔力の残滓を採取し分析、
次に他の箇所も同様に採取・分析した結果、各傷部分の残滓は同一の物であると特定した。
魔力の残滓とは、魔法内に含まれている魔力素と結びつかなかった魔力の事を指し示し、
魔法とは、大気中の魔力素を魔力で結びつけ操作、起動トリガーによって発動させた現象の事を呼ぶ。
そして魔力の生成には内的方法と、外的方法と二通り存在し、
内的方法の全ては大気中の魔力素をリンカーコアで取り込み変換させる事で、魔力を生成する事が出来る。
次に外的方法の多くはカートリッジシステムによる物が多い。
カートリッジシステムとは、薬莢に含まれた大量の魔力を自分の魔力と混合、
その後自分の魔力に変換する事により、一時的に膨大な魔力を保有する事が出来るシステムである。
話を戻し、生成した魔力は遺伝子のように一人一人違っており、
それは内的方法で生成した魔力でも、外的方法で生成した魔力でも変わらないと語る。
次に犯人に対しても不信な点がある。犯人はカルト集団ゴーラ教信者と報道されているが、
そもそもゴーラ教と呼ばれる宗教など存在しておらず、犯人は結局自首後まもなく自殺を遂げていた。
「犯人が生きている内に思考捜査しとけば良かったんだけどね」
思考捜査、ヴェロッサのレアスキルの一つで相手の記憶を読みとる事が出来る。
だが遺体の記憶は読みとれない為、今回は不発に終わった。
「つまり今回の事件は複数の魔導師によるリンチではなく、一人の魔導師が複数の魔法で惨殺したと言える状況なんだ。
それはつまり君から聞いた情報と一致する。恐らくこの事件にはレザードが関わっていたと思う」
アリューゼから貰った情報の中にレザードは複数の魔力変換能力を持つという。
ヴェロッサはそんな存在は旧知の仲のはやてぐらいと考えていたが、
アリューゼの話が真実なら、複数の魔力変換能力を持つレザードならば、この様な事件を起こせると考えていた。
だが管理局は、マスコミ陣に集団リンチとして会見を開いた。
「恐らく裏で大きな組織が動いたと思うんだ」
「やはりそれは………」
「うん、最高評議会だと思う」
だが例えそうだったとしても、自分達の予測に過ぎず、証拠となる物は無い。
その為今回の事件は集団リンチ事件として片付けられたままである。
「それでどうするの?」
「引き続き頼む」
「はぁ…やっぱりね……」
アリューゼはそのまま部屋を出ると、ヴェロッサは大きくため息を吐き部屋を後にした。
懺悔の部屋から出た二人、暫く他愛のない会話をしながら通路を歩いていると、
一人の司祭と青い長髪の女性と出会い、ヴェロッサは女性の美しさに思わず挨拶を交わす。
「司祭様、そちらの方は?」
「あぁ入教志望者だ、今教会内を案内しているのだよ」
「それはそれは…しかし司祭様は多忙のハズ、どうでしょう?ここは一つ私めがご案内を受け賜りましょうか?」
「いえ…お気持ちだけで十分ですわ」
「そうですか…それではまたの機会に」
「ハハハッ相変わらず、めげないな」
それが自分の持ち味ですからと司祭と笑い合うヴェロッサ。
二人の後ろでは青髪の女性を見つめているアリューゼの姿があった。
「あの?なにか?」
「…いや、何でもない」
アリューゼと一言交わすと司祭達はその場を後にする。
それを横目で見つめるアリューゼ、その反応にヴェロッサの口元がゆるむ。
「なんだい?アリューゼは、ああいう女性が好みなのかい?」
「そんなんじゃねぇよ、ただ…気になってな」
かつて対峙した銀髪の戦闘機人、先程の女性から同じ印象を感じていたアリューゼであった。
此処は時空管理局本局・無限書庫…かつては管理している世界の情報が乱雑に積まれた場所であったが、
司書長であるユーノ・スクライアが指揮を執り、情報を整理する様になってから、五年前よりも詮索し易くなっていた。
それでもまだ整理されてない場所も多く、整理班、詮索班など役割を付け交代制で勤めていた。
メルティーナもまたその一人で、今も最高評議会についての情報を詮索中、とその彼女の下にユーノが現れ話しかけてくる。
「探し物は見つかったかい?」
「司書長?いえ、私が欲しい情報はまだね」
「そうか…でも焦らないで、そうすれば必ず見つかるから」
此処無限書庫は言うなれば百億ページ以上の辞書のようなもの。
焦って全てを全てと示そうとしてもそれは偽りしか有り得ない、とユーノは付け加える。
「そんなのは解ってるわ。でも…じらされるのは嫌いなのよね」
「やれやれだね……」
両手を開き肩をすくめ呆れるユーノ。それはさておき、そろそろ交代時間が迫ってるとメルティーナに伝えるや、
急いで帰り支度を始めるメルティーナ、その姿を見たユーノは笑みを浮かべていた。
無限書庫の出入口にはルーテシアがメルティーナの帰りを待っていた。
その光景を見たメルティーナは足早にルーテシアの下へ急ぐ。
「ごめんルールー!遅くなった?」
「ううんメル姉、お仕事忙しかったの?」
「そうじゃないけど…まぁいいか。帰ろう」
ルーテシアは頷きメルティーナの手を握り帰路に立ち、
自分達のアパートに帰る途中、メルティーナはルーテシアに今日の夕飯の注文を聞くと、
ルーテシアはシチューと答え、メルティーナはとっさに冷蔵庫の中身を思い返す。
(うん…作れないわね)
本局は街一つ呑み込んだ船ではあるが、その殆どが宿泊施設か外食産業でしかなかった。
仕方なくルーテシアと共にグラナガンで買い物をする事を決めた。
買い物も終わり、メルティーナはルーテシアと共に並木道を歩いていた。
左手にはシチューの材料が入った買い物袋を、右手はルーテシアの手を繋いて。
ルーテシアは今日一日の出来事をメルティーナに報告
特に念話を覚えた事を伝えると、二人は念話でやり取りを始め、盛り上がっていた。
暫く歩いていると辺りが暗くなり始め、空は重い雲が出始めており雨が降るかもしれないと考えた。
「ルールー急ごう!」
「うんっ!!」
メルティーナ達は駆け足で帰ろうと思ってた矢先、目の前にフードを被った大柄の人物が立ち塞がり、
その人物から放たれる威圧感に懐かしさを覚えつつも警戒、
ルーテシアに荷物を持たせて後ろに下がらせる。
そしてデバイスを起動、その姿は先端の青い丸い宝石を中心に銀のフレームで覆われ最先端は角のように一本延びていた。
杖型インテリジェントデバイス・ユニコーンズホーンと呼ばれるメルティーナの相棒である。
メルティーナはデバイスを相手に向けて構え、対峙する。
「アンタ…何者!」
そう言うと人物はフード脱ぎ、その姿を目の当たりにしたメルティーナは驚愕を隠せなかった。
何故なら其処にいた人物の正体とは、アリューゼに死んだと聞かされていたゼスト隊長であったからだ。
「ゼスト隊長!アンタ…生きてたの!!」
喜びの表情を見せるメルティーナであったが、ゼストの言葉に表情が固まる。
「誰だ貴様は?…まぁいい、私の目的はそこにいる娘ルーテシアだ。大人しく引き渡して貰おう」
メルティーナは困惑していた。ゼスト隊長はいきなり、何を言いだしているのか理解できなかったからだ。
そんなメルティーナを後目に、ゼストはデバイスを起動、
ルーテシアに近づこうとしたところ、メルティーナがその道を塞ぐ。
「どういう事なのか解らないけど今のアンタにはルールーは渡せない!!」
ゼストの実力を知るメルティーナにとって、この男に戦いを挑むのは無謀そのもの、
だが、何があってもルーテシアは守る、この子を引き取る時に自分に誓った決意。
今この場で試されているのだろう…メルティーナは覚悟を決め足下にミッド式の魔法陣を張ると、
自身の周りに光弾を現れ合図と共に発射、ゼストに襲いかかる。
スティンガーレイと呼ばれる魔法で、誘導性は無いが回避されにくい高速型の魔法である。
だがゼスト程の実力ではその効果は薄く案の定難なく弾き返され、一瞬にして懐に入られるや
左拳で鳩尾辺りを強打、メルティーナはその場でうずくまり、その姿を一切見ずルーテシアに近づく。
だがメルティーナはゆっくりと立ち上がり先程と同様の光弾を準備、今度は螺旋を描きながら撃ち放ちゼストを襲う。
スティンガースナイプと呼ばれる誘導弾に変更したのだ。
しかしゼストには通用せず次々に撃ち落とされていく。
だがメルティーナも負けじとスティンガースナイプを打ち続け、
この埒があかない状況に、ゼストはメルティーナをしっかりと見据え、
先程以上のスピードでメルティーナに接近、肝臓辺りを槍の柄で突き刺す。
「カハッッ!!」
メルティーナの体に激痛と衝撃が走り、その勢いは身を吹き飛ばし次々と並木を薙ぎ倒す程。
その光景を目の当たりにしてしまったルーテシアは、
恐怖からか体が震え、止まる事も無く目の前にいるゼスト姿にヘたりと座り込む。
とゼストはルーテシアと同じ目線まで膝を曲げ、こう告げた。
「母親に逢いたくはないか?」
「お…母……さん?」
ルーテシアの返事に頷くゼスト、一方吹き飛ばされたメルティーナは腹部を押さえながらもルーテシアの元まで戻ろうとしていた。
だがその足取りは重く思うように歩けず、体に鞭を打って必死に歩き、ようやく辿り着くとゼストと何か話している様子。
するとゼストは立ち上がりルーテシアの手を取るや、この場を後にしようとする。
その状況に叫び声を上げて止めようとするメルティーナ。
「ルールー!!ダメェェェェェェ!!」
その悲痛な叫びに振り向くルーテシア、そしてメルティーナに覚えたての念話で話しかけてきた。
(大丈夫…ちょっとお母さんに会ってくる……)
そう告げるとゼストと共に転送、この場を後にした。
――丁度辺りは暗くなり、大粒の雨が降り出した頃、
メルティーナはその場にうずくまり、泣きながら叫んだ…ルーテシアの名を何度も…何度も――
場所は変わり、ゆりかご内に建造されたレリックウェポン製造施設。
この施設内に設けられている生命ポットの中に、一人の女性が眠っている。
その姿を一人の少女、ルーテシアが見つめていた。
「君がルーテシアだね」
不意に声をかけられるルーテシア。振り向くとそこには白衣の男と眼鏡の男がいた。
「私の名前はジェイル・スカリエッティ、皆からはドクターと呼ばれている。
そして彼は私の同志のレザード・ヴァレス。彼は博士と皆から言われている」
「ふ~ん…それで、なんでお母さんはこんなところで寝ているの?」
「それはだね、君のお母さんは“病気”にかかっているからだよ」
スカリエッティはそう告げ話を続ける。メガーヌは重い病気を患っており、今は生命ポットで命を繋いでいる。
彼女の病気を治すにはとある力が必要、と懐から赤い宝石を取り出す。
名をレリックと呼び、この中に刻まれている刻印ナンバーの11が彼女の治療に必要だと説明を終える。
「どうだろ?協力してくれたらこのレリックをキミに与え―――」
「餌で釣るような真似はしなくていい……私はアナタに協力する」
母親を助けるその為なら何でも協力すると誓うルーテシア。
そんなルーテシアの決意とは裏腹に、スカリエッティの後ろでは表情には出さないが、
必死に笑いを堪えているレザードの姿があった。
口八丁もここまでくればたいしたものだと、皮肉を交えた感想を考えていたのだ。
一方了解を得て意気揚々のスカリエッティは、ルーテシアの護衛として“騎士”ゼストを付け、
更に彼女の母と同じデバイス、アスクレピオスを渡し感謝の言葉を綴り最後にこう締めた。
「これからよろしく頼むよ……可愛い可愛いルーテシア」
「…………ドクターってもしかしてロリコン?」
一瞬にしてこの場を凍り付かせたこの言葉、特に浴びせられたスカリエッティの顔はひきつり声が出ない様子。
だがなんとか自我を保ち、声を振り絞ってルーテシアに質問を投げ返す。
「なっ…何故…そんな事を?」
「メル姉が言ってた。私みたいな少女に可愛いとか言って寄ってくるのは、ロリコンって言う変態なんだって」
この答えに流石にスカリエッティも、乾いた笑いで答える事しか出来ない様子。
一方レザードは、彼等の後ろで笑い声を必死に押さえていた。
…そして“他人の空似”のメルティーナに対し心の中でこう呟いた。
―――全く…貴女らしい教育の仕方ですよ―――
最終更新:2011年07月16日 01:55