Side:響
廊下に屯するハロウィンを思わせる珍妙な仮装をした集団を横目に、僕は足早に校長室へと向っている。
放課後の学園は部活動に勤しむ生徒達で活気に満ちていた。輝明学園はその自由な校風から様々な部活、同好会が存在する。
野球部にサッカー部といった定番の部活は勿論、メイド部やお宝探し部などと言った名前を聞いただけではイマイチ何をやっているのかわからない部活も非常に多い。
さっき廊下に屯していた仮装集団は恐らくオカルト研の連中だろう。
ふと後ろを振り返ると、総勢10人はいるであろう仮装集団が小さなカボチャを片手にくねくねした不思議な踊りを始めて異空間が形成されていた。
見なかったことにする。
呼び出された理由は何となく察しがつく。校長である萩原宗一郎のウィザード教育方針は実戦訓練。
高等部の生徒に冥魔や侵魔が引き起こした事件を斡旋して解決させると言うものだ。
どの生徒に、どんな事件を解決させるかは全て校長の独断で決定される。
そのため、生徒である僕たちにはいつ事件解決の指令がくるかは一切わからない。
1年生にとって、初の指令はある意味通過儀礼のような側面も持っている。
呼び出しの内容を知らされているわけじゃないんだけれども、校長が生徒を呼び出す理由は事件の斡旋以外にほぼ無いらしい。
やがて校長室前にたどり着くと、蒼髪蒼眼で長身の男子生徒が立っていた。ネクタイの色からして3年生かな。
先輩は僕に気がつくと手を軽く上げて言う。
若干喉から抜けるような声は少し頼りない印象を受ける。
下がり気味の眉とスリムを超えてガリガリな体型がそれに拍車をかけている。
「ええ、確かに僕が北河ですが貴方は?」
「ああすいません、自己紹介が遅れましたね。僕は3年の
合礼乱火と言います。僕も校長先生に呼び出されているんですよ」
どうやら今回の任務は複数人でチームを組むらしい。
・・・・・・いや待て、別々に指令を与えるという可能性もある。
「入らないんですか?」
「ああ、校長先生が3人一緒に来てくれと言うのでここで待っていたんですよ」
乱火さんは肩を竦めて言った。3人と言うことはどうやら他にも今回チームを組む生徒がいるらしい。
「お待たせしてしまったみたいですいません。3人と言うことはあと1人は--」
そこまで言いかけて、背後に気配を感じた。振り返ってみるとそこには・・・・・・
女子用の制服を着たジューンがいた。
・・・・・・違った。髪形から顔立ちまでかなり似ているけど小柄なジューンを更に一回り小さくした感じの女子生徒が立っていた。
スカーフの色から2年生である事がわかる。・・・・・・それにしても似過ぎている。
良く見れば顔の各パーツがジューンよりも女性的に丸みを帯びてはいるんだけれども。
僕が思わず呆気に取られていると後ろから乱火さんの声がする。
「彼女は
水月レインさん。彼女も校長先生に呼び出しを受けているんですよ」
レインと呼ばれた女子生徒の手には紙パックのリンゴジュースが握られていた。
恐らく待っている間に自販機にでも行って来たんだろう。
「初めまして。北河響と言います。遅くなって申し訳ありませんでし・・・・・・」
「別にいい」
うわぁーお・・・・・・。
レインさんは眉一つ動かさず、刺々しさすら覚えるほどそっけなく言って僕から視線を外した。ちょっと予想外で思わず対応に窮してしまう。
どうやら身に纏う雰囲気や性格まではジューンと似ていないらしい。似てたらそれはそれで問題だけど。
ジューンはどこか儚げでミステリアスな印象を受けるが、レインさんは違う。感情表現と言葉の抑揚の欠落からくる冷たい、機械的で氷のような。
「とりあえず揃ったみたいだし入りましょうか」
すると乱火さんがその場を取り繕うようにそう言い、校長室のドアをノックした。
数瞬遅れて中から「入ってくれ」と返事があり、僕とレインさんは乱火さんに続く形になる。
校長は応接用のソファに腰掛けていた。
だがそれよりも校長室に入ってまず目に付いたのは、校長の隣で足を乱暴に組んで座っているおじさんだ。
鋭い目つきで掘りが深く、髭と黒い眼帯も相俟って近づくものを全て追い払ってしまうような迫力がある。
その後ろに上品なビジネススーツに身を包んだ若い女の人が慎ましやかに立っていた。
「とりあえずかけてくれたまえ」
校長はテーブルを挟んで向かいのソファを指して言った。
僕達全員が座るのを確認すると、校長はゆっくりと口を開く。
「やあ、水月くん、合礼君、北河君。急に呼び出してすまなかったね」
輝明学園校長『萩原宗一郎』。既に初老を迎えているが、その立ち振る舞いと言動からは厳格さの中にも優しさと暖かみを感じる。
面と向かって話すのは初めてだが、今は何より初任務の内容が気になる。僕は軽く会釈して本題を促した。
「いえ。それで、どのような御用でしょうか?」
「私が、と言うよりは彼らがね。それでは志摩君、説明してくれたまえ」
そう言って校長は横目で隣に座っているやたら迫力と凄みのあるおじさんをちらりと見た。
志摩と呼ばれたそのおじさんは苦虫を噛み潰したような表情をして大きくため息をく。
「ワシか・・・・・・東野、ワシこういうの苦手やねん。任せるで」
「わかりました」
志摩さんがあろうことか説明を完全放棄すると、後ろに佇んでいた女性がぺこりと一礼する。
「初めまして。わたくし、日本コスモガード連盟・夜代町支部の東野依子と申します。そしてこちらの方が・・・・・・」
「志摩健吾や」
低く、ドスの効いた声でそれだけ言うと、志摩さんは目線で東野さんに先を促す。
「皆さまは、1か月ほど前から夜代町一帯の施設で停電が頻発していることはご存知ですか?」
コスモガードとは世界中に点在する侵魔・冥魔への対策機関だ。
この組織が噛んでいるとなると、依頼されるであろう任務の難易度もそう生易しいものではないはず。
僕は一瞬武者震いにも似た震えを覚えた。思わず生唾を飲み込んでしまう。
「ええ。地震もそうですけど、最近多いですね」
乱火さんがそう答えると、東野さんは小さく頷いて話を続ける。
「はっきりとした因果関係は現時点で明らかになっておりませんが、地震と停電は併発的に発生しています。更に停電の原因は『ブリッツ』と呼ばれる冥魔であることが判明しています。皆さまにはブリッツの討伐をお願いしたいのです」
ブリッツとは雷撃戦を意味する言葉だった気がする。となると昼間に聞いたあの唸り声もブリッツの物だったのだろうか。
僕は知的好奇心を押さえきれずについ話に割り込んでしまう。
「そのブリッツと言うのはどの様な冥魔なのでしょうか」
すると、東野さんは待ってましたと言わんばかりに僕を見た。
「電気、あるいは雷に纏わる能力を持った冥魔です。知能はそれほど高くはありませんが、高い戦闘力を持っています。おそらく、生理的活動の一環として電気を吸収、それに伴って停電を引き起こしているのだと思われます」
東野さんがそこまで言い終えると、今まで腕を組んで沈黙を守っていた校長が鼻で小さく息をして言った。
「とまあ、こんな所だ。引き受けてくれるかね」
コスモガードの依頼と言う不安材料はあるものの、ここまで話を聞いておきながら見てみぬフリは流石にできない。元より依頼は受けるつもりだった。
「わかりました。僕は構いません」
僕が了承の意を示すと、乱火さんも「了解しました」と一言。レインさんは目を伏せたまま小さく頷く。・・・・・・声を発する気がないのだろうか?
僕達の返事を確認すると、東野さんは僕達をひたと見据えて言った。その眼差しにはどこか必死めいたものが浮かんでいるようにも見える。
「それともう一つ、お願いがあります。ヴァイオラと言う、コスモガード連盟に所属していたウィザードが1年ほど前に行方をくらましていたのですがつい最近、この夜代町で目撃されたとの情報が寄せられました。どうやら冥魔と侵魔の両勢力に我々の情報を流しているようです。今回の停電事件にも関わりがあると思われます。もし彼を見つけたら、その場で始末して構いません。その際は私に連絡をください。すぐに処理に向かいますので」
「・・・・・・なぜ?」
あ、レインさん喋った。相変わらず抑揚を欠いた声で。
恐らくは何故学生にその様な依頼をするのかと聞いているんだと思う。
でも確かに一理ある。「始末しても構わない」と、裏切り者の処理まで半ば学生に任せるのは流石に違和感がある。
東野さんは拳を軽く握って悔しそうに口を開いた。
「今言った通り、ヴァイオラはコスモガード連盟の人間です。とすれば、内部にまだ裏切り者が居る可能性もある・・・・・・」
「せやから、ここの校長はんにええ人材を貸してくれって頼んだわけや。コスモガードに直接かかわりのない、腕利きの生徒さんをな」
途中で言葉を区切ってしまった東野さんを見かねて、志摩さんが代わりに続ける。
この人一言一言に一々迫力があるな・・・・・・。
「これが、ヴァイオラの顔写真です」
そう言って東野さんは胸ポケットから1枚の写真を僕達に見せた。その写真を見て、思わず僕は「あっ」と小さく声を上げてしまう。
写真に写っていたのはなんと今朝病院への道を聞いてきた男性だった。
「この人なら、今朝道を聞かれました。夜代総合病院に近い内に用があるから下見に来た、と」
僕の言葉を聞いた瞬間、東野さんははっとしたように僕を見た。
「そうですか・・・・・・では、すぐに夜代病院に向かって--」
でもここで志摩さんが東野さんの言葉を遮る。
「ええってええって!あんたら頼みたいのはブリッツ討伐の手伝いやねん。ヴァイオラのことは『ついで』と思ってくれや」
「しかし、裏切り者を野放しにするわけには・・・・・・!」
それでもなお、東野さんは食い下がった。その顔には先ほど一瞬見せた必死さが露骨に滲み出ており、取り乱している様にも見えた。
「別にヴァイオラのことを放置しろとは言ってへんやろ。ヴァイオラを見つけたらやってもらう。それでええやんか。あんたらもなあ、それで大丈夫やろ?」
志摩さんは僕達の方を横目で見た。だから一挙手一投足が迫力ありすぎて怖いって・・・・・・。
「足は引っ張らないようにしますよ」
乱火さんが真っ先に答えた。一見頼り無さそうに見えるけど3年生だけあって実は相当の場数を踏んでいるやり手なのかもしれない。
「ええ。どうにもお話を聞く分には接点がありそうですし、折よく遭遇したら同時に処理するようにします」
少し遅れて僕も賛意を示す。ふとレインさんを見るとヴァイオラの写真をじっと見つめていた。
少しだけ、ほんの少しだけだけど眉を顰めている。・・・・・・こっちも何かあったのかな?
「うむ、だがくれぐれも無理はしてはならんぞ」
レインさんの沈黙を了承と取ったのか、校長は僕達を見やった。
その様子を確認した志摩さんは立ち上がると
「ほな、話はまとまったみたやし、ワシらはこれで失礼するで」
と言い、校長室を後にした。
東野さんは未だ拳を握りしめていて憤懣やるかたないといった様子だったが、
諦めたようにため息を小さくつくと、僕達に小さく一礼して校長室を後にした。
最終更新:2013年02月02日 16:49