犬と羊とタイプライター/バレンタイン
「脱いでほしいっす。全裸で」
「…………。……。べつにいいけど。そういう店だし。でも来るなり真っ先にってのは、
新しいパターンね。で、その鍋と大量のチョコレートは何?」
「チョコレートはチョコレートっす。鍋で溶かすっす。準備万端っす。
今日はバレンタインっすよ! 知らないっすか? なにおれが教えてあげるっす。
年に一回、恋人で型をとった1/1スケールの女体チョコをつくる日っす」
「……………。ヤケドしそうね」
「おれたちの仲はいつでもアツアツっすよ!」
「じゃあ私も欲しいんだけど。先に、あんたので」
「いいっすよ! おれのいないときに大事にしゃぶってほしいっす!」
「湯煎用にもうひとつ小さい鍋か、ボウルを買ってきて。あとそれから、
型とってる間はちょっと熱いと思うわ」
「愛のためなら我慢も必要っす!」
「たまにだけど、私あんたの愛が重いわ。べつにいやじゃないけど。
ところで、型をとってる間、どんなに熱くても縮まないでね。型とれないから」
「ローソクプレイみたいっすね! おれわくわくしてきたっす!」
「……………私、たまにだけど、あんたって男としてカンペキなんじゃないかって
思うことがあるわ」
「うれしいっす! 結婚式はいつにするっすか!」
「そのうちね」
※※※
「失礼します。―――――はこちらでしょうか」
「あらあら。ご苦労様です。―――――さんでしたら、お食事に出られましたよ。
お二人で。三十分くらい前だったかしら。お仕事で、なにか?」
「は。今日中にお渡しする書類が。どこの店に向かわれたか、ご存知ありませんか」
「ごめんなさい、あいにく……。お預かりしましょぅか?」
「そうですか。ありがとうございます。直接渡すよう厳命されていますので。夜分に失礼しました」
「あら、待ってくださいな。そんなずぶ濡れで。いまタオルをお持ちしますわ」
「いえ、ご厚意だけで。すぐ――――」
「こんな土砂降りの日に探しても、見つかりませんわ。それよりここで待っていらしたほうが」
「そ―――――」
「そのままお返ししたら、私があとで叱られてしまいます。あの方にはお世話になっていますから。
いま暖かい飲み物をお持ちしますわ。さ、こちらの暖炉のそばにいらして。いま着替えとタオルを」
「は、いや、しかし―――――」
「……でさ、やっぱ砂糖味だって染み付いてるワケ、あんだすたん? 肉に塩味カカオソースって――――ありゃ」
「うるせえな、普通おごられた飯にそこまで文句つけるかよ。って、あれ?」
「あ……っ、は、……っ!(起立敬礼)」
「あれ? なんでお前がここ―――――いや、いい。だいたい分かった」
「い、いえっ、自分はっ……」
「悪かったな、待たせて。サインするから受け取り証…うん。……ん、受け取りました、と」
「へー。軍人さんか、雨んなか、ごっくろーさーん。私服だからさ、旦那にトモダチいない説がひっくりかえったかと
思っちゃったぜ。んー? あれ、なにそのセクシーな背中の露出。トリ用?」
「!! ……こ、これはその、この下宿屋の奥方がっ、じ、自分は断ったのですが……!」
「ほおー。へえー。ふぅぅぅーん?」
「あー。だからいい、言わなくていい。だいたいわかってるから。
………俺もな、ずいぶん前にやられたんだよ。ちなみにその頃は、亭主はまだご存命だったんだが」
「…………。」
「あ、そーだ、なー兄さん、チョコ好き? ほしい? くう? あげようか?」
「!!? なっ!? ちょっ、ま、おま」
「は?」
「いやー、モテすぎて困ってんの、オレ。バレンタイン知ってる? おにゃのこ達にごっそり
チョコもらいすぎちゃってさー。食い切れねぇの。よけりゃハッピーのおすそ分け。軍人さん皆で
食って精つけて、ついでにチョコくれた娘たちの店にでも駆け込んでくれりゃ三者両得、みたいな」
「は、その…」
「待て待て待て待て待て待て待て」
「旦那にフォアグラしよーかと思ったんだけどこいつ甘いの食わねえとか言うし。使えネエ。けっ。
いま取ってくる。勝手に帰んなよ、蚤つきだって色町に広めんぞー。」…
「………。」
「………。」
「……帰れ」
「あの、しかし」
「いいから帰れとっとと帰れ俺がなんとかするから 俺 が 貰 う か ら とっとと帰れ」
「……は、了解しました失礼します!」
後日、綺麗に洗濯され塩梅よく糊のきいた制服を頭をさげて受け取りに来た一軍人青年、追想して。
一秒でも早く帰らないと殺してバラして埋められると思った。
「ぐ、軍人がこんなところで油を売るとは、た、たるんどる、と叱咤されまして」
「まあ、そうでしたの。ごめんなさい、私が無理にお引止めしたせいで…あとで私から
説明して謝りますわ。本当に、ご迷惑を……私、あなたにどう謝れば」
「い、っえいえ! それは違います、ミセス、じ、自分は………!!」
※※※
そんなかんじのバレンタイン。