猫耳少女と召使の物語@wiki保管庫(戎)

犬国奇憚夢日記10a-1

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犬国奇憚夢日記 第10話(前編)

 
 
 白銀の平原をまぶしく輝かせる陽光が、長く辛い冬の終わりを告げる2月のなかば。
 紅朱館の屋上からは白と黒の市松模様に染まった広大な田園地帯が見える。

 かつて、成す術もなくただ春を待っていた広大な農地は、分厚いボグと底なしの沼の点在する湿地帯だった。
 人海戦術で膨大な客土事業を行った成果は、この50年で4倍に増えた農作物の収量に現れている。

 少しでも早く雪を溶かそうとマサミが始めた黒粉散布は、今ではすっかりスキャッパーの風物詩となっている。
 単純な作業ながらも激的な改善をみるそれは、2m近く積もっている分厚い雪が連日の陽光でドンドンと解けていくのだった。
 冬から春へと移り変わるこの時期は、農民ならずとも心踊る季節と言えよう。

 あとひと月ほどで春節祭。

 昼と夜の長さが入れ替わるこの日には、スキャッパーに春を告げる大きなイベントの一つ。
 広大な耕作地域に融雪剤を撒いて雪解けを待つ間、一年の無事と豊作を祈願して農祭神に祈りを捧げる大きな祭り。
 そして、今年の春節祭では新たな執事長となったヨシヒトと妻リサの結婚式をアリス夫人は計画していた

 普通、この世界で奴隷階級にあるヒト同士の結婚と言えば、お揃いの首輪を宛がって終わりと言う場合が多いようだ。
 商才逞しい主ともなれば公衆の面前で夫婦になる従僕同士に愛の営みを行わせ、メスのヒトに付けた種が子になり無事に生まれたらその所有権を渡すとして公開入札させるようなケースもあるとか無いとか言われている。

 生まれてすぐに立ち上がれる獣であればともかく、ヒトの新生児に対する医療など有って無きに等しいこの世界。
 メスのヒトが命懸けで出産に及んだところで、生まれたばかりの子供を無造作に取り上げて、まだ首の座っていない子供の頚椎を折り殺してしまうバカな主が居るのも致し方ないのだろう。

 所詮は奴隷。
 産後の医療を行う事も無く無理な夜伽を強要され、あっけなく死んでしまうメスのヒトも多いとか・・・・
 ルカパヤンやフロミアの様にヒトの世界の常識や医療が通用するところで出産に及ぶ事がどれ程安全なのか。
 この世界に落ちてきたヒトやこの世界で生まれたヒトが次の世代を残すのは、口で言うほど簡単ではないのかもしれない。


 紅朱館の一室、アリス夫人はウォークインの大きな衣装クローゼットの中を歩いて何かを探している。
 入り口で待っているリサはやや手持ち無沙汰で、チラリと見える窓の外へ眼をやっていた。

「リサ、ちょっとこっちに来なさい」
「はいアリス様、ただいま」

 クローゼットの外で待っていたリサが中へ入っていくと、膨大な量の衣類の奥にアリス夫人が立っていた。
 豪華なイブニングドレスや上着に混じり、純白で清楚な装いのドレスがハンガーに下がっている前で何かを思案している。
 アリス夫人はそのハンガーを取り、虫食いの穴が無いかどうか確かめるとリサを手招きした。

「アリス様?このドレスはアリス様には小さいようですが」
「そうよ、これは私のではないから。リサ、エプロンを取り服を脱ぎなさい」
「え?」

 一瞬だけドキッとした表情を浮かべたリサだが、アリス夫人は笑っているばかりだった。
 言われるがままにエプロンと緋色のワンピースを脱いで下着姿になったリサ。
 アリス夫人は手に持っていたそのドレスをリサの前にあてた。

「うん、やっぱり大して違わないわね。あなたの方が胸がちょっと大きいかしら? リサ、ちょっと着てみなさい」

 背中のチャックをそっと開けて足を通したリサがドレスを引き上げバストの上でトップラインを止めると、アリス夫人は背中のチャックを引き上げた。
 肩がオープンになったビスチェタイプの純白のドレス。
 それはまるで・・・・

「アリス様、このドレスは・・・・」
「カナが着たドレスよ」
「え?」
「カナがデザインを書いて街の縫製屋が仕上げたの。これが出来てからスキャッパーじゃ大流行になってねぇ」

 楽しそうに話すアリス夫人。
 呆気に取られたリサは言葉を失っている。

「あの、アリス様、このドレスを私に?」
「ウェディングドレスって結婚式に着るものでしょ? 変かしら?」
「いや、だから、あの・・・・ これはヨシさんのお父様お母様の大切な・・・・」
「だからあなたがそれを着て結婚式をするの。ヒトの世界ではそう言うものだそうよ。カナがそう言ってたわ」
「お母様が・・・・?」

 あっけに取られポカンと口をあけたリサにアリス夫人は笑みを返した。

「リサ、口に虫が入るわよ」
「あ、はい・・・・」

 腰周りの隠しベルトをグッと締めてウェストのくびれ具合を確認し、ヒップラインのふくらみ具合を確認すると、リサの着るドレスのバストラインに、アリス夫人は無造作に指を突っ込んだ。

「やっぱりあなたには胸がきついわね。カナはそう言う意味じゃどこそこ細かったからなぁ。羨ましい位ね」

 嬉しそうに話しをするアリス夫人はドレスハンガーの隣にあった手袋とケープのついたヘッドオーナメントを取り出す。

「リサ、手袋は入る?」

 手袋を受け取って指を入れるリサ。
 カナに比べやや指の短いリサには指先が少し余るようだ。

「ここは詰めないと駄目ね。おぼえといて」
「・・・・はい」

 笑みを浮かべたアリス夫人は最後に長いケープのついたヘッドオーナメントをかぶせた。
 クローゼットの奥。
 アリス夫人の膝の上で大きくなったリサがアリス夫人の手で花嫁姿になる。

「うんうん、りっぱりっぱ!よしよし!」
「アリス様・・・・似合いますか?」
「うん、ばっちりね。あなたがここへ来たときからこうなる事は決まっていたのよ。私が決めたんだから」
「はい」
「あなたがどこで誰から生まれてきたのかは誰も知らないけど、でも、あなたはあなたでしょ。だからね」

 アリス夫人はリサをそっと抱き寄せて胸に抱いた。

「あなたがここへ来た頃は、よくこうしたものだわ・・・・懐かしい・・・・」
「アリス様・・・・ あの・・・・ 今日までありがとうございます・・・・ 本当に・・・・」
「いいのよ。いいの。あなたがヨシに嫁いでくれるのは私にとっても嬉しい事よ。あなたを手放したくなかったから」
「え?」
「いいじゃない。あなたも私の娘よ。マサミとの間に子供を作りたかったんだけどね、無理だったの」
「・・・・・・・・」
「女ならそんなもんよ。好きな男と子供を作れたら幸せじゃない」

 喜々として語るアリス夫人の笑顔にリサは軽い眩暈を覚えた。
 それほどに自分を大事にしてくれていたのか。
 うまく考えがまとまらないまま、不意に口を突いて言葉が出てくる。

「・・・・お母さん」
「なに?」

 自分で言った不用意な一言がリサ自身がビックリしている。
 だが、それこそ紛れも無い現実。
 アリス夫人によって育てられたと言い切っても良いリサの言葉に、他でもないアリス夫人が一番喜んでいる。

「お母さん。ありがとう」
「うん」

 アリス夫人の手を離れ嬉々として着替えるリサを見ながら、アリス夫人はすっかり遠くなってしまった日を思い出していた。
 古い紅朱館の一室。カナがデザインを書き、街の縫製屋がドレスを仕立てていた日。
 イヌの女が着るドレスとは違う優雅なラインに、ちょっとだけ嫉妬していた懐かしい日の事を。

   ―― カナ、あなたの息子の御嫁さんも良い女になったわよ。予定通りね♪
   ―― あなたの作ったドレス、次はマヤに着せるからね。でも、あの子には小さいわね・・・・どうしようか・・・・

「アリス様、お待たせしました」

 すっかり婦長の姿に戻ったリサはドレスを丁寧にたたんで立っていた。
 僅かな間の回想は現実とのギャップだろうか。
 急に引き戻された意識の向かう先は、目の前のリサを通り越して遠い日のカナの笑顔だった。

「うん、よし、行きますよ。今日の事は内緒よ? 特にヨシには内緒にしておきなさい」
「はい!」

 幸せそうな笑みを浮かべるリサ。
 あの不安そうな表情で外を見ていたヒトの娘の面影はもう無い。
 全く無警戒でクローゼットの入り口を開けたリサの慮外。
 ドアの外にはミサが立っていた。

「あ、アリス様、あ、リサ姉さまも。こちらでしたか」
「ん?ミサ、どうしたの?」
「はい、ただいま大手門へ早駆けの馬が参りまして、本日夕方、アーサー様がお戻りになるそうです」
「あら、そうなの。でも、予定より早いかしら・・・・」

 不思議そうに首をかしげるアリス夫人。
 ミサは言葉を続けた。

「ヨシ兄様が言われるに、予定より2週間早いそうです。何も無ければよいのですが・・・・」
「そうね。でも大丈夫でしょ、あの子はちょっとやそっとじゃ壊れないわ。マサミがしごき上げてたからね」

 ニヤリと笑いながらアリス夫人は歩き始める。
 窓の外、傾き始めた太陽の光に影を落とす紅朱舘の長い影。
 何かに気が付いたアリス夫人が振り返る。

「ミサ。とりあえずあの子達の部屋を支度してあげて」
「あ、それはすでにヨシ兄様が始められました」
「ふ~ん・・・・ あの子は気が利くわねぇ~ さすがだわ」

 満足そうな笑みを浮かべ、二人を連れて紅朱館の中を移動するアリス夫人。
 同じ頃、アーサー夫婦がマヤと生活する部屋を、ヨシはセッセと支度していた。

 館の女官達を指揮し、窓を開けて空気を入れ替えたり、蒸気暖房のパイプに蒸気を通して漏れが無いか確認したり。
 蒸気で火傷をすると一気に皮膚の奥まで焼かれてしまう。
 蒸気暖房での事故は洒落にならない事態を引き起こすのだった。

「寝室のベットマットはいつもより硬くして。道中の宿じゃベットが柔らかかっただろうから」
「はい、執事様」
「そっち。従者控え室は下敷きを厚くして。マヤは寒がりだ」
「はい、執事様」

 テキパキと動きながら全体に目を配り指示を出すヨシの執事ぶりは板についてきていた。
 かつてその様に動いていた父マサミを知る館のスタッフだらけの環境だ。
 嫌がおうにも比較される運命なのは逃げられない現実だろう。

 そんなヨシの動きを見ながら執事修行中のタダは、こっそりメモを取りつつ窓を拭いていた。
 父マサミから直接指導を受けたヨシと違い、タダの手本は兄ヨシしかいない。
 かつてマサミが苦労して会得した事を、タダもまた同じ失敗をしながら覚えていくのだろう。
 ベテランになったメイドたちが陰でこっそりタダに物を教えているのは、彼女達を育てたカナの人徳とも言えるかもしれない。

「ヨシさん」

 唐突に声をかけられてビックリしたヨシの視線の先。
 部屋の入り口にはマリアが立っていた。

「あぁ、マリア様。どうかされましたか?」

 普段であれば『どうした?』と聞くヨシだが、仮にもこの場は館勤めのスタッフが大勢いる場だ。
 例え兄弟の様に育ったのだとしても、本来ヨシにとってマリアは気安く声をかけるわけには行かない相手。
 二人の間には見えない河が深く大きく流れている。

「兄上がお戻りとの事ですから、花を摘んできました。ジョアン姉さまもマヤさんも疲れてるでしょうし」
「ありがとうございます」

 やさしく微笑んで花を受け取るヨシ。
 その笑顔にマリアは赤くなってそそくさと部屋を後にした。

「兄貴・・・・、マリア様の顔・・・・恋する乙女だったぜ」
「気のせいだよ。それより花を生けてくれ」

 一瞬うろたえて隙を見せたヨシだったが、すぐにいつもの表情へ戻り仕事に復帰する。
 しかし、その視線が行かない所では館女官達がヒソヒソと会話していたのだった。

   …マリア様、執事様の所へ行かれるわね
   …そうね、御嫁入り前ですし・・・・マリッジブルーかしら
   …マリア様の初めての御相手は執事様ね
   …あぁ、執事様だったら私も純潔を捧げるのになぁ
   …ヒトを連れて歩けるだなんて平民には無理よねぇ
   …執事様みたいなヒトと暮らせるなら娼婦でも何でもするんだけどなぁ

「おい、手を動かせって。兄貴に見つかっと面倒だ」

 こっそりと指摘しかえすタダ。
 若いイヌのメイドたちが笑いながら仕事に戻った。

 自分の部屋へと駆け戻ったマリア。
 所在無げに椅子へ腰を降ろすのだが、何となくモジモジしつつ内股をこすり合わせている。

「マリア様、どうかされましたか?」

 お茶をいれて部屋へとやってきたミサが声をかけると、マリアはドキッとして一瞬背筋が伸びた。
 うろたえる素振を見せたくない故に、出来る限り平静を装ったのだが・・・・

「仕事中のヨシ兄様は格好良いですよね。私もドキッとする時が有ります」
「・・・・ミサ・・・・ありがとう」
「マリア様。タダさんをお使いになられてはいかがですか? 私に遠慮なさらず」
「でも・・・・」
「サイモン様ですね」
「・・・・うん。彼は私の許婚だから・・・・」
「愛してらっしゃるのですね」

 そっとカップを差し出したミサ。  マリアはそのカップを受け取って一口飲むと窓の外へ目をやった。

「初夜を迎える前に、従者に伽を立てさせるなど・・・・」
「ではやはり、執事様に」

 ミサはマリアの思うことが手に取るように分かった。
 母アリスによって本物の姉妹のように育てられたのだが、所詮はヒトの娘。
 しかし、何から何まで見透かされ一切の隠し事が出来ない。
 威厳ある貴族として振舞うよう育てられたマリアにとって、それは決して口に出来ないコンプレックスでもあった。

 でも・・・・

「ヨシさんにはリサ姉さまが・・・・」

 マリアやヘンリーは年上のヨシを決して呼び捨てにはしない。
 母アリスと父ポールは自らの子供達が年上のヨシをヒトだとして軽く扱った時、公衆の面前だろうとどこであろうと、手を上げる事もいとわず厳しくしつけた。
 ヨシやマヤやタダはヒトと言う種族の人間で、奴隷ではなく従者である。
 そこにあるのは忠誠と言う概念、そして、主従の契約のみ。
 決して奴隷ではない。

 遠い日にアリス夫人が執事マサミや婦長カナと約束した身分待遇の改善は、スキャッパーの地域へじっくりと浸透しつつあった。
 そして、この地では種族の如何を問わず年上には一定の配慮をする風潮が生まれている。

 そんな中で育ったマリアにとって、執事ヨシへ気安く命じる事などとてもじゃないが出来ない相談なのだろう。

「リサ姉さまへは私からそれとなくお口添えさせていただきますから」
「ミサ・・・・ごめんね」

 ミサは目を閉じると胸に手を当ててそっと小声になる。

「私やタダさんはマリア様の持ち物ですから、どうぞご随意になさってください。でも、ヨシ様は・・・・」

 ミサが言いたい事をマリアもよく理解している。
 ヨシは執事長であり、マリアの母アリスにとって心を許した数少ない友人カナの息子。
 そして、手塩にかけて育てた娘にも等しいリサの夫。

 父母の顔を知らずに育ったミサにとって、同じ境遇で育ったリサは実の姉そのものだった。
 そんなリサやミサを娘マヤと同じように育てたカナの存在はあまりに大きい。
 マリアの遠慮は最終的にカナへと結びつく。

「ミサ。ありがとう。でも、大丈夫よ、私が直接お願いするから」
「マリア様。よろしいのですか?」
「えぇ。それに私がお願いしたといえばサイモンも文句を言えないし」

 窓から差し込む光を浴びて優しく笑うマリアの横顔は、ミサから見ても本当にアリスにそっくりだ。
 押し黙ってしまったマリアのカップへミサはもう一杯お茶を注いだ。

「マリア様、後ほどまた」
「ねぇミサ」
「はい?」
「この後の仕事は?」
「キッチンへ行って手伝おうかと・・・・」

 悲しそうな表情で俯いてしまったマリアの言いたい事を理解したミサは甘えるように囁く。

「・・・・お姉さま」
「まだ明るいのに・・・・ ゴメンね・・・・ でも・・・・」

 椅子に座ったマリアの後へまわったミサ。

「さぁ、お立ちになられて」

 一瞬ためらったマリアがそっと立ち上がると、ミサはマリアの着ていた服のファスナーをそっと降ろし脱がせた。
 あられもない下着姿で立つマリアをミサはそっと誘う先は、ミサとタダが重なって眠る粗末なベット。
 無造作に転がったマリアの片足を持ち上げミサがその舌を這わせる。

「ァァ・・・・」

 プックリと膨らんだ乳房の先端をミサがそっと甘噛みすれば、マリアは小さく声を出して目を閉じた。

「お姉さま。今日はどこからにしましょう?」

 ミサはマリアの両足を大胆に広げると、下着越しに膨らむ恥丘の上を指でなぞる。

「あなたに任せるから」

 ニコッと笑ったミサがマリアの秘裂へ舌を伸ばし、その溝に沿ってそっと這わせてやるとマリアはミサの頭を抱いて声を上げないように我慢していた。
 しかし、いまだ純潔を守るマリアの、その誰にも蹂躙されていない秘密の花園はあまりにデリケートだった。
 何度か行き来した舌先が小さな奈落の穴へと侵入すると、マリアは押し殺した悲鳴を上げて仰け反る。
 全身の筋肉が弛緩し、だらりと垂れた両手の先が僅かに震えていた。
 ミサはマリアの反応を確かめながら、貝の割れ目を綺麗に吸い取って舐め続ける。

「入れてよろしいですか?」
「・・・・うん」

 ミサはマリアの反応を見ながら、その細い指をそっと送り込む。
 純潔とは言え繰り返しこんな事をすれば自ずとその感度が良くなり、嫌でも開発されていくのは自明の理。

「お姉さま」

 ミサは無心にマリアの乳首を舐めている。
 ややざらついた舌先がほんの僅かに触れるだけでマリアは驚くほどによがるのだった。

「あぁぁぁぁ・・・・・」

 マリアはされるがままになりながら、涙を流してミサの頭を抱きかかえている。

「お姉さま、このままタダさんを呼びましょうか?」
「それはダメ!」
「じゃぁこのまま。気持ち良くなってください」

 気まぐれに指と舌を動かしながら囁いたミサの一言がマリアの心にあった最後の堰を崩した。
 母アリス譲りの長い四肢と豊かな胸を揺らせていた彼女の体から力が抜けてグッタリとしている。

「ミサ・・・・ごめんね」
「マリア様。主人はメイドに謝ったりしません。ただ命じてください」

 だらしない姿でベットに横たわるマリアをミサは起こし、乱れた髪と耳の飾り毛を綺麗に整えた。
 やや俯いたまま従僕に奉仕させた不思議な満足感と劣等感を感じながらマリアはそっと冷めたお茶をすする・・・・

「ミサ・・・・口をすすいで仕事に戻りなさい」
「はい、仰せのままに」

 ちょっと冷めたティーカップのお茶は猫舌のミサには良い温度だ。
 マリアが一口飲んだそれはミサのために計ったのだった。
 飲み干したミサがもう一杯、湯気の立つお茶を注いで自らの衣服を整え部屋を出て行く。
 自分のよく知る男の手で女にされた妹のような娘にリードされ、そしてそれに絶頂を感じる劣情。
 ミサがそっと閉めた扉を見ながら、マリアは抜け殻のように呆然としていた。


 夕刻。
 群青の空を染めた夕焼けが少しずつ色を失い薄暮の空が灰色の雲を飲み込む頃、スキャッパーのどんな馬車よりも大きな4頭立てのコーチが紅朱館前へとたどり着いた。
 その大きな馬車のドアには金色に輝くスロゥチャイム家の家紋が張られている。
 大手門の前でそれを出迎えたのはヨシとリサ。
 二人とも呆れたようにポカーンと口を開けて眺めている。

「おいおい、口の中に虫が入るぞ」

 2人の間抜け顔に笑いの止まらないアーサーは、ドアを開けてヒョイと降りてきた。
 反対側のドアからは誰かがピョンと飛び降りてカーゴバスケットから荷物を降ろしている。

「なぁ、これ・・・・どうしたんだ?」
「ん?あ、これか?いや、話すと長くなるけど・・・・な。」
「うん」
「ちんけな馬車で帰る片田舎の貧乏貴族ってバカにされたんでさぁ、頭にきて買っちまった。キャッシュで」
「・・・・・・ぉぃぉぃぉぃぉぃ」

 あきれ果てて溜息しか出ないヨシ。
 わっはっはっは!!と豪快に笑ったアーサー。
 心配性の執事を従えるその姿は、まさに栄えるスロゥチャイムの若旦那だった。

「金は気にすんなって!。なんせ、運んでった農産物がな? 信じられない高値で売れてよ!」
「なんだよ、それで・・・・無駄遣いか」
「いや、実際それだけでもないんだ」
「え?なんで?」

 気の置けない会話をしていたアーサーとヨシだが、アーサーは振り返ってコーチの中へ手を差し出しす。
 すると、その手を握ったジョアンが引っ張られながら降りてきた。
 ヨシは一言「ほぉ!」とだけ言って驚く。
 コーチの中から出てきたジョアンのお腹が、それはもう見事に張り出しているのだった。

「ふぅ、やっと着いたわね。ねぇヨシ、うちのバカ旦那に何とか言ってよ。私は要らないって言ってるのにさぁ」

 そう言いつつも笑っているジョアンの隣。
 にっこりと笑ったマヤが立っている。
 馬車の向こう側へ降りた人影はマヤだったか。
 そう思ったヨシだったのだが・・・・

「兄さん、ただいま帰りました。奥様と御館様は?」
「あぁ、上で待ってるけど・・・・なんだ?その格好は」
「え?どう?似合う?色っぽいでしょ?」

 語尾上げの口調で無邪気に語るマヤの衣服は、下着がギリギリ見えそうなミニスカートと、へそ周りや肩口の露になった乳房を隠すだけのような小さな上着。
 その上から腰だけの小さなエプロンをつけた、まるで奉仕娼婦のような格好。
 フェミニンともエロティックとも付かない姿にヨシは目頭を押さえる。

「父さんが見たら腰を抜かすだろうな」
「でも、かわいい!って言ったらアーサー様が買ってくれました」
「・・・・おいアーサー、こんな事は言いたかないけどさぁ」
「いーから気にすんなって、あとでちゃんと着替えさすから」
「兄さんは心配しすぎよ。大丈夫だって」
「だからといってだな・・・・」
 あっけらかんと言い放つマヤとアーサーに二の句をつけ損なったヨシ。
 そんなヨシを他所にエミールが荷物を整理しつつ馬車の中から出てきた。
 隣には銀灰色の髪をした女性が立っている。

「おかえりエミール、お疲れ様。あれ?そちらの方は?」
「あ、ヨシの兄貴。紹介するよ」

 嬉しそうに言うエミールの声を手で断って笑顔を浮かべた女性は柔らかい声で自己紹介する。

「執事長のヨシさんですね。エイジアです。どうぞよろしく」
「えぇ、どうぞよろしく」

 ヨシは執事らしく胸に手を当て両足をそろえて僅かに会釈をする。
 だが、会釈から顔を上げるヨシの視線はエイジアと名乗った女性の足元から上に視線を走らせながら、じっくりと観察していた。

「あまり怖い目で見ないでください。実は小心者なんです」

 エイジアは事も無げにそう言って笑う。
 しかし、彼女の毛並みの色はまさしくオオカミの氏族のひとつだった。

「エイジアもハーフなんだ。俺と一緒」
「そう、雑種なんです」

 どこか恥ずかしそうに言うエミールにエイジアも相槌を打つ。
 エミールが言うには、王都のオオカミが住む部落に彼女はいたのだとか。
 エイジアを王都から連れ帰ったエミールの目的を理解できないヨシじゃない。

「で・・・・エミール・・・・」
「・・・・あぁ、わかってる。でも、親父とアリス様が許してくれるなら・・・・結婚しようと思う。俺、本気なんだ。子供のためにも・・・・」
「こんな事を言いたくは無いけど・・・・ って、え?」
「うん・・・・」
「そうか、おめでとう。でも」
「それは言わないでくれ。頼む・・・・」

 どこか思いつめているエミールの横顔には、オオカミの血を引く青年の精悍な面影は無かった。

「とりあえず上に行こぜ。腹ペコだし」

 重い空気をあっさりと変えられるのはアーサーの得意事項だろう。
 空気を読んで、そして、その場の流れをリードするセンス。
 この辺はアーサーがマサミから得た大事な能力のひとつだった。
 やがて、父母に代わりこの地を収める貴族となったとき、このセンスの良さは生かされるだろう。

 その時この地をどうしようか。
 アーサーは何となくそんな事を思い王都を歩いた。

 やがて領主となった時・・・・
 その時はきっと、ヨシもリサもマヤも居ないスキャッパー・・・・

「そうだヨシ。マヤがお前に良いもの買ってきてあるそうだぞ」
「え?何を?」
「まぁ、楽しみにしてろって。なに、そんなに驚くもんじゃないよ。ただちょっと・・・・ ハハハ!楽しみにしてろって!」

 ヨシの肩をポンポンと叩き、グッと引き寄せて肩を組むアーサーはそのまま紅朱館へと歩き始める。
 やや遅れて皆の荷物を持ったマヤとリサが、身重のジョアンを助け歩き始めた。

「なんかあったのか?」
「いんや、どってこと無いさ。ただ・・・・」
「ただ?」
「うん・・・・ 俺はやっぱり領地貴族の跡取りで筋金入りの放蕩息子だ。それを思い知らされた」

 何を言いたいのか、それをわからないヨシではない。
 生まれた頃から兄弟のように育った二人だろうか。
 言葉は無くとも通じ合えるものがある。

「跡取り ・・・・か」
「あぁ、でも、俺が領主になる頃は・・・・」

 足を止めたアーサーのその表情は寂しそうな笑顔だった。
 ヨシもその意味を分かっているからこそ・・・・

「親父が死ぬ前、俺によく言ってたんだよ。御館様とアリス様の癖とか愚痴の聞き方とか。親父も分かっていたんだ」
「・・・・俺の親はどんな気持ちでマサミさんやカナさんとつきあっていたんだろうな・・・・」
「アーサー。すまない。ヒトはそんなに長生きじゃないんだ・・・・」

 立ち止まった二人に追いつかないように、ジョアンはやや離れて立ち止まった。
 隣に立ち同じように眺めるリサに、ジョアンはそっと声を掛ける。

「ねぇ、リサはいつ結婚するの?」
「え?・・・・う~ん。春節祭の頃かな、たぶんだけど」
「そうなんだ・・・・」
「どうして?」

 ジョアンはアーサーとヨシを指差す。

「私の子とリサ達の子が同じくらいに生まれたら、ああやって兄弟みたいに育つかな?って思って」
「・・・・そうね」
「あの人がスロゥチャイムの当主になる頃はリサの孫の孫くらいかな・・・・」
「そこまで遅くはならないと思うけど・・・・。そんなこと考えた事も無かったわ」
「私もそうよ。ここへ着いて始めてそんな事に気が付いたわ」
「ジョアン・・・・」

 ちょっと俯いたジョアンだったが、すっと空を見上げるとマヤの肩に手を掛け笑顔になる。

「ねぇマヤ、はやくどこかでいいヒト見つけてきて!」
「そんな事言ってもさぁ~」

 急に話しを振られてうろたえるマヤ。

「アリス様もよくそう言ってらっしゃるわよ」

 リサも笑ってそう付け加える。

 大手門から紅朱館の玄関までの僅かな距離。
 だけど、その長さはまるで人生のようだ。
 生きる時間の長さが違うのも種族の壁のひとつ。
 親になって始めて気が付く重い現実に、アーサーとヨシはようやくたどり着いた。

「さぁ、早く上に行こう。御館様もアリス様もお待ちかねだ」

 ヨシの言葉に促されて皆はまた歩き始める。
 少しだけ寂しそうなアーサーの背中をリサは見つめていた。


 紅朱館4階、レストラン・スキャッパーの奥。
 スロゥチャイムファミリーの指定席は久しぶりに活気が溢れていた。
 ほぼ半年ぶりにここへ帰ってきた時期領主とその妻と従者。
 そして、巨大な館の警護主任も将来の妻を連れていた。

「エミール、親父さんには紹介したのか?」
「あ、いえ・・・・それが・・・・まだなんです」

 うむ・・・・と一言頷くポール公はしばらく思案していたのだが・・・・

「タダ、飯時ですまんがひとっ走りしてフェルの親父を呼んできてくれ。俺が呼んでるといえば良い」
「え?今ですか?あ、もちろん行ってきますが・・・・」

 食べかけだったパンをスープで流し込んだタダは席を立った。

「おいタダ。口を拭いてから行け」

 ヨシは一旦呼び止めて、だらしないその姿を咎めた。
 気品良く振舞えといつも口うるさく言っていた父マサミの姿を色濃く残しているヨシ。
 マリアはヨシをジッと見つめている。

「マリア。あの子に何かついてるの?」

 アリスは隣に座るマリアの耳元でそっと囁いた。

「あ、何も・・・・。ただ、良く気が付くなぁ・・・・って」

 マリアもそっと囁くように返答した。

「そう・・・・ あの子も良い男になったわね。あの頃のマサミにそっくりだわ」
「じゃぁ・・・・」
「あなたがヨシに恋しても無理ないわね。アハハ」

 笑みを浮かべヨシを見るアリス夫人の眼差しにポール公は何かを思い出した。

「俺とマサミで賭けをしていてな、アリスとカナとどっちが先に子供を孕むか競争したわけだ。でも、分の悪い賭けでな、なんせ俺のほうが有利なんだよ。だって、俺が居ない晩はアリスがマサミと遊ぶし、居る時は疲れて寝てるからカナは事を成せない」

 ワイングラスを振りながらポール公は笑っている。

「なんせこの人はカナに恋してたからね。でも」
「違う違う!俺は女房にぞっこんだった!」
「うそうそ」

 右手を左右に振って否定するアリス夫人。
 ポール公は必死で弁明するのだが。

「だって、この人はカナを巡って決闘をしたのよ」
「あー ・・・・あれか。 ・・・・アリス、それは言うな」

 ポール公は笑いながらも目頭を手で隠した。
 見事な照れ具合に見ている側も恥ずかしくなる。

「俺は約束を果たしただけだ。それに・・・・ そもそも、命を商品にする事自体とてつもなく不謹慎な話だ」
「あの・・・・ 何があったのですか? 私が生まれる前の話でしょうか?」

 ヨシが物心付く頃にマヤが生まれ、ややあって生まれたマリアとタダ。その後に生まれたヘンリー。
 スロゥチャイムファミリーの中にあってアーサーとヨシの二人は様々な事柄を記憶している。
 しかし、ヨシもアーサーも生まれる前の事を知る事は出来ない。
 その知らないエピソードの切れ端が出てくるなら、それを知りたいと思うのはとめられない事なのだろう。

「王都にはヒト専門の研究所がある。生物としてのヒトを研究しているのだが・・・・」

 ポール公は何かを確かめるようにヨシとタダの目をチラッとだけ見た。

「王都にはヒトの繁殖施設を持っている貴族がいる。それはお前も知っていよう」
「はい、知っています」
「その施設は王都に存在するヒトの研究所へヒトを供給する役目も負っている。ヒト研究所は総合的にヒトの研究と管理を目的としておるが・・・・ 早い話、落ち物としての第1世代のヒトとこの世界で生まれた第2世代のヒト、そして、その子孫である第3世代、第4世代。それぞれの相違点を探しているわけだ」
「なぜでしょうか?」
「俺も詳しくは知らないが・・・・」

 返答に困ったポール公だが、意外な事にヘンリーがそれを答えた。

「進化と適応を調べているんだそうです。中央大学の教授が言うには、ヒトの世界の知識を得たイヌの学者が実証実験として世代交代の早いヒトを使って高度生物の進化研究をしていると言う話です。イヌと違ってヒトは管理された環境なら100年で7世代ですから、イヌの学者なら15世代ないし20世代を研究できると言う事で・・・・ 人工的な繁殖を含めて研究しているのだとか」

 ヘンリーはそこまで一気にしゃべった後で肩を窄め自嘲気味に笑う。

「生命の冒涜、そして、精神的な苦痛の無視。教授はいつも悲しそうに笑っていました。僕もそう思います。ヒトだからと言って無碍に扱っていいと言う事は無い。でも、何かに執り憑かれたように生命の神秘を研究する学者がいるのですね」

 ヘンリーの言葉を聴いていたヒトの子供達はどこか青ざめている。
 無理も無い話しかもしれない。その内容があまりに・・・・

「じゃぁ、父と母はその施設に?」
「いや、それは無い。それが有ったらお前はここにいないだろう?」
「そうですね」

 どこかホッとしたような顔のヨシ。
 リサとミサは顔を見合わせて笑った。

「その研究機関へヒトを定期的に出す供給源として活動していた貴族は莫大な収益を上げていた。ヒト一人出すごとに国家機関から対価が支払われていたからな。両親共にはっきりとした子供であればさらに金額は高かった。3歳程度の子供から使用人として使役させた後の年寄りまで。研究所は研究対象のヒトが死ぬまで調べ続けるそうだ。だから、その供給源となった貴族の家は皆一様に金持ちだったよ。正直、うらやましいくらいな」

 平然と笑うポール公。
 今でこそ中央の貴族に負けぬ財力と影響力を持つに至った故の余裕なのだろうか。
 しかし、その時代のスロゥチャイム家と言えば地方の没落傾向にある貧乏貴族だ。
 王都の豪商はおろか、中堅どころの商家ですらスロゥチャイム家を凌ぐ財力の家がゴロゴロしている。
 その時代、その場所でのポール公が見せたであろう悔しさは、想像に難くなかった。

「例の騒動の後、一段落した頃だったかしらね。カナが突然にね、このままじゃダメだって言い出したのよ」

 アリス夫人はポール公の後を受けて言葉を発した。

「この世界じゃ私は世間知らずだし、それに貴族の家のマナーも常識も無いってね。それでね、私が貴族院大会議に出席するのに合わせマサミとカナを王都へ連れて行って、あそこの使用人学校で学ぶんだって事になったの」
「ところがな、現地で俺やアリスと一緒にホテルで飯を食っていたらな、たまたまそこに来たんだよ。例の貴族どもが・・・・


************************************************************************************************************************


「どうですかな?スロゥチャイム卿。あなたの領地でヒトの召使2人じゃ苦しいかと存じます。あまり見っとも無い格好をさせれば卿も恥をかくし、それに・・・・」

 ローエングラム伯の下心に満ちた眼差しがマサミとカナを貫いている。

「ヒトの夫婦といえば子供を拵えたくもなるだろう。その子まで含めたらあなたの領地経営は大変ですぞ?」

 無意識にカナを隠したくなるマサミだが、カナはうっすら笑ってさえいた。

「では、伯爵はこの夫婦の子をどうするのですか? まさか商品として売り出す・・・・とか?」
「いえいえ、公爵様の言われるような事はございません、ただ、欲しいと言う者があれば相談に乗るやも知れませんが・・・・」

 つまり、売る気満々じゃないか・・・・
 氷のように冷たく鋭いマサミの視線がローエングラム伯に向けられる。

「私の領地ではヒトの授産施設が稼動しています。より強く、より優れた血統を集め交配を繰り返していますが、そろそろ新しい血統が欲しくなって来た所なんです。もちろん、第1世代で有る事が重要です。風の噂に聞けば、こちらの召使は一日でカモシカの盗賊団を殲滅したとか。それほどの能力であれば是非とも私は入手したい。そういう単なる所有欲の方が大きいですな」

 ハッハッハ!と豪快に笑う金髪の伯爵は恥ずかしげもなくそう言い切った。

「私たちはまるで競走馬ね」
「あぁ、血統と遺伝子が重要なんだな」

 そっと囁いたカナにマサミも答える。

「それに、ご主人殿もご自身の家を再興させなければならないのでしょう? 金は幾ら有っても足らぬほどではないですかな? どうでしょうね、このヒトのつがい揃って・・・・10万トゥン。現金で御支払いしますが?」

 10万トゥン。
 普通に考えて尋常な金額ではない。
 その場にいた多くの者が息を、そば耳を立てて事の成り行きを見守っていた。

「私の領地では、ヒトには良い暮らしをさせているつもりです。決して手荒な事はしないし、それに、無碍に扱う事も有りません。それは御約束します。そっちのメスのほう。結構な別嬪さんじゃないですか。私個人の側女にしても良い位です。オスの方にだって釣り合いの取れるだけのメスを用意して種付けをさせますよ。優れた血統のみを残す事こそ生物の本義ですからね」

 ニコニコと笑うローエングラム伯の笑顔は、貴族の優雅な物ではなく金に目聡い商人の下卑た笑いそのものだった。

「やっぱり私じゃマサミさんと吊り合い取れてないのね」
「んな事無いって!」
「だってあの方はそう仰ってるわよ」
「腹立つなぁ・・・・ ぶち殺してやりてぇ」

 かなり不機嫌そうな表情のマサミとケラケラ笑うカナ。
 アリスやポールも含めて顔色が変わったのを気づいている風でもなく、伯爵は勝手に盛り上がっている。

「伯爵、結構な申し出ですし、妻の領地経営も大変だ。現金で頂けると言うなら、それはありがたい事ですな」

 やおら立ち上がったポールはローエングラム伯へと向き直って言った。

「では、お売りいただけますかな?すぐにでも荷馬車を用意します」
「そうですな。お売りする分には問題ないでしょう。ただ、3つ条件があります。よろしいですかな?」
「ほほぉ!いいですとも、伺いましょう」

 立ち上がったポールは視線を伯爵へと向けたまま、ワインではなくフィンガーボールの水を飲み干した。

「ひとつ、売り渡す契約の書類に双方がサインするまで、ここからヒトの夫婦とあなたが出ないこと」
「御安い御用ですな」
「ふたつ、この取引は私とあなたの二人が行うものです。いかなる第三者の介在も認めません。貴族の名をかけ誓ってくれますか?」
「ホホホ、そんな事ですか。ご心配なく」

 ポールはひとつ息をついてマサミを見た。
 マサミの目が悲しそうに笑っているのを見て、ポールはにやりと笑った。

「みっつ、これはちょっと難しいですが・・・・」
「どうぞ遠慮なく」

 ニコニコと笑う伯爵の笑顔が正に弾けそうなほどだ。
 その笑顔にポールも釣られて笑みを浮かべたが、ふと視線を手元に落とし、両手にはいていた手袋を取った。
 左手にはマサミと交わした誓いの傷跡が生々しく残っている。
 手袋を二つ重ねたポールは一度伯爵へ目をやったのだが、すぐに視線を切って床に目を落とすと深呼吸をひとつした。

 伯爵は次の条件を今か今かと待っているのだが・・・・

 顔を上げたポールの視線は、銭勘定しかした事の無い伯爵とは違う歴戦の武人そのものだった。
 一瞬息を呑んだ伯爵の顔目掛けその手袋を投げつけたポールは、椅子の傍らに合ったレオン家の家紋が入った軍刀を勢い良く抜き放った。

「よく聞けこの下衆野郎!三つ目の条件だ!」

 レストラン中に轟くような大声でポールが叫ぶ。
 伯爵は驚いて後ずさりし、足を滑らせ尻餅をついた。

「正々堂々!この場で私と決闘しろ!」

 伯爵の顎先僅か数センチにポールの軍刀が近づく。

「私に勝ったならこのヒトの夫婦を売り渡そう。男に二言は無い。貴族たるもの嘘はつかん!」

 あわわわわ・・・・・
 なすすべもなく後ずさりする伯爵の襟倉を掴み引きずり上げたポール。
 獣人の強い筋力と戦場で鍛えた度胸。
 そして、相手を殺してやると睨む一切の慈悲が無い殺人者の眼差し。

 王都の貴族が華やかな上流階級文化を花開かせている頃、地方の貴族は戦場を駆けずり回り、国家と国民のために戦っていた。

「100戦無敗のレガート公に連なる王都の貴族はこんなものか! 無二の愛で結ばれたヒトの夫婦をただのつがいと言い切る下郎め! このヒトの男が己の妻のためにどれ程の危険を冒しこの世界を駆け回ったかお前は知るまい!」

 戦場において幾万の敵を震え上がらせてきたその声は、戦意無き者の心を踏み潰すくらい造作も無い事なのだろう。
 まったく力の抜け切った無様な様子でうろたえる貴族に向かって、ポールは容赦のない声を浴びせ続ける。

「さぁどうする! まだ一太刀もあわせてないぞ! 剣を抜いて俺と戦え!! さぁどうした!」

 パッと手を離すポール。
 ローエングラム伯はその場で蹲るしか出来なかった。

「さぁ立て! 立って剣を抜け! 早くしろ! 早く! 早く早く! 早く早く早く!!!」

 一歩下がって上段に構えたポールの両腕に力が漲る。

「戦意の有る無しに関わらず、決闘を申し込んだ以上、鈍らに剣を収める事は出来ない」

 祈るような仕草のローエングラム伯は相変わらず震えるだけだ。

「あんたの腕を一本もらうが、いいか?」
「かっ!勘弁してくれ!取り消すから!取り消すから、どうか!」
「ふざけるな! それでも貴族か! 国家の騎士か! 貴族ならば立って戦って見せろ! 男ならば闘って死ね!」

 大音声なポールの怒鳴り声が響くレストランの中は騒然となった。
 騎士であり貴族であるものが公衆の面前で剣を抜いた以上はただじゃ済まない。
 騒ぎに巻き込まれたくないと、そそくさとレストランを後にする者。
 どうしたどうした!剣を抜け!と伯爵を煽り立てる野次馬。
 そして、興味深そうに眺める平民のお客たち。

 そんなところへ突然やってきたのは王都の警察官たち。
 騒ぎを聞きつけドアを開け飛び込んできて、銃を構え叫ぶ。

「警察だ!剣を捨てよ!」

 パッと見たところ、警察官は5人。
 マサミは懐のベレッタへと手を伸ばし音もなく引き抜くと、テーブルの下へそっと隠しセーフティを外した。
 2丁で撃てば弾は30発。こんな時の為に自分で削ったダムダム弾が入っているが両手撃ちじゃ当てる自信がないなぁ・・・・
 一丁で正確に射撃すれば一撃で戦闘不能に出来るだろうから、後はどうやって逃げるか・・・・・

 冷静に思案してるその隣。
 カナはアリスの袖を引っ張った。

「アリス様、なんか凄い事になっちゃいましたけど、どうしますか?」
「うん、任せて。あなたの家の実力見せてあげるわ。もっとも、私も覚えたてだけどね」

 ニコッと笑ったアリス。
 眼鏡をかけたカナも笑った。

「皆、静まりなさい。さぁ、静まりなさい。大公爵の不逮捕特権を宣言します。現場責任者をここへ呼びなさい」

 椅子に座ったままのアリスは冷静にそう言った。
 不逮捕特権を宣言した以上、警察権力を後ろ盾にした警察官が銃を向ける事は許されない。
 やや狼狽しつつ銃を降ろし事の成り行きを見る彼らの姿に、唯一の味方だと思っていた伯爵が尻尾を丸めて震え始める。

「伯爵、貴族法に基づく大公爵の行政監督代行と特高の権限をもってあなたを逮捕し収監します。覚悟は良いですね?」
「スロゥチャイム大公爵!後生だ!どうか寛大な・・・・」

 まともに歯の噛み合わない状態で涙を浮かべ訴えるローエングラム伯だが、アリスは眉ひとつ動かさない。

「カナ。そのミートナイフを取って」

 立ち上がったカナはナイフをとり歯先にナプキンをあてて包むと、すっとひっくり返しハンドルをアリスに向けて差し出した。

「どうぞ」

 その流れるように優雅な動きに、その場の目が集まる。
 ナイフを受け取ったアリスはそっと立ち上がりテーブルのすみにナイフを置いた。
 立ち上がったアリスにあわせマサミも席を立った事に、その場の者達から僅かな驚きが漏れた。

「伯爵。慈悲の心で自決の権利を与えます。マサミ、銃を抜きなさい。介錯を」
「御心のままに。アリス様」

 マサミは隠しておいたベレッタを構える。
 冷たく光る銃口に伯爵の震えがピークに達した。

「ご安心ください、体内に入ると十字に割れて殺傷効果を高める銃弾です。頭を打ち抜けば痛みを感じる前に絶命できます」

 一切無表情なマサミの冷静な言葉に、伯爵はより一層恐怖を掻き立てられていた。
 その場で小便まで駄々漏れにし、歯の根が合わず震えていたが・・・・

「皆そのままじゃ、軽はずみな事はするでない。王都警察治安維持課の責任者代理、ケスラーである」

 唐突にそう言ってレストランへ入ってきたのは、杖を突いて歩くイヌの老人だった。

「ポール、すぐに剣を収めろ、まーた面倒を起こしおってからに・・・・」

 剣を抜き放ったままのポールを杖で指差して不機嫌そうに笑う緋陽種のイヌ。
 視線を動かしマサミをジッと見るそのイヌは何を意に介すまでも無く歩いていくと、マサミの持っていた銃に手を伸ばした。
 マサミは意味がわからずされるがままに銃を渡してしまうのだが、一瞬だけ『しまった!』と表情を浮かべすぐにスペアの銃へ手を掛け様子を伺う。

「うむ、素直でよろしい。もう一丁は抜く出ないぞ。で、アリスや。お前さんで無かったらわしがここに火を放っていたところだよ」
「大伯父様も御元気そうで何よりです」

 厳しい表情だったイヌの老人に笑顔が戻りローエングラム伯は一息ついた。

「君がマサミかね? こっちの女が君の妻で、えぇっと・・・・ カナ」
「はい、そうです。あの、恐れ入りますが・・・・」
「わしの甥っ子がおぬしに世話になったようだな」
「申し訳ありませんが、話が繋がりません。甥とは・・・・」

 ケスラーと名乗ったイヌは銃の向きを変えマサミに返すと、アリスが座っていた椅子を手前に引き寄せてドカッと腰を下ろした。

「歳を取るとイヌもかったるいのだ。どれ、カナ、そのワインを一杯わしによこせ。それとマサミはその物騒な物をしまえ」

 カナはワインを注いで年老いたイヌに手渡した。
 ニコリと笑ったイヌは美味そうにワインを飲んでポールを見る。

「ポール。いつまで突っ立っているんだ。早く席に着け。アリスも座れ。お前達の従者が立ちン棒ではないか」
「でも伯父様、私の椅子は伯父様が」
「そうだったな」

 ハッハッハ!と笑う年寄りは座ったままの伯爵を足で小突いた。

「ほれ、早く立ち上がって去ね。この決闘はわしの預かりじゃ。双方ともに文句は認めん。いいな」
「・・・・まったく。伯父上様には敵いません」

 ポールが苦笑いしながら軍刀を鞘に収めた隣、マサミは自分が座っていた椅子をカナに渡し、カナの椅子をアリスの後ろへと置いた。

「アリス様、お座りください」
「うん、ありがとう」

 その僅かなやり取りの間に警察署から所長が飛んできたようだ。
 下級血統か雑種な平民出の公務員が登り詰められる最高職といえば、その手の現場機関責任者が精一杯なのだろう。
 貴族がレストランで何かしら大騒ぎしているとなれば、関係なくとも責任をおっかぶされ嫌でも詰め腹を切らされる恐れがある。
 公務員の幸せな老後も良い待遇の天下りも全部諦めてレストランに入った途端、その老人が居る事に驚き直立不動となった。

 現場機関の責任者とは言え、それなりの権力と財力を持つに至る立場だ。
 こういう時の為に高級血統の実力者を後ろ盾として用意しておく事は政治的な駆け引きの基本なのだろう。
 
「署長、すまんな。わしの我侭で預かりとした。この場はわしが収める故、上手く取り計らってくれ」
「承りました。御老の成されるがままに・・・・ お手間をおかけし申し訳ありません」
「うむ、気にするでない。そう言うわけで警官を連れて帰ってくれたまえ。ここでは何も無かった。そうだな?」
「はい、そのように」
「大変よろしい。上手くやっておくで安心して帰りたまえ。そうだ、署の前のバーで一杯飲んで帰ると良い。払いはワシにつけろ」
「はい、御老のご相伴に預からせていただきます。では」

 マサミが腹の底で唸っている間に、話はドンドンと展開していく。
 あっという間にレストランから警官が消え、スロゥチャイムファミリーの前で相変わらず伯爵は腰を抜かしている。

「さて、ローエングラム卿。そなたのやっている事も儲けている内容もこの際目を瞑ろう。ただな、わしの姪っ子夫婦とその従者に2度と手を出すでないぞ。今度やったら・・・・」
「はっ!はい!もちろんです!」
「うむ、よろしい。で、ポール」
「はい」
「お前さんが小僧の頃から何度もこういった事があったと思うが・・・・・」

 ケスラーと名乗った老人の髭がピクリと揺れている。
 あの歴戦の勇士であるポールがまるで叱られる子供なのはなぜだろうか?
 カナはそれが不思議でならなかった。

「そのたんびにわしはお前さんのケツを拭いてきたつもりじゃがの。そろそろ落ち着け。そうしないとお前さんの女房とヒトの女が困るじゃろう? それに、お前さんの女房は仮にも上級公爵じゃて。あんまり派手にやると査問委員会に目をつけられる」

 ピクピクと動くポールの髭が動きを止めた。

「しかし、伯父上様、この伯爵はよりにもよっ『いいから黙れ!』

 老いたれとは言え迫力のある声がポールを一喝する。

「もう子供じゃないんじゃ! 家族を背負ったら男は我慢する事を覚えんか! わかったな!」
「・・・・はい、肝に銘じます」
「うむ、よろしい。 して、アリスや」
「はい、伯父様」

 ニヤリと笑うケスラー爺さんの手がニュっと伸びて、アリスの頭にゲンコツを落とした。

「この悪たれ小僧め! お前は兄弟の仲で一番の悪がきじゃった! そんな事ではジョンも安心できんわ!」
「・・・・もっ・・・・ 申し訳ありません・・・・ 伯父様」

 アリスの尻尾が見事にたたまれてスカートの中に隠れている。
 そんな姿をマサミは始めて見たのだった。

「お前達がこのヒトの夫婦を大事にしたいなら、それ相応の振る舞いをしろ。まったくもう・・・・」

 そう言ってもう一口ワインを飲んだ老人。
 カナはその老人の目をジッと見て質問した。

「あの、申し訳ありません。世間知らずなものでして・・・・」
「フフフ・・・・好奇心旺盛じゃの。わしはケスラーじゃ。フェルベルト・ケスラー。アリスの父ジョンはわしの甥っ子じゃ」
「え?甥っ子ですか?」
「そうじゃ、だから、アリスはわしの姪っ子じゃ。わかるか?」
「そうなんですか。無知なもので恐れ入ります」
「よいよい、気にするな。わしは所詮妾腹の傍流じゃ。家はジョンの家系が継いだでな」
「そうなんですか・・・・私はアリス様のお父上と面識が無いものですから」

 どこか悲しそうな表情のカナ。
 年老いたイヌの男はその意味するところをキチンと理解している。

「そうらしいな。アリスがよこした手紙に顛末が書いてあったよ。血気盛んな男に囲まれて育った一人娘じゃ、気の強いところも多々あろうでお前さんも苦労するじゃろう。だがな、わしには可愛い姪っ子じゃ。よろしく頼むよ」

 テーブルの上に両手を重ねて置いていたカナの、その柔らかな手の上にケスラー卿の手が重なる。ゴツゴツとした感触のその手には指が3本しか残されていなかった。

「ワシら緋陽種は戦闘血統じゃ。それゆえわしもジョンも、そしてポールも皆戦場へ行く定めじゃ。だからな、わしらは妻も妾も、女にはみな手をつけて子を残そうとするのじゃ。それ故に血統が複雑に絡んで分かりにくくなる。だがな、お前さんの家は緋陽種の紛れも無い本流じゃ。それは胸を張ってよろしい」

 カナは声も無く頷く。
 そして、すぐ後ろに立っているマサミも頷いた。

「全てのイヌ民族の始祖、トマルクトゥスの・・・・ いや、現代風にトマークタスと呼ぶべきじゃろうな」
「トマークタス・・・・さま?」
「そうじゃ、イヌの創世神話に出てくる始祖神トマルクトゥスから連なる12の正等血統氏族。セッター、ポインター、レトリーバー、チェイサー、トレイサー、ハンター、シーパー、ヘルパー、パトローラー、グランダー、ファイター、そしてロイズ。皆、神話の時代から連なる血統を維持してきた。雑種交配が進み、氏族としての誇りを失ったネコやトラと違い、イヌは自らの血統を大事にする。じゃからな、お前さんもそして後ろの・・・・」

 ケスラー卿の目がカナを離れマサミに注がれると、マサミは僅かに身構えた。
 老いたれと言えども威厳ある眼差しに気圧されたと言って良いだろう。

「マサミ、おぬしもじゃ。お前さんたちもスロゥチャイム家の名誉を守ってくれ。これは死に行くわしからの願いじゃ。頼むぞ」
「確かに。承りました」

 そっと囁くようにカナは答える。
 マサミは声無く、ただ胸に手をあて会釈をした。

「うむ、2人とも品があって大変よろしい」

 ケスラー卿はゆっくり頷きもう一度アリスとポールの顔を見てから立ち上がった。
 手元にあった赤いステッキをしかと持つ手はまるで剣を握っているようだ。

「ほれ、いつまでそうやって無様にひっくりかえっておる。さっさと立ち上がらんか。お前さんは本当に品てものが無いのぉ」

 事の顛末を眺めていたローエングラム卿はまだ床の上でうずくまっていた。
 その尻をステッキでペチペチと叩きながら、ケスラー卿は静かに笑っていた。


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「そんな顛末があったからかしらね。 マサミもカナも品の悪い振る舞いは最後まで見せなかったわね」
「そうだな。俺が酔っ払ってグダグダになっても、同じくらい酔ってる筈のマサミは涼しい顔をしていたな」

 アリス夫人とポール公が浮かべた笑顔にその場の者が皆笑っている。
 古きよき時代の一こまと言うべきか、それとも・・・・

「そういえば・・・・ 子供の頃、遊びに行った先で食事中、マサミさんに酷く叱られた覚えがあって・・・・」

 アーサーはふと何かを思い出したように天井を見上げた。
 ゆっくりと何かを思い出しているすぐ隣のヨシも何かを思い出した。

「父がよく言ってました。酔った時、眠い時、油断した時、上品を演じている人間はボロが出ると」
「そうだったな。根が上品な人間はどんな時でも上品だ。そう言ってたな」
「懐かしいな」
「あぁ、おかげで今役に立っているよ。マサミさんに感謝しないと」

 ハッハッハ!と声を上げて笑う豪快な生き方のアーサーだが、立ち振る舞いは上品で優雅と言えるものだった。
 典雅とも言える言葉遣いと共に上流階級の社交会場では多くの女性達からエスコートを誘われるアーサー。

「お前も・・・・ 勿論ヨシも。マサミにとっては大事な息子だったのだろう。次の世代をきちんと育てる。ヒトの世界でマサミはそう言う育てられ方をしたのだろうな。叶わぬ夢と知りつつ、マサミはよく言っていた。もし、息子や孫がヒトの世界へ帰れたとしたら、いや、こっちで生まれたヒトだから帰ると言う表現はおかしいな。ヒトの世界へ行ったとしたら、その子や孫は向こうでちゃんと生きていけるだろか。あいつはそれが心底心配だったんだろう」

 優雅にワイングラスを振るポール公は優しい眼差しをヨシやマヤに注ぎながら笑っている。

「ヨシやマヤはヒトの世界へ行けるとしたら行ってみたい?」

 アリス夫人はちょっといたずらっぽい目つきで話を振った。
 急に水を向けられてうろたえると思っているのだろうか、その眼差しには意地悪とも言える笑みがあった。

「・・・・そうですね」

 ヨシはちょっと俯いたものの、何かを思い出したようにアリス夫人の目を見て言葉を選び始める。

「実は・・・・ 父から受け継いだ日記の中に・・・・ 父の正真正銘の日記がありました。私やリサはそれなりにヒトの世界の文字を読めますが、それでも知らない単語や慣用表現的な文章の表現で意味が通じないところがチラホラあります。最初は意味がわからなかったんですけど、御館様のお話を伺って意味する所に気が付きました。父はこの世界で見聞きしたものをヒトの世界へ伝えたかったのかもしれませんね。そして、そのお話がヒトの世界でどう受け止められるかは分かりませんが・・・・」

 その次にどんな言葉が出てくるのか。
 テーブルを囲む者達が黙って聞き耳を立てている。

「見てみたいですけど、でも、見たら多分戻ってきます。だって、ここが僕の・・・・世界ですから」

 一旦言葉を止め、何か大切な物を確認するように世界と言う言葉を発したヨシ。
 何か吹っ切れたように柔和な笑みを浮かべたヨシの肩をアーサーが手を掛けポンポンと叩き、そして笑った。

「まったく知らない世界へ行きなりやってきたマサミさんとカナさんは相当困ったろうな・・・・ もちろん、それだけじゃなくて、落ち物と一括りにされる第1世代のヒトは皆そうじゃないかな・・・・」

「あぁ、オヤジもよく言ってた。苦労した女は早死にするって。母さんが・・・・ああだったからな。オヤジは時々夜中に一人で起きていって、酒を飲みながら泣いてたよ。この指輪を」

 ヨシの手にあるプラチナのリング。
 そのリングと対になったリサのリング。

 ヨシはリサの手を取って、リングのはまる手を両手でそっと包んだ。

「指輪を眺めてた。時々、すまないって言いながらね。だからもし、もしヒトの世界へ行けたとして、それが自分ひとりなら行ってから考えるかもしれないけど。でも、多分戻ってくる事を選ぶし、リサが一緒に行くような事になったら、何とかしてこっちへ戻ってこようと頑張ると思うんだ。だって、リサが母さんと同じように苦労したら・・・・」

 死神に取り付かれたカナの残された最後の一年がどれ程壮絶な日々だったか。
 リサはふとそれを思い出した。

 血の臭いに染まったカナの病室へ見舞いに行った子供の頃の記憶。
 あの場に出入りできた僅かな館のスタッフが見たものは、筆舌に尽くしがたい光景だった。
 そして、だんだんと痩せ細っていくカナの手が幼いリサの手をそっと包み、未来のお嫁さんと呼ばれた遠い日。

「そんな事をしたら僕は死んでから母さんにこっ酷く叱られます。父がそうだったように、僕も母さんには・・・・かないませんから」

 静かに微笑むヨシの顔を眺めていたポール公がぼそりと呟くように口を開く。

「どんな生き物にも尊厳がある。誇りと尊厳を持って生きていく権利がある。とかく世の中ではヒトと言う種族ならば男でも女でも単なる性的な遊び道具に見下す風潮があるがな。誰も恨まぬと言い残したカナの最後の言葉は重く大きい。しかし、どれ程その言葉が重く大きくとも・・・・ 単なる遊び道具としか見ぬ者には意味の無い事なのだ」

 何か目に見えぬ敵へと怨嗟の言葉を浴びせるようなその言葉には相手を射抜く強さがあった。
 アリス夫人は静かに頷きながら優しい眼差しをマヤやリサや、そして、ミサへと注ぐ。

「女にしか出来ない仕事があって、それを成す為に生き続けますとカナはよく言っていたわ。でも、やっぱり無理だったのね。今頃はあの丘の上でマサミの腕に抱かれてるわよ。カナは・・・・ いつも笑っているから」

 カナは・・・・
 それに続く言葉は取って付けたものだ。皆がそれを感じていた。
 アリス夫人が本当はなんと言おうとしたのか。
 それを皆は何となく分かっていた。分かっていても言えない一言が有る。
 皆それを分かっているからこそ、あえて飲み込む言葉もまたあるのだった。

「ヨシとリサも、もちろんタダとミサも。薬で子供を作っちゃダメよ。夫も妻も、協力して頑張りなさい。そして、アーサーもマリアもそれは邪魔しちゃダメな事よ。新しい命を授かる事は、それは神聖な事なんだからね。それと、アーサーもマリアも遊びはほどほどにしなさい、分かったわね。アーサー、マヤを嫁入り前に壊したら今度こそ許しませんから」

 アリス夫人の言葉が何を言おうとしたのか。
 アーサーとマヤがドキリとした表情で目を丸くした。
 そして、ジョアンは隣で笑っている。

「タダ、フェルの親父を呼んでくるのは後日でよい。それより、エミールとその妻の部屋を用意しよう。そうだな、とりあえず6階はやめておこう。あそこは若い男だらけだ。とりあえず家族向けの客間を使うと良い。その後にちゃんと部屋を用意しよう。我が紅朱館の警護主任が陣取る部屋だ。執事公室と並ぶ拠点に相応しくならねばならん」
「そうね。子育てするにも良い環境が必要ね」

 ポール公は髭をいじりながら何かを考えている。

「うん、そうしよう。本来はマヤの夫婦に使わせようと思っていたんだがな。執事公室と同じ部屋がもう一つあるのはエミールも知っていよう」
「はい」
「あの部屋を整理して使うと良い。マヤが夫婦となったら城下へ新たに館を作りそこへ引っ越せ。新たな居住施設を作りそこを生活の場とせよ。それまでは今のままでよいな」
「はい、ジョアン様が無事に出産するまでは現状で良いかと思います。それに、今ならアーサー様独占ですし」
「貨してるだけだからね!まったくもう!」

 アハハ!と皆が笑う幸せな夕食。
 久しぶりに帰ってきたこの団欒のひと時こそ、マサミの遺した財産なんだとアリス夫人は思っていた。


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 その夜。

 長旅で疲れた筈の妊婦ジョアンを気遣いアリスとマリアが一緒に風呂へと入っている頃。
 レストランのキッチンで片付け物を手伝いながらあれこれと指示を出していたリサの元にそっとマヤが近づいてきた。

「まーちゃん、どうしたの?」

 まーちゃん
 いつからか、リサはマヤの事をそう呼ぶようになっていた。

「リサねぇさま、ちょっと手を出して」
「え?」
「いいから♪」

 不思議そうに差し出したリサの手へマヤが押し込んだのは、ピンク色の液体を詰めた香水瓶ほどの小瓶。
 およそ三分の一ほどになったその液体は小さな瓶の中でチャピチャピと音を立てている。

「まーちゃん、これ何?」
「それは男の人の理性を壊す魔法の薬です。ついでに言うと、一晩中ビンビンになっちゃうんですよ」
「え?ほんとに?」
「えぇ、だから、なにか物足りないなぁって時に使うと・・・・」
「じゃぁ・・・・」

 照れ笑いするリサも驚くマヤの邪悪な笑み。
 ジョアンと二人掛でアーサーを搾り取るマヤが差し出すのだから、効き目たるや凄い物があるのだろう。

「お茶でもお酒でも良いですから、一滴か二滴垂らして飲ませてください。それでばっちりです」
「それだけで良いの?」
「えぇ、それ以上濃くするとヒトは心臓が持たないらしいの。そして、理性と一緒に人間も壊れちゃうとか」
「じゃぁ、取り扱い注意ね」
「王都に居る時、ジョアンと二人して買ったんですが、気が付いたらジョアンが妊娠してて・・・・・」
「・・・・うまく使わないとダメだめね」
「早めに使い切ってください、その原液の匂いはイヌの鼻だと分かっちゃうらしいです。実はさっき御館様にバレました」

 凄い事をあっけらかんと言うマヤ。
 その意味するところをリサも何となく理解していた。

「マリちゃんが遊びに来たらヨシさんも大変よね」
「えぇ、ですから・・・・」

 テーブルの脇に置いてあったティーポットの蓋を開けると、まだお茶が半分ほど残っていた。
 そのお茶をカップへと注いだマヤが小瓶の蓋を取って一滴だけ注いでいる。
 その瓶の中身から出ていた匂いは、なにか花の香りの様な気がした。

「ヒト用ならこれくらいで十分ですから」
「そうなんだ」
「イヌとかですと十倍くらい入れるんです。で、ちょっと間違えて多すぎると・・・・」

 マヤが小瓶を傾けて魔法の薬を大目に注いでみると、先ほどまで見事な赤樫色だったお茶が薄っすらと緑色になった。

「こんな色になってしまいます。これをヒトが間違って飲んじゃうと・・・・・『なぁリサ、なんか飲むもの無いか?』 え?」

 ビックリしたリサとマヤが振り返ると、ヨシが汗を拭きながらキッチンへ入ってきた。

「いやいや、客間の明かりが点かなくて大変だった。猫井製の魔洸ランプでも壊れる事があるんだなぁ・・・・」

 二人が何をしていたのかまったく無警戒なヨシは、無造作にそのカップを持ち上げた。

「兄さま!それ飲んじゃダメ!」
「え?なんで?」

 意味がわからずカップの中身をグビッと飲み干すヨシ。
 マヤとリサは唖然としている。

「ミントティー? 花の香りがするね、これ美味いじゃん。今度レストランで出そう」
「よっ ヨシさん・・・・ 平気・・・・なの?」
「なにが?」

 飲み干したカップをシンクへドボンと沈めたヨシは踵を返してキッチンを出て行く。

「汗かいたし風呂に入って先に部屋へ行ってるよ」

 その鷹揚とした背中を見送りながらマヤがつぶやいた、

「リサ姉さま・・・・ 普通、あの薬が効くまでに普通は30分掛かります・・・・」
「まーちゃん ヨシさんどうなるの?」
「今夜は・・・・ 獣です。兄さまを部屋から出さないように・・・・ 危険ですから・・・・ 一滴注げば3回戦まで行けるんですが・・・・」
「え?」
「この量じゃ多分朝まで・・・・」

 ちょっと青い顔をしたマヤはそそくさとその場を後にした。
 リサは不安になってマヤの後を追う。

「まーちゃん!」

 声をかけてタタタッと廊下へ走り出すリサ。
 外には酩酊状態のヨシが意味不明な言葉を吐きながら立っていた。

「ヨシさん」
「リサ? あれ? おかしいな」
「どうしたの?」
「心臓がバクバクする」
「・・・・へっ 部屋に!」
「うん、今夜は風呂を控えておくよ。ちょっと変だ」

 フラフラとしながら階段を登っていくヨシを見送ったリサ。
 柱の影から現れたマヤもその背中を見ている。

「リサねぇ・・・・」
「え?」
「明日はツヤツヤね♪」
「え?え?え?」
「ねぇさまも頑張って!じゃ♪」

 ウフフ!と嬉しそうに走り去るマヤ。
 ちょっと怖くなったリサだが、とりあえず執事公室へと戻って見れば、ベットルームではなく風呂場から荒々しい吐息が聞こえる。

「ヨシさん 大丈夫?」
「りっ リサ・・・・ さっきのあれ 一体なんだ?」
「え? あっ・・・・ いや・・・・ その・・・・」

 パンツ一枚で何かに耐えるように立っているヨシ。
 その目は獣のようにギラギラとしている。

「リサ・・・・ ちょっと触ってみて」

 コクリと頷いたリサへとヨシが差し出したのは・・・・
 いつもより二周りは大きく太くエレクトしたペニスだった。
 血管が浮き出るほどに太くなり、まさにハチ切れんばかりの大きさなそれは鼓動にあわせてピクピクと脈動している。

 一瞬たじろいだリサは意を決し腰を屈めてそっと手を触れる。
 火傷でもするのでは?と思うほどに熱くなり、黒々しく膨らむそのグロテスク一歩前な姿は、見方を変えれば神々しいまでに美しくもあった。

「りっ リサ! あぁぁ! つっ! 冷たい! あぁぁぁ!!!!」

 水仕事で冷えていたリサの手がそのペニスをそっと撫でると、まるで子犬のようにキャウン!と声を出して腰を引いたヨシ。
 有り得ないほどに膨らんだ状態であるが、その感度もまた有り得ないほどで、ヨシの視界の中は星が飛び回りつつあった。

「ヨシさん すっ 凄く熱いけど へいき?」

 有り得ない温度に驚いたリサがそのペニスをギュッと握るとヨシは驚くほどの力でリサの肩を抱きしめた。

「ダメ!ダメ!ダメ!ダメ!」
「え?」
「あぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

 腰を屈めヨシのペニスを握っていたリサの顔目掛け勢い良く吹き出る精子。
 ビックリして閉じた瞼の脇辺りにぺチャリと音を立ててぶつかり、その後もドクッドクッと脈動している。
 とっさにリサが出来た事は、慌てて目を閉じて目に入らないようにする事と、床に落ちて臭いが取れるまで掃除する手間にならないように、エプロンを広げて自分の胸へと出させる事だった。
 しかし、普段なら4回かそこらの脈動で止まるはずのそれは10回近くまで噴き出され、有り得ない量の噴出に悶えるヨシのペニスは萎えることなくまだまだギンギンだった。

「ヨシさん 大丈夫?」
「さっきのあれ、何が入ってたんだ?」
「え? あ・・・・ まーちゃんが買ってきた・・・・」
「まさか・・・・」
「うん」

 申し訳なさそうに上目遣いで見上げるリサの顔や非色のワンピースや、そしてエプロンにも髪にもべっとりと張り付いた精子。
 その扇情的な姿にヨシのペニスは敏感に反応している。

「ごめん・・・・」
「リサ」
「朝まで一緒に・・・・ いるから・・・・ 好きなだけ・・・・ していいよ」

 まるで獣の様な声を上げながらリサの体を貪り始めるヨシ。
 執事公室の外、マヤは兄ヨシを襲う最初の波が通り過ぎるのをじっと待っていた。

―― これじゃぁリサねぇさまが壊れちゃうわね・・・・
―― どうしよう・・・・・
―― そうだ!

 小走りで駆けて行った先はマリアの部屋。
 コンコンとドアをノックすると、最初に顔を出したのはミサだった。

「あ、マヤねぇさま」 「マリちゃんは?」
「マリア様ならお風呂上りでゆっくりされてますが・・・・」
「じゃぁ、ナイスタイミングだわ!」
「え?」
「おじゃま!」

 つかつかと勝手に部屋へ入ったマヤ。
 部屋の奥ではマリアが真剣な表情でタダの屹立したペニスを弄っていた。

「マリちゃん!」
「あ・・・・ まーちゃん」
「・・・・それじゃ面白くないでしょ? 一緒に来て!」
「え?」

 腰裏で両手を組んでされるがままに耐えていたタダ。
 しかし、そんなタダのいきり立った物を指でパチンと叩いたマヤにマリアは驚く。

「あなたのそれが活躍するのは兄さまの後! さぁ行くよ!」

 きゃはは!と笑いながらマリアの手を取って引っ張るマヤ。
 マリアは意味も分からず立ち上がり手を引かれて行く。

「みっちゃん 今夜はマリちゃん帰ってこないからね! タダのあれ、どうにかしてあげてね♪」

 一方的に話しをしてドアを飛び出ていくマヤ。
 一陣の風のように消えていく2人を見送ったミサとタダが驚いて顔を見合わせた。

「タダさん・・・・」
「うん ちょっと辛かった だんだん上手くなってるからさぁ」
「楽にしてあげるね♪」

 ドアを閉めてタダへと駆け寄ったミサは迷わずそのいきり立ったペニスをパクっと咥えた。

「おっ! おい! ちょっ!」

 ミサは見上げ視線で舐めながら笑顔を送る。
 マリアの両手で散々弄られた上に、『良いって言うまで出しちゃだめ!』と言われていたタダ。
 だが、もはや我慢しきれず今宵最初の一撃をミサの口内へを発射した・・・・


「ハァハァ・・・・ ヨシさん 少し休んで良い?」

 ベットの上に突っ伏して荒々しく息をするリサがそう懇願する。
 正常位で一回、騎乗位で一回、そして、最後に後から一回。
 快感の波を生み出していたリサの蜜壷は既に痺れ始め、不快感と疼痛を生み出すだけになっていた。

 何度放出してもなお果てる事を知らぬヨシの精液が容赦なくリサへと注がれ、胎内はおろか背も胸も顔周りまでもが精液とヨシのヨダレで濡れている。

「ゴメン 大丈夫?」
「うん」

 疲れ果てたようにベットの上で仰向けになったリサ。
 まだまだ納まらぬ乱れた呼吸が肩を揺らしていた。
 その動きにあわせ揺れる二つの乳房。
 何となく眺めていたヨシの心に再び火が付きつつあった。

「ヨシさん まだ、出る?」

 硬さも太さも衰えぬ狂暴なその姿に、リサは半ばうっとりとしていた。
 身も心も狂おしいほどに愛してくれる夫のそれに、そっと手を伸ばし触れてみる。

「まだまだ硬いよ?」

 生臭いニオイのする精液と愛液の混じった液体に濡れたベットの上。
 膝立ちのヨシも疲れて寝転がったその上に、リサは覆いかぶさって黒々しいペニスをいじっている。

「そろそろかな」

 何となく気だるいヨシの言葉が、今度はリサに火をつけた。

「そっか」

 両手でいじっていたヨシの愛情棒はしとどに濡れて艶かしいほど。
 リサはそれをそっと口に含んで舌先で綺麗にしている。

「あぁ! うっ! あぁぁぁぁ!!!」

 もたれかかるリサの体を支えながら、自分の視界に飛び回る星の数が段々と少なくなっている事にヨシは気が付いた。
 ゆっくりだが確実に薬の効果は抜けつつある。
 先ほどまでの、まるでサンドペーパーで擦られるような強烈な刺激感が無くなっていた。

「ヨシさん もう出る?」

 何かを確かめるように口の中からヨシのペニスを出したリサ。
 まさにそのタイミングでヨシは今宵5回目の射精を果たした。

「もう! 言ってよ!」
「あ ごめんごめん!」

 今夜2回目の顔射をされたリサがちょっとむくれている。

「リサ ありがとう。すっきりしたよ。あとは我慢するからシャワーにしよう、部屋も綺麗にしないと」
「平気なの?」

 リサの顔についた自分の精液を指で落としたヨシ。
 その白濁の付いた指先を引き寄せて、リサは舌先でペロリと嘗めた。

「一度出たからにはそれも私の」
「おいおい」

 ンフフ!と笑うリサをギュッと抱きしめたヨシ。
 身を任せるリサを抱きしめシャワールームへと運び込んだタイミングで、マヤが執事公室のドアを開けた。

「兄さまぁ? 平気? あれ?」

 ドアを開けて入ってきたマヤとマリア。
 イヌほど敏感でないマヤの鼻にも、ヨシとリサの愛の営みがどれほど激しかったかを理解できる臭いが部屋にあった。

「兄さまったら・・・・」
「まーちゃん?」
「ほら」

 マヤが指差した先。
 ベット上に残された大きな水濡れのシミ。
 その中には点々と鮮血の跡が残っている。

「これはリサねぇさまの?」
「多分ね。兄さま、頑張りすぎなんだから♪」

 どこか嬉々としてベットシーツを剥がし、真新しいシーツを掛けなおしたマヤ。
 手際よくベットメイクし、ヨシとリサの汗や体液が染み込んだシーツとベッドマットをリネンバスケットへと畳んで投げ込んだ。

「こんなに重くなってるだなんて、リサねぇ大丈夫かな?」
「ヨシ兄さまは?」
「多分ねぇさまとシャワー中」
「・・・・・・・・」

 ちょっと下を向いたマリア。
 どこか緊張しているのかもしれない。

「ま~り~あ!」

 後から抱きついたマヤがマリアのショーツの中へ手を伸ばす。

「きゃ!」

 マヤの指がマリアの秘裂をなぞると、そこはもう洪水のように濡れていた。

「こ~んなにしちゃって『きゃ!』じゃないよ」
「でも!」
「良かったね」
「え?」

 言葉の意味が理解できないマリアを他所に、マヤの指がマリアのクリトリスをグリグリといじり始めていた。

「まっ! まーちゃん! ダメ! ダメだって!」
「カマトトぶってもだめよ。だってほら、もうこんなじゃない!ンフフ!」

 二人して立ち漫才のドツキ漫才状態だった所へ風呂から出てきたリサとヨシ。
 当然、両者の視線が一斉に交差する。

「ごめんね兄さま 予定が狂っちゃった てへ♪」
「おまえかぁ!!!!」

 風呂上りでなおギンギンのペニスを揺ら揺らとさせながらヨシは怒る。
 しかし、その場にいる女達の視線はただ一点へと注がれていた。

「凄い! アーサー様に負けないサイズ! じゃぁ兄さま、マリちゃんをよろしくね」
「え?」
「リサねぇも一休みしてね! 夜はまだまだ長いから!」

 マリアの背中をおもっきり突き飛ばしてヨシの胸元まで押し込んだマヤは、脇目もふらずに部屋を出て行った。
 
「リサねぇさま あの・・・・」
「うん、大丈夫! でも、ちょっとまってね」

 胸周りにバスタオルを巻いているリサは、どこか慣れた手つきでマリアが着ていたベットガウンを脱がせた。

「ヒトは誰かの持ち物だから。だから文句は言えないわ。でもね」
「えぇ、分かってます・・・・」

 リサの手にあった自分のガウンをリサの肩へと掛けたマリア。

「あなたの夫を私に貸してくれる?」
「えぇ、もちろん。ご主人様の望みますままに」

 リサはニコッと笑いながら静かに答えた。

「ねぇさま・・・・ ごめんな『それ以上言っちゃダメ』 でも・・・・」

 リサはマリアのパジャマについていたボタンを一つずつ外しながら続けて言う。

「あなたは支配する側。私達は支配される側。そこの分別はキチンとつけておかないとダメ」
「はい」
「もう一つ言う事があるでしょ?」

 パジャマも下着も脱がされ一糸纏わぬ姿になったマリア。
 遠い日、一緒に風呂へ入った時以来の裸体はすっかり女の形になっていた。

「執事長」
「はい」
「・・・・・・・・わた『マリアさま 出来の悪いヒトの執事の願いを聞いていただけますか?』え?」

 すっかり裸になったマリアの前でヨシは右手を胸に当てて言った。

「どうかこの私に抱かれてください。妖しげな薬を盛られ大変苦しいのです」
「・・・・・・・・兄さま」
「ちゃんと線を引くんだ。そうしないと・・・・ ヒトに溺れちゃいけないよ」
「はい・・・・」

 一歩下がったマリアが右の手をそっと前に出す。

「あなたの願いを許します」
「ありがとうございます」

 差し出された手の甲へとキスするヨシ。
 ちょっと冷たくなった指先のその股へそっと舌を這わせると、マリアは両の肩を窄めて堪えた。

「どうかこちらへ」

 ベットへと誘うヨシに肩を抱かれマリアの鼓動は早鐘を打っていた。。
 もう何がなんだか分からないうちにヨシの両腕の中でマリアは甘い吐息を漏らしている。

「あぁぁぁぁぁ・・・・・」

 ベットの上に座ったヨシの膝上に座り、両腕で後から足を抱えられればマリアのその茂みに隠された泉が露になるほどに開かれ、マリアの両手は自分の膝裏にあった。
 ヨシがそうさせたのもあるが、もはやマリアの頭には論理立てた思考を行う余裕が無い。
 後からいたずらに秘裂を弄られつつ乳房を荒々しく揉まれると、まるで湧き出る泉のようにマリアの秘所は蜜を溢れさすのだった。

「あらあら、大変な事になってますよ」

 パッと両の腕を離しベットの上へ降ろすと、目の前でくるりと回転させるヨシ。
 そのままM字開脚のその真ん中へと頭を鎮め蜜壷を吸いだしている。

 ズルズル ビチャ! 

 それほど大きく広がらない花びらを両手で広げると可愛いピンクの花が咲いたようだ。
 指先で弄りながら尚も舌を這わせると、どこかで我慢していたマリアが獣のように声を上げる。

    ンァァァ! ンフッ! ンンンンンンンンンン!!!!!!!!

 そっと中指を押し込むと、指先に僅かだがプチっという感触があった。
 実際、ヨシはリサしか女の体を知らないでいる。
 ましてや、まっさら処女の相手など・・・・

「ヨシさん そっとしてあげて 初めての女はデリケートなの」

 弓形に背骨をしならせ快感の波を泳ぐマリア。
 リサはその背に入ってマリアの上半身を僅かに起こしてやった。

「ご主人様? 夫は始めての女の相手などした事がありません。どうか御容赦を」

 差し込んだ指をゆっくりと出し入れしながらマリアの反応を見ているヨシ。
 恍惚の表情を浮かベトロンとした眼差しを送るイヌの娘を見ていたら、どこかへ忘れていた激情が戻ってきつつあった。

「よろしいですか?」

 抜き放った指先にはやや白く濁った物が乗っている。
 独特の臭いを出すその濁りをヨシはマリアのヘソ辺りへ塗りたくっている。
 潤んだ瞳で見つめつつそっと頷く姿に、ヨシはもう我慢ならぬと言った風だ。

「では、そのように」

 精一杯広げた両足の中へ割って入るヨシの腰。
 黒く太く逞しいそれが自分の中へ入って行く直前までマリアは見ていた。
 そして・・・・

「ンアアァァァ!!!!!」

 ブチともミチリとも付かぬ音を立てて、自分の中へつき立てられたその感触にマリアは声を上げた。
 ミリミリミリという感触が背骨越しに頭骨へと伝わり、際限なく反響しているようだ。

「これが男と言う生き物ですよ」

 少しだけ腰を下げてやや引き抜き、それからこんどは勢いをつけてグッと押し込む。

「イヤァァァァァ!!!!!!」

 これ以上曲がるまいと言うほどに背中を撓らせるマリア。
 思わず顔を上げたヨシにリサがウィンクしてウンウンと頷いた。

「いきますよ」

 マリアが抱えていた両足をヨシの両手ががっしりと掴み、そのままベットに手を付いて前から押し込み運動を開始する。
 自由になった両手がベットの上を掻き毟り、痛みの中にある妖しげな快楽の波を探し当てて悶えていた。

「ンッ!ンッ!ンッ!ンッ!ンッ! ンアァァァァァ!!!!!」

 かなりきつい状態ながらもストロークを長く取ってピストンすれば、淫猥な水音は部屋に響くのだった。
 クチョ!クチョ!クチョ!クチョ!

「ご主人様 手はここがよろしゅう御座います♪」

 後から抱きかかえていたリサがマリアの手を取り、ヨシの首裏辺りで両手を組ませた。
 この位置にあれば腰を突き動かす男の動きにあわせて女の乳房は自然に揺れ始める。
 その動きを身ながら、ヨシはマリアの唇を奪いにいった。

「ンッ!ンッ!ンッ!ンアアアァァァンンン!!ンッ!ンッ!」

 艶かしく淫猥な水音の響く部屋。
 誰かに抱かれる女をリサは始めてみている。
 そしてそれは、自分の夫になった男が妹のようにして育ったイヌの小娘を女にしたのだ。
 悔しいのか悲しいのか、それとも、単なる諦観なのか。
 リサ自身にも理解できない感情が沸き起こっている。

「ヨシ兄さま・・・・ ンンンァァァァァァ!」

 しばらく突き上げていたヨシの腰がふと動きを止めた。
 魂の抜けかけたような表情でいるマリアは恍惚だ。
 一番奥まで突き立てていたものを引き抜くと、白濁しあわ立つ粘液に混じり真っ赤な鮮血が付いている。

「やはりこっち側からも必要ですね」

 正常位で押し込んでいた位置からひょいと裏返し膝をたたせるヨシとリサ。
 イヌの男女の交わりはバック位置から突き上げるのが正位置だ。

「まりちゃん、最初だけは我慢しないとね。でも、すぐ慣れるよ。だって女はそう言う風に作られてるから」
「姉さま」
「そうじゃないでしょ?」
「でも」

 膝を付いて四つん這いのマリアがリサへと抱きついた。
 豊満な胸を合わせ僅かに震えるマリアの肩をリサはしっかり抱いている。

「アァ・・・・ ンァアアァァァ!!」

 熱々の鉄棒を突立てられたかのような衝撃と共に、マリアは一番敏感なところを再び蹂躙された。
 どうやっても逃げられない体勢なのだが、それは自分が望んだ事でもある。
 所詮この世は男と女・・・・

「さぁ、出ますよ!まだまだ夜は長いですから!」

 形にならないイメージばかりが頭の中をグルグルと駆け回るマリア。
 どこか遠い夢の世界の彼方で誰かが自分を呼んでいるような気がするんだけど・・・・・

「ヨシさん、マリちゃん失神しちゃった」
「え?ほんとに?」
「うん。ほら、ぐったりしてる」
「ホントだ」

 マリアの胎内の一番奥で熱い精を吐き出したヨシのペニスが少しだけ萎えている。

「ヨシさん、大丈夫?」
「いや、実はさっきから金玉が痛い」

 幸せそうな表情でぐったりしているマリアを抱きかかえたヨシ。

「そのままちょっと持ち上げて」

 リサはヨシにそう指示を出して、マリアとベットの間に上等なタオルケットを一枚挟みこんだ。

「寝床が湿っぽいと嫌なものよ」
「そうだな」

 そっとその上にマリアを降ろし枕へと手を伸ばしたヨシ。
 だが、その枕はリサが取り上げてしまった。

「これは私が使うの。マリちゃんの枕はあなたがしてあげないと」
「そうか、そうだね」
「きっと奥様もそうだったのよ。マリちゃんと一緒ね」
「・・・・オヤジも辛かったろうな」

 ベットの上でマリアを腕枕に乗せつつ寝転がるヨシ。
 反対側にはリサが寄り添っている。

「ラウィックへ行ったらタダは大変だな」
「あなたも大変よ?」
「なんで?」
「ジョアンが来るのも時間の問題だから♪」
「・・・・そうだね。ヒトの使い道の根本はこれだから」

 リサをも引き寄せたヨシ。
 太い腕に抱き寄せられたリサは身を任せている。

「明日の朝は早起きだな」
「そうね。もう寝る?」
「うん。お休み」

 ベットサイドの明かりを細め寝る体勢のヨシ。
 両側で体を預けているリサとマリアの寝息を聞きながら、ふと、父マサミの言葉を思い出した。

   ―― 男がわがまま言えるのは女のわがままをちゃんと聞いてる証拠だ
   ―― 女房は大事にしろよ。男の甲斐性ってのはその辺の事だぞ。

「なぁリサ」
「・・・・なに?」
「リサ以外の女を抱く僕を許してくれる?」
「なんで?」
「父さんは誰よりも妻を愛せと言ってたから」
「じゃぁ、きっとお父様も同じ様に悩んでたのね」
「そうかな」
「だって、さっきのマリちゃん見ててちょっと妬けちゃったもの」
「ごめん」
「でも、仕方がないわ。だから、今はお母様の言葉が良く分かる」
「・・・・・・・・なんて言ってた」
「妻が夫を一番愛してれば大丈夫だって」
「そうか」
「だから『リサ、愛してるよ』

 ヨシの腕枕に乗ったリサがほほ笑む。

「私も あなたが好き 愛してる」

 リサの額へそっとキスしてヨシは眠りに付いた。
 両手に花とも言うべき状況だが、ヨシはふと、アーサーのこれまでの苦労を理解した気がした。


 ~後編へ続く

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