猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

犬国奇憚夢日記09c

最終更新:

jointcontrol

- view
だれでも歓迎! 編集

犬国奇憚夢日記 第9話(後編)

 
 
 ・・・・承前
 
 
 賑やかな店内にチャイムが鳴り響き、ラストオーダーの時間を告げていた。
 店内のウェイターが御用聞きの目線を送ってきたのだけど、ヨシはテーブルを囲む面々を一瞥してから不要のサインを送る。
 
 閉店まであと1時間。
 だいぶ暖かくなったとは言え、夜10時のロッソムは深々と冷えてきた。
 
「だいぶ話が長くなってしまったな」
 
 トロンとした眼差しで椅子に腰掛けるポール公はかなり酔っている様子だった。
 既に小さな樽一杯はワインを飲んでいる状態だ。
 ここ数年で一気に酒が弱くなっているとヨシは気が付いていた。
 
「御館様。お茶を用意します。そろそろワインは・・・・」
「ヨシ・・・・ すまんな・・・・ 」
 
 音も無く椅子から立ち上がったヨシがキッチンへ消えて行き、その後姿を見送ったリサはテーブルの上を片付け始めた。
 
「ねぇさま それは私が」
 
 慌てて立ち上がったミサが後を追いかけるようにリサの手伝いを始める。
 タダもゆっくりと立ち上がり、キッチンから下げもの用のテーブルワゴンを押してきて片づけを手伝っていた。
 そのシステマチックな動きに目を細めるアリス夫人。
 
「もう遅くなってきたから。そろそろ大団円と行きましょう」
 
 静かに口を開いた時にはすっかりテーブルの上が綺麗になっていた。
 
「そうだな、そろそろ風呂に入って寝るとするか」
 
 だいぶ酔っているポール公はヨシの用意したお茶を啜りながら頭を振っている。
 
「まだ重要な話が残ってるでしょ?」
「・・・・そうだな」
 
 アリス夫人に窘められたポール公は深呼吸をしてから椅子に座りなおし、突然声色を変えて話を切り出した。
 
「実を言うとな、お前達の母親カナは公式には行方不明と言う事になっておる」
 
 ヨシとタダを順番に見たポール公はお茶をもう一口飲んでから、再び深呼吸をする。
 なにか、すっかり薄くなった空気を貪る様に吸い込んで吐き出す様だ。
 
「アリスとカナが紅朱舘へ戻る頃、俺とユウジは街外れであのカモシカの盗人の男女を捕らえた」
 
 そうは言いながらも、ポール公の自嘲気味な笑顔が痛々しい雰囲気だ。
 
「正確に言うならば、オオカミの若者達によって袋叩きギリギリの二人を助けたと言うべきだろうな」
 
 自分で手を下せなかった・・・・
 つまり、本当はそう言いたいのだとヨシは直感した。
 実は助けたのではなく、甚だ不本意ながらも助けてしまったと、そう言いたいのだろう。
 個人の感情を抜きにして、時には一軍の将として振舞わねばならない事をヨシもタダも理解している。
 
「血塗れながらも元気なリコと共に、意外な存在がそこにいたのだ」
「意外・・・・ですか?」
 
 訝しがるタダの口からスッとこぼれた言葉。
 それはその場にいるもの全ての総意だろう。
 
「あぁ、意外な存在だ。おそらく、カモシカの国のハイランダーに相当する存在だろうな」
「はいらんだー?」
「あぁ、我が国で言うところの・・・・サーキットライダー。または巡回保安騎士。軍籍だが軍の命令系統とは切り離され独立して任務をこなす国家騎士と言ったところだろうか」
 
 口ひげをいじりながらポール公は天井を見上げている。
 その口から次はどんな言葉が飛び出すのか。
 皆は固唾を呑んで見守っていた。
 
「或いは、あの騎士は最初からそれが目的だったのかもしれんが・・・・ マサミもそこへやってきて、そして・・・・
 
 
************************************************6************************************************
 
 
「レーベンハイト・・・・ 生きていたのか」
「これはポール公。御無事で何よりです」
「それは俺のセリフだ。銃で撃たれて、おまけに切られたと聞いていたが」
「えぇ、痛い目にあいました。でも、懐に入れておいたこれで助かりましたよ」
 
 リコが笑いながらポケットから取り出したもの。
 それは高級な切子の小瓶に入った液体薬品。
 
「エリクサー・・・・ 高級品だな」
「えぇ、私のコレクションの一つです。もはやこれを組織的に作り出せる機関は僅かですからね。隠していましたが・・・・」
 
 高度な魔法知識と薬品調合技術を持つ者によって生み出される、多段積層型の魔法階層化処理を施された恐ろしく苦い液体。
 長く苦しい詠唱と貴重な薬草を必要とするそれは、既にネコやウサギといった魔法技術に長けた種族の専売特許になりつつあった。
 
 そして、その劇的な効果を得る秘薬とも言えるそれは、使用するにもそれなりの許可を得なければならないものだ。
 言うなれば、国家の戦略物資として扱われる程の存在。
 戦場において使用するならば、死に掛けの兵士が全回復するほどなのだから、当然といえば当然なのだが。
 
「まぁそれは良い。高価なものだ。自分で買って自分に使ったのだから、後悔はあるまいな」
「えぇ、もちろんですとも。損失補填を要求するような真似はしませんよ」
「ならばよい。して、そちらの騎士殿は?」
 
 つや消しの灰色に染まった小さなマントを羽織るその騎士は、馬上に有ったまま微動だにしていなかった。
 
「馬上より失礼致す。掛かる件、甚だ不本意ながら・・・・ 」
 
 鋼鉄製の見るからに重そうな兜から2本の長い角が見えていた。
 それはカモシカのシンボルとも言えるもの。
 彼の種族にとって、民族のアイデンティティとも言えるもの。
 
「手前、ル・ガル王政公国南部方面軍司令官、スキャッパー領経営最高責任者、ポー・・・・・」
 
 自ら名乗ろうとしたポールの言葉を、そのカモシカの騎士は途中で手を上げ遮った。
 騎士の口上を止めるのは万死に値する行為なのだが・・・・
 
「本来であればお名前をお聞かせ願うのでありますが・・・・」
「あぁ、騎士とはそうであろう。無礼だ」
 
 一瞬だけ怪訝な顔をしたカモシカの騎士。
 何を思ったか右の腕でマントを軽く払う。
 するとそこには国家騎士の紋章がちらりと見えた。
 
「・・・・ですが、時には名乗らぬ方が万事上手く行く事も有りまする故・・・・」
「つまり、色々と厄介の種になりかねない・・・・と、言う事かな?」
 
 やや厳しい口調で問い詰めるポール。
 すぐ隣の馬上にて事の成り行きを見守っていたマサミがふと気が付くと、ポールの右手は剣の柄を握り締めていた。
 
「そう思っていただければ結構。事と次第によってはイヌとカモシカで全面戦争も有り得る故」
「穏便に済まさんと欲する使者の口上とは到底思えぬが・・・・」
 
 ほぼ音も無く僅かに引き抜かれたポールの刀剣。
 マサミはそのポールの右手を制し、肩に掛けていたG3を手に取った。
 
「私、スロゥチャイム家執事マサミと申します。お見知り置きを。当家ならびに主の領地へ如何な御用件でありましょうや」
「ヒトとは哀しき生き物と思うておったが、まさか銃を手に事を問われるとは思わなんだ。どうか穏便に願いたい」
「御用件の内容に・・・・ よります」
 
 マサミは鋭い眼光をカモシカの騎士に向けたまま、銃のスリングを肩に掛けストックを脇に添えた。
 銃口は地面を向いてはいるものの、指はトリガーに掛かったままだ。
 銃を持ち上げ照準軸線に的が入れば、すなわち必殺の一撃を撃ち込める体制。
 
「・・・・カモシカの国内にヒトの街があり申す。その街より正規の手続きを経ずに流出したヒトの女を探しておる」
「ヒトが・・・・ 流出・・・・ ですか」
「然様。そなたも面白くなかろうが・・・・ ヒトとは流出するものなり」
 
 マサミの鋭い眼光に僅かではない殺気が混じり始めた。
 一瞬の静止、強い風が吹き、木々の枝が音を立てて揺れる。
 その音にあわせマサミは射撃セレクターをセーフティから単発に移動させた。
 
「その流出したヒトの女。どうされるおつもりでありましょうか」
「ヒトとはいずれかの主の持ち物。流れ出た物を元の入れ物へ持ち帰る。それが手前に課せられた使命」
「そこにヒトの意思は介在しないのですか?」
「持ち物は・・・・口を利かぬであろう」
 
 持ち物・・・・
 その一言にマサミの眼差しから一切の温かみが消える。
 一瞬だけ目を切って言葉を整理していたマサミ。
 しかし、その前に口を開いたのはユウジだった。
 
「つまり、ヒトは物だと、そう仰るわけだ」
「それがこの世界の認識。それが常識だ」
「では、ヒトがヒト意外を殺しても罪には問われませんね?」
「なぬ?」
「だって手に持ったナイフで手を切っても、ナイフに罪を問うことはありますまい」
「それは・・・・」
「道の石につまづき転んで怪我をしたら、石を相手に裁判でも起して罰を課す事も有りますまい」
「・・・・しかして正論なり。されど」
「ヒトは物なんですよね。ならば私がこの場であなたに怪我を負わせたら、その罪は誰に?」
「無論、そなたにある」
「おかしいじゃないですか。物なんでしょ?」
「・・・フフフ ハハハ! アハハハハハハ!」
 
 カモシカの騎士は突然笑い出す。
 何がそんなに面白いのか。声を上げてゲラゲラと笑い出した。
 
「いかがされましたか?」
 
 マサミの冷たい声が流れ、カモシカの騎士は我に返ったようだ。
 
「いやいや、参ったよ。降参だ、こーさん。やっぱヒトって凄いね。カモシカって馬鹿なんだよ、あんまり苛めないでくれ」
「はぁ?」
「言ったとおりだよ。自己理論を語ってるうちはまともだけど、ちょっと問い詰められると破綻するんだよ。だからさ・・・・」
 
 両手を左右に広げ肩を窄めたカモシカの騎士は目を閉じて笑みを浮かべた。
 
「不安定で、思い込みが激しくて、でも、いつも不安で。だから国も不安定だ。カモシカはアホシカ。そう陰口を叩かれる」
 
 カモシカの騎士は馬から降りて剣を抜いた。
 一瞬身構えたマサミとユウジだが、今度はポールがそれを制した。
 
「おい、お前だ」
 
 オオカミの若い衆が縄で縛ったカモシカの盗人団を束ねるお頭の元へ行く騎士。
 棒やら何やらで叩きのめされ血塗れのおかしらは目も虚ろだ。
 
「お前、名は?」
「知ってるんだろ・・・・」
「自己紹介しろ」
「アントニオ・ゴラス」
「ふむ。で、この地に来て誘拐しようとしたヒトの女の名は?」
「カナコだ」
「宜しい」
 
 騎士は踵を返しオオカミの若い衆に氷葦の縄で縛られたカモシカの女の所へ行く。
 見事に編まれた氷葦の繊維による縄は細くで丈夫だ。
 獣人の力で引っ張ったところでビクともしないのだろうか。
 芸術的な亀甲縛りで身の動きを封じられ大人しくしている。
 
「お前の名は?」
「おんなに名を聞くなら先に名乗れ」
「黙れ下郎。国家の恥さらしめ」
 
 騎士は握っていた剣の切っ先を女の足の甲へと突き刺す。
 女は途端に悲鳴を上げて転がろうとするのだが、それをオオカミの男達が抑えていた。
 
「もう一度聞いてやろう。名は?」
「フェベルティ」
「ふーん、良い名じゃないか。で、追っかけてるヒトの女の名前は?」
「カナコだよ!」
 
 忌々しそうに答える女を他所に、カモシカの騎士は振り返ってマサミのほうを見た。
 
「地道な聞き込みを繰り返したんだが・・・・ フロミアから流出したヒトの女はイヌの国の地方貴族が匿っていると言う話しだ」
「そうですか・・・・ 実は私も初耳です」
 
 マサミはあっさりと嘘をついた。
 その声色に逡巡の影は全く見えない。
 
「ヒトの執事よ、そなたの家にカナコと言うヒトの女は居るか?」
「カナならいるがカナコは居ない。何かの間違いでは?」
「そうか・・・・ ならば私が探しに来たヒトの女はここに居ないな」
「そう言う事になりますね」
 
 語っているマサミ自身が感じるほどに白々しいまでの会話。
 苦々しい表情で話を聞いていたゴラスもフェベルティも歯軋りをしている。
 
「ならば・・・・」
 
 カモシカの騎士は剣を天に掲げ叫んだ。
 
「騎士の精神ここに示さん!」
 
 白刃が陽の光に輝き、そして、風切音を立てて振り下ろされた。
 その切っ先が辿る軌道の先にはゴラスの首があった。
 
 グシャ
 
 歴戦の勇士であるポールまでもが一瞬目を逸らす血なまぐさい光景。
 鮮血が飛び散り、ゴラスと名乗ったカモシカの男の首が中を舞う。
 
「アントニオ!」
 
 慌てて駆け寄ろうとするフェベルティ-カモシカの女はオオカミの若い衆に取り押さえられ動けない。
 その足元へと歩み寄ったカモシカの騎士は再び剣をかざした。
 
「なんで!なんで私が死ななきゃいけないのよ!」
「まぁ、なんだ。死人に口無しっていうだろ?」
「そんな・・・・
 
 何かを言おうとしたフェベルティの目が大きく見開き、そのまま大地へと転がり落ちる・・・・
 
「・・・・人倫に悖る行為だが、これを持って心中よりの哀悼としたく存ずる」
「要するに口封じと言う事かな?」
 
 剣呑な口調と声色でポールは問い詰める。
 その気迫を受けるでも交すでもなく、カモシカの騎士は剣の血糊を払って鞘に治めた。
 
「そういう邪推は困りますな。純粋に迷惑を掛けたと言う点についての謝罪ですよ」
「しかし・・・・」
 
 何かを言いかけて飲み込んだポールのその口ひげの震える様に、マサミとユウジは歯痒さを噛み潰すポールの無念を思う。
 だが、ここで事を荒立てるのは得策とはいえない・・・・
 ル・ガルとカモシカの国との間に何かが起これば査問されるのは間違いないだろう。
 ポールの腹立たしさを気に止めるでも無く、カモシカの騎士は再び馬上へと上がった。
 
「この地に来たヒトの女はカナと言ったね」
「えぇ、そうです。私の妻です」
「そうか・・・・ この世界はヒトには手厳しい。君と君の妻が安全である事を祈ろう」
「ご高配痛み入ります」
 
 手綱を返し馬を歩かせた騎士は馬上から敬礼を送った。
 
「・・・・手前はこれにて失礼する。逃亡せし盗賊の類は随意に処分されたい。さて、カナコと言うヒトの女を捜すとするか・・・・」
 
 しかし、その礼にポールは応えなかった。
 
「カモシカの騎士よ!」
 
 突然ポールが叫ぶ。
 
「今から5分。我はこの地を検分する。5分だ。その後に侵入者を撃滅する!」
 
 マサミとユウジの見つめる先。
 既にやや離れたカモシカの騎士が僅かに笑ったように見えた。
 
「いずれ!いずこかの地にて!雌雄を決さん!」
 
 カモシカの騎士は剣を抜き天に掲げた。
 ポールもまた剣を抜き放ち天に掲げる。
 
「・・・・騎士の戦いってのは優雅だね」
 
 ユウジは二人の騎士を見ながらそっと呟く。
 
「そうですね」
 
 マサミは無表情でそう答えた。
 そのまま沈黙した二人だが、その場の空気の重さに気が付いたのか、ユウジは気の抜けたような口調で口を開いた。
 
「会敵距離2000mで25mm砲使ってバカスカ撃ち合うとかしないからね」
「地雷を埋めといて誘い込む事もしませんね」
 
 クククと笑いを噛み殺してマサミもそれに答える
 
「クレイモアの表面にニカワで釘とかネジとかたくさん張りつけてさ」
「火を点けたら面で破壊して畳2面分がミンチですね」
「毎分6000発撃てるバルカン砲で何でも撃ち抜くとか」
「まぁ、なんですかね。双方核兵器で脅しながら、冷や汗垂らして睨み合う世界でしたから・・・・ね」
 
 懐かしい世界を思いながら、二人のラリーは続いていた。
 そんな二人のところへ血まみれのリコとオオカミの酋長もいつの間にか歩み寄って、ともにその姿を見送る。
 
「自由を愛するネコには理解できませんな」
「ほぉ、面白い事を言いますな。オオカミは理解できますぞ。剣でのみ交せる言葉もあると言うもの」
 
 酋長もリコも笑っている。マサミもユウジも笑っていた。
 傍観者の笑みを他所に、ポールは剣を鞘に収め部下に近隣の掃討を命じていた。
 
「それよりマサミさん、カナさんは如何か?」
「えぇ、何とか無事です。アリス様に叩かれて切れてた線が繋がったようですね」
「では・・・・ 見えるのかね?」
「多分・・・・」
「・・・・カナさん用にと隠してあったエリクサーを使ってしまったので、どうしたものかと思っていました」
「あぁ、それなら」
 
 マサミの笑みが酋長に向けられ、酋長も察したようで懐からオオカミの里の最後のエリクサーを取り出す。
 
「これを使えばよろしかろう。でも、見えるようになったのであれば・・・・」
「おそらく不要かと」
 
 そういいつつ手渡されたマサミにエリクサーの小瓶をリコは興味深そうに眺める。
 
「マサミさん、ちょっとよろしいか?」
 
 マサミが答える前にリコはその小瓶を奪い取るようにして掌に乗せると、迷うことなく封を切って中身の匂いを確かめた。
 
「レーベンハイト殿・・・・ いささか・・・・」
「いや、酋長殿。これはエリクサーでは無いよ」
「え? そんなバカな」
「いや、間違いない・・・・ これはエリクサーより遥かに価値のあるものですな」
「価値がある?」
「えぇ」
 
 リコはほんの僅かに指先へと垂らし、その液体へと鼻を近づけ匂いを確かめると舌をつけて味を確かめた。
 
「あぁ、間違いない・・・・ マサミさん、危ないところでしたな」
「危ない? あの、意味が良く分かりません」
「レーベンハイト殿。我らの里では代々受け継がれた最後の一本なのだが。どういうことかね?」
「これはですね・・・・」
 
 何かを言おうとしたリコがフラフラし始めている。
 慌ててユウジとマサミがリコを支えたのだが・・・・
 
「あぁ、いけませんね。頭がくらくらします」
「なんですか?」
「媚薬ですよ、それも強力な。これ一本飲むと、私たちネコなら間違いなく一撃でおかしくなります」
 
 リコの意外な言葉に酋長もマサミもユウジもいっせいに声を出した。
 
「媚薬?」
 
 見事にハモッたその一言。
 そこへポールがやってきたのだが。
 
「おい、その瓶に早く蓋をしろ!」
「ポール・・・・ どうした?」
 
 やや腰を引き前屈みになってるポール。
 その姿にユウジは何かを気が付いた。
 
「もしかして、痛いくらいですか?」
「あぁ・・・ いててて!」
 
 たまらず鎧越しに股間を押さえジャンプするポール。
 何かブツブツと言いながら馬に乗ってどこかへ行ってしまった。
 
「ふむ、まだまだ効果は抜群ですな」
「あの、リコさん。詳しく教えてください」
 
 その場にペタンと座り込んだリコ。
 マサミはそれを介抱しつつ問い詰めるのだった。
 
「これは男に飲ませる媚薬です。酋長殿、女に飲ませる薬は有りませんでしたかな?」
「あぁ、ある、あるよ」
 
 リコは座ったままウンウンとうなずいた。
 
「珍しい物を見たな。実に・・・・200年ぶりくらいだね」
 
 一人感慨にふけるリコ。
 手にした小瓶を眺め、目を閉じて何かを思っている。
 マサミは訝しそうに訊ねた。
 
「これは一体なんですか?」
「これはね、種の壁を越えて子を成すための薬だよ。種族間にある生物の壁を乗り越え新しい命を作り出すための秘薬」
「え?」
「だがね、この薬は決定的な欠点があるんですよ。私が若い頃、とある機関でこの薬を大陸中から探し集めて研究しました。僅かに残されたこの薬を探し回って随分犠牲も払いましたが・・・・ 実は子を成せないんです。成すのは子とは程遠いものでした」
 
 リコは遠くを見るようにしていたのだが・・・・
 
「遠い昔、秘薬学の天才と呼ばれたウィルケアルベルティがこれを作り、そしてリュカオンが略奪して歩いたこの薬。実はね・・・・」
 
 一息ついて言葉を繋げ様としたリコ。
 だが、その場へアリスがカナを引き連れやってきた。
 
「おぉ、アリス様。よくご無事で」
「リコ!生きてたの!」
「えぇ、実は・・・・ 護身用に持っていたエリクサーで事なきを得ました。本当はカナさん用の切り札だったんですが」
「そうなの。でも、カナはちょっと見えるようになったみたいよ」
 
 先ほどまでの憔悴しきったアリスは影を潜め、キチンとメイクして立派な領主の姿となって現れたアリス。
 そして、その隣には緋色のワンピースにエプロンをかけたカナ。
 地面に転がるゴラスとフェベルティの首にアリスとカナは息を呑む。
 
「ポールが?」
「いえ、カモシカの国の騎士と思しき方が・・・・」
 
 アリスの問いにマサミが答えたのだけれど、その後にリコが口を開いた。
 
「おそらく、あの国の中の勢力争いでしょうな。どちらかの陣営が相手の陣営の弱みを握るため、カナさんを奪回して交渉のカードにしようとした。しかし、それは失敗し脅される側だった者が脅す側を探し回った。そして、最初に命じた側が口封じを謀ったのでしょうな」
 
 平然と言い放つ生臭い政治の話。
 リコは慣れている風だが、アリスは眉間に皺を寄せる。
 
「そうなの」
「・・・・カモシカの民衆は色々と悪い事を言われますけど、でも、他国のものが思っているほど間抜けではありませんよ。その証拠にあの国の中はもう随分長い事あらそっています。単に間抜けとレッテルを貼って笑っている愚か者も多いですが・・・・」
 
 フフフ・・・・
 不適に笑うリコへカナが静かに口を開く。
 
「戦い続けると攻める方も守る方も手のうちが分かってきますから、だから実験的な作戦を行って経験を積むわけですね」
「そうです。カナさんは明察ですね」
 
 そんな会話が続く中、アリスはジッと二つの生首を見ていた。
 あの、勝ち誇ったような口調で攻め続けたカモシカの女がもの言わぬ死体となって転がっている現実。
 アリスの中に流れる激流のような感情。いや、むしろ劣情と言うべきものが逆巻く。
 
「アリス様・・・・ いかがされますか?」
 
 マサミの冷静な口調がアリスを揺さぶる。
 出来る事ならこの場で大岩でも使って潰したい所だが・・・・
 
「リコ、この者達も政争の犠牲者と言うわけなのね?」
「そうですな。当たらずとも遠からずでしょう」
 
 アリスは目を閉じ何かを考える。
 皆は次の一言を待っていた。
 
「マサミ。この騒乱の犠牲者も侵入者も、等しく共同墓地へ埋葬します。皆、荼毘に付しなさい」
「仰せのままに」
 
 一礼し立ち去ろうとするマサミを酋長が呼び止めた。
 
「アリス様、執事殿。犠牲者の冥福を我らも祈らせて欲しい。執事殿が我ら兄弟の冥福を祈ってくれたように。我らも」
「そうですか。マサミ、そのようにしなさい」
 
 マサミは何も言わず一礼するとその場を立ち去り広場の中央へと向かった。
 その後ろをオオカミの一団が続き、そして、手持ち無沙汰な兵士が後に続いた。
 
「リコ、そのエリクサーは?」
「あぁ、これはオオカミの酋長が持っていたものですよ。でも、実は・・・・」
「じつは?」
「実は真っ赤な偽物です」
「偽物って・・・・ 効き目は無いと言うこと?」
「はい、そうなりますね。むしろ、これを服用すれば深刻な症状を引き起こします」
「そうなの」
「えぇ、ある別の薬と組み合わせると・・・・種族の壁を越えて子を成せる媚薬になるはずなのですが・・・・」
 
 その言葉にアリスは目を輝かせる。
 
「本当に出来るの?」
「えぇ、出来ます。出来ますが、子を成した女も、種をつけた男も必ず・・・・死にます」
 
 その場に居合わせ予想外の言葉を聞いた者は皆呆然としていた。
 自らの死と引き換えてまで子を成す必要性が本当にあるのだろうか?
 生存を旨とする生物の本能とは対極にある存在。
 
「それじゃぁ・・・・ 意味が無いじゃない」
「えぇ、意味がありません。でも、これが出来た当時はそれでも良かったのですよ」
「当時?それは随分昔のもの?」
「えぇ、そうです。これを作ったのはウィルケアルベルティ。新しい種族を生み出し、旧種族を淘汰するつもりだったのでしょう」
 
 アリスにも、カナにも。そして、その場に居たものが皆一様に混乱していた。
 太古の偉大なる魔道士と未だに賞賛される者が何を思ってそれをしたのか。
 この薬の存在理由がいまいちピンと来ないのだった。
 
「まぁ、理由はどうあれ。この薬は途轍もなく危険です。ネコの男は足腰が立たなくなり泥酔状態に。イヌやオオカミの男ならば心臓が爆発するほどに血圧が上がります。ヒトの男に使えば・・・・ 狂ったように女と事を成し続けるでしょう。死ぬまで」
「死ぬまで?」
「えぇ、死ぬまでです。体内の精を吐き出しつくし、やがて飢えと疲労て果てるまで・・・・」
 
 唖然とする一同の中、カナはハッと何かに気が付いたようにしてリコを見た。
 
「それってつまり・・・・ 種族の絶滅を目的としてるのですか?」
「そうとも言えますね」
「つまり断種ですよね?」
「断種・・・・ 嫌な響きですが、でも、そうでしょうね」
 
 期待していた宝物がただのガラクタだった。
 そんな風な落ち込み具合でアリスはしょぼんとしている。
 その弱々しい背中からずり落ちる上着をカナがなおした。
 
「アリス様。やはり、生物の種の壁は厚いのですね」
「そうね・・・・ カナに頑張ってもらうしかないわね」
「えぇ、そうですね」
 
 二人して笑みを浮かべ振り返る先。
 午後の日差しを浴びて光る紅朱舘の屋根が見えた。
 
「私も夫も、ここで生きて行くしかないんですね」
「・・・・出来るものならヒトの世界へ帰りたい?」
「えぇ、もちろんです。やり残した事が沢山ありますから」
「そうなんだ」
 
 少しだけ俯いたカナが何かを吹っ切るように天を見上げた。
 抜けるような青空が高く蒼く広がっている。
 ヒトの世界よりも青く見える空。
 
「でも、この世界でもその半分は叶うと思います。あの人がいれば・・・・ だから・・・・」
「・・・・だから?」
「だから・・・・ あの人をどう使おうと主のアリス様にお任せします。でも、どうか心までは持っていかないで下さい」
「心・・・・ね」
「えぇ、そうです。どうか・・・・ もし、またあの人と子供が出来たら、その子達の為にも・・・・ あの人の心を少しだけでも良いから」
「・・・・カナ」
「出過ぎた事を口にしました。どうかお赦しを ご主人様」
 
 一歩下がったカナは寂しそうな笑みを浮かべ、胸に手をあて頭を下げる。
 アリスから見るその姿は清々しくもあり、そして痛々しくもあった。
 
「カナ、心配しないで。マサミは・・・・ あなたの夫は執事なだけよ。でもね」
「でも?」
「マサミはあなたのもの。でもまぁ、うん、たまには貸してね。仕事とは別にね」
「えぇ、御随意に。でもあまり搾り取らないでくださいね。ヒトの男女が子を生せるのは良くて40までですから」
「40歳?」
「えぇ、そうです。ちゃんと育てる都合を考えれば30までには何とかしたい所ですね」
「そうなんだ・・・・」
 
 やや寂しそうに俯いたアリスの心中に何が去来したのか。
 カナには何となくそれが分かっていた。
 ヒトの世界で犬を飼った事のある者なら、だれでも一度は経験する事。
 流れる年月が生き物を老いさせる事は誰にも止められない・・・・
 
「いつか、あなたもマサミも居なくなったスキャッパーで、私の最後を見取ってくれるヒトは居るかしら・・・・」
「私や夫を大事にしてくださるならば、きっと私達の子孫がアリス様と共にあると思いますし、それに・・・・」
 
 カナは一歩を踏み出し紅朱舘へと歩みだす。
 アリスもつられる様に歩き出した。
 同じような歩幅でゆっくりと進む二人の影が石畳に長く伸びる。
 
「アリス様とポール様の間にもお子様が出来る事でしょう。きっとその頃、ここは繁栄していますよ」
「・・・・そうね。マサミが始めた改革は順調よ。色々と言う者も多いけど、でも、今はまだ判断する時じゃないわよね」
「えぇ、そうですとも。ヒトの世界ではこう言います。国家は100年の大計を見据えよ、と。100年先の為に」
「カナ。あなたの力も必要ね」
「お役に立てますでしょうか」
 
 アリスは何とも答えず、ただ黙って笑みを浮かべるだけだった。
 その笑顔にカナは安堵の表情を浮かべる。
 紅朱舘へと続く石畳の道を歩きながら、二人は表情だけで無言の会話をしているようだった。
 
「さて、アリス様、この薬、どういたしましょうか?」
 
 ある意味、劇薬以上の危険物と言える薬を眺めながらリコはそう問うた。
 どうする?と聞かれたところでアリスにもどうしようもない事だった。
 それほど危険な物であれば処分するのが適当なのだが・・・・
 
「アリス様。その薬は王府へ献上し処分を依頼してはいかがでしょうか?」
「でも、王府へ行けば・・・・ 見知らぬヒトが死ぬかもしれないわよ」
「なぜですか?」
「毒なら使ってみたいと思うじゃない」
「・・・・・・・・」
 
 二の句が付けないカナの、その呆然とした表情にアリスも驚く。
 今更何をいってるんだ?と、そう思うアリスはある意味正しいのだろう。
 ちょっとだけ沈痛な表情を浮かべたカナだったが、すぐに立ち直ったように笑みを浮かべるのだった。
 
「そうですね。ヒトは何をされても文句をいえませんし・・・・」
「残念だけどその通りよ」
「ならば、どこかに埋めてしまうのはいかがでしょうか。さもなくば、山に捨ててしまうとか」
「独特の匂いがするものだからね。私達なら臭いを嗅ぎ分けて探し出しちゃうわよ」
「じゃぁ・・・・」
 
 ちょっとだけ考える仕草をしたカナはふとリコに目をやった。
 その眼差しがちょっと狂気の色を含んでいるのにアリスは気が付いた。
 
「ネコとかオオカミとかの工作員対策に隠しておきませんか。先ほどのリコさんを見れば有用性が分かります」
「・・・・あなた、涼しい顔してすごい事言うわね。でも・・・・ その案を採用するわ。紅朱舘に隠しておきましょう」
「そうですね」
 
 ある意味怖い会話をしながら紅朱舘の前までやってきたアリス達。
 館の前ではマサミがポールの配下騎士や兵士達と一緒に火葬する為の木組みを作っていた。
 
「アリス様、支度が終わりました」
「そう。なら、始めなさい」
「仰せのままに」
 
 火事で焼け死んだイヌや首を撥ねられたカモシカとヒトの盗人達。
 皆、平等に火葬の台へと並べられ、その周りへ兵士たちが油を撒いた。
 マサミはポケットからインスタントライターを取り出し油を吸わせたボロキレを木の枝に巻いて火をつける。
 その炎が安定したのを見計らってアリスへとそれを献上した。
 
「アリス様。これは・・・・」
「えぇ、私の仕事ね」
 
 マサミから種火を受け取ったアリスは、ロッソムの民衆が見つめる中で火葬の台へ火をつけた。
 
「誰も恨んではいけません。恨み憎しみはここで一緒に燃やしてしまいましょう。今までより未来へ目を向けて・・・・・」
 
 民衆へと語りかけるアリスの声が響き、モサモサと昇る黒い煙が大きな火柱へとなった。
 炎を見つめるマサミは隣に居たはずのカナが居ない事に気が付いた。
 
「あれ?」
 
 キョロキョロと周囲を見回すマサミ。
 アリスもカナがいない事に気が付いた。
 
「マサミ!カナを探して!」
 
 慌てて走り出そうとしたマサミだが、紅朱舘のドアが開く音に驚き足を止め振り返った。
 そこには、大きな銃を抱えたユウジと剣の柄を握り締めるポールが立っていて、その後には子供を抱えたカナの姿があった。
 
「まさみさん・・・・ この子も天国へ行かせてあげて」
「・・・・あぁ、そうだな」
「ねぇ、このこの名前。考えてくれた」
「・・・・実はまだなんだ」
 
 カナの手から子供を受け取ったマサミ。
 浅葱色の布に包まれたミイラの赤子はまるで眠っているようだ。
 
「執事殿。そなたの吾子か?」
「えぇ」
 
 オオカミの酋長はオオカミの若い衆へと差配した。
 
「そなたの息子の為に、我らも祈らせて欲しい」
「是非お願いします。いつかまた私達夫婦の所へ返ってくるように」
 
 返ってくる・・・・
 その言葉にカナは涙を浮かべた。
 カナの隣へそっと寄り添ったマサミは抱えた我が子を抱きしめる。
 
「息子よ・・・・ お前の名は・・・・ 大志・・・・ 」
「大志・・・・」
 
 カナが繰り返すようにそっと呟き、マサミの抱えた息子を見ている。
 
「良かったね、良い名前を・・・・ 付けて・・・・ もらって・・・・」
 
 なんとか搾り出した言葉もそこで途切れ、後はただただ泣くだけだった。
 その震える肩にそっと寄り添ったマサミは息子を炎の中へと送り込む。
 灼熱の炎が袖を焼くのも気にせず、手放すのをためらうマサミ。
 その肩をポールが荒々しく引っ張り、マサミは我に返って炎から離れた。
 
「タイシ! ヒトは生まれ、生まれ、生まれて、死に、死に、死んで、大きな車輪が回るように生死を繰り返すものなのだ。でも、何度生まれてもお前は俺の子だから、次に生まれて来るときも、きっと俺の子に生まれてくるだろうから。だから、俺が死んでまた生まれてくる時まで、ゆっくりと待ってるんだ。あの丘の上でこの街を見下ろして待っているが良い!。この街を俺は必ずイヌの国でいち
ばんの街へと発展させるからな。ヒトの世界の街に負けない立派な街にするからな・・・・」
 
 最後はただ叫ぶだけとなった言葉を吐いて、マサミは炎の前で膝を付いた。
 流れる涙を止めようともせず男泣きに崩れる姿にポールまでもが涙した。
 その肩へ手を差し伸べたのはオオカミの酋長だった。
 
「執事殿。そなたの子のために我らは祈る。さぁ・・・・」
 
 酋長に促され立ち上がったマサミは、涙を拭う事も無く笑みを浮かべ言った。
 
「酋長様。息子の為に私も踊りたい。よろしいか?」
「あぁ、勿論だとも。そなたの息子の為に」
 
 見覚えのあるオオカミがリードを取り、独特に節回しをとるあの歌を謡い始めるオオカミ達。
 炎を囲む輪が不思議なリズムを取りながら回り始める。
 ゆっくりとステップを踏んで踊るその姿にカナも懐かしいふるさとの盆踊りを思い出していた。
 死者を焼く炎が小さくなって、火を消さぬようにとイヌの兵士が薪を投げ込んでいる。
 その度に火の粉がバチバチと燃え上がり、少しずつ夕闇に解けて行く藍色の空へ飛んでいくのだった。
 
「ねぇカナ」
「なんですか?」
 
 寂しそうな笑みを浮かべるカナへアリスは声を掛ける。
 振り返ったカナの流す涙に炎の光が反射していた。
 
「・・・・うん、やっぱり良いや。なんでもない」
「気になるじゃないですか・・・・」
「あなたとマサミの子供が生まれるのを楽しみにしてるわ」
「出来ればアリス様が先に生んでくださると良いかと思います」
「なんで?」
「だって・・・・ ヒトのほうが、寿命が短いですから・・・・」
「・・・・そうね。その通りね」
 
 遺体をすべて骨にした炎が小さくなり、呆然とそれを眺め立っていたマサミへカナが寄り添った。
 その小さな肩を抱きしめたマサミはカナの額へキスして抱きしめる。
 
「かな・・・・ 今更だけど申し訳ないと思ってるよ」
「なんで?」
「俺と結婚しなければこんな事には・・・・」
 
 驚いたようにマサミの胸を押して距離をとったカナ。
 マサミもちょっと驚いてる。
 
「それは逆よ!私とあの時に出会わなければ・・・・ あなたはあのマンションを買う事も無かったのに・・・・ 私のわがままで・・・・」
「かな!そんな事ないさ!そうじゃない!」
「でも・・・・ でも・・・・ あなたの期待に応えられないかも・・・・ 私は・・・・ 裏切るかも・・・・ 」
 
 なにかとても不安定な状態で小刻みに震えるカナ。
 全部承知でマサミはもう一度そっとカナを抱きしめた。
 
「カナ・・・・ 何か・・・・ 俺の居ない間に・・・・ 何かあったのか?」
 
 ギクッとした表情を一瞬浮かべたポールが、覚悟したようにマサミとカナを見ていた。
 カナはその視線に気付くほど視力が良い訳でもないので気が付いていない。
 
「・・・・うん いや、何も無い。うん、何もなかったよ。至って平穏だったよ」
「そうか・・・・」
 
 何かを取り繕うかのように言葉を連発するカナ。
 マサミはきわめて事務的に言葉を返すしかなかった。
 それはまるで棒読みのように。
 
「そう!あったといえば、ポール様にね、婦長を命じられたの、アリス様も同意されて」
「そうか・・・・ それは良かった・・・・」
 
 必死にポールへの配慮を見せるカナ。
 マサミにはその姿が痛々しいだけだった。
 きっとカナはマサミの為に必死で取り繕っているんだろう。
 ポールにもそれが分かっていた。
 
「まさみさん・・・・・・ あのね・・・・・・」
 
 カナは俯いて何かを言おうとした。
 その先に出る言葉が何であるかをマサミがわからないわけでもない。
 カナの顎にそっと手を添えて顔を持ち上げるマサミ。
 言葉を飲み込んだカナはマサミの顔を見ていた。
 
「結婚する前、国立劇場へ見に行ったお芝居を覚えているか?」
「え?」
「ロシアの歌劇団が来て公演しただろ」
「・・・・ワーニャ伯父さん、よね」
「あぁ。そうだ。覚えてる?」
 
 ゆっくり頷くカナ。
 マサミはその唇へそっとキスした。
 
「ソストラダーニェ・・・・」
「そうね、そうよね・・・・」
「あぁ」
「・・・・あなたが背負うものを私も一緒に背負うから」
「本当はこの世界ごと変えないとダメなんだろうけどな・・・・ 根底から変えないと」
「でも、今はできる事から頑張らないと・・・・」
「あぁ、そうだな・・・・」
「私達は奴隷なのね」
「考えもしなかったよな」
「うん」
 
 また俯くカナをギュッと抱きしめマサミも目を閉じた。
 両手の中で僅かに震えるカナの温もりがすっかり遠くなってしまったヒトの世界を思い出させる。
 
「カナ、この世界で生きていこう、つらくて苦しい毎日を越えて働き続けよう。僕らは奴隷なんだ。主の役に立ち続けなければ捨てら
れてしまう運命だ」
「そうね・・・・」
「長く苦しい生涯を終えて、いつか、あの世で神の御前に立ったら僕らも言おうじゃないか。本当に辛い人生でしたって・・・・ 」
 
 顔を上げたカナの流す涙が頬を濡らしている。
 その表情までも愛しげに抱きしめるマサミをアリスは複雑な表情で見ていた。
 
「そう言って・・・・ 神様は・・・・ 私達を本当に哀れんでくださるかしら」
 
 搾り出すように呟くカナの言葉がマサミの胸を打つ。
 この辛い仕打ちをしたのが神ならば、その神が哀れむなど矛盾も良いところだから。
 でも・・・・
 
「あぁ、きっと哀れんでくださるよ・・・・ きっと・・・・」
 
 それだけ言うのが精一杯だった。
 やっと搾り出した言葉をそっと抱きしめるように寄り添って立つマサミとカナ。
 オオカミの若者たちが燃え残ったあたりから骨を拾い始める。
 マサミはポケットからタオルを取り出すと、まだ熱の残る息子の小さな遺骨を集め始めた。
 
「まさみさん、この世界のチェーホフを目指すの?」
「チェーホフか・・・・ あの境地に達する事は出来ないと思うけど、でも、そのスタートラインが絶望なら、もう一度は立ってるから」
 
 タオルの中に包まれたあまりに小さな骨。
 一番上へ頭蓋骨を乗せてそっと包みを閉じ、胸に抱きしめた。
 
「ソストラダーニェ・・・・ ね」
「あぁ、ソストラダーニェだ」
「また小さくなっちゃった・・・・ タイシ・・・・」
「タイシ・・・・ 息子よ。お前が生まれた時はこれくらいだったんだろうな」
 
 息子を抱きしめ立つマサミと寄り添うカナ。
 その場へアリスとポールがやってきて、それを合図にオオカミの酋長やリコやユウジも集まってきた。
 
「マサミさん、大変申し訳ないが・・・・ あなたの息子さんの遺骨を見せてもらえないかね。医者としての知識欲だ」
「・・・・ネコには叶いませんね」
 
 苦笑いしたマサミは片膝を折って地に付けると、その上へそっと息子を包んだタオルを広げた。
 
「ふむ。やはり・・・・ 薬物漬けですな。これは尻尾の付け根。ヒト族は失ったようですが・・・・」
 
 しばらく眺めていたリコは立ち上がり右手の甲を一舐めすると、自らの額・顎・胸・下腹部・陰部を順番に手で押さえ、そして、その手でタイシの遺骨をそっと撫でた。
 
「至高神よ。ヒトの子供の魂を導きたまえ」
 
 ネコも神に祈るのか・・・・
 ちょっとだけ新鮮な驚きがマサミを包んだ。
 
「さて・・・・ 執事殿。いや、この場では我らの輩-オオカミと踊る男-と呼ぼうか」
 
 オオカミの酋長は笑みを浮かべタイシの頭骨を撫でていた。
 だが、その何気ない酋長の言葉にカナもアリスも、そしてポールもユウジもリコまでもが驚いた。
 
「そうだそうだ。カナ、実は俺、凄い事になってんだよ」
「どうしたの?」
「実はオオカミの酋長様に名前を貰ったよ」
「なまえ?」
「うん、ネイティブネームだよ」
「え?」
「聞いて驚くなよ!『オオカミと踊る男』だ」
「ほんとに!ケビンコスナーじゃん!」
「うん!」
「良かったね。大ファンだったもんね」
 
 痛々しい程大げさに盛り上がるカナを他所に、酋長はアリスへと向き直って胸に手を当てつつ頭を下げた。
 
「アリス様。実は、執事殿が我らの輩を送る祭壇の前で我らと一緒に踊ってくれた。ゆえに感謝を込め、名を贈りたい」
「・・・・そうなの。えぇ、良いでしょう。承認します」
「ありがとうございます。これで、執事殿に・・・・ 我らと踊る男に慈悲を貰った我が娘も浮かばれよう」
 
 意味を飲み込めないアリスとカナ。
 酋長の言う娘と言う一言が引っかかるようだ。
 
「ねぇ、どういう事?」
「え゙?あ、うん・・・・ 実はさ・・・・ 」
「なに?」
「拳を握って立つ女って映画に出てきたよね。あれと同じで一人身の女性がオオカミの集落に居てね」
「・・・・うん、それで?」
「あ、いや、何もして無いって!ほんとにしてないって!嘘じゃないって!」
「ほんとにしてない?」
「嘘はつかないから!迫られたけど、でも裏切るような事は・・・・」
「なんで迫ったの?」
「実は・・・・・」
 
 さて、どう説明したものか・・・・
 しどろもどろのマサミをポールもユウジも笑っている。
 
「マサミ。俺もあまり人の事を言えんが・・・・ 正直に言ったほうが良いかもしれないぞ?」
 
 そう言ってポールは厭味な笑みを浮かべて髭を弄っている。
 
「まさみさん・・・・ その娘さんはオオカミなの?」
「いや、実は違うんだ・・・・」
「じゃぁ、イヌ?」
「イヌでもない」
 
 カナの声が少しだけ冷たくアリスの耳に聞こえたのは気のせいではないようだ。
 アリスが今まで見た事の無い表情のカナは、貫くような視線でマサミを見ている。
 
「まさみさん。分かってると思うけど・・・・ アリス様を裏切った訳じゃないよね? それとも・・・・」
 
 私を裏切ったの? カナはそう言うとして言葉を飲み込んだ。
 血の気が引いてるマサミの引きつった笑顔にいたたまれぬ酋長は、そっと右手を上げてカナの肩に手を添えた。
 
「カナさんや。どうか・・・・ この年寄りの言葉を最後まで聞いて欲しい。実は、わしの死んだ息子の妻はヒトの娘で・・・・
 
 その言葉に真底驚いた表情を浮かべたカナとアリス。
 だが、酋長が次の言葉を語る直前、唐突にその場を銃声が貫いた。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
 マサミは最初、銃声がした方向へ瞬間的に目をやった。
 だが、直後にカナの悲鳴が耳を塞ぎ、慌ててカナの方向へ目を移したとき、ユウジが右胸から血を噴き出して倒れ掛かっていた。
 
「ユウジさ『とりあえず伏せろ!』」
 
 精一杯そう叫んだユウジはその場にうずくまった。
 アリスとカナも伏せそうになったので、マサミは迷わず二人の背中を建物の影まで押し込みに走った。
 
「ここに居てください」
 
 ユウジのもとに駆け寄ろう振り返ったマサミだが、同じ銃声がもう一発響いた。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
 あ!っと声を上げたマサミだったが、次の弾は誰に当たる事もなく伏せているユウジのすぐそばに小さな土煙をあげた。
 ユウジが狙われていると分かったマサミが駆け寄ろうと足を出したとき、ユウジの隣に立っていたポールは腰を屈め叫んだ。
 
「マサミ!そこに隠れてろ!」
 
 え?と訝しがる前にアリスの手がマサミの襟を掴んで引っ張り、壁の影へ引きこんだ。
 それを確認したポールはユウジを撃った火点と思われる方向の間に体を入れる。
 助けに行くんだ!と駆け出そうとするマサミの視線の先。
 ポールは簡単なジェスチャーを組み合わせた短い詠唱を終えていた。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・ 
 
「嘘だろ・・・・」
 
 マサミが呆然としながら見たもの。
 それは、ポールの胸の前約1m付近にある、緑色の光を放つ膜のような壁の存在だ。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
「マサミ!どこから撃っているか分かるか!」
 
 大声で叫ぶポールは膜の方向へ左手をかざしたまま動かないで居る。
 防御障壁を発動させる魔法だ!と直感したその膜には弾丸が突き刺さっていた。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・! 
 パッァーーーン・・・・・・・・! 
 
 5回ほど射撃音が響き再び静かになった広場。
 
「ポール!次の射撃音が5回響いたらこっちへ走れ!向こうは5発しか撃てないはずだ!」
 
 ポールが頷くと同時に再び射撃音が聞こえる。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・
 
 短いサイクルで響く射撃音が途切れ、反射的に足を上げようとしたポール。
 胸を撃たれた筈のユウジがその足を押さえた
 
「ポール公。あと1発残ってるはずです。大した奴だ」
 
 うずくまったままユウジは肩に掛けていたG3のマガジンを引き抜き、残弾数を数えている。
 
「火点はあの塔の真ん中辺りでしょう。ポール公、これでマサミさんに渡して下さい」
 
 ユウジはセーフティを掛けたG3を石畳に置き、塔の方へ目をやった
 
「しかし、それではお前が撃たれる」
「・・・・胸を撃たれましたからどちらにしろ死にます。御配慮ありがとうございます」
 
 既に虫の息となりつつあったユウジが力なく笑った。
 過去何度もポールはそれを目にしている。
 その笑みはもはや生を諦めた者の笑みだ。
 
 一瞬の隙を突いて駆け寄ったリコ。
 老人とは思えぬ素早さと身のこなしは敏捷性に長けたネコと言う部分を差し引いても、老人の動きではなかった。
 ジッとユウジの胸を見た後で頚動脈に手を伸ばし脈を診る。
 リコの冷静な見立てによれば・・・・
 
 ―― Priority - 重傷
 
 戦場における衛生兵の最優先救護対象負傷兵。
 重要な臓器が全て詰まった胸部へのダメージはヒトならずとも死に直結する。
 
「おそらく・・・・あと10分ですな」
「馬鹿な事を言うな!レーベンハイト!何とかしろ!医者だろ!」
「しかし、この傷では・・・・」
「レーベンハイト・・・・ エリクサーの件は黙っていてやるから何とかしろ」
「・・・・ははは、ポール公もお人が悪いですな」
 
 リコはそう苦笑いしてポケットからエリクサーの瓶を出した。
 中身がまだ半分は残っているそれの口を開けてユウジの背中を起す。
 
「ゆっくり飲みましょう。かなり苦いです、頑張って」
 
 正体の半分抜けかかったようなユウジ。
 リコはその上半身を起し、口元にエリクサーの小瓶を近づけ流し込む。
 虚ろな眼差しで空を見ていたユウジが突然むせ返ったかと思うと、いきなり血液交じりの泡を吹いた。
 
「にげぇ!!! うげぇ!!! げほっごほっ!!!」
「うん、大丈夫ですな。まだ痛みはありますか?」
「あ、全然平気ですね。凄いな、モルヒネより効くよ」
「もるひね?あぁ、モルフィンですね。あれは中毒症状がでますからねぇ」
 
 ポールの作った障壁の後ろで会話する二人。
 自分の胸を貫通した弾丸を見つけユウジは拾い上げる。
 
「やっぱりね。音からしてそうじゃないかと思ったんだ」
 
 弾丸を手に取ってシゲシゲと眺めるユウジ。
 マサミは身を隠していた影から身を乗り出して呼びかける。
 
「ユウジさん!大丈夫ですか!」
「えぇ!回復しました。凄いですね」
「どうしましょうか?」
「中へ行ってあのデカイ銃を持ってきてください」
「分かりました!」
 
 紅朱館へ駆け込むマサミ。
 ポールは障壁膜が薄くなっている事に苛立っていた。
 
「えぇい!くそぉ!」
「ポール公、どうされましたか?」
「だんだん効き目が落ちてきた。しばらく魔法を使っていなかったからな。魔素が抜けたようだ」
「大丈夫ですか?」
 
 心配そうに眺めるユウジの前。ポールは体を震わせ力を込めていた。
 しかし、緑色の光を放っていた膜が少しずつ小さくなっていくのにユウジは気が付いた。
 
「リコさん、あの影へ一気に走ってください」
「うむ、了解した」
 
 リコは反対側へ飛び出すフェイントを仕掛け、すぐに踵を返し紅朱館へ駆け込んだ。
 そのフェイントに釣られたのか、銃声が1発だけ響き5発目を撃ったようだ。
 
「よし!」
 
 ユウジはポールを後ろから抱えて影へと走る。
 しかし、そこへ再び銃声が響く。
 
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・
 パッァーーーン・・・・・・・・カキーン!
 
「くそ!再装填しやがった」
「ユウジ!大丈夫か?」
「えぇ、私は平気です」
 
 最後の一発はポールが身にまとう甲冑のどこかに当たったようだ。
 浅い角度で当たったのか、どこかへ跳ね返った銃弾が消えた先はユウジにもポールにも見当が付かない。
 紅朱館の石積みの壁に隠れ様子を伺うユウジはジッと火点を見ていた。
 
「ユウジさん!」
「あ、マサミさん、ナイスタイミングです。どうです?撃ってみませんか?」
「これをですか!」
 
 20kg近い総重量のバレットを抱えていたマサミは壁ギリギリまで前に出てバレットを据えつける。
 さすがのマサミもこれだけの銃を撃った事はまったく無い。
 我を忘れて乱射したG3とて奇跡だと言うのに・・・・・
 
「出てこい!」
 
 壁に隠れていた者たちがいっせいに聞いた野太い声。
 
「何者だ!」
 
 大声で答えるポールは剣の柄を握りしめている。
 
「何者でもない!ただの復讐者だ!」
 
 一瞬だけ顔を出しすぐに引っ込めるユウジが見たものは、長い銃身のマウザー銃を構えた獣人だった。
 ただ、その男は背中に大きな戦斧を背負っている。並のヒトでは持ち上げられないサイズに見える。
 
「獣人ですがマダラで種族が分かりません。角が無いので・・・・いや、切り落とされているのかも・・・・うーん・・・・」
 
 腕組みして考えるユウジだが、ポールは意に介さず剣を抜き放って通りに身を晒した。
 
「何者かは知らぬが復讐と言うなら口上を述べよ。我にはそれを効く義務がある」
 
 堂々と言い放ったポールに向かってその男は銃を構えた。
 
「我が兄、我が姉、我が輩を弔う手向けとする。イヌめ」
「言葉は無粋か。うむ、よろしい」
 
 剣を高く構えたポールは腰を落とし切り込む姿勢を作った。
 銃と剣の戦いを間近で見る事になるのだが・・・・
 
「ユウジさん、幾らなんでも」
「ポール公の鎧は弾丸を跳ね返す魔法がエンチャントされています。眉間を狙われない限り大丈夫でしょう」
「でも!」
「獣人の反射神経を侮ってはいけませんよ。彼らは我々とは根本的に違うんです」
 
 引き絞られた弓の弦から矢が放たれるが如く、一陣の風となって踏み込むポールの速度はヒトとはまったく違う次元だった。
 一瞬だけ視界から消えたかのような踏み込み速度であっという間に復讐者の下へ駆け寄るポール。
 彼は躊躇せず引き金を引き弾丸を放ったのだが、一瞬だけ浮かび上がったポールの体の中央付近へと着弾したそれは、見事なまでに弾き返され甲冑には傷一つ付いていなかった。
 
「なぜだ・・・・」
「甲冑の鉄板の表面に魔法の膜があるんですよ。それで力を受け流すんです」
「じゃぁ、完全に無傷で?」
「いえ、それはありません。例えば・・・・」
 
 ユウジは復讐者に襲い掛かるポールを指差し、次に自分の胸を指差した。
 
「防弾チョッキ越しに45口径で撃たれると弾は体に飛び込みませんが、あばらを折る位の威力はあります」
「ですよね」
「防弾アーマーですと06弾位なら防げますが、当たり所が悪いと脊髄にダメージを負います」
 
 振り下ろしたポールの剣を復讐者は銃のバットストックで受けてから、腰の剣を抜いて至近距離で切りかかった。
 瞬間的に距離をとったポールに向かって再び銃を構え、素早いボルト操作で数発発射したが、やはり甲冑は貫けない。
 
「どういうことですか?簡単に説明してください」
「銃弾の運動エネルギーを点ではなく面で受けるから防弾チョッキや防弾アーマーは機能します」
「ですよね、点破壊されれば打ち抜かれる。強靭な素材であれば変形せず受けられます」
「あの鎧は剣や槍や銃弾や、そして一点破壊を行う魔法の全てを鎧全体で受け流して、破壊エネルギーの応力を分散するんです」
「じゃぁ、事実上破壊不能ですね?」
「えぇ、その通りです」
 
 一歩引かれたポールに射撃を行ったものの、それでは破壊できない甲冑であると復讐者も認識したようだ。
 通りに銃を投げ捨てると背中の斧を取り出した。
 
「あらら、斧で面破壊に出ますね」
「やはりそうですか。それしか無いですよね」
「そうです。貫けないなら面を叩いて中身にダメージを負わせるしかないんです」
 
 復讐者もまた恐るべき速度で切り込みポールへと襲い掛かる。
 ポールもまた怯むことなく剣を振り挑みかかった。
 斧と剣であれば斧の破壊力が優りそうなものだが・・・・
 
「あー・・・・ ポール公の剣はオリハルコンでしたか」
「おりはるこん?」
「えぇ、ミスリル銀ってあるでしょ、ファンタジーで定番の」
「えぇ」
「アレのさらに上位です。事実上最強金属ですが扱いが難しい」
「難しいって・・・・ 加工上の制約ですか?」
「いや、剣自身が意思を持っていて持ち主を試すんです」
「はぁ?」
「理解できないと思いますよ。その現場を目で見ないと。だって、私も最初に見たときは笑うしか出来なかったですから」
 
 振り下ろす斧を軽く受け流したポールの剣は、触れ合った切っ先を支点に先端がグニャリと歪み、まるで剣自体の意思としてそうするかのように、相手に切りかかった。
 たまらず一歩引き下がった相手だが、ポールは構わず踏み込み切り掛かる。
 物凄い速度で剣先が飛び交い、復讐者は防戦一方になり始めた。
 
「凄いな。さすが将軍級です。凄い剣力だ」
 
 およそ金属同士のぶつかり合う音とは思えない衝撃音を放って切り合うのだが、双方の力は拮抗していた。
 となれば、徹夜で走り回ったポールのほうが不利なのは眼に見えている。
 一瞬のフェイントで相手の空振りを誘ったポールは復讐者の胸へ剣を突き立てたのだが・・・・
 
「あらら、うわ・・・・ 」
 
 ユウジとマサミが呆然と見詰める先、ポールの剣先が復讐者の胸の前でピタリと静止している。
 
「向こうも同じ甲冑でしたか・・・・ 参ったな。千日手だ」
 
 状況を認識したポールは後方へ飛び距離をとった。
 双方共に強烈な一撃を加えて内部から破壊しなければならない状況での戦闘。
 オリハルコンの剣を上段に構えたポールはその剣の裏刃を肩にあて、打順を待つバッターのようになっていた。
 
「あぁ、ポール公はやる気満々ですね。運動エネルギーを全て込めるつもりでしょう」
「でも、それなら筋力において相手のほうが有利そうです」
「でしょうえ。しかも獲物は斧ですし。あの斧も只者じゃなさそうです。エンチャントはされてないでしょうけど・・・・」
 
 そんな二人の会話にアリスが割って入った。
 心配そうな眼差しがポールを見ている。
 
「無駄話はいいから何とかしなさい。手段は問わないから」
 
 ハッと我に返ったマサミはバレットの脇へと入り射撃体勢を取る。
 重量のある銃だけに寝撃ち以外の射撃姿勢は現実的ではなかった。
 
「マサミさん、射撃の基本は一緒ですからそこは省きます」
「えぇ」
「ですが3つ注意してください、セミオートですが連射はしないでください銃身が持ちません」
「はい」
「それから、マズルフラッシュが凄いです。射界から目標を見失わないように」
「はい」
「もう一つ。衝撃を鎖骨で受けないように注意です。軽く折れます。肩で受けて」
「分かりました」
 
 射撃姿勢を微調整してスコープの蓋を開けたマサミが射撃軸線の向こうを見る。
 イヌと種類の分からぬ獣人が剣と斧で切りあっていた。
 
「装弾数は12発です。初弾は破甲弾ですが、多分撃ち抜けません」
「じゃぁ」
「まぁ、練習です。とりあえず撃ってみましょう。イヤープロテクターを忘れないで」
 
 ユウジがスポット被せたヘッドホン型のイヤープロテクターは外界の音を完全に遮断していた。
 無音の世界でスコープの中にマサミは集中する。
 レティクルの十字線に目標を捕らえると、無意識にセーフティを外し射撃体勢になった。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 イヤープロテクター越しにも聞こえる轟音が耳を劈き、銃口から拡散した凄い量の煙が視界を塞ぐ。
 しかし、その視界が回復する前にマサミの頭をユウジが叩いた。
 
「マサミさん!射撃前に一声かけて!鼓膜が破れる!」
「あ!スイマセン・・・・」
 
 振り返るとアリスもかなも耳を塞いで悶えている。
 その二人の恨めしそうな視線がマサミを貫き、もう苦笑いしながら視線を切るしかなかった。
 
「マサミさん。着弾は向こうの建物の壁ですね。穴が開いてます。人がいなくて良かった」
「当たらないですね」
「ちょっと当てにくいですよ」
 
 再びスコープを覗くマサミ。
 
「ポール!支援射撃する!」
「手を出すな!」
 
 剣を構えるポールは視線をこちらに送らずに大声で叫んだ。
 
「しかし!」
「いいから手を出すな!俺に殺らせろ!」
 
 グッと唇を噛むマサミの肩に手を置いたユウジはニヤリと笑う。
 
「騎士は剣で戦うと言う事ですね」
「でも・・・・」
「まぁ、しばらく見ていましょう。それより、射撃間隔は最低でも5秒取りましょう」
「分かりました」
「あと、ちょっと待って」
 
 くるりと振り返ったユウジは両手を広げ、アリスとカナを紅朱館の中へ誘導した。
 
「ここは危険です。建物の中へ」
「いえ、ここで結構。私には見届ける義務がある」
 
 毅然とした表情で顔を上げたアリスはジッとポールの後姿を見ていた。
 そして、ふと気が付けば街のあちこちから民衆が顔を出して、事の成り行きをジッと見守っていた。
 
「ポールは今、レオンの全てを背負っているの」
「なるほど、そういわれてみればその通りです。しばらく支援は控えます」
「でも、やばいって時は構わず撃って。私はあなたもポールも失いたくないの。マサミ、わかるでしょ」
「えぇ、存じております」
 
 一瞬だけアリスと視線を絡ませたマサミは再びスコープを覗いた。
 
「マサミさん、見ながら聞いてください」
 
 ユウジはスコープの先端部分を回している。
 
「照準用の十字線が動いてるのが分かりますか?」
「あ、分かります」
「上下は距離の補正。左右は風の流れの補正です。このスコープは気温と湿度の補正は自動です」
「凄いですね」
「えぇ、ですから、後は風の強さで左右の流れを補正して・・・・
 
 ユウジがレクチャーを続ける中、通りではポールと復讐者の切合いが続いている。
 距離を取って踏み込んでは一撃を加え、そしてそのまま離脱する優雅な戦いだ。
 でも、双方は額に汗を浮かべ、その距離は段々と近づいている。
 10分も続けた頃には双方とも一足一刀の間合いとなって、次の一手を出せずに居た。
 
「マサミさん、さぁ出番です」
「でも、二人のあの間合いじゃポールに当たってしまうかも」
「当てなければ良いんですよ」
「そう言う問題じゃぁ・・・・」
 
 にやりと笑ったユウジはマサミの背中をポンポンと2回叩いてからポールと復讐者の二人を指差した。
 
「どっちを狙っても問題ありません。あの鎧に直撃を当てても普通の弾では貫通できませんから」
「でも」
「そうです、ただじゃすみません。それが嫌ならキチンと当てましょう」
「あたりますかね?」
「旧軍の射撃に関する教本にはこう有ります。 引き金は・心で引くな・手で引くな・秋に木の葉の・落つるが如く です」
「あの、もうちょっと具体的に」
「要するに勢い良く引いても当たりません。良いですか。およそ8割息を吸い込み、それを半分吐き出して止めます」
「えぇ」
「吸い込みながら狙いをつけ、吐き出しながら引き金を8割がた引いておき、残りの半分を吐き出すときに引ききるんです」
「途中に一回止めて?」
「そうです」
「やってみます」
 
 マサミは言われたとおりに息を吸い込み、そして吐き出しながら狙いをつけた。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 パギャーーーーン!!!
 
 強烈な金属音を響かせ側腹部に直撃を貰った復讐者は少しよろけた後で後方に飛びのいた。
 瞬時の判断としては上出来なのだが、いかんせん至近距離で対戦車ライフルの直撃を食らえば身体はただではすまない。
 
「ドンドン撃ちましょう」
「了解、第3射いきます」
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ガキーーン!!!
 
 今度は鈍い金属音だった。
 高初速で放たれた弾丸が直撃したのは、おそらく手にしていた斧の背辺りだろうか。
 強い衝撃で両手がしびれたらしく、手にしていた得物を落としてしまい手を震わせている。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 4発目の弾丸は相手を僅かに外れ、随分後方の岩壁に大穴を開けた。
 
「もっと慎重に狙って。この銃は外れちゃったじゃ済まない威力です」
「すいません」
 
 マサミがからだの姿勢を正し再び銃を構えたとき、復讐者は懐から小さな小瓶を出していた。
 
「あ!マサミさん!アレを撃って!はやく!」
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 マサミが放った銃弾は再び目標を大きく外れ、今度はどこか遠くの方で生木を裂くような大音が響いた。
 銃口から湧き上がったマズルフラッシュが消えた時、マサミとユウジの視界に入っていたのは凄い速度で切り掛かったポールと、それを軽々と右手一本で斧を振って払いのけ、口をあけた小瓶に残る液体を全部飲み込もうとする姿だった。
 
「おそかった!」
「何ですかアレは」
「アンフェタミンみたいなものだよ、興奮剤だ」
「え?」
「簡単に言えば戦闘力のドーピング剤。筋力を無意識にセーブする事が無くなり、通常の10倍はやばい事になります」
「じゃぁ」
「えぇ、ポール公はまず勝ち目無いですね」
 
 先ほどまでの立場が一変し、重量にして5倍は有ろうかと言う斧を片手で振り回す復讐者。
 まるで手折った小枝でも振り回すように斧を打ち下ろすその威力は、精神に感応し刃の形状を変化させ力を受け流すポールの太刀と言えども防戦一方になりつつあった。
 ジリジリと後退しながら距離を取って隙を探すポールだが、大きく振りかぶって勢いを増した一撃を受けると、ついに肩膝を地に付けてしまい、もはやどうしようもない状態だ。
 
 復讐者は無表情のまま半歩下がって斧を両手に持ち替え、剣ごと断ち切る勢いで打ち込んだ。
 その威力に抗しきれずポールは直撃を肩口に打ち込まれてしまう。
 刃を通さぬ魔法をかけられた甲冑とは言え、その威力は身体に伝わりダメージを受ける。
 ゲフッと血を吐いたポールは力を振り絞って後方へ飛びのいた。
 
「チャンスです!」
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ブァァァァァァァンンン!
 
 甲冑のど真ん中に一撃を喰らった復讐者。
 だが、筋力を強化した状態ではさしたるダメージには見えなかった。
 
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 ダォーーーーーーーーン!・・・・・・
 
 マガジンが空になるまで撃ったのだが、復讐者は平然としている。
 
「くそ・・・・」
 
 ニヤリと笑った復讐者が斧を持ち替えマサミとユウジの方へ歩き始めた。
 
「余裕ぶっこきやがって」
「どうしましょうか・・・・」
 
 狼狽するマサミを他所に、ユウジが腰のアモケースをごそごそやっている。
 
「マサミさん、ちょっと息を止めていて」
「え?」
「いいから・・・・ あの野郎をぶっ殺してやる。今度はただの弾じゃないぜ・・・・」
 
 言われるままに息を止めたマサミ。
 ユウジはケースから取り出した栄養ドリンクのパッケージみたいな厚紙の箱を開けた。
 
「もうちょっと止めていてください。これは吸い込むとヤバイ」
 
 厚紙のケースをパカン!とあけると中には銀色のフィルムに包まれた鉛色の弾頭を持つ弾丸が入っていた。
 ユウジはそれを取り出すとフィルムを丁寧にたたんで紙の箱にしまい、そして、弾頭をマガジンにセットしてマサミに渡した。
 
「それを装填してください」
「これは何ですか?」
「重元素弾芯遅延信管炸裂弾です。弾頭部分が強烈に固い弾です」
「・・・・要するに劣化ウラン?」
「そうです」
 
 ボルトを引いてチャンバーに弾を送り込んだマサミはごくりとつばを飲み込んだ。
 意識しなくても手の中に嫌な汗が浮いてくる。
 
「この弾は絶対外さないでください。岩壁どころか厚さ数メートルのコンクリートですら打ち抜きます」
「しかも、炸裂ですよね」
「えぇ、そうです」
「でも13mm銃弾の劣化ウラン弾芯なんて聞いた事は・・・・」
「銃弾はアメリカ製だけじゃないですからね」
「あぁ、そう言う事ですか」
「えぇ」
 
 二人の行動を気にするでもなくノッシノッシと歩き迫ってくる復讐者。
 距離が約20mになったところで彼は足を止めた。
 
「何をする気か知らないが、この鎧に銃は効かねーよ。大人しく出て来れば丁寧に殺してやる」
 
 斧を持ち替え下卑た笑いを浮かべるその男は勝ち誇ったように立っていた。
 
「バカな奴だ」
「え?」
「鎧を撃ち抜けなくてもダメージを受けるよ」
「しかし、さっき撃たれたのに平然と」
 
 ユウジは左手を握ってマサミに見せる。
 
「どれほど固くても頑丈でも、物が当たれば全体は動きますよね」
 
 握り締めた左手を右手で押すジェスチャーを見せた。
 マサミは意味が飲み込めていない。
 
「え?どういうことですか?」
「例えばビルを壊すような巨大な鉄球を当てられたら奴はどうなります?」
「壊れなくても吹っ飛びます。鉄球の重みで」
「でも、それは正確じゃありません。正しくは鉄球の運動エネルギーで、ですよね」
「そうですね」
「ニュートンの運動法則って分かりますか?」
「f=maですよね」
「そうです。1トンの物体が時速10キロで当たるエネルギーを・・・・・」
「・・・・あそっか、分かった。つまりやたら固くて重い弾丸を・・・・」
「そう、たとえ100gでも音速で当たると、その運動エネルギーは1トンの鉄球に勝ります」
「凄いな」
「だから、絶対外さないで必ず当ててください。初速が1000キロを越えますからショックウェーブまで出ますよ」
「分かりました」
 
 レクチャーを終えたユウジはやおら立ち上がると壁の影から歩き出し復讐者の前に立った。
 
「どこの誰だか知らないけど、一つ言っておく事がある」
「なんだ?」
「何か言い残す事はあるか?」
「はぁ?」
 
 ユウジは時間稼ぎをしている。
 直感でそう思ったマサミは身体を起して振りかえり、後ろに隠れているアリスとカナへ声を掛けた。
 
「アリス様、急いで建物の中へ入ってください。これから本当に危険な物を使います」
「構わずやっていいわよ。私は見届けないとならないの」
「確かにその通りですが、これは幾らなんでもまずいです。本当に」
「・・・・構わないからやりなさい。耳を塞いでるから。カナも耳を塞いで」
 
 信頼の笑みを浮かべ両手で耳を塞ぐアリス。
 耳孔の位置がヒトと違い頭頂部からややずれたところにあるイヌだ。
 手の位置がまるでキツネのフリでもするヒトに見えてマサミは笑った。
 
「終わったら教えなさい」
 
 頷いたマサミは再び寝撃ちの体勢へと身体を沈めるのだが、胸の辺りに何かが突き刺さるような痛みを感じた。
 
「いて!」
 
 慌てて胸の辺りに手をやると、そこにあったのはあのルカパヤンの老人から預かった十字架だった。
 一瞬の虚を突かれたように動きが止まり、マサミは十字架をジッと見つめる。
 
 ――俺に出来るのか・・・・
 ――神様・・・・
 ――これは一体何の試練なんですか・・・・
 
「マサミ、どうしたの?」
 
 ビックリして振り返ればアリスが耳から手を離してキョトンとしていた。
 
「アリス様。耳から手を離しませんよう」
「・・・・マサミ、良いから気楽にやって。あなたが失敗しても私は恨まないわよ」
 
 すぐとなりのカナも笑みを浮かべてマサミを見ている。
 マサミもそっと微笑を返して耳当てをつけ、姿勢を整え銃を構えた。
 
 ――神よ。人の神よ。どこか遠くに居る筈のヒトを導く神よ。
 ――こんな時だけ神頼みする不届きなヒトにお赦しを与えください。
 ――私の主と妻と友を守るための凶行をお許しください
 ――神よ・・・・ どうか、我に・・・・ 力を・・・・
 
「ユウジさん 撃ちます!」
 
 マサミの言葉を聞いたユウジはとっさに銃口より後ろ側へ逃げた。
 それと同時に何かを叫んだのだろうか。
 ポールは耳と目を塞いで復讐者に背を向けてうずくまった。
 通りの影から見ていた民衆が慌てて影へと逃げ込む。
 音のない世界に居るマサミは耳が痛いほどの静寂の中、自分の鼓動だけを聞いていた。
 
 
                             ◇◆◇
 
「それで、どうなったんですか?」
 
 息をするのも忘れて話に聞き入っていた子供達が、続きを催促するように声を上げた。
 
「それがなぁ・・・・ 俺もアリスも目と耳を塞いでいたから、何がどうなったか分からんのだ」
 
 ハッハッハ!と笑いながらポール公はティーカップに残っていたお茶を喉へ流し込んで溜息を一つついた。
 
「おそらく一瞬の出来事だったのだろうがな、俺は背中越しに鈍器で殴られたような衝撃を受けて前へ転げ、そして振りかえった。すると、そこには例の男だったと思われる肉の固まりが飛び散っていたって訳だ。何がどうなったか分からなくてな、後でマサミに聞いたんだよ。そしたらな・・・・」
 
 ポール公はカスタードクリームの挟まれたビスケットを摘みあげ、子供達に見せながらビスケットを押しつぶした。
 上下から押しつぶされて外へとはみ出てくるクリームの動きがまるで生き物のようだ。
 その意味を理解した子供達が口に手を当てて驚いたり、或いは眼をそらしたりしている。
 
「マサミは言ったよ。まるでチーズを踏み潰したようだと。外側の固い皮は残っても中身が隙間から出てくるであろう? あれと同じで、鎧の隙間とか手首足首、もちろん首周り、そういった部分から生肉が噴出すように飛び散ったとな。でも、鎧は不思議と傷一つ付いてなかった」
 
 そのシーンを直接見たならば吐き気の一つも催すようなものだろう。
 いかな魔法の鎧とて音速に迫る速度で衝突してくる物体のエネルギーをまともに受ければどうなるかは知れている。
 
「両手で耳を塞いでいたはずなんだけど、それでも頭の芯まで響くような衝撃音がしてね。たまらず目を開けたら・・・・」
 
 そっと切り出したアリス夫人は手鍋で暖めるお茶を一口飲んで、そして何かを思い出して眉をしかめた。
 
「目を開けたら下腹部へ直撃を受けたあの男の身体がね、ミンチになって鎧の開口部からニューっと噴き出してくるシーンだったわ」
 
 ポール公も何かを思い出したようにフンフンと首を左右に振って、そして言葉を選ぶように話を続ける。
 
「なんとも言えぬ恐ろしい臭いだった。生きたまま焼かれる生き物の臭いだ。そして、金属が焼ける臭いなのだが、あの臭いは今まで感じた事の無い恐ろしい臭いだった」
 
 自らの鼻先をいじりながらポール公は目を瞑った。
 その瞼の裏に描いた光景が何であるか。
 誰が何を言わずとも、そこに居るものは皆一様に理解している。
 あまりにもショッキングな、そして、非現実的な光景。
 ゆっくりと瞳を開いたポール公の眼差しに僅かながらの恐怖があったのをヨシは意外に思っていた。
 
「あの男が身に纏っていた甲冑の中心からやや下辺り、白銅色に近い金属が群青や緑や赤紫に変色し、短い時間で一気に高温で焼かれたような痕跡があった。後にマサミは言った。瞬間的に1000℃を越えてると思う・・・・とな。しかし、真に恐るべきは後方へ吹き飛ばされる前に衝突衝撃で中身が粉砕されていたと言うことだ。あんな兵器を使われたら、我々はひとたまりもない・・・・」
 
 視線を下に落としたポール公の表情には、僅かだが恐怖と狼狽のそれがあった。
 
「つまりね。あれはルカパヤンのあの老人と、そして、この地にやってきたユウジの私達に対する戦力威嚇でもあったのよ」
 
 アリス夫人が発した言葉の意味。
 それはつまり、ヒトの意地を示す道具の威力を見せ付けるデモンストレーションと言う事なんだろうか。
 
「後に、ルカパヤン紛争でかの地から支援要請を受けた事がある。その時にマサミはやってきた使者に対してきっぱりと言い切ったのだよ。この地にあるヒトの武器は私が使う限りこの地の防衛のためだけに使用すると。そして、残念ながら支援を行うためルカパヤンへ出る事は自分の一存では出来ない。とな」
 
 目を細め遠き日の出来事に思いを馳せるポール公とアリス夫人。
 その静謐な空気を壊さぬようにそっと口を開いたのは、ずっと沈黙していたヘンリーだった。
 
「つまり、父上母上の為に、マサミさんは参戦を拒否したんですね」
「あぁ、そうだ。そしてそれはつまり、妻カナの安全を最優先するマサミの意思だな」
「・・・・マサミさんは本当にカナさんを愛していたんですね」
 
 どこか感動しているかのようなヘンリーの一言にアリス夫人は笑みを浮かべる。
 
「そうだな。あの夫婦の間には俺もアリスもなかなか入れなかったよ・・・・ さて、お開きだ。ヨシ、タダ。妻を大切にしろよ。そしてマリアは従者を大切にしろ。自分を大切にして欲しければ、まず相手を大切にするのだ。よいな」
 
 ポール公はやや酔っていながらも席を立ち歩き始める。
 素早くポール公のやや後ろに立ち付き人となるヨシ。
 リサはアリス夫人と共に歩き始める。
 
「ミサ、お風呂にしましょう」
「かしこまりました」
 
 マリアはミサを連れて歩いていった。
 その場に残ったタダとヘンリー。
 タダはわき目も振らずその場を片付け始める。
 
「やっぱ凄いね、マサミさんは」
 
 何となくタダの動きを眺めていたヘンリーは気の抜けた声でそういった。
 
「んでもさぁ、俺の覚えてるオヤジって言うと、なんかいつもあの部屋でお袋に文句言われてて、何も言い返せないで小さくしょんぼりしてる姿なんだよなぁ」
「それって要するに、カナさんに頭が上がらなかったって事か?」
「どっちかって言うとお袋のほうが強かったと思う」
 
 ハハハ!と笑うタダとヘンリー。
 
「やっぱ女にゃかなわないな」
「うん、オヤジが良く言ってた、従純な女なんて苦労するだけだって」
「カナさんとか、僕の母様を見てると分かる気がするよ」
「だよなぁ・・・・・ 御館様も・・・・ オヤジも・・・・」
「おまえもだろ?」
 
 ニヤリと笑うタダ。
 ヘンリーも笑っている。
 
「後でチェスやろうぜ」
「分かった。片付けたら部屋に来てくれ」
「うん。そうしよう。サクサクやっちゃうよ」
 
 ヘンリーも部屋に戻って行き、タダはフロアのボーイにあれこれ指示を出して片付けていく。
 大きなレストランの奥にあるスロゥチャイムファミリーのテーブルが綺麗に片付いたのは小一時間経った位だった。
 
 そしてその頃、地下の大浴場ではアリス夫人が3人の娘を連れ、既に悠々と風呂に漬かっていた。
 3人の子供を生んだとは思えない見事なボディラインを維持するアリス。
 髪を濡らさぬ様に手ぬぐいでまとめたリサとミサがアリスとマリアの背中を流していた。
 
「リサ、もう良いわよ」
「奥様?」
「あなたもたまにはゆっくりしなさい。でないと出来ないわよ」
「・・・・大丈夫ですよ、きっと」
 
 フフフと笑うアリスとリサ。マリアはジッとリサを見ていた。
 
「どうしたんですか?そんなに怖い顔で」
「あ、いや、そうじゃなくて・・・・ 良いなぁ・・・・って」
 
 マリアの本音をリサもミサも分かっている。
 幼い頃から熱心に神学を学んだマリアは嫁入りまで純潔を保つつもりで居たようだ。
 しかし、許婚たるサイモンの女遊びがチラホラ聞こえ始めると、なぜか急にバカらしくなってきた部分もあるのかもしれない。
 
「マリア、今夜辺りヨシとリサの部屋へ押しかければ?」
 
 アリス夫人は時々とんでもない事を平然と口にする事がある。
 しかし、妻を娶る男に伽をさせるなどあってはならない事だとマリアは思っていた。
 
「ヨシさんはリサ姉さまの夫です」
「でも、私はカナの夫のマサミに抱かれたわよ。それに、タダの筆下ろしもさせちゃったしね。気にしないの、そんな事」
「そうです。気にしないで」
 
 リサも笑っている。
 
「大体、私はカナと一緒にマサミと寝た事もあるしね」
「え?」
「気にする事でもないわよ。マサミが頑張ってくれてる時はカナも頑張ってくれたりね・・・ フフフ!」
「お母様・・・・」
 
 大きめのタオルを身体に巻いたアリス夫人が湯船の縁に腰を上げて足湯状態になっている。
 それを湯船の中で見上げた娘達はいつものアレが始まると分かっていた。
 
「さっきの話にはね、実は続きがあるのよ」
「・・・・どんなのですか?」
「あの晩、全部片付いてから古い紅朱館の奥の浴場で風呂に入っていてね・・・・・・
 
 
***********************************************7*************************************************
 
 
「アリス様。お背中を流します」
 
 カナは唐突にドアを開けて入るなり、そう言った。
 
「カナ。一緒に入る?」
「いえいえ、僕は主のお背中を流すのが務めですから」
 
 ニコリと笑ったカナの笑みにアリスは何かを読み取った。
 
「・・・・ポールにもしたのね」
「えぇ。僕の務めを・・・・」
「カナ」
 
 アリスは湯船から手を伸ばした。
 カナがその手を取ると、アリスはニヤリと笑って手首を掴み、大きな湯船へと引っ張り込んだ。
 
 どっばーん!
 
「アリスさま!酷いですよ!もぉ!びしょ濡れじゃないですか!」
 
 抗議するカナの顔は笑っている。
 もちろんアリスも笑っている。
 
「もう手遅れね。脱いじゃいなさいよ」
「・・・・じゃぁ失礼します」
 
 それほど回復したとはいえない視力のままだが、それでもかなり見えるようになっていたカナ。
 着ていた服を全部脱いで片隅へ寄せると、再び湯船に納まった。
 
「今日は一日長かったわね」
「そうですね。丸2日分ですから」
「事実上徹夜だったし・・・・」
「アリス様・・・・ 私の事で・・・・ 御迷惑を」
「いーのよ。全然いーの。だって、あなたは友達だから」
「でも、私は・・・・『友達なの。公式の場はともかくね、こんな時は私の愚痴も聞いてね』
 
 あっけらかんと凄い事を言い放つアリス。
 その言葉にカナはアリスの孤独を感じた。
 
「わたしでよければ、いくらでも」
「そうね、よろしくね♪」
 
 湯船の中でうーんと伸びをするアリス。
 その仕草は本当にイヌのようだ。
 尻尾の長い飾り毛が湯船の中でゆらゆらと揺れている。
 
「前から不思議だったんですけど・・・・」
「なに?」
「その尻尾って自分の意思で動くものなんですか?」
「・・・・当たり前でしょ?」
 
 湯船の中で左右に尻尾を振ってみせるアリス。
 長い尻尾を丸めてみたり、伸ばしてみたり。
 
「いや、ヒトに尻尾はありませんから」
「でも、指や手と一緒よ」
「ヒトは耳たぶや鼻の穴とか、自分の意思では動かせない器官がありますから」
「そうなんだ」
 
 並んで湯船に座る女二人。
 だが、その体のラインは全く違う。
 
「アリス様はほんとにグラマーですね」
「ぐらまー?」
「胸が大きいです。羨ましいくらい」
「そんな事ないわよ!」
「でも、私の胸なんかこれ位しか」
 
 カナはそう言って自分の胸を両腕で持ち上げた。
 アリスも同じように持ち上げるのだが、その差は野球ボールとバレーボール位の差があるように見えた。
 
「あはは!ホントだ!全然違う!」
「ですよねぇ~ そのサイズじゃ世の男ども大喜びって感じですね」
「え?そうなの?付いていれば一緒じゃない。だってほら」
 
 アリスは無造作にカナの乳房をギュッと中央に寄せる。
 キャ!っと声を上げたカナだが、その顔には笑みがあった。
 
「ほら、真ん中に寄せればちゃんと挟めるし」
「挟むって?何をですか?」
「決まってるじゃない!」
 
 ニヤリと笑うアリスの笑みがちょっと怖い位だ。
 何となく薮蛇だったなぁ・・・・と後悔するカナだったが・・・・
 
「アリス様、御入浴中に失礼します。妻を見なかったですか?」
 
 風呂場の脱衣所に現れたマサミはカナを探していたようだ。
 だが、答えようとしたカナの唇を一瞬早くアリスの人差し指が塞ぎ、カナはビックリして言葉を飲み込んだ。
 
「え?カナ?知らないわよ。それよりマサミ。ちょっと入ってきて背中流して。今日は疲れたわ」
 
 わざとかったるそうな声を出してマサミを呼ぶアリス。
 一瞬躊躇したマサミだが、主の命とあれば断わるわけにも行かず、服を脱いで下着一枚になり風呂場に入る支度をしていた。
 その姿を擦りガラス越しに見たアリスは小声でカナに囁く。
 
「カナ、私の後に隠れて!」
「はい!」
 
 ガラガラ・・・・・
 
「失礼します」
 
 やや薄暗い風呂場の中、マサミはアリスの向こうに見え隠れする影に気が付いた。
 
「あれ?」
「マサミ、ドアを閉めて、冷えるから。あと、そこの手桶をとって」
「あ、失礼しました」
 
 ドアを閉め手桶を持って湯船に近づくマサミ。
 アリスはすっと手を伸ばしマサミから手桶を受け取るフリをしてマサミの手首を掴んだ。
 
「もう、夫婦揃って単純なんだから♪」
「へ?」
 
 ざっばーん!
 
 え?っと言う表情を浮かべる前に音を立てマサミも湯船に落っこちた。
 お湯の中から顔を上げればそこには裸のカナ。
 
「あなたは気が付くと思ったんだけどなぁ~」
「私たちイヌなら臭いで分かるけどねぇ~」
 
 カナとアリスが並んで笑っている。
 普通なら『騙された!』と怒るものなのだろうけど・・・・
 
「・・・・そう言うことでしたか」
 
 柔和な笑顔を作ってマサミは二人を見るのだった。
 
「アリス様。妻の為に大変なご苦労をおかけしました。大変申し訳ありません」
「あはは!いーのよ。そんな事。だってカナは友達だもの」
 
 またそれか・・・・
 そんな表情のマサミだが、カナは気にせず笑っていた。
 
「それよりマサミ。あなた昼間面白い事言ってたじゃない。オオカミの集落で何があったの?」
「え? あ・・・・ 」
「まさみさん・・・・ やましい所でもあるの?」
「いや・・・・ あの・・・・ その・・・・」
 
 ある意味いちばん恐れていた質問が直球勝負でマサミへとやってきた。
 アリスもカナも楽しそうな口調で尋問するのだが・・・・
 
「ちょっと聞いてくださいご主人様!夫が隠し事してるんです!ひどいです!」
「あ~ それは酷いわね。うちの婦長に嘘つくんですからきっちり調べないといけないわねぇ」
 
 ニヤニヤするアリスとカナ。
 
「・・・・あの、そう言う怖い台詞は棒読みで言われても困るんですが」
 
 マサミは優しい笑みを浮かべもう諦めていた。
 
「自発的に脱ぐか命じられるか。好きなほうで良いわよ」
「あ、はいはい。どうぞご随意に・・・・」
 
 最後まで身に着けていたシャツとパンツを脱いで素っ裸のマサミ。
 まだ萎えているマサミの一物へアリスが手を伸ばす。
 
「マサミ、迫ったの?迫られたの?」
「何でも種の壁を越えて子供を作れる秘薬だそうですが、不発だったそうで、ヒトの子でも良いから・・・・と」
「で、まさみさん。してきたの?」
「・・・・うん ・・・・しかたなく ・・・・だって」
「マサミ、仕方なくって、それは酷いわよ」
「そうよ、その女(ひと)がかわいそうよ」
「いや・・・・ でもさ、仮にも俺は妻帯者だし、それに、主たるアリス様に断り無く・・・・
 
 必死で言葉を続けるマサミだったが、アリスの手によって弄られた息子は勝手に起き上がってくるのだった。
 
「私のサイズなら余裕よ、ほら!」
 
 そう言うとアリスは豊かな胸でマサミのペニスを挟んでしまった。
 豊満な乳房に挟まれ完全に埋没するペニス。
 僅かに見える鈴口が、まるで池の水面でパクパクしている鯉の口のようだ。
 
「アリス様はやっぱり大きいですね、私のだと・・・・」
 
 アリスを押しのけるようにカナの乳房がマサミの下腹部に覆いかぶさってくる。
 されるがままに任せるマサミだが、その大きく立ち上がったペニスを左右から挟んでも先端は丸見えだった。
 
「ほら、はみ出ます」
「あ、ほんとだ」
「でも、このほうが良い場合も有りますよ」
「なんで?」
 
 不思議がるアリスの前で、カナは自らの乳房からはみ出した夫の先端部分を舌で舐め始めた。
 
「あ! ちょ! おっ! おい!」
「まさみさん 大事な話してるんだから静かにして!」
 
 ちょっと怖い口調だが、それでもカナはニヤニヤしながらマサミのペニスに舌を伸ばしている。
 
「あ、確かにそれ便利ね」
「でしょ」
 
 完全に立ち上がったマサミのペニスが天を突くようにピクピクと震えている。
 アハハ!と笑ったカナだが、スッと立ち上がってアリスの為に場所を譲った。
 
「まさみさん、アリス様ね、今日は一日あの棒の上で頑張ってたの、私の為にね意地張って気持ち良いのも我慢してたの」
「・・・・ほんとに?」
「うん、だから、今日はアリス様に・・・・」
 
 そういいつつカナはアリスの横へ立って右手をマサミへと差し出した。
 
「アリス様、今日は一日ありがとうございました。頑張って頂いたお礼に・・・・」
 
 カナはいきなりアリスに抱きついてひょいと持ち上げてしまった。
 
「ちょっと!ちょっと、カナ!アハハ!危ないって!」
「あんまり動くと手元が狂います、まだよく見えないんですから♪」
 
 カナの持ち上げたアリスの両足に手を添えて誘導するマサミ。
 大きく大胆に開脚させれば、その間の茂みには貝の割れ目が見えていた。
 
「今日一日大変でしたでしょうけど、私ので宜しければ跨っていただけますか?ご主人様」
「仕方が無いわね~ 今日は特別よ!」
「どうぞ♪」
 
 カナがゆっくりとアリスを下ろすと、その秘裂へとそそり立つマサミの愛情棒が送り込まれていった。
 
「・・・あぁ あ!」
 
 アリスの両脇からそっと腕を差し入れ優しく抱きしめるマサミ。
 豊満な乳房へ舌を這わせ自らが開発した主の弱い部分を一つ一つ丹念に確かめていった。
 主を乗せたまま腰を動かすマサミの動きにあわせ、水底に揺れる海草の如く揺らめくアリス。
 カナはその後ろに立って、主の背中をそっと支えた。
 
「ん! あぁぁぁ! マサミ! アァァ! 凄く良い!!!」
 
 左右に捻りながらアリスの中をかき混ぜてやれば、その動きにあわせアリスは声なき声で嬌声を上げるのだった。
 
「――――――ッ!!!」
「アリス様。御遠慮なく・・・ 気持ちよくイってくださいね」
 
 カナはアリスの背中に抱きつき、主の乳房をゆっくりと揉み解すのだった。
 
「か!・・・ アァァ!! だめぇ! カナ!カナ!カナ!」
 
 丸めていた背中がギューンと反り返り、ゆらゆらと揺れる尻尾までが一直線に伸びたアリス。
 顰めた表情に笑みが混じるそれは主の満足行った絶頂の表情。
 マサミはカナの手越しにアリスの谷間へと舌を這わせつつ、ついでにカナの指先をそっと優しく舐めるのだった
 
「あ・・・・ まさみさ・・・・ だめ・・・・」
 
 アリス越しにカナまでも抱きしめるマサミ。
 カナのスレンダーな尻越しに後からカナの秘裂へと指を伸ばす。
 
「アァァァァ!!!! まさみさん!! あ!!」
「マサミ! イイ! 凄くイイ!」
 
 そんな事をしながら二人まとめて弄っていたマサミ。
 だが、迸る激情の奔流はすぐそこまで来ていた。
 
「アリス様、今日は! ありがとうございました! 妻の為に!」
「アァァ! ンフ! ンンンンン!! マサミ!」
 
 何かを言おうとしたアリスはそのまま前のめりになってマサミの唇を奪いに行った。
 反射的にそれを迎えに行くマサミ。
 アリスはマサミの首へ手を回し自らの体を持ち上げると、自分の体内へと送り込まれていたマサミのペニスを引き抜いた。
 
「マサミ あなたの愛は妻へ注ぎなさい」
「え?」
 
 体を起したアリスはマサミの肩へ手を沿え、強い筋力を生かしてマサミを飛び越えてしまった。
 
「カナ、あなたの番よ」
「アリス様!」
「いーの! あなたとマサミの子供を早く見たいわ」
 
 スッとカナの後へ回り込んだアリスが、仕返しとばかりにカナを持ち上げた。
 
「覚悟なさい! もうビクビクよ!」
「アリスさまぁ~」
 
 マサミが誘導するまでもなく、アリスはそのままカナを下ろしてしまった。
 いきり立つマサミのペニスに暖かな感触が伝わった。
 
「アァァ!!!」
「かな、愛してるよ」
「ンァァァ! あたしも!」
「マサミ!あなたの愛する妻に全部注ぎなさい」
「アリス様。ありがとうございます」
 
 既に爆発寸前だったマサミがグッと力を入れてカナを突き上げ、その一番深いところへ全てを解き放った・・・・・
 
「んもぉ~ マサミはすぐ出しちゃうんだから」
「すいません。妻のもアリス様のも私の愚息には実に具合がよろしいので」
 
 スケベに笑うマサミだが、抱きついたままのカナはマサミの耳元でそっと呟いた。
 
「アリス様にもしてあげて」
「え?」
 
 ゆらりと立ち上がったカナがちょっとふら付きながらマサミの隣に座った。
 
「カナ、大丈夫?」
「実はちょっと疲れてまして・・・」
「まぁ、仕方が無いわね」
「ジッとしてないと子供が出来ないですからね」
 
 柔らかく微笑むカナのその表情に、アリスは自らが持ち得ない母性を感じたのだった。
 一度は母になった存在の強さ。それこそが今のカナの魅力なんだとアリスは思っていた。
 
「マサミ。カナを洗ってあげてね。まだ良く見えてないから」
「そうですか。一緒にアリス様のお背中も流しましょう」
 
 大きな手ぬぐいにシャンプーを取って洗い始めるマサミ。
 妻へと愛を注いだマサミからは、かつて何度も感じていたオスの匂いではなく、父親の匂いを感じるのだった。
 
「あなたも既に一人の父親なのよね」
「息子の声を聞けなかったことは大きな心残りですが・・・・」
 
 真底落胆した表情のマサミ。
 
「ごめんなさい・・・・」
 
 搾り出すように呟いたカナが涙を浮かべている。
 
「かな・・・・ 十分頑張ったよ、何も心配しなくて良いから。だから・・・・ 大変だけどもう一度頑張って欲しいんだ」
「うん、そうね、そうよね」
 
 出来る限り優しく抱き寄せ、奥底へ注いだ子種が流れぬようにそっと洗ったマサミ。
 湯で流した妻と主を左右に並べ、マサミは何かを思っていた。
 
「マサミ。あなたの目指す事はなに?」
 
 アリスの言葉は主ではなく一人の女の言葉だった。
 
「アリス様・・・・」
「ポールと結婚してね、あちこちへ顔を出して、そして色々手続きして、そして気が付いたのよ」
 
 僅かに言葉を切ったアリス、カナはアリスの方へ向き直ると心からの笑みを浮かべた。
 
「妻って大変ですよね。やっぱり夫を立てておかないとダメですし」
「そうなのよね・・・・。どんなに頑張っても、やっぱり女は女なのよね」
「でも、アリス様は妻ですけど、領主ですし、それに、私や夫の主です」
 
 マサミも笑みを浮かべてアリスの腰へ手を回した。
 その優しい手付きが妻を抱きしめる物だと気がついたアリス。
 いつの間にか溢れんばかりの涙を浮かべ湯船へと視線を落とす。
 
「マサミ、やっぱり私はあなたが好き。でも、あなたはカナの夫で、私はポールの妻。でも・・・・ でも・・・・」
「えぇ。存じて居ます。それはきっとポールも分かっています」
「アリス様、私もちゃんと分かってますよ。それを言えない立場ですもの」
 
 頬を伝う涙が薄暗い照明を拾ってきらりと光る。
 いつだったかと同じように、マサミはその涙のしずくへキスをした。
 
「カナ・・・・ マサミも・・・・ ごめんね、出来の悪いイヌで・・・・ 出来の悪い・・・・
 
 その後に続く言葉が何であるかをわからぬマサミではない。
 とっさにアリスの唇を塞いだマサミは強引に押し倒すように、風呂場の床へアリスを寝かせた。
 倒れ行く主の背中へ回した左手とは別に、マサミの右手が隣に座るカナの左手をギュッと握る。
 その力の強さにカナはまるで抱きしめられたかのような錯覚を覚えた。
 
 そしてそれはつまり、マサミの苦悩と罪悪感。
 愛する妻への背徳行為を恥じる心の辛さをカナは垣間見た気がした。
 
「アリス様、主は主らしくあってください。僕は主の自己批判など聞きたくは有りません・・・・」
 
 マサミの声に何かを答えようとしたアリスだが、再びその言葉を出す前に唇を塞がれてしまう。
 
「ご主人様、出来の悪い僕の願いをどうか聞き届けください。あなたを抱いて良いですか」
 
 何も言わずにアリスはマサミの首へとすがりつきキスをした。
 その行為に何の意味を見出したのかは誰にも分からない。
 ただ、従僕たるマサミの口を塞ぎ続けるアリスが、マサミの両手で乳房を揉まれひねられ、そして、その秘裂の奥底へ指を押し込まれても尚、何かを求めるように舌と舌を絡ませていた。
 
「ねぇアリス。私たちは友達でしょ、だから、素直に聞いてね。私達だけのときはもっと素直になって良いわよ。その方が楽でしょ」
 
 カナはそう優しく言って、そしてアリスの背中を支える側に回った。
 
「変則3人プレイね♪」
 
 しとどに湿る蜜壷の中をマサミの指に蹂躙され、アリスは眉間へ皺を寄せながら体をくねらせている。
 穢れを知らぬ純潔の生娘から一人の女になるまで、その体をじっくりと開発してきたヒトの男が攻めるポイントは的確だった。
 なおも舌を絡ませ続けていたアリスが堪らず口を大きく開けて貪るように息を吸い込み、言葉にならぬ声で嬌声を上げる。
 
 マサミは主の痴態を確かめながら、中指に薬指まで添えて右手の動きを加速させ何度も出入りさせた。
 弱いところを知り尽くしたその体の入り口をそっと撫で回しながら、所在無げにしていた親指でプックリと膨らんだ陰核の周りを攻めれば、もはや主の姿には一片の威厳も尊厳も無く、ただ単純に絶頂を目指す女そのものの姿があった。
 
「ねぇアリス、なんかもうグチュグチュ言って凄い音よ」
「・・・うっ ・・・・うん ・・・・あっあぁ」
「素直に言えば良いのよ、好きなんでしょ、甘えたっていいじゃない、こんなときくらい。ね」
 
 カナの目に純粋な優しさを見たマサミはそれが意外だった。
 かつて、付き合いだした頃のカナは他の女に視線をやっただけでもやきもちを焼いたものだが・・・・
 
「カナ・・・・ ありがとう・・・・・」
 
 あふれ出てくる酸っぱい蜜の臭いがマサミの鼻にも感じられる頃、その花弁の奥底に突き刺した指を曲げたりひねったりし始める。
 その突き抜けるような刺激に背中を伸ばしてアリス悶えていた。
 
「ねぇマサミ、ちょうだい。あなたの・・・・」
「あなたのなんですか?」
「あなたの・・・・」
「なんですか?」
 
 蜜壷の入り口をかき混ぜていたマサミの手を握ったアリスは、ギュッとそれを引き抜いて床に膝を付き腰を振ってマサミを誘う。
 
「あなたの物で貫かれたいの。入れて、お願い」
「かしこまりました」
 
 四つん這いになって文字通り獣のように男を誘うアリスの姿はまさしく犬だった。
 大きなカボチャの様なアリスの尻を抱え、すっかり口を広げているその秘裂へペニスを添えるマサミ。
 フッと顔を上げると、視線の先には静かにほほ笑むカナが居た。
 
 マサミの唇は音も無くゴメンと動いた。
 それを理解したカナが首を横に振り、そして目を閉じてまた笑みを浮かべる。
 その姿にたまらぬ愛おしさを感じるマサミ。
 だが今は・・・・
 
「アァァ! ウッ! ・・・・・・ンアァァ!」
 
 一息で突き刺すマサミのペニスが根元まで差し込まれ、その動きにあわせてアリスも一緒に腰を振っていた。
 背中を支えていたカナにしがみ付き、誰遠慮する事無く嬌声を上げる。
 早くなったり遅くなったりしながら垂れ下がって揺れる乳房の動きに手を這わせ、そっと桃でも握るように力を込めるマサミ。
 その力に合わせるように、マサミのペニスがギュッと締め付けられたり緩んだりしている。
 
 体の奥底から再び湧き上がって来る激情の波を感じながら、マサミはこのひと時がまるで夢の中の出来事に思えていた。
 
「アリス様・・・・ いいですか・・・・ 」
 
 筋肉の限界を感じていたマサミははぁはぁと荒い息をしながらも、主の腰を後から抱きしめて手前にギュッと引き寄せた。
 
「ウッ! うん・・・・ ん・・・・ 」
 
 口をパクパクさせるだけで言葉にならない声を上げるアリスの、僅かに聞き取れる言葉が浴場の中に響く。
 クチャクチャと淫猥な水音を盛大に鳴らしながら、これ以上は曲がらないと言うほどまで背骨を反らせアリスは悶えていた。
 
「アッ! アァァァ!」
 
 最も奥深いところまで突き刺されたマサミのペニスから、あらん限りの愛情を込めた物が飛び出て行く。
 その僅かに震える動きを感じながら、アリスの意識はそこで途絶えたのだった・・・・
 
 
                             ◇◆◇
 
 
 大きな浴槽の片隅に固まったスロゥチャイムの女達。
 大浴場の喧騒に紛れ語る猥談のその中身に、若い娘達が目を輝かせていた。
 
「でもね、あそこまで本気でいっちゃって、で、失神したのなんて初めてだったしね」
 
 どこか嬉しそうに語るアリス夫人の目が遠くを見るようにしているのは、きっと心の中にその時の光景が見えるのだろう。
 リサもミサも、愛する夫にそれをさせたカナの度量の大きさに、ただただ感心するのだった。
 
「お母様、その後はどうなったんですか?」
「・・・・翌朝、気が付いたら自分のベットの上で、しかもマサミの腕の中だった」
「そうなんだ」
「でね、どこからとも無く良い匂いがして来てね。目を覚まして着替えて降りていったらカナが朝食の支度を終えていてね」
 
 手ぬぐいで体を拭うアリス夫人の笑みは、心から幸せな女が見せるものだった。
 作り笑いや感情の笑いではない、幸せが運ぶ柔らかな笑み。
 
「甘えるって事を許してくれる存在だったのね、あの二人は」
「・・・・そうなんですか」
「だから、年に何度も無かったけど、でも、マサミとカナがそれをさせてくれる日は私の休日。そして、その代わりにね、私は年に何度も無かったんだけど、でも丸々3日間、あの二人に暇をあげたの」
 
 その言葉に不思議そうな表情を浮かべるリサとミサ。
 マリアもまた理解できないといった表情を浮かべていた。
 
「あの二人はヒトの世界から落ちてきて、自分たちの常識が全く通じないところで頑張り続けて・・・・ だからね、年に何度か、好きなところへ行って好きなように過ごして、スロゥチャイムの執事や婦長でなく、ただの夫婦に戻れる日を・・・・ね」
 
 少しずつ涙を浮かべながら、それでも笑みを浮かべるアリス夫人は手ぬぐいで顔を覆って、僅かな間に涙をふき取っていた。
 その涙の意味するところを思い浮かべながら、リサもミサもマリアも、女の立場の難しさを感じていた。
 
「あの頃、あの二人が使っていたのは古い紅朱舘の・・・・ 最もあの頃は紅朱舘とは違う建物だったけどね、その小さなクローゼットの中身を出して作った小さな部屋だったの。マサミもカナも、寝る場所さえあれば良いですって言ってね。だから、この紅朱舘を作ったときに私は設計したヒトの男に言ったのよ。執事公室はヒトの世界の家族が暮らせる広さにしなさいってね。ヒトの世界で標準的に作ってある家の大きさよりも大きく、そして、余裕を持って。カナはよく言ったわ、掃除が大変だって」
 
 ガラガラガラ・・・・・・
 
 大きな浴場の反対にある扉が開き、聞き覚えのある声が中へ入ってきた。
 
 ・・・・だからな、お前やアーサーが目指すべきは俺ではなくマサミだ
 ・・・・しかし、それでは
 ・・・・良いんだ、何も間違ってない。俺は出来の悪いイヌだが、それでもこれだけはわかる。あいつは俺よりでかい男だった
 
 大浴場に響くその声にアリス夫人は目を細めていた。
 
「私やあのひとの世話をしながらカナは良く歌っていたわ。マサミに聞こえるように、そして私にも聞こえるように」
「・・・・それはどんな歌なんですか?」
 
 ミサの目が真剣にそれを聞いてきたのは、アリス夫人にとってもやや以外だったようだ。
 軽く咳払いをし、アリス夫人が歌って聞かせようとしたその直前、リサが先に歌い始めアリス夫人は後からその声に追いつくのだった・・・・
 
 
 ♪ あなたの 好きな人と 踊ってあげても いいわ
 
  ♪ 優しい ほほ笑みも その人に おあげなさい
 
   ♪  けれども 私がここにいる事だけ
 
    ♪   どうか 忘れないで・・・・・
 
 ゆったりとした旋律に乗って歌うその歌詞にマリアは息をするのも忘れて聞き入っていた。
 アリス夫人はそっと手を伸ばし、娘の頬に手を当てて笑った。
 
「記憶にある限りだから歌詞はちょっと違うかも知れないわ。でも、カナの意地だったのね。だから、マリアも忘れちゃダメよ」
「はい」
 
 アリス夫人は静かに続きを歌いだした。
 一緒に歌っていたリサは途中で歌うのをやめて、アリス夫人の歌に耳を傾けていた。
 目を閉じたアリス夫人の眦から流れる一筋の雫が、湯気の漂う浴場の中でキラキラと輝いていた・・・・
 
 
 どうぞ 踊ってらっしゃい
 私は ここで 待ってるわ
 だけど 送って欲しいと頼まれたら
 断わってね
 いつでも 私がここにいる事だけ
 どうぞ 忘れないで
 
 きっと私の為に 残しておいてね
 最後の踊りだけは
 胸に抱かれて踊る
 ラストダンス 
 忘れないで・・・・
 
 第9話 了
 
 
 

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
ウィキ募集バナー