太陽と月と星25 - (2010/09/23 (木) 15:52:18) の編集履歴(バックアップ)
太陽と月と星がある 第25話
夏。
灼熱の夏。
一度外へ出れば汗が迸り、塩気で目が染みて涙と汗でずぶ濡れになる夏。
うだるような暑さにバテた私は、日が暮れるまでお買い物に行くのを延長する事にした。
とはいっても、診療時間終了から、日が暮れるまでの僅かな余暇。
外では商売熱心なアイス売りとそれを呼び止める声が聞こえる。
ナース服を脱ぎ、ジャックさんちで付け耳を外して空調の効いた部屋でだらけているのは、最高だと、思う。
ジャックさんも熱射病の患者さんが大勢来た影響で疲れ果て、ほぼ全裸で昼寝……といっても黒い毛皮で覆われているので、まぁセーフ。
ほぼ、であってまるっきり、というわけでもない……けど、目障りだし、少し短くしてみようかな。剃刀で。
「キヨちゃぁーん、おにーちゃん麦茶のみたい~」
しょうがないので、キンキンに冷えた作り置きの麦茶を素焼きのカップに注いでカップではなく足に伸ばされた手と叩き落してから近くのテーブルに置く。
私の分も注いで、ちびちび飲みながら、大手旅行会社勤務という患者さんから貰った旅行のパンフレットに目を落とした。
限定一名添乗員付きというのを格安で手配してくれると提案してくれたけど、さすがに無理な話だと思う。
添乗員さんと二人で行ってどうするんだろうか?
でも海、……いいなぁ。
砂漠の青海ツアー……一面の浜辺にどこまでも広がる青い海…地平線の向こうには白い入道雲。
ちょっと伸びたラーメン、三角に切られた真っ赤なスイカ。
砂漠なら里帰りにもなるし、チェルも喜ぶんじゃないかなぁ……。
サフは暑くて大変だろうけど……。
ぼんやりと夢想しながらウサ耳を触っていると、手元からピリッっと不穏な音がした。
私は眉を潜め、慎重に顔を近づけ……………。
「お、おにいちゃん……」
ジャックさんは白目を剥いていびきをかいていたので、拳を作って優しく叩き起こした。
「――で、どうする気だ?」
ターバン巻いた美形が、気だるそうな表情で付け耳を摘んでいる。
ラフな部屋着姿も非常に絵になるという事は一生言わない。
その他にも胸元あけ気味で鎖骨が見え、呼吸のたびに上下する胸板とか、触り心地のいい鱗つき長い尻尾とか。
なんだか悔しいので唇を軽く噛んで目を逸らす。
慌ててジャックさんを叩き起こして麦藁帽子で事なきを得たものの……。
目の前にあるのはふわふわの毛の隙間から縫い目が弾け、詰め物が見えてしまっている付け耳……。
洗ったから汚いわけじゃないけど、一年以上使っていればそりゃボロくなる。
迂闊にも手触りがよくてさわりまくった結果、部分的に毛が磨耗してしまったりしてるし……。
縫い合わすにしても……脳裏に縫い目だらけのウサ耳の私と顔傷のジャックさんが並んだら笑えそうだ。
「新しいのを注文しても、一週間はかかるそうです。だから……帽子とか?外出はちょっと控える事になるかと」
暑そうだなぁ……
当然ナース稼業もお休み。
……たまには、いいか。
やけに髪を触ってくると思ったら、耳朶を綺麗な指でぷにぷにしてくる。
面倒な人だ。
無視して家計簿をチェックしていると、不満だったのか顔を寄せて……私の集中力を削いでどうしようというのだろうか。
ムキになって無視していると、喉を鳴らしこちらの注意を無理やり向けさせる。
「……なんです?」
「実は、付け耳を使わなくても良い方法がある」
「猫耳も犬耳も無しですよ」
あえて素っ気無く返し、どうにか身を離す。
ペンを指の間で回すと、ちょっと怯んだ。
む、今月ちょっと食費多すぎかも。
去年と比べて……うーん……あ、そうか、私の分も一緒に計算するようにしたからだ。
解決。
私が清清しい気持ちで家計簿を閉じると、待ってましたとばかりに巻きつかれた。
「もっといい方法だ」
しかしこの人、私にひっついて暑くないんだろうか?
私的には冷たい指もひんやり尻尾も凄くいいからいいけど。
窓際の風鈴が夜風に揺れている。
「……暑そう」
素直な感想を漏らすと、チェルもキラキラした瞳で頷いた。
ご近所からお古で頂いたキュロットにTシャツ姿が可愛らしい。
チェルはご近所で可愛がられ、ちょっと年上のネコの女の子達からも良く服を貰う。
可愛いついでにツインテールにした髪を撫でると、ふにゃふにゃ笑って膝の上に乗っかってくる。
重くて、暑いけど可愛いからいい。
「そうでもない。それにお前は肌が弱いからちょうどいいはずだ」
拳握って熱弁しなくていいです。
私の目の前にあるのは、ヘビの邦ではメジャーなセト教の女性が着る…ベールで出来た布…というか服。
イメージと違い、意外と縁取りとかが凝ってて洒落ている。
これ自体は日焼けが命にかかわる事もあるので、セト教以外の人も身につけたりしているとか。
確かに日焼けっていうのは火傷の一種で、冗談半分に毛を剃ったネコが日焼けのし過ぎで医院に来たこともあるのでわかる。
日焼けを舐めると危険だ。
まして砂漠ならきっと日陰も少なくて大変だろう。
ただまぁ……この人がどんな顔して買ったのかは、考えない事にしよう。
まぁ、ヘビだし……この人に合わせて私がヘビ女性みたいな格好をするのは、そんなに変な事でもないはずだ。
日本人と結婚した外国人が着物をきるようなものだ。うん。
それにコレは目元以外ほとんど隠すから、耳も尻尾も気にしないで済むし。
ただ、死ぬほど怪しくて暑そうだってことを除けば……。
通報されないだろうか……。
めちゃくちゃ期待に満ちた表情を浮かべる二人を見て、思わず引き攣った笑みになってしまった。
なんつーか……。
黒い布に覆われ、目元だけ出した自分の顔はどーも……変な感じ。
いや、確か中東の人もこういう格好してたから、服がおかしいわけじゃない。
なんというか……えーっと…・・・そうだ。
買い揃えたままほとんど出番の無かったモノを取り出し鏡を見つめ、しばらく思案する。
「お待たせしました」
外へ出かけるのでゴジラな姿に変身中の顔が、怒ったように無表情だった。
待たせすぎただろうか。
時間掛かるから先行っていいって言ったのに。
「キヨカ?」
「はい?」
チェルも目を開いてこちらを見上げている。
「砂漠のお姫さまみたい」
……チェルに化粧姿を見せるのは、初めてだったかも。
それに確かにこの黒いベールは、アラビアンナイトに出てきそうだ。
「ありがと」
チェルも口が回るようになって、さすがの私もコレは御世辞だとわかるけど、悪い気はしない。
この格好いいかも。ニヤニヤしててもばれないし。
お姫様、ね。
裾をツンツンと引っ張るチェルと遊んでいると、白馬には乗ってない人の硬直がやっと解けた。
「どうです?」
顔を寄せて尋ねても、暗褐色の瞳をぎょろつかせちらちらと赤い舌が覗いたきり返事もしない。
……。
「じゃ、チェル行こう」
「はーいっ」
チェルの手を握り、わざと無視して家を出る。
背中に痛いほど視線を感じるけど振り返らない。
私の見慣れぬ風体に驚く近所の人達の顔が面白い。
チェルも私と驚いた人達の顔と、背後で影のようにいる双方を見ては楽しそうだ。
私も……面白い。
チェルと遊びながら買い物を済ませ(珍しい衣装がウケたらしく色々おまけして貰った)帰宅。
着替えて手早く調理し、バイトから帰ってきたサフと一人で仕事をした筈のジャックさんを待ち、みんなで食事。
無言の視線は全部無視する。
一段落し、寝るまでの落ち着いた時間を一人で本を読むことに費やしていると、ドアを遠慮がちに叩かれた。
そわそわする気持ちを抑えて本を閉じ、極めて冷静に少しだけドアを開く。
「なにか」
少しばかり高い位置にある目を見上げる。
薄い唇に触りたい。
「何を怒っている?」
「怒ってませんけど」
「嘘をつくな、その声は怒ってる声だ」
ドアを閉めようとしたら尻尾が邪魔で閉めきれない。
挟んで、痛くないのだろうか。
可哀そうなので力を緩める。
「……怒ってません」
「俺が悪かった」
抱きしめられた肩越しに尻尾の先っぽが少し左右に振られてるのが見え思わず笑みを零す。
「所でお前、何故その格好なんだ」
……自分が勧めたくせに……。
二度と着ない。
ええ、どうせヘビの女性にかなうわけないし。
どーせコスプレですよ。
むっとしたまま体を離すと、ごちゃごちゃと重いアクセサリーを外す。
さっさと着替えて寝よう。
部屋を出ようとしたら慌てた声とともに引き止められた。
困惑しきった表情に、少し驚く。
暗褐色の瞳が橙味を増しギラついています。
ホントにこの人美形。超美形。
ぎこちなく顔半分以上を覆うベールが外され、少し湿った唇が重なる。
何度見ても見飽きない優美な指先が背中に回され、背骨に電流が走ったようにぞくぞくしてしまった。
しかしなんで旦那さんに似合うといわせるのに苦労しなきゃいけないんだろうか。まったく。