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この加齢は辛え」を以下のとおり復元します。
<h3>この加齢は辛え</h3>
<p> </p>
<p>「次のニュースです。<br />
 今日午後、シュバルツカッツェ警察本部は、商取引法違反等の疑いで逮捕されたカナーリ・ニセモン容疑者の自宅を家宅捜索し、<br />
 偽造のバー○ントカレー300箱とジャ○カレー250箱を押収しました。<br />
 ニセモン容疑者は容疑を認めており、『ギャンブルにハマり、金が必要になったのでやった』と供述しているとのことで、<br />
 警察では売り上げは借金の返済に使ったと見て、捜査を進めています」<br /><br /><br />
「むー。これは非道いね卑怯だね」<br /><br />
アルジャーノン博士はスプーンを咥えたまま腕を組み、今し方報道された卑劣な犯罪に憤っていた。<br />
まあ、少なくともカレーを食ってる最中に見て面白いニュースではない。<br />
俺からして見れば、騙される方も騙される方だと思うのだが。<br /><br />
「助手君助手君、ウチのカレーは大丈夫だよね?」<br />
「はっはっは。カレー粉はガネーシャさんの所から直接仕入れてますから。間違っても、偽物なんかは混入しませんよ」<br /><br />
ガネーシャさんは街で評判の香辛料専門店を営む、大きな心とつぶらな瞳を持ったナイスガイである。<br />
彼とはもう10年以上も懇意にさせて貰っており、我がアルジャーノン研究所は彼の店で調合した特製カレー粉を、特別価格で卸して貰っていた。<br />
まあ、ウチの家計でたかがカレールゥに12セパタも使っていたら、あっという間に日干しになる。落ち物のカレーは、金持ちの食い物だ。<br /><br />
「うんうん。やっぱり、助手君のカレーは八国一だね!」<br />
「はっはっは。隠し味は、博士の嫌いな人参とレバーです」<br />
「もう、そんな嘘には騙されないもーん」<br /><br />
上機嫌で返してくる博士だが、無論、嘘ではない。<br />
人参を細かく刻んで、形が無くなるまで煮込み、更に少量のレバーペーストを入れることで味にコクを出す。<br />
仕上げはジャムを入れ、辛いのが苦手なお子様向けに甘さを整える。<br />
ネズミのくせに偏食が激しい博士に、なんとか栄養バランスを取れるよう苦心した結果がこのカレーである。<br />
我がアルジャーノン研究所では、『いかに子供に好き嫌いをさせないか』も研究しております。俺が。俺だけが。<br /><br />
「うーん。カレーなら、毎日三食でも全然OKだね!」<br /><br />
おかわりしたカレーをがっつきながら、幸せそうな顔で博士が言う。<br />
いかにも子供らしい夢ではあるが、俺はと言うと「三食カレー」というフレーズに嫌な記憶を刺激され、ゲンナリした表情を作った。<br /><br />
「あれ? 助手君、嫌そうな顔だね?」<br />
「はっはっは。実は私、カレー嫌いなんです」<br />
「えー!? そんなの非常識だよ非人間だよ!!」<br /><br />
カレー一つで非道い言われようである。まあ、この世界に於いて非人間なのは事実だが。<br />
俺だって、最初からカレーが嫌いだったわけではない。むしろ、元の世界にいた頃は大好物と言っても過言ではなかった。<br />
一人暮らしをしていた際は、月に2回はカレーを大量に作り、一週間掛けて食いきるといった事をしてたぐらいである。<br /><br />
「まあ、カレーには少し、ほろ苦しょっぱエグ酸っぱ臭い思い出がありまして」<br />
「カレーとはほど遠いッポイ味だよ!?」<br /><br />
元はと言えば、全ての元凶はステフの野郎である。何かの折に奴に好物を聞かれた際、カレーの話をしたのが運の尽き。<br />
「食べてみたい」と言う奴に「材料が無きゃ無理だ」と返したら、「明日までに何とかしてみせる!」と息巻いていた。<br />
その頃は研究所もそこそこ儲かっていたので、恐らくは落ち物のカレールゥでも買ってくるのだろうと思っていたのだが、甘かった。王子様よりも甘かった。<br />
翌日になって奴が連れてきたのは、ネコの落ち物商人ではなく、ゾウのガネーシャさんだったのである。<br />
もう、おわかりであろう。その日から、俺達の食事は毎食「スパイスを混ぜて茶色くした物を、ライスにかけた何か」になったのだ。<br />
辛く、苦しい日々だった。我が人生で、あの2ヶ月程に「カレー」という単語を恐ろしく思った時期はない。<br />
いや、アレはカレーなどではない。もっとおぞましい何かだ。<br />
そうして2ヶ月後。俺は大好物を一つ失い、その代わりに懇意の香辛料店と、街の新たな名物料理のレシピを手に入れた。<br />
ちなみに、その後ガネーシャさんの店は大いに繁盛し、ステフは2度と「カレーを食いたい」とは口にしなかった。<br />
誰かの成功は、常に誰かの犠牲の上に成り立っているのだ。<br /><br />
「ふーん」<br /><br />
俺の、涙なしには語れない過去に対する、博士の返答がそれである。<br />
と言うか、何故か機嫌がよろしくない。まさか、まだ煮崩れてない人参が残っていたか?<br /><br />
「助手君、なんだか楽しそうだね」<br />
「はっはっは。何を仰るやら。お陰で、今でもカレーは苦手ですよ」<br />
「へえー。それは良かったねヨイヨイヨイだねー」<br /><br />
俺の返答を聞いても博士の不機嫌は晴れないようで、ふくれっ面でもそもそとカレーを頬張っている。<br />
せっかく喜んで貰おうと我慢して作ったのに、そんな顔をされると立つ瀬がない。<br />
まあ、好物を貶されて気分の良い人間は居ないだろうが、博士のはそれとも違う気がする。<br />
いつの間にか難しい年頃になってきているのかと、なんだか父親のような事を考えてしまった。<br /><br /><br />
カレーが嫌いなのは嘘ではない。<br />
ステフは居ない。ガネーシャさんのカレー粉は日本の物と比べても遜色ない。<br />
カレーを嫌いになる理由は無くなったはずなのに、思い出は無くならない。<br />
特に、お子様用の甘いカレーを食っていると、思い出まで甘くなりそうで嫌になる。<br /><br />
……ああ。泣きたくなるくらい辛いカレーが食いたいなぁ。</p>

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